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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
異世界のお嬢様学校にまさかの入学
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 校長……この場合は学園長か。こういった機関の長は、式で話す時は長い、というのが大体の学校に当てはまるだろう。実際、小学校、中学校、高校と運の悪いことに、代替わりしたのを含めて全員話が長かった。

 だが、綾子さんは一味違う。

「私がマギア学園長の綾子だ! ほとんど教鞭など取ってはいないがな! 諸君、また一年間勉学に励め! 夢にときめけ! 明日にきらめけ! 諸君らの健闘を祈る! 以上!」

 と勢いのままに一気に言って話を終えた。時間にして約十五秒だった。東京と神奈川の間にある川の名前が付く高校の硬式野球部の監督が叫びそうな内容だった。というか部分的にまんまだった。

 俺はその勢いに押されぽかーん、としているが、他の生徒たちはみんな憧れの目線で綾子さんを見ている。「アヤコ様……素敵……」「美しい……そしてカッコイイ……」「さすが世界最強の魔法使い……ああ、憧れのアヤコ様……!」とか両手を組んで胸の前に持ち上げながら腰をひねっている百合百合な人もいる。目がとろん、としているあたりマジなのだろう。

 この世界の貴族の女性は、若いうちは魔法使いとして強い人間を好む傾向にある。大人になれば別だが、若いうちは精神が未熟でそう言ったヒロイックに憧れるそうだ。

 当然、そんなのは女性しかいない。男性は魔力が少なくて魔法は使えないからだ。

 つまり、大体は憧れと尊敬と畏怖、そして一部の人間は恋愛感情となるわけだ。

 そのせいか、この学園の派閥のリーダーは大抵成績上位者だ。クリスタも世話役に選ばれた以上成績優秀者なのだろう。

 ちなみにこの学園は家柄は関係ないとは言うものの、実態としては家柄によっておおまかなカーストが出来る。

 第一の理由として、貴族としての位自体が魔法使いとしての優秀な血筋順で決まっているからだ。よって、強くて派閥のリーダーになるのは上流貴族、というわけである。

 もう一つは、単に家柄主義が半分ぐらいいると言う事。実力が伴っていなくとも、家柄が良くてカースト上位に位置することも珍しくない。その派閥にいるのは、大体の場合はおこぼれや権力目当て、はたまた本当に家柄主義なのかのどれかだ。まぁ、つまり金の力である。

 それはさておき、始業式が終わった。今日の予定としては、この後ロングホームルームをやって今日は終わりとなる。午後からは新一年生の入学式があるから、そこで仕事がある人以外は寮へ帰ったり、どこかに遊びに行ったり、勉強しに行ったりする。

「はーいみなさん、始業式お疲れ様~。じゃあみんな集まったことだし、ロングホームルーム始めちゃうわね~」

 教室に戻り、指定された席に全員座ったのを確認すると、先生はそういってロングホームルームを開始した。

 ちなみに俺が座っている席はクリスタが右隣にいる。クリスタが世話役だからだ。そして左隣はシエルだったりする。

「とりあえず、学級委員長を決めちゃおうかしら。やりたい人挙手~」

 先生が片足を上げながらという駆けるような姿勢で手を上げる真似をする。おちゃめな動作だ。

 その直後、視界の右端で肌色の何かが動くのが見えた。軌道を追うと、それがクリスタの手であることがわかる。それは真っ直ぐ、高々と頭上に挙げられていた。

 つまり立候補したのである。周りを見回したところ、他には立候補者がいない。

「あ、今年もやるんですね。はーい、じゃあクリスタちゃんに決定ね。みなさん拍手~」

 ほんわかとした笑顔で先生がパチパチと拍手すると、教室内で生徒たちの拍手が響き渡る。

 クリスタの頬は若干赤く染まっていて、その顔は誇らしげであり満足げだった。

 あの国民的アニメのぐるぐるメガネ君みたいに、こうしたクラスリーダーをするのが好きな人なんだろうか。正直、委員長になった途端キャラが豹変するとかは勘弁してほしいが。とはいえ、先生の様子から去年もやっていたそうだし、態度から見ても悪い方向には傾かないのだろう。ならば俺に異存は無い。

