表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
断章 渾沌なる異世界
58/58

最恐が集う魔の卓

あけましておめでとうございます

麻雀ネタですのでわからない方もいらっしゃるかと思いますが雰囲気だけお楽しみください。また、点数計算や役が間違ってたら教えてください。

 この世界で最高のエリート校と謳われる、世界最強の魔法使い・綾子が経営しているマギア学園。そこの学園長室には、そうそうたる面子が集まっていた。

 世界最強の魔法使いにして、このエリート校の学園長である綾子。綾子に次ぐ魔法使いであり、副学園長のイザベラ。この世界の魔法研究において綾子と肩を並べて最先端を先導するセナ。マギア学園の生物教師であり、先の騒動に置いて大活躍をした、かつての綾子の助手でもあるミーシャ。

 この四人がいれば、小国どころか中堅国家すらも数日で落とすといわれている、聞く人が聞けば背筋が震えあがる、この世界でも最強にして最恐の面子。それこそがこの四人なのだ。

 では、この四人が集まって何をしているのか。

 四人は緑色の正方形の卓を囲み、さいころを回してから、カラフルな柄が描かれた魔物の牙製の牌を、自分の目の前に十三個並べていた。


 ――紛う事なく『麻雀』である。


 これも綾子が持ち込んだ娯楽の一つ。だが、そのルールの複雑さと道具の多さに普及を諦め、時折身内でやるだけのものとなったのだ。

 そして、世界屈指のエリート校の学園長室で、世界最高峰の魔法使いたちが……魔法の腕でなく、麻雀で競っていた。タチ親はセナだ。

「そういえば、このメンバーでやるのは初めてだな」

 タン、タン、と牌が卓を叩く小気味良い音が響く中、綾子が口を開く。

「あー、そういやぁそうだな。私もこのメンバーの中だったら全員初めてだ」

 ミーシャが少し考えたのち、ツモ切りをしながらそう言った。

 他の二人も同じようで、黙ってうなずきながら牌を捨てていく。

「ロン。三九〇〇(ザンク)だ」

「これが当たり牌でしたか」

「あや、親を流されちゃいましたね」

 綾子が自分の手前にある十三個の牌を倒す。安手ながらも堅実な上がりだ。

 振り込んでしまったイザベラはため息をつき、親を流されたセナは残念そうな声を出して、自分の手前の牌を他に見えないように手前に倒す。

 その手牌は、


 m234567p567s3367


(萬子はm、筒子はp、索子はsの後に数字が来る。)

 高めならば三色同順、タンヤオ、面前、平和ピンフと、大きめの手になる。数順でここまで揃えたのはかなり運がいいと言えよう。様子見のためにリーチこそしなかったが、牌の種類が多いため、リーチに出たら裏ドラも期待できた。

(この手牌が流されると……ちょっと流れが悪くなりますかねー)

 セナは他の三人にならってそれを崩して混ぜながら、そんなことを考えた。

「そういえば、『あれ』の研究結果は出たんか?」

 牌を混ぜながらミーシャが綾子の方を向いて問いかけた。

「ん? ああ、『あれ』か。思考実験の段階だが、まぁそれっぽい結論は出たぞ。さて、そろそろ並べるか」

 全自動卓じゃないのは不便だな、と小さく呟き、綾子は並べ始める。

「まったく、若い発想というのは素晴らしいな。学園長として頑張っている甲斐もあるよ」

 感慨深げにそういいながら、かちゃかちゃと音を立てて牌を並べていく。

「おいアヤコ。そんなことを言い始めたらババアの入り口だぞ」

「そうですよー。確かに四十過ぎだとはいえそんなこと言ったら本格的に老化が始まりますよー」

「うるさい!」

 その呟きを出汁に、心をえぐるようにミーシャとセナがそう言う。綾子は気にしていたことを言われて大声を出しながら、セナのいつまでも若々しい(洋介曰く中学生みたいな)容姿を睨む。

「それで、結局どうなったんですか?」

 次の親であるミーシャが牌を捨てるのを待ちながら、イザベラが綾子に問いかける。

「んー、まず、魔力が回復するまでの流れは知っているよな?」

 当然、とばかりに三人が頷く。

 体内で消費された魔力は、時間の経過によって自然に回復していく。空気中にある魔力を取り込んでいるからといわれ、個人差はあるものの、魔力の多少に関わらず、大体一定の時間で全快する。

