異教徒・降臨
「ペヤング」
「何で二回言ったの?」
「……大事な事だから」
「大事?」
「……とっても」
恋頃はコクリと頷く。
「笑止! 湯切りで失敗とは愚の骨頂なり。恋頃ちゃん!! 異教徒としての天罰ですよ!!」
突然ミハルのテンションが上がった。
異教徒ってなんだよ。ペヨンジュンとなにが違うんだよ。
お前、さてはUFO派だな。
「……ペーヤン軍……ペーヤン軍……」
あの、恋頃さん?
何ペヤン公国作ろうとしてるんですか?
ジオン軍みたいに言われても困るんですけど?
「……BBQ……宿敵」
あくまでUFOは無視する方向なんですね。
「……神聖なソバを鉄板にぶちまける行為……許さない」
それ、普通に焼きそばを作ってるんだよ。
「…………ぶちまけるのは麺じゃない……湯……」
ペヤングするの?!
BBQでもペヤングするのぉ?
お前どんだけペヤング好きなんだよ!
「……ペヤングこそが……神が創った食べ物なり」
神じゃないよ。作ってるの、まるか食品(株)だよ。
「……焼きそばを焼いて食うヤツはもれなく死ね」
「死んじゃうよ! 大体死ぬよそれ! まるかの人も多分死ぬよ!」
「もうやめて下さい! そばはそんな争い望んでません!!!」
「エラい美人な嬢ちゃんや思っとったのに……こら100年に一度のアホやな」
「もう。人をボジョレヌーヴォーみたいに言うんじゃないの」
「……例えるならペヤング」
「アンタは黙ってなさい!」
「せや。黙ってりゃべっぴんなんやから。夏帆ちゃんやのに」
あれ? さっきから男の声混じってるような……。
「ととと、知子さん……あきなちゃん……」
突然ミハルが顔を青くして震え出す。
私はハッと声の方へ振り返り、仁王立ちで私達を見下ろすバイトくんの姿を認めた。
「ハッ、き、貴様!」
「ふん、ようやく気づいたか。このにぶちんどもめ」
「高田!」
「ヤスダや!」
そう、遊び人・安田。
後ろからズゴゴゴゴゴゴなんて音が聞こえてきそうな殺気を放っている。
「高田ァ。さりげなくランクアップしてやったのに礼もねーのかよォ」
「何でや! 何で名前間違われて礼言わなあかんねん!」
「っていうかアンタ、いつからそこに居たのよ!」
「大体知っとるで。実は聞いとらんかったが店長からタレコミもろた」
店長おおおおおおおおおおおお!!!
なんて事してくれんだ店長おおおおおおおお!!
カウンターの向こうで親指立ててんじゃねーよ店長おおおおお!!
全然グッジョブじゃねーよこのクソ既婚者がああああ!!
「だ~れ~が! 遊び人やぁこのクソビッチ!」
「残念処女でしたぁ~」
「うわぁ~エグいわぁ。平然と言うのほんまエグいわぁ」
「余計なお世話じゃ! 遊び人はとっとと去れ!」
塩撒いてやる。
ちょうど塩あるし!
居酒屋だから塩置いてあるし!
「やめい! 人の店の調味料で遊ぶな!」
「すいません。ほんとこの子、マナー悪くてすいません」
知子さんが頭を下げる。
「悪い子じゃないんです。マナーが悪いだけなんです」
続けてミハルも頭を下げる。
「……マネーが無くても……ペヤングは買える」
恋頃はグッと、親指を立てていた。
「あの子は何のフォローしとんねん! ごっつぅかわいいのにヒくわ!!!」
ヤスダは恋頃に白い目を向ける。ああ、どん引きしている。
「すいません。ほんとあの子……恋頃は。頭悪くてすいません」
「恋頃ちゃんは悪い子じゃないんです。頭が悪いだけなんです」
「そっちはフォローする気すらないのかよ!」
「喰らえ! 喰らえ! これが金本の分! これが新井の分!」
一方、私は悪い妖怪を退治するため、ひたすら塩を投げ続けていた。
「っていうかお前はいい加減塩まくのやめい!」
「食らえっ! 消えろっ!!」
「無視かい!!! 目がマジなんですけど。なんかこの人ちょっと怖いんですけど」
「遊び人……海……BBQ……駆逐する…………クククククゥッ」
「マジもんやあああああ! この女、目がマジやああああああああ!!!!」
「ヒャッハー! どうだああああ! しみるだろぉ 日焼け跡にも火傷あとにも染みるだろおおおお! 死ね! リア充は死ね! 滅びろ! 新井返せ! アーッヒャッヒャッヒャッヒャ!!」
「病んどるっ。こいつエライ病んどる!!!!!」
「とうとう壊れたのね、あきな。完全に塩投げ機じゃない」
「締め切り前なんて誰もそんなものです」
「ペーヤン軍! ペーヤン軍!」
恋頃が青海苔を投げはじめる。
っていうかどこから出したの?
乾いた紅しょうがのヤツ混じってるよ?
ペヤングのヤツでしょそれ。
ねえ、どこから出したの?
「怖いわぁ!! なんやねん。こいつらマジ怖いわぁ!! そんな羨ましいなら海いきゃいいだけの話やねんか」
海に
行く?
私は塩を投げる手を止める。
知子さんは立ったまま硬直し、ミハルはたわわな乳を寄せてテーブルに手をついた所で停止した。
恋頃は残ったイカ一夜をがっつき始める。
私たちの時間が再び止まった瞬間だった。