「えっと……あ、時間割の配布だね。じゃあこれ、はい!」

 先生が机の上に置かれたプリントをおもむろに指差す。すると、『風の音』とともにそれらは『急に舞い上がって』、ぴったり生徒たちの前に『全部』着地した。

 今のは当然魔法だ。だが、一クラス分……実に三十五枚を全部この精度で操るとなると、結構な技術だ。

 そこには個人個人の名前と時間割が記載されていた。

 この学校の授業は、必修科目と選択科目があり、それぞれ時間割が違う。となると、三十五枚同じものを無造作に、というわけでなく、三十五パターンの紙をミスなくここまで風に乗せて運んできた先生の手腕は見事の一言だ。

「…………」

 ふと、隣のクリスタが俺の時間割をじっと見ていることに気付いた。

「ん? どうした? 何か不都合があったか?」

「世話役だからどの授業が一緒でどの授業が違うかを把握しておかねばなりませんわ。……奇妙な縁で全部の授業が寸分違わず同じですわね」

 なるほど、そういう事か。確かに、一緒に居られる時と居られないときの把握は大事だな。それにしても寸分違わず一緒か。そいつは凄いな。

「ああ、分かった。いやぁ、済まないな、世話かけて。優しいじゃないか。あれだけ文句言ってても、こうして真剣にしてくれるなんて。ありがとな」

 俺は謝罪とお礼と感想をひとまとめに行った。

 なるほど、先生の言っていた通り、こう見えて中々面倒見がいいのかもしれない。はたまた責任感が強いタイプだろうか。

「なっ!? そ、そんなの違いますわ! 仕方なくですわよ仕方なく!」

 クリスタは顔を真っ赤にし、立ち上がり、腕を振り上げてそう叫んだ。

 おや、違ったかな? まぁいいや。仕方なく、ということは逆に任された仕事はしっかりやる、ということだろう。

「ん~? どうしたのクリスタちゃん?」

 クリスタの様子に気づいた先生はそうゆったりと問いかける。

「な、何でもありませんわ!」

 クリスタはそう言いながら、顔を真っ赤にしてばつが悪そうに椅子に勢いよく座った。


                 ■


「は~い、それじゃあみなさんさようなら~」

 帰りのホームルームも終わり、今日の学校は終了となった。明日からは本格的に授業が始まるだろう。

「ちょっと待ちなさいな」

 鞄を持って帰ろうと立ち上がったところ、クリスタに声をかけられた。

「ん? 何か用か?」

 振り返ると、そこにはクリスタが腕を組み、尊大な態度で立っていた。目の前で短いスカートがひらひらと揺れて目のやり場に困る。

「この後は私、入学式準備の手伝いがございますの。手伝いなさい」

 クリスタは手伝うのが当たり前、といった態度でそう言ってきた。

「手伝うのはやぶさかじゃないんだが……何で俺?」

 スカートに目がいかないようにクリスタの顔を見上げながら問いかける。うぐ、白い太ももの間が見える!

「私が世話係をする以上、恩に報いるのが当然でしょう? 男と言う下賤な生物でもある貴方は、当然私の下僕も同然。普段男の方が力があるとか負け犬のごとくほざいている以上、これから予想される力仕事でじっくり働きなさい」

 男に対する言いぐさも酷いが、こんなことを言われるこの世界の男は何を言ってるのだろう。確かに、女性は魔法、男性は体力で秀でているものの、露骨に男の方が力が強い、とか言っているのだろうか。同じ男として同情する面もあるが、若干負け犬っぽいのは否めない。

 ちなみに、俺は男女に力の差は関係ないと思っている。実際、俺自身がひ弱でクラスの女子と比べても力には大差がなかったし、吹奏楽部の男の友人は重い楽器を運ぶ際、女子たちから戦力外通告を受けている。どちらかと言うと、力を分けているのは体力じゃなくて体格ではないだろうか。まぁ詳しいことは知らないけど、自分自身が女子とほぼ同じである以上、そう考えてしまう。