「まずそれが不思議なんだよ。空気中の魔力量は大して変わらないだろうに、どうして全快までの時間が大体同じなんだろう、ということだ」

 東二局が始まる。綾子は自分の手牌を眺めながらそう言った。

「確か、それは魔力量が多い人ほど、体内に魔力を取り込む際に『増幅させている』、というのが一般論ですね」

 イザベラは顎に手を当てながら、綾子の言葉に反応する。

 これに関しては、とくに証明されているわけでもない。様々な仮説がある中、これが一番信憑性があるだけだ。

 魔力が少ないものは空気中のものをそのままに近い形で取り込み、多いものは体に取り込む際に『増幅』させる、というものだ。

 綾子からすればそんな突拍子も無く魔力が増えたら困る、といった感じだし、そんなことを言ったら世界中の魔力は増える一方だ。だが、それ以外の仮説はさらに突拍子も無く、この問題に関しては研究者の頭を悩ませている。

「まぁ、その仮説が正しいと仮定しよう。だとすると……自然に取り込む以上に、あの瞬間は多くの魔力が『彼』の身体に流れ込んだことになる」

 もうご存知だろうが、彼女らが話しているのは、数日前に起こった学園魔物集団襲撃事件のある一幕についてだ。クリスタが洋介に口移しで魔力を送り、洋介の魔力が一気に回復したことについての話である。

 この瞬間を、実はイザベラは目撃していた。不可解に思ったイザベラはこのことを綾子に報告する。

 綾子はそれに興味を持ち、洋介が目覚めて安静が解除されるまでの間、彼のあずかり知らぬところで、クリスタは綾子に散々からかわれた。それはそれはもう、まるでやんちゃな小学生男子のように盛んにからかい、クリスタは何回も顔を真っ赤にして倒れる羽目になった。ここでクリスタは、世界最強の魔法使いに対する印象をがらりと変えることになるが、それはまた別のお話だ。

 綾子はからかう際にも巧みにクリスタを誘導し、事細かに話を聞くことに成功した。

 そこで綾子は疑問を覚えた。

 いくら唾液に集めていたとはいえ、体内魔力を大分消費していたはずなのに、それを圧倒的に魔力量が多い洋介に注入して、あそこまで回復するのか、ということだ。

 気絶していた時の洋介の魔力量は二割。洋介に魔力を渡した際のクリスタの魔力量は五割。回復した後の洋介は七割。

 一見計算が合っているように見えるが、それぞれが持っている最大魔力量に置いて、洋介はクリスタの何倍、何十倍……へたをすれば何百、何千倍にもなるほど持っている。だとすれば、計算には大きな食い違いが出るのだ。

 そこを不思議に思った綾子は、初々しい反応をするクリスタで遊んで和みながら、その理由を考えた。

 その結果出た結論が、先の仮説であった。

 後にこのことを確かめるために、綾子とセナが何回も濃厚な接吻を交わす羽目になるが、それもまた別のお話だ。綾子ファンの方々に聴かれたら、いくら最高峰の一角であるセナとはいえ消されかねない。

「ロン!」

 綾子の威勢の良い声と、手牌が倒される音が響く。

 その手は、


 m111455556白白白発 ロン発


 だ。リーチをしていない上にロンだ。だが、それでも三暗刻、混一、白、さらにドラ表示牌が萬子の9であるため、ドラが三つ乗る。

「あー、迂闊だったわこりゃ」

 振り込んだのはミーシャ。親を相手に大物手の直撃させた綾子は満足顔だ。

「クククッ……! 油断っ……油断だっ……! 対局中に話に夢中になるなど愚かっ……!」

 綾子の捨て牌は、ここまで大きくなるのが恐ろしく分かりにくいものだった。これこそ、綾子が得意とする、相手を引っかける麻雀。独特の意地の悪さとトーク力が肝の、少し小狡い戦法だ。

「な、なんだかアヤコの鼻が尖っている上に長く見えるです……」

「目も三角に見えますね」

 変わった笑い方をする綾子を見て、セナとイザベラが冷静に突っ込んだ。ここに洋介がいれば「綾子さん……なんか勘違いしていないか……?」と突っ込みを入れてくれるだろうが、生憎と地球の文化を詳しく知る者は綾子を除いてここにはいない。

「やっべー、下手すりゃトんじまうぞ……」

 ミーシャはぼさぼさの黒髪を乱暴に掻きながら呟いた。

「クククッ……ここで親っ……! 流れは最高っ……!」

 綾子は相変わらず何か勘違いした話し方をしながら、牌を崩して混ぜはじめる。

 東三局の親は綾子だ。

 その最初の手牌は、


 m123789p78s7889東東 


 だった。上手くいけばチャンタも狙える。しかもドラ表示牌は萬子の9。ドラが一つ乗るのは確定だ。

 ダブルリーチに行くのもいいし、東を引くのを待ってダブ東でもいい。

 綾子は喜色を顔に浮かべた。まさに流れは最高っ……! 一流の雀士がっ……! 無慈悲な手を振り上げるっ……!

