空気の読めない女、読めてしまった女
「つまり、あんたらはアラタを私の男だと思った訳?」
げーっと。渋いお茶を一気飲みしたような顔で知子さんが言う。
「そりゃ思うよ。知子さんの弟だよ。絶対童貞こじらせたヤツだと思ったよ。こんな田舎のバンドマンだなんて想像だにしなかったよ」
私は椅子に背を預ける。脱力で、ずるずると身体が降りていく。
アラタは相変わらずニヤニヤ笑いで私たちの反応を楽しんでいた。
愉快そうでよろしいですこと。
「恋人なんてもっと無いわよ。正社員じゃない男なんて絶対対象外!」
知子さんはきっぱりと言ってアラタの背中を叩いた。
私は、この店内に潜む明らかに正社員じゃない男を見る。
安田はこの件にすっかり興味を無くしているようで、熟女の客と楽しそうに談笑をしていた。
「でも、どっちもキツネ顔ですよね。目元が似てます」
ミハルは前のめりになって言う。豊満な胸が今にもテーブルに付きそうだが、ドキドキというよりヒヤヒヤしてしまうのはなぜだろうか。
「ご明答。たまに言われるわ。でもあんま似てないわよ。ウチは三兄妹それぞれ別の道歩んでるの」
知子さんは右手を上げて優雅に振り払う。
そういえば、私は南波家の家族構成を知らない。
長野のご実家が酒造を営んでいるって事ぐらいしか聞いていない。
「長女がこれなのに次女は巨乳で既婚だしな」
「新大は黙ってなさい」
知子さんがアラタをキッと睨む。
あ、きっと知子さんは妹がコンプレックスなんだ。
この話はあんまりしない方のが身のためかもしれない。
「えー、知子さんの妹さんっておいくつなんですかー?」
ってオイ、ミハル!!!
見えてる地雷をどうしてわざわざ踏むんだお前は!!
「21」
アラタが言った。知子さんが言わない辺りからお察しだよ。
「早かったのよねー」
知子さんはニコニコ笑っている。笑っているけどなんか怖い。尋常じゃない程尖ったオーラがにじみ出ている。
ねえやめよ、やめようよミハル。この話は絶対だめだって。
今なら引き返せるからやめておこう?
「……すしざんまい」
ナイス恋頃!!!!!!!
相変わらず意味はわからないけど話を逸らすには十分だ!
「行きたいねー。帰り寄ろっかー」
これは我ながらナイスだ。話の矛先が完全に変わった。
今のタイムリー2ベースで恋頃が三塁に行った。
あとは知子さんが打てばホームインだ。
この際犠打で構わない。「えー、ここで食べましょうよ」的な不平を漏らせば、すかさずメニューを差し出せばいい。
そうすれば話題もすり替わる。
鹿児島のじーちゃんばーちゃん。俺、やったよーーーーー!
「それで、結婚何年目なんですかー?」
おいこらふざけんなミハル!
これで私と恋頃の苦労が水の泡じゃねーか!
何ねじ込んでんだよ。
何ゲッツーしてんだよ!!!
「3年目だよな。デキ婚って奴。高校の先輩とずーっと付き合ってたんだとさ。子供はもう2人居るんだよなー」
「なーっ」てアラタは知子さんの方を向いて笑う。
やめなさい! アンタは知子さんを煽るのをやめなさいッ!!
いいかアラタ。お前が思ってるよりもな、知子さんは悲惨な人生を送っているんだぞ。
こと男に関しては本当に砂漠のような道を歩いてるんだからな。
「ええ、かわいいわよ。あ、写真見る?」
知子さん……もういいよ、ゴールしていいんだよ。
写真があるのにどうして今まで見せなかったの。
わかったから。もうわかったから。
「子供好きじゃないからいいよ、別に」
私はとりあえず気を遣った。まあ無駄だと思うけど。
テーブルに肘をついてミハルを見る。
少女のようにキラキラと目を輝かせていた。
あぁ、悲劇だ。悲劇が始まろうとしている
「見たいです!」
ですよねー。