「まぁ下僕とか、当然とか、そもそもそれが人にものを頼む態度かよとか、いろいろ突っ込みたいところではあるが……まぁいいさ、手伝ってやるよ」

 俺はそう言って立ち上がる。最初から立ち上がっていれば目のやり場に困ることも無かったな。

「むぅ、生意気な下僕ですわね……。まぁいいですわ。ご協力感謝いたしましょう」

 そう言ってクリスタはすっ、と踵を返して、俺を先導するように歩き出した。その時に、綺麗な金髪が揺れて、その輝きが尾を引いているような気がした。

 香水か、シャンプーか……その輝きは、とてもいい匂いがした。


                 ■


 やっぱり力仕事だった。体育館に飾るデカい布だとか、壇上に飾る花だとかをクリスタの指示のもと運ぶ。

「ふむ、先ほど言った通り、男と言うのは力仕事の面ではそこそこ役に立ちますのね。まぁ、その程度は働けないと生きている価値すらありませんが」

 男に対する当たりが酷すぎないだろうか。こいつの親父は苦労していそうである。

「いんや、俺自身は力は大して強くないよ。魔法のおかげ」

 俺はそう言いながら、自分の身長の二倍もありそうな滅茶苦茶大きい花が活けられた、これまた大きな花瓶をひょい、と軽く持ち上げ、落とさないように慎重に運ぶ。

「あら、そういえば下劣な男のくせに魔法が使えるのでしたわね。さしずめ、手のひらに高密度の空気を集めて、それで持ち上げているのでしょう?」

 クリスタはそう言いながら、俺が置くべき場所を魔法の光で照らして教えてくれる。クリスタは偉そうに指示を出しているだけで、俺ばかりが働かされているように見えるが、実は仕事の分担自体は適材適所。実際、他の人たちより、俺たちははるかに速い。とはいえ、他のグループが俺の事をちらちらと見ているのが原因だとは思うが。

「モヤットだ」

「いきなり訳の分からないことを言われても分かりませんわ」

「ハズレって意味だよ」

 そういえば、あの知能指数を試す番組はこっちでは通じないな。いつもの癖でボケてしまった。

「ふむ……そうなると……ああ、もう! 分かりませんわ! さっさと教えなさい!」

 クリスタは俺に対する指示も忘れ……とはいえもう運び終わったから大丈夫か……暫し悩んだ後、やけくそ気味に頭をガシガシと掻き毟って叫びだした。

「おいおい、せっかくの芸術品のような髪が台無しだぜ? どうせ手入れとかしっかりしているんだろうから自分の努力をないがしろにするようなことをするなよ?」

 俺はクリスタをそう窘めながら、動かした体をほぐすべく伸びをする。

「……とりあえず、褒めてくださったことは素直に感謝しますわ」

 クリスタは急に静かになると、腕を組み、ぷいとそっぽを向いた。頬が染まっているから、恐らく照れているのだろう。うーん、貴族同士の付き合いで褒められるのには慣れているはずだろうけどなぁ。

「と、とにかく、その魔法は何なんですの!? 今なら特別にこの私に教えられる、というとても名誉な事をさせてあげてもよろしくてよ?」

 照れ隠しをするように、クリスタはそう尊大な態度で問いかけてきた。後半は調子を取り戻してきたようで、顔には私最高、といったような笑みが浮かんでいる。

「さぁ、その辺は自分で考えな。自分で分からないようじゃ公爵令嬢で優等生で学級委員長の名が泣くぜ?」

「むっきーっ! 戯れも程ほどになさい!」

 俺がけむに巻くと、クリスタは地団太を踏んで俺に叫んでくる。

 そんな俺たちのやり取りは、思い切り周りの注目を浴びていた。


                 ■


 ふざけながらやっていたにも関わらず、俺たちは他よりも一時間も早く終わった。

 あの後、周りの注目を浴びていることに気付いたクリスタは、若干涙目で俺の事をキッ! と睨んだ後、

「明日にはその魔法を解明して差し上げますわ! 覚悟なさい!」

 と言ってずんずんと帰っていった。この段階ですでに俺たちの仕事は終わっていたのである。

 俺も他の人たちに先に上がる旨を伝え、俺のしばらくの住まいへと帰ってきた。

 前にも話した通り、ここは全寮制だ。どんなに家が近くとも、生徒は必ず学校の敷地内にある寮で生活しなければならない。

 綾子さん曰く、

「お嬢様たちは人をこき使うことに慣れてしまっているからな。親元を離れ、自分で働き、協力して生活することを覚えねばならん。中には花嫁修業だと言って張り切る子もいたりするぞ」