「ダブルリーチだっ!」

 綾子が捨てたのは索子の8。ダブルリーチを選択した。

 親のダブルリーチに、三人は少し表情を強張らせた。

 それを見て、綾子はさらに喜色を浮かべる。

 この勝負……貰ったっ……!

「ポン」

 そんな綾子の出鼻をくじくように、ミーシャが手牌の中から索子を二枚倒す。そして綾子が出した索子の8を拾い上げ、自分の横に表向きに並べる。

「ふん、一発消しか……」

 その、一見すれば消極的な動きを、綾子は鼻で笑う。

 だが、その一方で混乱していた。

(今……牌が『光った』気がするぞ……?)

 いや、そんなことがあるわけない。綾子は自分の心配を振り切り、そのままツモった索子の6を切る。

「ポン」

 また、ミーシャだ。倒された二枚の索子の6は、今度こそ、『光る』。

(まさかっ……っ!?)

 瞬間、綾子の背筋に激しい悪寒が駆け抜けた。

「う、嘘だろっ……! そんなこと、あるわけない! 偶然! そう、偶然だ!」

 綾子は息を荒くして叫ぶ。そう、そんなことをあるわけない、と、ミーシャに叫んでいるように見えて……自分に言い聞かせる。

 そんな綾子を、ミーシャは冷ややかに見つめる。

 そして、手牌の中から白を捨て――


「あんた、それ以上話すと言葉が白けるぜ」


 ――と、静かに、抑揚のない声で言った。言い放った。


「――――――っ!!!」

 瞬間、綾子の恐怖は決定的なものとなる。

 怖い、恐い、逃げたい……こんなこと、今までにあっただろうか。龍や、巨人の群れと単身で戦ったときすら、こんなことはなかった。

「お姉さま、早くツモを引いて下さい」

 イザベラの平坦な声が、やけに大きく響く。

 綾子は反射的に、ツモった。

 それは、筒子の6でも9でもない。あがれない。リーチしている今、その牌を捨てるしかない。

 そして綾子は、その牌を、震える手から、取り落とす。


「――――ロン」


 静かに響く、ミーシャの声。


 綾子が落とした――河に捨てたのは、『發』。


 バラバラッ! と硬質な音を立てて、ミーシャの手牌が倒される。


 s234444發 ポンs888 ポンs666 ロン發


 索子の2と3と4と8と6、そして發だけで構成される役。

 その牌の色から名づけられた――その役の名は、


緑一色リューイーソー。役満」


 ミーシャの無慈悲な声が、綾子に突き刺さる。


                 ■


「あれかっ!? お前は竜か!? 哭くのか!? 哭いちゃうのか!?」

 綾子は涙目でミーシャに詰め寄った。役満の直撃とはいえ、ミーシャは親ではない。元々綾子の点数が高かったこともあり、箱割れはしなかった。

「竜? この麻雀って遊びは竜種がモデルなのか?」

 ミーシャは不思議そうな表情で首をかしげる。年齢の割に若く見えるその動作は、ずぼらな見た目にも関わらず、素材のよさのせいで可愛らしい。先ほどまでの、まさに『竜』を思わせるオーラが嘘のようだ。

「さ、箱割れはしていませんし、次進みましょう」

 イザベラに促され、綾子は釈然としないながらもそのまま牌を混ぜる。

「くそっ……あれだったらリーチしなければ良かった……」

 綾子は悔やみながらも、気を取り直している。切り替えの早さはさすがといったところだろうか。

 オーラス。この戦いは東風戦なため、これが終われば一区切りとなる。

 親はイザベラだ。ドラ表示牌は萬子の1。ドラは萬子の2だ。

「では、行きますね」

 イザベラは冷静に白を切る。字牌処理を早めにするタイプだ。

「ふっふっふっー、今回私はいい手ですよー」

 セナは相変わらずの張りつけたような笑顔のまま、そんなことを言った。事実上ポーカーフェイスな上、セナはよく人を騙す。綾子はセナの言葉を話半分にも聞いていない。

 数順進み、綾子の手に、神からのプレゼントかと思うような牌が集まった。


 m2p2223334445577


 ツモ筒子の5,7待ちの四暗刻スーアンコーだ。仮にツモじゃなくても、面前清一メンチン、三暗刻、タンヤオ、対々などなどの役が乗る。上手くカン出来る牌をツモれれば、カンドラを乗せて数え役満も夢ではない。

(いい感じだ!)

