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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
異世界のお嬢様学校にまさかの入学
8/58

 その後の授業は大きな出来事がなく終わった。強いていうなれば、クリスタとシエルの仲が何故だか悪いということがわかったぐらいだ。

 授業の挙手合戦や復習小テストの点数争い、課題をどちらが早く終えるかなど、授業のところどころで争っていた。

 一時間目と二時間目の間の休み時間での一件を見る限り、クリスタがシエルに一方的に対抗心を燃やしているのではないかと思っていたが、どうにも逆なようだ。

 小テストがある授業の前にはさりげなくその話題をシエルが振って挑発したり、課題を先に終わらせると勝ち誇った笑みを露骨にクリスタに見えるように浮かべたり、と言った感じだ。クリスタはそれでプライドが刺激され、真正面から相手にしているようだ。プライド高そうだもんなぁ。

 クリスタについて知っていたが、シエルも負けず劣らず優秀だった。シエルも侯爵家のお嬢様である以上かなりの教育を受けてきているようだが、それでもクリスタと張り合えると言うのは素直に凄いと思う。

 周りの様子を見る限り、どうやらこの二人は去年からそうだったっぽい。なんせ二人の様子を見て「ああ、またやってる……」みたいな反応だったからな。それを見た何人かは「自分も負けていられない」としっかり勉強に取り組んでいることもあり、教師たちも容認しているようだ。授業、と言う面では少々ずれているが、成績自体は上がっているので万々歳だ。悪い影響は今のところないらしいし、問題ないだろう。

 ……その間にいる俺以外には。

 この二人の間にいると敵意の視線の応酬に晒される形になる。俺自体はその争いに全くもって無関係なのに、その間で気まずい思いをしなければならなくなる。

 そして何よりも休み時間。これが辛いのだ。

 一時間目と二時間目の間の様なやり取りが繰り返されるのである。シエルが俺と話し、それをクリスタが見て怒る、という構図である。

 クリスタはプライドが高くて責任感が強いせいか、俺の事を下僕と呼ぶように、自分がまかされたことに対する独占欲が強いようだ。

 クリスタの様子からして、ありがたいことに色々と俺を気に掛けたそうだが、それが出来る休み時間でシエルが俺に話しかけてくるため、それが出来ないのだ。

 結果、クリスタは不機嫌となり、そのとばっちりは俺に飛んでくる。シエルは俺を上手いとこ利用してクリスタをからかって遊んでいる感じだ。

 それにしても……原因がシエルだとは分かってはいるものの、クリスタの態度が少しばかり酷い。少し気に入らないことがあるとつま先を硬い踵で踏み抜いてくるし、まるで俺が悪いと言わんばかりに睨んでくる。

 一方、ことの元凶であるシエルだが、あくまで俺に対する態度は普通だ。それどころか好意的ですらある。他の生徒やクリスタに比べて、男だからとか、貴族の生まれではないからとか、そういった理由での差別はない。とても仲良くしていたいタイプだ。

 正直なところ、クリスタは少々キツイ。俺の事を考えての行動かもしれないが、ちょっとばかり独りよがりで……言うなれば自分勝手だ。だがしかし、悪いところはあると言えどクリスタとも仲良くしていきたい。だがそうなるとシエルをないがしろにしなければならないが、そう言うわけにはいかない。

 結果的に……

「ねぇねぇヨウスケ君! そういえばカンドラの街に新しい店が――」

「ヨウスケ! 次の授業の国語についてですが――」

「すまん! 用を足してくる!」

 休み時間に入って早々に競うように話しかけてくる二人を振り切り、急いでトイレへと逃げる、という方法だ。

 実際そこまでしたいわけでもないが、このトイレに逃げる振りは大変便利だ。

 この学校は元々女子校で、男子については教師は全くいないし客人ですらほとんど来ない。

 結果、トイレについては必然的に女子用しかない。

 そんな学校に急きょ俺が入学したわけで。

 よって、元々あったトイレのいくつかを男子トイレにしてくれたのだ。

 だが、プライドが高いお嬢様方の機嫌を損なわないように、また、たかが俺一人のため、ということで、一つの棟に一か所がトイレとなった。

 この学園は三つ棟があり、学年ごとに分かれている。お嬢様学校なだけあって一つ一つがアホみたいに広く、結果的にトイレまでとても遠いのだ。

 早歩きでも、行って、用を足して、帰ってくるころにはもう次の授業ギリギリだ。しかもこれは小さい方の話で、いくらか時間がかかる大きい方については長い昼休みにやるしかない。