 だそうだ。中々しっかり教育者をやっているのである。

 ちなみにこの花嫁修業云々だが……俺の指導を担当してくれたメイドさん曰く、ほとんどの生徒が『綾子さん』に『嫁入り』するのを夢見て頑張っているらしい。ちなみにこれは綾子さんに秘密だそうな。

 それと、共同生活とはいっても部屋は個室、設備もこの世界の高級ホテル顔負けだ。あまり意味がないとも聞いている。

 さて、当然学生寮である以上、性別ごとに分かれている。

 つまり、教師も含めて何の比喩も無く男は俺一人のため、別の建物が俺のしばらくの住居である。

 それも学校の敷地内にあり、すでに俺の生活用具一式はそこに運び込んでいる。

 大理石の芸術的な噴水や季節の植物が派手過ぎなレベルで彩っている豪華な庭園は、この学園の正門から入ると見える。庭の中心は正方形に区切られ、その角には白亜の塔が立っている。むしろ噴水は中心に据えそうなものだが……不思議とこのデザインに違和感はない。

 そんな庭の端にある小屋の並びの内の一つが、この世界での我が家だ。

 いわゆる『庭師小屋』だ。専属に庭師がここに住み、庭園を管理するのだが、今はいくつか余っているため、そのうちの一つを借りているのだ。欧州の森の奥にあるログハウスと言った風情の小屋ではあるが、設備は女子寮にも負けない。食事をするときには学園の食堂を使わなければならないのが少々不便だが、その分ここでは自炊も出来るため、一長一短だろう。

 ドアを開け、入居してから一週間にも関わらずもう慣れた家の中を見回し、そのまま上がる。生活は洋風だから屋内でも靴を履くのだ。

 魔法による冷暖房完備、その他電化製品も魔法で代用、飾り気のない質素な内装だが、普通に暮らす分にはこっちのほうが落ち着く。

「さーてと、風呂風呂」

 制服をハンガーにかけ、タオルを持ってから脱衣所に向かう。洗濯物籠に下着を入れ、浴室へと入っていく。

 中は温泉の規模を小さくしたような感じだ。とはいえお湯は天然温泉で、しかもわりかし本格的な檜風呂である。他の小屋や女子寮は黄金で出来たドラゴンの口(普通はライオンとかだろうが、そこはファンタジーだ)からお湯が流れてくる洋風タイプだが、ここと寝室だけは和風なのだ。寝室は畳で、敷布団で寝る感じだったりする。

 曰く、以前ここに住んでいた庭師が綾子さんが持ち込んだこの趣味をとても気に入っていたのだとか。

「はぁー……生き返る……」

 シャワーでさっと汗を流した後に湯船へと浸かる。口から思わず親父臭い声が漏れるが、これは仕方がないことだ。檜と、温泉独特の香りがする湯に一日の疲れを流しながら、今日の事を思い出す。

 慣れない環境でキャラの濃いほんわかした担任のクラスに入り、プライドの高い金髪碧眼の美少女公爵令嬢の下僕(と向こうが勝手に言っている)になり、ボーイッシュな美少女とも交流を持った。

「悪い奴ではないんだろうけどなぁ……」

 クリスタの事をふと思い出し、深い深いため息を吐く。

 クリスタの性差別的な発言によって、度々イラッとさせられた。口に出した通り、悪い奴ではないんだろうが、言葉に険がありすぎる。他のお嬢様たちもそうだ。それに比べ、シエルは優しかったな。

「うーん、でも、何だろうなぁ……」

 何故だか、クリスタの事は大嫌いになれない。第一印象も最悪に近いし、その後も度々蔑まれ、それなりにストレスを溜めこんだ。だが、どうにも心は離れていかないのだ。

 隠れた内面……世話好きな面を見たからだろうか。それとも……やはり俺は面食いなのだろうか。なるべく前者だとは信じたいが、ひらひらするスカートに目を奪われそうになった自分がいるため、きっぱり否定はできない。

「はぁ~……」


 俺の口から洩れたため息が風呂場に反響し、湯が流れる音へと溶けていった。

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