俺はあきなが好きだ
「本当にお前はつくづくムカつくガキだなぁ。あ、ミハルにかわる?」
『いや、いい』
どんまい、ミハル。
チャンスを作ってあげようと思ったんだけどなぁ。
どうやら完全に、アラタの眼中にミハルの存在はないらしい。
ないならば、入れる。
火のない所に煙を立てる。
鳴かせてみよう、ホトトギス。
「……今日のミハル、ちょっとヘンだった?」
『まあ、ショージキ』
正直すぎるし、バカ野郎。
大人なら嘘をつけ、嘘を。
つっても、ココはアラタじゃなくても首を振る所かもしれない。
「ミハルって育ちが良いせいで世間知らずだけど、すっごくいい子なんだよ」
うむ、我ながら良きフォローじゃ。
なにげにミハルのお嬢様アピールもできてる。
『あきなはミハルさんの事、スキ?』
「もちろん。ミハルのいい所は沢山知ってるつもりだよ」
あの豊満なおっぱいとか。
あとは……大きいお胸とか……。
それとボインとか……。
ああダメだ、胸関連しか浮かばねぇ!
あ、ミハルのBL同人誌はよく売れるよ?
……ってそんなの絶対言えねぇし!!!!
『ねーちゃんやすしざんまいもスキ?』
「スキだよ」
まあね。「すしざんまい」は普段だとは「ペヤング」なのはどうでもいい話なので省略するとしよう。
『えー、ねーちゃんウゼェじゃん? あいつ絶対お局してるよ』
さすが弟。ご名答である。
でもそこは知子さんの名誉のために内緒にしておくとしよう。
「ウザくないよ。つっても知子さんのお説教はちょっと苦手だけど」
苦手というか苦行である。
正座させられたまま、時計の短針が四分の一進んでいた――なんて事は一度や二度じゃなかった。
っていうかこの間のスーパーからあげくん事件の後もロングコースで無駄にプレミアムな説教を喰らった。
その間、ひたすら私の人格否定である。
あそこまでくると逆に、私をけなすために用いる語彙の多さに感動してしまった。
『わかるわかる。小さい頃から凄くてさ。精神と時の部屋に居るみたくなるんだよな』
あー。つまり、アラタがあのロング説教の初代被害者なのか。
わかるわかる、コイツの言動から、そんな匂いはちょくちょくしてたわ。
知子さん、説教は好きだけど相手は選ぶもんなぁ。
ミハルや恋頃ちゃんには注意だって時々しかしないし。
「そうそう。わかるわー。知子さんはジョークが苦手だから抜群に退屈になるんだよね。私とか正座したまま寝た事あるよ?」
『マジで? 俺も俺も』
「あ、仲間だ」
こんな事で意気投合したってどうしようもないんだけどさ。
でも、あの説教地獄の辛さを共有できる人間と出会えた事には、正直言うと涙ぐむレベルで感激している。
『なるほどなぁ。あれがなきゃ結婚できるのになぁ』
「違うって。知子さんがモテないのはね……」
彼女が結婚できない原因は明確なのだが、後ほど話す事にしよう。
「あ、アラタは好きな子、居るの?」
気になる「傘を待つ人」の動向。
果たして彼に傘を差し出して欲しい人は居るのか?
まあ居ないだろうけど。
そうじゃなければセカンド童貞なんてならずに済んだはずだ。
『ンだよ、藪から棒に。俺の事好きなの?』
「全然」
受話器の向こうからため息が聞こえた。
『きっぱり言うのな』
「えー、私に好かれたってトクしないじゃん。ねえねえ、アラタは居るの?」
「なんか隠してるカンジ。うちらの仲じゃんか」
『だからドレミファ・どーなっつか。ほんっとに図々しいヤツ。お前、知子よりモテないだろ』
バカだなぁ、本当に。
灯台下暗し。
世の中はおうおうとして、身近な女性の魅力というのは理解できないもののようだ。
「知子さんはモテるもん。何で知子さんの悪口あっか言うのさ。あ、もしかしてシスコン? っていうかアラタってシスコンでしょ」
『げ、やめろよ。そうゆーの』
心底嫌そうなアラタの声が聞こえた。
うーん。シスコンは確定だな。
「あ」
その時、アパートの扉が開いた。ミハルだ。
化粧をしたままのミハルが私を見て怪訝そうに顔をしかめる。
そうか、そういえばまだ化粧の落とし方を教えていない。
「ちょっと待ってて……知子さん」
なぜか咄嗟に受話器を後ろ手で隠して通話を中断し、ミハルの方へ振り返った。
嘘をついてしまった。
なんだかドキドキする。気分が盛り上がっていく。
悪い事をしているのに、スリリングでどこか楽しい。
「あきなちゃん、おやつ食べたいからコンビニ行ってくるね」
「う、うん。気をつけて。あ、黒ウーロンも買っといて。お金後で払うから」
小さくなっていくミハルの背中に手を振り、受話器に耳を当てる。
「ごめ、ちょっとミハルが」
『声、聞きたくなった』
は?