 こんな距離を移動するので、俺は当然小走りだ。

 とはいえ、今は用を足しに行く『振り』のため、適当なところで足を止める。

「はぁ~……」

 白亜に輝く大理石の壁に寄りかかり、大きくため息を吐く。

 これからどうしたもんかね。二日目からこれとは中々ハードだ。女子は集団になったら強い、とは言うけど、あの二人は単体で強い。クリスタもシエルも、二人をリーダーとする派閥が出来ていたりするが、双方ともそれらの力を使わず真っ向勝負に出ているあたり好感が持てるが、それに巻き込まれているこっちの身にもなってほしい。

「それにしても……あの二人はどうしてああなったんだろうな……」

 俺はそんなことを呟きながら考えに耽る。

 二人とも、多少自分勝手ではあるが決して悪い性格ではない。どちらかというと自分の力で向かっていくような好感を持てる性格をしている。シエルもクリスタに対する対抗意識を『敵意』にして向けなければいいのにな。仲良くやったらやったでお互いに高めあえると思うんだけどな……。

「ま、その辺は当人たちの問題かね」

 俺はそう結論付けると、そろそろ潮時だと思い、大理石から背中を離して来た道を戻る。

 結局、大した意味のない思考だったが、あくまで時間稼ぎだから問題はない。

 頭の中で教科書の最初の方に書いてあった図を思い出しながら、俺は教室へと戻った。


                 ■


 物理の授業を終え、昼休みとなる。

「ヨウスケ、ランチはどちらで食べますの?」

 終わって早々に世話焼きたがりのクリスタが問いかけてくる。

「学食。……あ、そうだ。せっかくだから案内してくれると嬉しんだけど」

「任せなさいですわ! ちょっとした話もある事ですし、ついでにご一緒させて頂きますわ」

「おう、それじゃあ行くか」

 そんな会話を交わして席を立つ。上手いことクリスタのご機嫌取りに成功出来たようで、クリスタは満足げに笑っている。

 クリスタは積もる話、のところで取り巻き立ちにチラリ、と視線を向けた。

 そういえば、物理の授業の前に初めて名前で呼ばれたな。今までは「ちょっと貴方」とか「下僕」とかで、名前で呼ばれる事はなかった。

 今更感は否めないが……こんな美少女とファーストネーム同士で呼び合うのは、緊張とでもいえばいいのか……結構ドキドキするな。

 だが、これがこの世界の常識と言うか習慣だ。追々慣れていかなきゃな……。

 授業に関する話をしながら食堂へと歩いて向かう。使い方と場所はすでに勝手知ったるものだが、クリスタのご機嫌取りのために案内をお願いした。

 それにしても、いつもはぞろぞろとついてくるクリスタの取り巻きたちがなぜかいない。予想ではあるが……さっきクリスタが取り巻きたちに向けた視線と言葉には何かしらの意味があるのだろう。そうだな……話の流れと雰囲気的に……二人きりで話したいことがあるからついてくるな、と言ったところかな。

 食堂につき、四人がけのテーブルへと座る。

 ここの食堂は大人数用の大きなテーブル、四人がけのテーブル、一人用のテーブルの三つの空間がある。一人用に二人並んでも良かったかもしれないが、席はある程度空いているし、正面で向き合っていた方が話もしやすい。

 メニューの中から俺は和食セットA、クリスタは日替わり和食セットを頼む。学食のくせに、レストランのように注文したら料理をテーブルまでウェイトレスが運んできてくれるのだ。そのウェイトレスたちも魔法が使えることが条件で雇われていたりする。

