あきなの苦悩
真夜中。
「うーん」
私はゴミとぐしゃぐしゃに丸めた没原稿を目一杯貯めた我が家で、唸り声をあげていた。
私の水着姿はあまりに惨めだった。
姿身はしっかり怠惰を映し出している。
胸を寄せてみる。
たぷたぷと胸以外も揺れた。
デブの巨乳なんてハリボテと存在価値が一緒だ。
正直、知子さんを煽る時位にしか役に立たない。
「昨日まではぎりぎりOKだったんだよ」
と、自分に言い訳して腹の辺りをつまむ。
つまる……っていうか掴める。
寄せたら圧巻的ボリュームを発揮する。
肉。
余りに忌ま忌ましい存在。
にく。
内側に秘めた人と書いて肉と読む。
そうだ、きっと妊娠したのだ。このお腹には赤ちゃんがいる。
……処女だし。
誰とヤったんだよ。
樹さんに種付された?
んな訳ねーだろバーカ。
樹さんに失礼だろバーカバーカヴァーーーカ。
姿見の中にギリギリ収まるタイヤのミシュランをどうしても自分だと認められない私は、何か良い策はないものかと思案を張り巡らせた。
「こんにちは」
作戦その1、他人扱い。
鏡の中のミシュランもこんにちはと言った。
どうにも他人とは思えない。思いたくても思えない。
ここで鏡の中のミシュランが親指を思いっきり下に向けて「ファック・ユー、メーン?」とか言いだしたら苦労はしない。
いや、鏡の中のデブな自分が突然マザーファッカーになってしまったらそれはそれで苦労するかもしれない。
別にそんな事起こらねぇし。
「案外痩せてるんじゃね?」
今度は自己暗示。
なにせ、審査員は知子さん達なんだから。
知子さんは煽り返せる自信がある。
だが要注意はミハルだ。
前半お世辞で攻める癖にいざという時本音がポロリと出る。
知子さんはそれを利用するに違いない。
鬼! 悪魔!!
自分が納得したところでまるで意味がない。恥をかいて終了というところだ。
「うんこ」
悪口を言ってみた。
悔しくて、惨めで、とてもむなしい。
感じたのは手詰まりだ、という事だけだった。
「やめたやめた」
水着をゴミ溜めの中に放り出し、私は全裸でベッドに飛び込む。腹の肉がひっかかる。背中の肉が段になる。
どうすれ正解か?
分かっている。
痩せればいいだけだ。
だが、痩せたくない。
ただで痩せられるならまあいい。でも、脂肪達はあまりに不相応な身代金を要求してくる。
それは――「努力」だ。
今更痩せた所でイケメンと不相応な恋愛をする気もない。
平気平気、私には彼がいる。梵英心がいる。
……梵は既婚者だっつーの……。
梵はいないけど着たい服は入る。
ガードルに肉をねじ込めばいくらでも入る。
ならば何故痩せなきゃならない。
私は、痩せるために努力なんかしたくない。
そんな事しているのなら他の事を沢山したい。
人生は限られている。食事の数も限られている。その時間や機会を有効に使いたい。
少なくとも、今の私はダイエットに割く時間が惜しい。
そうだ、知子さん達に謝って海はやめにしよう。
うん、そうしよう。
そう決めて、私は布団に身を預けて眠りに落ちた。
*
気づくと私はユニコーンに乗ってようかん片手に煎茶をすすっていた。
ユニコーンは巨大で、ちゃぶ台を置くスペースがある。
ユニコーンだと思ったが段ボールの角をつけた西武新宿線だった。
あ、夢だ。
この何言ってるのお前感。
絶対に夢だ。
ちゃぶ台の向かい側には誰か座っている。モヤが掛かっていたがそれは次第に晴れ、タートルネックに詰まったボリューミーな胸がプルンと揺れた。
ミハルだ。
夢の中でもいつものタートルネックだった。
だって私、コイツがまともなオシャレしてるとこなんて見たことないし。
ミハルはジト目で私の手元を見る。
ようかんだ。
「ようかんとか……食べていいの?」
「はい? 何を食べようが私の勝手でしょう」
「いいの?」
「ロリータだって羊羹くらい食いてぇ時があるんだよ! 不思議の国のアリスじゃなくてこぶ取りじいさんの世界観に浸りたい時があるんだよ!!!」
なんでこぶ取りじいさん。
ジジイと鬼とコブしか出てこない奴じゃん。
せめてかぐや姫とか言えよ。
「シッシ、あっち行けよ。お前のタートルネック見てるとようかんがマズくなる。卑猥なもの想像するから。この上野クリニック女!」
「いいの?」
ミハルはそれだけ言い残し、黒い煙になって消えていく。