何言ってんだこいつ。
意味わかんない。
「もう秋だね。長野はもう寒い?」
『知るかよ。ここ東京だし』
「やっば。うっかりしてたわ」
『声が聞きたくなった、あきなの』
さりげなく入った1000年に1度のレアな言葉。
まあ結果2度言わせてしまった訳なのだが。
まさかここでくるとは思わなかった。
死ぬまでお目に掛かれるとは思わなかった。
いや、ご拝聴できるとは思わなかった。
こんなチンケな言葉、聞きたくなかったクサい台詞ベスト5には入る。
――なのに
ドキドキする。こんなにときめくなんてどれくらいぶりだろう。
「えー。結婚詐欺の相手、今度は私にするつもり?」
『冗談なんかじゃない』
真剣な声でアラタは言う。
アラタは本気なのか。
ただからかいたいだけなんじゃないのか。
怪しい。だってアラタだし、そもそも――
「知り合ったばっかりじゃん。さすがに騙されるほどバカじゃないよ。今度はどんないたずら?」
本気じゃなければ私がバカみたいじゃないか。
心臓が壊れてしまったかのように、胸のドキドキが止まらない。
『俺はあきなをずっと知ってた』
「またまた」
『ねーちゃんから、ずっとあきなの話を聞いてた』
「どうせ悪口でしょ?」
『何してもダメなのに一生懸命で、たくさん失敗して、でも前を見てて。すげぇ奴だってずっと思ってた。本物見たら……かわいかった』
アラタの声がだんだん小さくなっていく。
彼の語る「あきな」とかいう人は、とても勇敢でカッコイイ人物だった。
そんなヤツ、私は知らない。
『俺はあきなが好きだ』
好きって何?
それって私がアラタの彼女になって欲しいって事?
『あと2日で長野に帰る。それまでに答えが聞きたい』
え、もしかしてあれってこれ?
これで喪女卒業?
晴れて連載終了!?!?
―――できませんでした。
アラタが長野に帰るまでの2日というリミットはあっという間に過ぎ去った。
私はアラタが提示した2日のうち1日を樹さんとの打ち合わせに使い、もう1日を新しいバイトの面接の日にした。
アラタは実家の長野に帰って行った。
知子さん曰く、新しい会社の面接があるらしい。
あの衝撃の一言の後の会話はこうだ。
『……俺は、お前に。ずっと会ってみたかったんだ』
「幻滅したでしょ? お話の中のあきなと私は全然別……」
あの時、ほめられてるのになぜか気分はどん底だった。
理由はわからないが、膨らんだ期待やドキドキが急に萎んでいく心地だった。
『そんな事ない。……良かったよ。なんていうか、あまのじゃくで。俺達、すごく良く似てる』
「……あ、そう」
結局のところ、アラタも他のやつらと一緒で、私の事を何も知らないと思った。
その気持の正体がわからない私には答えが出せなかった。
ニートが嫌だとか、金髪がださいとか、そういうんじゃない。
アラタとは気も合うし、仲良くできると思う。
だけど好かれるって違う。
何かが違う。
そこで悟った。
私の場合に限れば、出会えないんじゃない。
ミハルと違って多少の社交性が備わった私には、男性との出会いは多少なりとも存在する。
運がよければ告白だってされる。
だけど、私自身が男性に好かれる事を拒否しているのだ。
「これじゃあいつまでたっても処女のままだよなぁ……」
原稿と向き合いながら、私は自分のこじらせ具合を嘆いき、更に将来を憂いた。
先に親に謝っておくべきか。
アラタはあれから一切連絡を寄越さない。
知子さんから預かったアイツの連絡先は冷蔵庫に貼り付けている。
おそらく、今後一切使うことはないだろう。
――坂入ミハルが恋に落ちるまで、あと3週間
(第三夜・完)
第3夜、完結です。
ご褒美に、どうかお気に入り登録か感想かポイントか広島カープの勝ち星をお恵みください。
靴舐めますので!!!!