 ドリンクバーのように、いくつかの飲み物が大きいピッチャー(定食屋とかでお冷が入っている水差しだ)入っておいてある場所に向かい、冷たい緑茶をクリスタの分までグラスに注いでテーブルの上に置く。ついでにおしぼりも二人分一緒に持ってきて、一つずつクリスタの前へと置く。

 クリスタは気が利いた俺の行動(ご機嫌取りのために意識的にやった)に満足げに頷くと、緑茶に少し口をつける。その動作を見た俺も、それに倣って少し飲む。

「ふぅ……さて、それじゃあ早速お話しますわよ」

 緑茶で場を持たそう作戦が失敗し、料理が運ばれてくる前にクリスタが話題を作る。結構せっかちのようだ。

「ああ、そういえばそんな話もあったな……で、何?」

 仕方なくその話題に乗り、俺は話を進めるべく問いかける。

 まぁ、大体予想はついているんだがな。

「当然、昨日貴方が使っていた魔法についてですわ。あのような効果があって風属性以外となると……正直、あまり有力な候補は思いつかなかったのですわ。あとは水属性魔法で手のひらの上に高密度の水を作り出しているとか、実は貴方の狂言で単に力が強いだけとか、そんな今一つな理由しか思いつきませんでしたわ。もう降参ですわ。どうか教えて下さいまし」

 そう言ってこちらを鋭い目つきで見てくるクリスタは、少し寝不足気味の様であった。薄い化粧で隠しているものの、隈が出来ている。

 うーん、これはちょっとやりすぎた感があるな。せっかくのいい顔が台無しだし、心なしか髪の毛も昨日に比べてくすんで見える。いくら仕返しがてらとはいえ、少々いじめすぎたかもしれない。

「とは言ってもなぁ……正直、信じてもらえるかどうか……。本当の事を話してもふざけるな、とか言われるのがオチな気がするんだよなぁ」

 こればかりは俺の正直な気持ちだ。

 プライドの高いクリスタがこうして睡眠不足になり、降参してまで知りたがってはいても、その意志には応えられないだろう。むしろ『嘘をつく方が信じてもらえる』だろう。それぐらい、この世界からしたら『常識はずれ』なのだ。真剣になって貰っているところ心苦しいけど、こちらもそれに応えて真剣に話したら向こうからすれば失礼にあたってしまう。

「別に貴方に関しては魔法の常識は求めておりませんわ。なんならアヤコ様のように六属性全部に適性がある、と言われても信じてしまえそうですわね」

 クリスタはそう言って緑茶を一口飲む。

「うーん……じゃあ怒らない、叫ばない、騒がない、押さない、駆けない、喋らないを守ってくれるなら教えるぞ」

「くどいですわ! それと最後のは守ってしまったらコミュニケーションが円滑に進みませんし、そもそも最後の三つは地震が起こった時の対処法ですわ!」

 ほう、中々いい突っ込みをしてくれるな。

 ちなみに最後の三つである『お・か・し』は綾子さんが広めたものだ。この世界は、地震は割と少ないが、それでも起こることは起こるので対処法は自然と広まったのだ。

「別にそう大したこと以外では怒りませんわよ。さあ、さっさと教えてくださいまし」

 散々焦らされて耐えられない、と言った感じにクリスタが急かしてくる。

 残念ながら今までのシエルとの小競り合いを見ていて感じるのは、その怒らないは、全国母親の『正直に言えば怒らないから』並に信用が置けない。

 まぁいいか。腹を括るとしよう。

 俺はこの後訪れるかもしれない事態に備え、両手をおしぼりで入念に拭いておく。

「……あんまり周りに一気に広まると困るから小声で言うぞ」

「……ごくっ」

 顔を寄せ、真剣な表情で念を押す。

 クリスタは緊張しているのか、固唾を飲み込んだ。

「あの魔法の属性は――」

「属性は……」

 俺が焦らしてそう言うと、最後の方をリピートしてくる。

 もう後戻りできない。ここから先はでたとこ勝負だ。なんなら、それこそ今話題になっている魔法を使えば騒ぎは収まるだろう。


「――無属性なんだ」


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