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私の中の小さいおじさん


「真面目ってどういう事っすかぁ? 私、素行不良でスーパークビになってるんスよ?」


わけがわからないと混乱する私に、樹さんはにっこりと微笑んで言う。

樹さんとの時間は、いつも静かでゆっくりと流れる。


「軽々しく返事をしない事かな。きっとあきなちゃんは、アラタくんを傷つけるのが怖いんでしょ?」

「いや、多分保険をかけたいだけっす。もしダメだったらって……」


樹さんは私を買い被り過ぎだ。現実はこうである。

「ん?」と。樹さんは不思議そうな顔をした。


「もしダメだったら……って。あきなちゃんは誰か気になる人がいるの?」


しまった。


今のは失言だった。

だが、ついうっかり口をついてしまった。

覆水梵に返らずってか。あ、やべ、誤字っちゃった。


「別に。それに、話す義務もありませんし」

「そう? これを見ても同じこと、言える?」


樹さんが指したのは、今週の原稿の企画案。

A4のコピー用紙に平野の雪景色のような純白の世界が広がっている。

私はとりあえず目を逸らして他人のフリをした。


「な、何ですか? 何の話ですか? この原稿って私じゃなくて私の中に住んでる小さいおじさんが書いてるんですよ? でもっておじさんはひきこもりだから外に出たがらないんですよ?」

「何のセリフのパロディだかしらないけど、小さいおじさんが書いてくれないなら、キミが書くしかないよね?」


くそぉ……。


「あ、あなたの好きな文章もじ、じ、実はお、おじさんが書いてるんですよ?」


いよいよ苦しくなってきた。

っていうか最初から苦しすぎる。

なんだよ、小さいおじさんって。最初に言い出したヤツ誰だよ。

どんだけ不思議ちゃんなんだよ。

イタすぎんだろ、元ネタ。


……梵英心選手、大変失礼致しました。謹んでお詫び申し上げます。


「じゃあ見せて、あきなちゃんの文章」


にっこり、と樹さんは微笑む。

サラァ、と風が吹いた気がした。

それに私は……

私は――――


うるっっっせぇよ!!!!

自分がちょっとイケメンだからって調子こいてんじゃねーよ!!!!

これでちょっとオチるとか思ってんだろ? どうせ!!!


ずあああんねええええんでええええしいいいたあああああ!


例えどんなイケメンが相手だろうとな、私は三次元の男は梵選手以外、漏れ無く対象外なんだよ!!!!

あ、ごめん。松山竜平選手は好きだ。ごめん。


とにかく、野村樹、てめぇは世の中の女にゃぁちやほやされてんだろうがよ、私はなんとも思っちゃいねーかんな!

てめぇなんかただの全自動メガネかけ機だ!

私に指図するならせめて赤くなってバット振り回して年間3900億円貰ってから出直して来い!!!

100年早ぇんだよ!!!!!


「じゃあ、原稿どうするの?」

「大変申し訳ございませんでした」


気づけば私はカウンターに額を擦りつけていた。

くそお……。野村樹……。貴様――


風のみならず、重力も操れるというのかあああああああああああ!!!!


もしかして樹さんって魔法使い!?

あ、いや、彼女居るから違うってわかってるんだけどさ。

でも童貞だけじゃなくてイケメンも魔法が使えるなんて、すげぇ世の中になったもんだ。


「じゃあヒントをあげるね。僕や読者が求めてるのは、”君の物語”なんだよ」

「は、はぁ」


こんなんヒントでもなんでもない。

また難題が増えた。


「バカでもわかるように説明してくれないすか?」


私の質問に、樹さんはちょっと意地悪そうに微笑む。


「君の過去と向き合ってごらん」

「それ以外でお願いします」


間髪入れずに即答。


はい無理ですー!

絶対イヤですー!


「じゃあ足で稼ごうか。男の人に積極的に話しかけてみるといい」


それもそれで、とてつもなく嫌だった。

今はアラタの件のせいで、男と関わるのが途方に暮れる程億劫となっている。

もし次に告白なんぞされたら、考えるだけでゾッとする。

私はきっと男性恐怖症になる。


「樹さん」

「なに?」

「私、彼氏ができない体質なのかも」


樹さんは足を組み直して、上品に微笑んだ。


「話せる時になったら、過去を話してごらん。相手は僕じゃなくても構わない。そうすればきっと」

「はぁ」


無理。

多分きっと。


私に過去なんてない。

そんなものは、存在しない。

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