あきな、覚醒!
*
そして私は野菜スープを食べ続けた。
あくる日も、そのまたあくる日もそのまた……。
ある時は痩せているという理由だけで通行人のギャル女にガンを飛ばした。
ある時は夜中にTwitterで貼られたラーメン画像にマジギレしてキーボードをぶっ叩いた。
姿見の中のミシュランは相変わらず惨めで痛ましい。
それでも私は、痩せた自分に会える事だけを信じて野菜スープを食べ続けた。
おいしいものが食べたい。
スイーツパラダイスに行きたい。
あそこのほっぺたがとろけるほど美味しいモチモチのパスタが食べたい。
美味しいパスタが食べ放題のスイーツパラダイスに行きたい。
その間、樹さんから2度メールがあった。私を心配した体の原稿催促メールだ。
テキトーに返した。内容は覚えてない。原稿も進まない。
今日はスーパーのバイトがある。
絶対に口にできない、鶏のから揚げをひたすら詰める苦痛がはじまる。
その日も、私はおとなしく鶏のから揚げを詰めていた。
頭の中で樹さんとの別れ際のやり取りが思い浮かぶ。
――樹さんは痩せてる女の子が好きなんでしょ? じゃあ私は対象外。っていうか樹さんのターゲットに入りたいとかそういうのじゃないっすけどね!!
あの時、本当に追い詰めたのは誰?
樹さんではない。
樹さんは私がいなくなった所でどうこうって訳じゃない。
じゃあ誰?
わかってる。
私自身だ。
この苦痛な行為だって結局自分を追い詰めるためだけの作業に決まっている。
あれ?
それで結局、自分は何のために色んなものを我慢してるんだ?
何のために生きてるんだ?
何のために毎日を飢餓状態で耐え抜くを決意したんだ。
プライド?
水着?
あのもやもや?
積み上げてきた概念が揺らいでいく。
私って何だっけ。
親友と会える飲み会をわざわざ休んで。仕事で付き合ってる樹さんにヒステリーを起こして。おいしい物もお酒も我慢して。
バカげている。
全部、全部、全部全部全部全部ぜーーーーーんぶっ、バカげている。
無意味だ。
ぐう、と何かが鳴った。
私の腹の音だ。
それを引き金にするにはあまりに十分すぎた。
その瞬間
バチィン、と。
私の中で何かがヒューズした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は天井に向かって身体をわなわなと震わせながら吠えた。
体中の音を集めて咆哮を上げた。
鶏のから揚げを詰める作業を中断し、それらと向き合った。
目の前のから揚げをポイポイと玉入れの要領で口の中に放り込んでいく。
咀嚼。
じんわりと、油が舌を潤す。
肉が私の喉を通り過ぎていく。
塩分が血液に染み込んでいった。
「お、丘崎さん?!」
「どうしたの?!!」
突然の私の奇行に、次々周りから悲鳴に似た声が上がる。
関係ない。
関係ない!!
関係ない関係ない関係ない関係ない!!!!!!
ハムスターのように頬を膨らまして口いっぱいに詰め込んだから揚げを咀嚼しながら、私は弾丸のように売り場へ飛び出した。
「むふおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
滑る足場をもろともせず、スーパーの売り場を真っすぐに突き進む。
ある場所でカーブを切り、高い音が鳴り響きそうな急ブレーキをかけた。
目的地は調味料売り場。
並べられた財宝たち――――マヨネーズをごっそりと奪い、床に座り込んで夢中で封を開ける。
赤い蓋を毟り、銀色を剥ぎ取ると、そこには金脈があった。
顔を上げ、容器を思い切り握って口の中のから揚げと混ぜ合わせる。
うまいっ!!!!!!!
やはり、唐揚げにはマヨネーズに限る。
ひゃっほおおおお!
死んでいた細胞が蘇っていく。
いいよ、これだよ!
最高にキまってるよ!!
私ィ!!!
次なる財宝を求めてお惣菜売り場へと走り出す。
標的はコロッケ。
鞋のようなコロッケにマヨネーズをブチュブチュと掛け、それを口いっぱいに頬張る。
咀嚼する度に至高の快感が襲った。
やった、カロリーだ!!!
カロリーだよ!!!!
私の身体と心がカロリーに満たされていく。
愛しさが胸に溢れていく。
ああ、こんな優しい気持ちになれるんだ、私。
過酷な断食生活のせいで、こんな感情、長らく忘れてしまっていた。
ありがとう、カロリー。君のおかげで私は大事なものを取り戻せたよ。
ああ、油と炭水化物の海に溺れて生きていきたい。
それならもういっそボンベのようにきっと衣から出る油を吸って息絶えてしまいたい。
ビバ! カロリー!!!
