坂入ミハルのなりたい自分
――「君の過去と向き合ってごらん」
私の、過去。
過去。
そう、過去だ。
その単語を聞いただけでぞわぞわして背中から嫌な汗が噴き出る。
『どうしたの? ぼんやりして』
知子さんは少しムッとしたカンジで言う。
多分、私の反応が良くない事が気に食わないんだと思う。
「あ、うん、何でもない。とにかく合コン来て。ミハルが暴れないよう見張ってて!」
不味いうどんのようなぶつ切りの口調で私は言う。
『もー。しょうがないわね。そこまで言うなら……』
「ありがと、ハイ、切るね、バイバイ!!」
『ちょ、何よその態度! 人が折角協力す』
知子さんが何かを言い終わる前に、私は乱暴に電話を切った。
そして、慌てて廊下をダッシュしてクローゼットを開くと衣装ケースを持ち上げて中身をぶちまけた。
山盛りになった中身を宝探しするように掻き分ける。
「あった……見つけた……」
奥のほうから出てきたのは手の平に収まる程度の紺色のきんちゃく袋。
それをぼうっと眺める。
「……過去……」
私は奥歯を食いしばり、袋を固く握った。
―*―
一方、古い自分との決別を果たしたいミハルは――。
「ない……っない、ない!!」
理想の男を映す魔法のコンパクト、いや、液晶ディスプレーは、彼女の理想を映す鏡となっていた。
楽天の赤いロゴマークの下に並ぶ、様々な服、服、服、服。
ミハルは生まれて初めて、服にも色んな種類がある事を知った。
服といっても、親友がいつも着ているフリフリだけじゃない。
かわいい服もあれば、清楚な服だったり、男の子みたいなカッコイイ服だったり、色んなものがある。
今まで、ミハルはオシャレという単語が大嫌いだった。
オシャレという単語が好きな人間は大抵、ミハルを蔑んでいたからだ。
その差別は小学校、いや、幼稚園から始まっていたと思う。
オシャレなクラスメイト達は大抵、暗いミハルをバカにして笑っていた。
笑われるのはまだいい。時にはその存在を忘れられる事すらあった。
そして、その相手は大概、化粧が濃かったり、流行に敏感だった。
そのせいか、いつしかミハルはオシャレをする事を憎むようになっていた。
黒を着て、スカートを拒否して、闇に紛れ込むように生きていた。
だけど、それはもうやめる。変わる。
ちゃんとやると決めたのだ。
化粧は抵抗があるが、服ぐらいは変わってやる。
南波新大やコンビニの失敗なんて無かった事にする。
今度こそ、男を作る。
生まれ変わる。
そのための準備を、ミハルはしていた。
それが魔法のパソコンに映っている。
新しい自分は、同人誌の表紙と一緒で外見が重要だ。
そう信じるミハルは新しい自分のパーツを必死で探していた。
多少の出費と時間は覚悟している。
証拠に、発行予定の同人誌は1つやめにした。
ミハルは本気だった。
その時、ミハルは画面にずらりと並んだ1つの写真にたどり着く。
それをクリックして、彼女はハッとした。
そこから、インターネットをやめにして急いでマイドキュメントに飛び込んだ。
奥へ奥へとフォルダへと潜ると、一枚の写真を開いてハッと短いため息をつく。
それは、この間の海の写真だった。
フォルダに入っている写真の1枚1枚を眺める。
「……あった」
そこで、ミハルは「なりたい自分」に出会ったのだ。




