ミハル、はじめての○○
私はぽいぽいと下地とリキッドファンデーションをミハルに渡し、もう一度彼女の顔を見る。
眉毛が長くてモシャモシャになってる。切って整えた方が清潔な印象だと思う。
「ってミハル、こっちはファンデだよ! あのね、下地はこっち」
「え、そうだっけ?」
そうだっけじゃないだろ……。
お前、流石にファンデーションは初めてじゃないにしろ下地は塗った事ないだろ。
ミハルは指に取ったファンデーションをティッシュで拭き取り、下地を指に落とす。
このファンデーション、私にしては奮発したやつだったんだけどなぁー。
とほほー。
「塗り終わったよ」
「じゃあ次は目ね。アイシャドウ塗るから目を瞑って」
「う、うん」
ミハルは正座になってぎゅっと目を瞑っている。
「ほらー改造手術する訳じゃないんだから力抜いててよー」
「う、うん」
ミハルの閉じた薄いまぶたにアイシャドウの白色と金色と茶色を重ねてグラデーションを作る。
これで存在しない彫りを作り出するのだ。
詐欺である。
しかも、その詐欺である化粧が「社会のマナー」とされている。
本当に不思議な世の中だ。
「うーん、さすが私! 次のバイトは化粧販売員がいいかなぁ。あ、次はアイラインね。目は閉じたままでいいから」
「うん……」
ミハルは一度開けた目を閉じる。
目頭を抑え、鉛筆型のアイライナーで目を囲う。
ついでに涙袋の下にこれで線を描いてそれを綿棒でぼかす。
「はい、オッケー。次はマスカラ」
「わかった」
「と、その前にビューラ、やっとこか。自分でできる?」
私はポーチから取り出したビューラーをミハルに見せる。
彼女は、黒船を最初に発見した江戸の人のような表情をした。
「な、なんですか。これ」
「これで上げるの」
「何を……」
「まつ毛」
「ヒィィッ」
なんだよその声。怖い話なんてした覚えないんだけど。
「こうやって、まつ毛を挟んで、ハサミみたいにして……ってミハル、何で目を反らすの!」
「だ、だって……瞼挟んじゃったら痛いし……怖いよぉ」
「……じゃあビューラーはなしにしようか」
私はビューラーをポーチにしまい、ミハルに目を閉じて貰ってマスカラを塗る。
チークとハイライトを叩いて最後の仕上げに口紅を塗って完成。
どうしても眉毛が気になるが、今度までの宿題にして今は目を瞑ろう。
「どう?」
手鏡を見たミハルが絶句している。
さぞかし新しい自分がかわいかったに違いない。
うん、やっぱ私って天才かもしれない。
「すごいよあきなちゃん! こんなに時間掛けて化粧したのにあんまり顔が変わってないなんて!!」
なん……だと……。
私はミハルの正気を疑った。
いつからその顔だと思っていた?
「そ、そんなことなくない?」
「ううん、全然変わってない!! やっぱり私、しばらくお化粧はいいや」
しばらくって!!
アンタもう25なんだよ? アラサーなんだよ?
今しなかったらいつするんだよ!!!
化粧はマナーなんだよ!
お前はNPOに勤めてるから許されるんだろうけど、株式会社だったら袋叩きに遭ってもおかしくないんだからな!
っていうか知子さんが上司なら徹底的にいじめられてたと思うよ!!!!
化粧した方が好きな人にも好印象……って、ミハルの好きな人は実在しないんだった。
私は気が遠くなるような思いがした。
その時、電話が鳴った。知子さんからだ。
ミランダがこんな時間に何の用だ?
ミハルがDVDを見始めたため、私は部屋を出て外に出る。
秋の虫が涼しい音を立てていた。
でも、ままだまだ外は暑い。
詐欺だ。
顔を欺く女達、夏に鳴く秋の虫。
こうして見てみると、世の中は詐欺と矛盾であふれている。
むき出しになっているアパートの低い塀に肘を預け、ガラケーを開けて、通話ボタンを押す。
「どうしたの? 知子さん」
『…………』
知子さんは何も話さない。
電波が心配になって、電話を振ってみた。
「もしもーし。聞こえてますかー?」
声が届かないのか?
少し声を大きくする。
それとも知子さんもミハルみたいに死にたくなったのかな。




