仁義なき戦い
海に行く。
当の安田は自分がどういう事を言ったか気づいていない。
「ま、まぁ? 海くらい行けるけどね」
最初に動いたのは私だった。
こういうのは先手必勝なのだ。
巨人だって先制点を取ったら後はスコット鉄太朗がなんとかしてくれる。
「忙しいんだよね。毎日毎日バイトでさ。余裕が無いってゆーの?」
カァン!
この瞬間、女達の熱くみにくい争いの火蓋が落とされた。
「この中で誰かって言ったらあきなよねぇー。海に縁がないのは」
女性いびりのベテラン・南波知子選手のカウンターが炸裂!!
おい、これは腹にきたぞ……。
貴様、お忘れかいぃ?
あたしゃぁこれでも第1夜で人魚姫だったんだぞえ?
海は海でもゲ□の海だけどよぉ。
「いやぁ、ミハルじゃないスかぁ? オタクは東京ビッグサイト以外海辺に寄り付かないでしょう」
必殺、あきなのすり替え。
ミハルと序列をすり替える程度の能力なりけり!
オタク達は海に近寄ると溶けてしまう。
ちなみに、同じ海辺だとしても、イベント中の東京ビッグサイトには結界が張ってある。
「ひどい!! 私だって海でスイカ割ったりするもんっ!」
ダウト。
そのモヤシみたいに真っ白な肌で、何を言う。
見え透いたウソは即死を意味する。
ふん、ちょろすぎて欠伸が出ちゃうね。
「お前が割ってるのは男の股だろうが!」
まさか処女にそのセリフを言う日が来るとは思わなかった。言ってる自分でもびっくりだ。
「……とったどー」
何か聞こえた。鈴の音のように凛とした声がどこかから聞こえた。
貴様、次喋ったら命の保証はしないからな。
「つーか私。海行く約束フツーにありますしぃ。もちろんあんたら以外と!!」
ウソは言っていない。
我が実家・茨城県ひたちなか市は海と隣接している。それ故・帰省すなわち海へ出かけると言って差し支えはない。
死んでも脱がないし泳がないけどな!
「えぇえ? そうなのぉ? 私もぉ? 会社で? 海行く? 予定に? なってるのよォ?」
真っ先に噛みつく知子たん。
嘘だな。涙目で必死で見栄を張る知子たんが気の毒すぎて涙すら出てくる。
昔から、知子さんは土壇場になると見え見えのウソをつき始める。
しかも語尾をこれでもかって程上げてくるから一発で判別が可能ときた。
とにかく痛ましい。
野球に例えるなら味方の加点が一切貰えないバリントンなんてどうだろうか。
「……海。行きたい」
恋頃様が何かおっしゃっている気がした。
黙れつっただろうがよぉ!!!!
お前はおとなしくぺヤングだけ食ってりゃあいいんだよ!!
いい加減にしないとここから摘み出すかんな!!
「まぁ、素敵ですこと。社員の皆さんも南波さんの水着姿に悩殺されちゃうかも。レイプされないようにね」
知子さんの水着姿……想像するだけでも涙を誘う。
「お、丘崎さんもォ? 試着室で水着が入らなくてェ? ぴーぴー泣かないようになさってねェ?」
カッチーン。
おっととぉ。
南波知子さんよぉ!
今のはマジでのっぴきならねぇぜ。
八兵衛もびっくりなうっかり発言だぜ今のは。
相手が私でよかったな。
心の広い私だから、てめぇのタンスの中のエロ水着みてぇなブラジャー全部生わかめに変えられてる位で済ませてやんよ。
あー、よかった。よかったね、知子たん!!
つまり、バカでも分かるように噛み砕いて言ってしまえば、このまな板女はこう言ったのだ。
私がデブだと。
「ごー安心をぉ。私はもう自分ピッタリの水着を持ってるので。そーですね、入らないとしたら胸だけかしら。GがHになってるかもぉ」
デデーン。丘崎ー、アウトー。
去年買った水着はもう…………。
でもいいのだ。
知子さんは我を忘れて指折り数え始めているから。
頭の中ではキラキラ星の歌が流れているにちがいない。




