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私がモテないのはお前に言われんでもわかっとる!  作者: 矢御あやせ
第2夜 デブのくせに人間名乗ってんの?
23/44

残酷な店主のテーゼ

 *



私はその後、いつもの居酒屋に逃げ込んだ。

平日ということで客入りの少ない店内でカウンター席ど真ん中を陣取り、ウーロン茶片手にひとり弁舌を奮う。

食事は何も頼んでいない。注文は私の相棒、ウーロン茶だけ。

最悪の客だった。


「あたしはなしてこんなどうしようもないヒステリーを……」

「女ってバカだよな。っていうかお前はただのバカだけど」


反論する気も起きない。

グラスに並々と注がれたウーロン茶の氷が溶けてカランと涼しい音が鳴る。


「……ざーんーこーくな店主のテーゼ」

「ここはスナックじゃないぞ」


うるせぇよ。どうせ私以外客がいないんだから今位スナックにしろよ。付き合えよ。


やり切れない気持ちでいっぱいだった。

思えば最近の私はおかしい。

夢の中のモヤモヤに全部を否定されて以来、ずっと心に変なものが居着いている。


「店長は痩せてる女とデブな女はどっちが好き?」

「お前ら以外」


ある意味好感度の高い回答だった。

なるほど、確かにあのメンツは微妙だ。

選べと言われてもありえない。


「奥さんって太ってる?」

「痩せてる」


だよね。あーあ、ため息が漏れるわ。


「……ざーんーこーくな店主のテーゼ 窓辺からやがて飛び立て」

「死ねってか? 痩せてる奥さん持ってるだけで死ねってか?」


黙らっしゃい。どうせお前はHばっかしてんだろ。

子供が3人も居るのが何よりの証拠だよ!

テメェの性生活はこっちサイドにだだ漏れなんだよ!

死ねよ死ね死ね!!!! リア充はみんな死ね!!!

しかも嫌な死に方しろ!! なるべく痛く失意のまま命を落とせ!!!


「ねえ、安田はどう思う?」

私は、食洗機の前でグラスを磨いている安田に話を振ってみた。

「は?」

彼は素っ頓狂な顔をしてこちらに振り返る。

「うちのバイト巻き込むなよ」

うっさい。お前は黙れ。今ぐらいスナックにさせろよ。

もう一杯ウーロン茶頼んでやるから、かわいい女の子連れてこい。できれば巨乳の。

「痩せてる子とデブはどっちが好き?」

「はぁ」

安田はふと、グラスを拭く手を止めて考え込む。

「どっちでもええかなぁ」

遠くを見てそう言った。

出たよ模範解答。

くっそ腹立つなぁ。

チャラ男はそうやって数え切れない程の蜘蛛の巣を張ってきたに違いない。

華麗な蝶をその手に収めてきたに違いない。


「でも、字が綺麗な子がええ」


意外なフェチズム。


「へ、へぇ」


私の声が思わず上ずる。だって、だって……


「何ヒいとんねん!」

「字の奇麗な子とならどんな容姿でもセックスできるって事でしょ? なんかキモい」


ってことはだよ。

シミの付いたスヌーピーのTシャツ着てるデブなブス相手にしても字が綺麗なら愛を囁ける訳?

書道家とかなら許せちゃう訳?

ある意味驚きだわ。

選り好みばかりして二次元の女並べ立ててリアルの女は糞だとかなんだよかギャンギャンうるさい童貞のが余程健康的だと思う。


「……飛躍しすぎや!」

「あ、えーと、私の字、汚いから」

「お前のは顔見てわかる」


字の奇麗なブスとセックスする安田を想像したら、食欲が減退した。

今日は何も食べずに済みそうだ。


棚からぼた餅。私ってラッキー?

でもそのぼた餅、カチカチの上にカビが生えてない?


「仮にお前の字が奇麗でも女としてみれんわ」

「それは私がデブだから?」


安田は首を振り、歯を見せずににっこりと微笑む。

蛇顔で横なんとかさんに似た彼の笑みは恐ろしく妖艶で。

濡れた赤い唇からはむんむんと男の色気というものが漂っている。

香りに例えるならグッチの香水。エンヴィなんてどうか。

しつこい香りではないがどこかエロティックで、ハイブランドにも関わらずドラッグストアで購入できるところがポイントだ。

楽天だと1000円で買える場合がある。

価格査定に関しては彼がフリーターだという事に密接に関係している。

正社員や金持ちならば、ディオールに格上げしても良い。


それは、あくまで推測に過ぎなかったコイツのチャラ男説が確信へと変わった瞬間でもあった。

確かに顔はとても整っている。

「笑い方」というのも心得てるんだと思う。

こいつはおそらくこれ以外にもパターンを持っているだろう。

キメ顔を研究し尽くしているに違いない。

チャラ男というかチャラ師範代と呼んだ方が良いかもしれない。


そして安田は唇をゆっくりと開く。


「性格」


前言撤回。

お前なんて香り付きねりけしで十分だ。


でも、樹さんに何か言われるよりは少しはマシだった。


なんだか――


樹さんには裏切られた気さえした。

樹さんに何を期待していたのか。

樹さんって私にとって何なのか。

すっかり迷路の中だ。


「デブの女性はどこに消えるんだろうねぇ」


新宿の街は、あまりにデブが少なすぎる。

日本人のデブ率と照らし合わせてみても矛盾が生じている。


「知るか」


店長の言葉は単純明快しかも丸投げだが、真理を突いている。

デブがどこに消えたかなんて、誰も知る由もない。

デブなんて、皆から忘れ去られるんだから。


「そういえば丘崎、最近やつれたな」

「あぁ、それ俺も思いました」


お前らもかよ。


だから痩せたんだって。


私は黙ってカウンターを後にした。

店長がお代をサービスしてくれた。300円のウーロン茶を。



惨めな気分になったが、デブが同情される絵は、客観的に見てもなかなか惨めだった。


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