ジーク! カロリー!!!!!
大好きカロリー、私を抱いて!
あなたの愛で包んで!!!!!
「丘崎さん! 何してるの」
気づけば私は敵軍のデブ達に包囲された。
厚い肉の壁。鉄壁の守り。
私はコロッケを吐き出しながら、力の限り叫んだ。
「ッ、デブになろうとしてんだよ!!!!!!!!!!!」
キキィーと奇声をあげながら、手当たり次第手元の揚げ物を奴らに投げていく。
デブたちは不快な顔をして私から遠ざかっていく。
「きゃぁー」とか「やめてー」とか。
うっせぇんだよ!!!
てめぇらごときが女見せてんじゃねぇよ!!!!!
豚野郎どもは養豚所でブーブー言ってんのがお似合いなんだよクソが!
てめぇらも食っちまうぞ!!!
そうだ肉、炭水化物とくれば次は肉だ。
私は精肉売り場へ駆け込んだ。
生?
気にするな。
今の私なら、何だって食べてしまえる。
だって、私にはあのお方がいる。
カロリー様がいる。
彼なら私を味方してくれるから。
優しく包んでくれるから
「はは、ははは!」
嬉しくて笑顔になる。笑い声が漏れる。
まるで女王様。
最っ高。超きもちい!!
私に逆らえる食材なんてあるの?
*
「という経緯でスーパーをクビになりました」
樹さんは、「にわかには信じられない」という顔で私を見ていた。
信じてくれなくてもいい。私すら信じていないんだから。
目を合わす事すらできない。
死にたい、と腹部を見て強く思った。
しかし、樹さんは次の瞬間、弾けたように笑い出した。
「キミはやっぱり面白い」
何で突然。
この人って精神に問題持ってんの?
塩顔イケメンならメンヘラだって許される訳?
私は早くも樹さんのテンションに置いてけぼりを喰らった。
「樹さん? 大丈夫ですか」
ひーひー言いながら、樹さんは大丈夫と私の肩に手を置いた。
骨ばっていて、今にも折れてしまいそうな繊細な指だった。
「あれから思ったんだけど」
樹さんは恥ずかしそうに目を伏せて言う。
「僕はあきなちゃんなら、何でも構わないよ」
その言葉に、私の脳は一度考える事を放棄した。
「……」
なーーーにがあきなちゃんだ。
なーーーーにが何でも構わないだ。
畜生め。
負けた。
やはり樹さんは最強だった。
「……あざっす」
悔しいどころか何故か嬉しかった。
しかし、デブは人間にあらずという大前提はいくらこの人といえど覆せはしない。
心に支えたモヤモヤとはおさらばできないのは無理もない。
「もう帰るの?」
「海に行く約束があるんです」
モヤモヤ退治は彼女たちに任せるとしよう。
*
金色の砂浜、白い波、照り付ける太陽。
視界に入った女たちは皆、自慢のボディを誇らしげに見せ付けていた。
チャラ男とチャラ子をアゲアゲにする魅惑のビーチ。
そんな中、大きなパラソルの下で、異色を放つ4人組。私たちだ。
「乾杯!!」
4つの缶ビールが合わさる。
海辺にパラソルを突き立て、その下で私達は缶ビールをあおる。
私たちは下品に笑いながらバカ話に華を咲かせていた。
「あきなったら本当にバカね」
「いやぁ、警察に連行されなかっただけマシでしたわぁ」
私は海でもロリータ。
「私も正直助かりました。スクール水着しか持ってなかったので」
ミハルは海でもタートルネック。
「水着なんてバカみたい。貧相な身体を見られて何が得なの?」
知子さんは海でもオフィスカジュアル。
「とったどー」
そして恋頃はやっぱりウェットスーツ。
結局、私たちに水着になれる者はひとりもいなかった。
皆服を着たままビーチへやってきた。
海は広い。
矮小な私たちの心も包んでくれる。
「それぞれが悩みを持ってるのよ。さらけ出す必要なんてなかったんだわ」
知子さんの言う通りだった。
「染みる言葉ですね。この間は貧乳扱いしてすいませんでした」
私は頭を下げる。
「いいのよ。事実だし。そんな奴がそうそう水着なんてなれやしないわ」
知子さんは苦笑いを浮かべた。
「っぷはぁー」
卑屈になるでもなく、ビールを煽る。
その後、4人でバカみたいに笑った。
私はこの愉快な友人達に見栄を張ろうとしたのがとても恥ずかしくなった。
ただ、ここだけの話、あの野菜スープは今でも飲み続けている。
(第二夜・完)
二章完結しました。
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きっと世の中のダイエットに失敗した女性も喜んでくれると思います。




