傘を待つ人達
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今夜は傷ついたミハルの羽根を休めるため、彼女を家に泊めることにした。
うちのブラウン管テレビで、一緒に「女子っぽい」DVDを見るのだ。
とりあえず私は「セックスアンドザシティ」をチョイスした。
NYで働く4人女達が女子会を開いて性についてあーでもないこーでもないと話し合う海外ドラマだ。
ミハルのチョイスは、主人公の女の子にいきなり兄弟が増えて彼らと恋愛する人気アニメ。
兄弟達の職業がパない。
アイドルとか声優とかはともかく。
弁護士、医者、果ては僧侶まで居る……だと!?
なんだこれ! 下手な街コンよりすげーじゃん!!
パねーな乙女ゲー!
って………ミハルさ……趣旨わかってる?
それ、女子は女子でも乙女だろ。
乙女ゲーだろ。
私が言ってる「女子っぽい」は「女子っぽいオタク」って意味じゃない。
そもそも「女子っぽいDVDを見る」という行為の狙いは「ミハルから外見だけでもオタクっぽさを抜く」という所にある。
じゃないと、仮に男との出会いがあったとしても、今のままじゃどうしようもない。
仮に奇跡が起きて誰かと付き合えたとしてもだ。
初デートの待ち合わせで、メイド服とか着て登場でもされたら、男としても他人のフリをする他ないだろう。
というか、彼氏ができたら「乳袋 作り方」とかググったりしそうだよな、この女。
結局、「面白そうだけど後で見ようね」と言いくるめてセックスアンドザシティだけをレジに通した。
そこで今に至る。
結論から言おう。
失敗した。
NYのセレブ達の日常なんて、ミハルには別世界過ぎて早くも眠気を誘っている。
「ミハル、面白いよ? ここ笑うところだよ??」
ミハルの目はメガネのレンズにテレビの画面が反射して確認することができない。
「あんなにすぐ男の人と出会えるって不思議だよね」
ミハルはアホだが時々真に迫ったことを言う。
確かにこのドラマの登場人物には彼氏が絶えない。
敏腕弁護士のミランダ以外。
っていうかミランダって敏腕弁護士で仕事命みたいなバリバリのキャリアウーマンなんだけどさ。
見れば見るほどある知り合いを思い出さずにはいられない。
そう、知子さん。
あぁ、そうそう、本題はなんだっけ?
アメリカのセレブ4人組(ミランダ除く)は何故すぐに男と出会えるか、だったよね。
答えは簡単。
「今の日本はさ、男も女も出会おうとしないじゃん」
これが真理。
じゃぁ出会おうとせずに何をしてるかって?
これも簡単。
待ってるんだよ。
皆アラタみたいに――。
そう、例えるなら。
今の日本の多くの若者が、雨のバス停に一人で座って傘を持った誰かが来るのを待っているのだ。
新しい場所に連れて行ってくれるバスが来ても、それを無視して、傘が来るのを待っている。
同じ待つにしろ、美人の恋頃ちゃんの周りには傘を差し出す男性であふれている。
彼女が座っているのは都会のバス停だ。
だけど、アラタやミハルの場合はどうだ?
それぞれの出身地に例えるならアラタは長野の山間部、ミハルは広島の豪雪地帯にバス停を構えている。
これじゃあ人は滅多に来ない。
どうすればいい?
簡単だ。バスに乗ればいい。
「ミハルはどこで出会いがあると思う?」
「…………道端とか、空港とか」
私は深いため息をつく。
今のため息はすごかった。
カープが今度の巨人戦で3タテされる程の不幸は呼んでしまったかもしれない。
「とりあえずミハルさ、化粧してみよ」
「え、道具ないし」
ミハルは胸の前の手のひらをふるふると振るう。
「いいよ、私の貸すから」
酒も大分抜けてきたし、手元も問題ない。
あ、間違えちゃった、とヒヤリハットしてしまう可能性もそんなには高くない。
仮にやったところでただの私のうっかりミスである。
が、ここは酔ったせいにしておいた方が得策かもしれない。
私はミハルの顔をまじまじと見つめる。
うーん、ちょっと肌が汚いかなぁ。
常日頃すっぴんの癖に、同人誌の原稿で夜更かしばっかしてるからだな、きっと。
「とりあえず下地とファンデーション塗っといて」
「う、うん」