 これで一気に逆転。そう考え、綾子は、

「リーチだっ!」

 萬子の2、ドラを叩く。先ほどの反省も無く、リーチで突っ走る。これこそが、綾子が本当に得意としている、王道、主人公タイプの、猪突猛進のやり方。

 綾子がリーチ棒を取り出そうとしたとき、


「リーチ棒はいらないですー」


 緊張感に欠ける、平坦な声が響いた。その声を発したのは、セナ。

 まさかロンか、と思ったが、セナは上がる様子はない。ただ、


「カンです」


 セナは手牌から、三枚の萬子の2を倒した。ドラのカン。最低でもドラが四つ乗る。

 一発を消されたこともあり動揺するが、これでなぜリーチ棒がいらないのかが分からない。

 固まってしまっている綾子をしり目に、セナは嶺上リンシャンからツモる。


 そしてセナは――小さく、ガッツポーズをした。


 瞬間、部屋の温度が一気に下がる――!


 カンドラがめくられる。萬子の1。これでドラは八つ。

 そして――


「もいっこ、カン」


 セナの声が、洞窟の中に滴る雫の音のように、静かに響いた。

 倒されたのは、萬子の9。

 カンドラは――萬子の8。これで、ドラは『12』。


 そして――嶺上から、もう一つ、牌を取る。

 そしてセナは――それを、静かに手元に置き……手牌を倒す。


 s111南南南中 嶺上ツモ中 大明カンm2222(ドラ8) 暗カンm9999(ドラ4)


 その美しさは――まさに『花』だった。


「――嶺上開花リンシャンカイホウと三暗刻、それにドラ沢山……数え役満ですー」


 嶺上開花。山の頂上に開く花。


「綾子のトビで終了ですー」


『魔王』は、平坦な声に、かすかに勝利の喜色を混ぜて、無慈悲にそう宣言した。


                 ■


「今度は魔王か!? 山の上に『咲』く花か!? 嶺上使いか!?」

 綾子は、今度はセナに詰め寄った。哭くと牌が光る『竜』、山のてっぺんに花を咲かせる『魔王』。どちらも、地球で見たことがある、人間離れした雀士だ。

「魔王? もしかして、嶺上開花って魔王のどれかが由来ですー?」

 セナが薄ら笑いを浮かべたまま首をかしげる。

 ちなみに魔王とは、魔物を分類する『種』において、それぞれの頂点に立つ唯一無二の魔物たちのことだ。そのどれもが知恵を持ち、中には人間と交流を持つ魔王までいる。

「む、むぅ……魔王には違いないのだが……少し違うと言うか……」

 綾子は釈然としないまま、セナに詰め寄るのを止める。魔王は魔王だがそちらではないのだ。

「さて、じゃあ二回戦始めっか」

 セナの数え役満が炸裂し、一回戦は二位に甘んじたミーシャが冷静に牌を混ぜはじめる。

 席替えをし、再びさいころが振られる。親は綾子。

「よっしゃツモ! 面前、白にドラ二つ!」

 タチ親が、それなりに早く満貫をツモった。どんなにやられようと、それでもくじけないのが綾子だ。

「ロン! 跳満だ!」

 さらに、イザベラから跳満の直撃を奪う。今まで目立った動きをせず、あがりも無ければ振り込みも小規模だったイザベラが、ここで点数をがくんと落とす。

「ふっふっふっ……今度こそ……!」

 あまりの調子の良さに、綾子は笑みが漏れた。

 そのまま三本場である。

「リーチだ!」

 実に三順目。あまりにも早いそのリーチ。

 だがしかし――

「御無礼、ロンです」

 ――今まで地に伏していたイザベラが、それを止めた。


 m111s11456789白白白


「白ノミです」

 リーチもかけておらず、しかもロン。親の直撃とはいえ、ゴミ手。

「ちっ……」

 流れを遮られた綾子は、舌打ちをしながら点棒を渡す。

「さて、次は私が親ですね」

 イザベラは飄々と呟きながら手牌を崩す。

 東二局が始まる。

「……急に静かになったな」

 綾子はまたもやツモを切る。中々有効牌が吸い寄せられてこない。他も同じようで、ツモ切りの割合が大きい。先ほどまでの大波が嘘のようだ。

(跳満、役満リューイーソー、数え役満、満貫、跳満と来て……流れに乗っていた私がノミ手に直撃。……そして、その直後に、一気に場が平たくなった……。これは……偶然か?)

 綾子の手は一向聴イーシャンテンまで進んでいるものの、このまま進めればかなり低い。そして、そこでまた手が固まる。

(全員の運が下がったのか?)

 綾子は不可解に思いながら、一周してまた自分の番が回ってきたため、ツモる。結局それも有効牌でなく、そのままツモった萬子の3を捨てた。

「ポン」

 それを、イザベラが叩く。手牌の中から萬子の3を二枚倒し、綾子から河の萬子の3を受け取って、横に並べる。

「ここで鳴きか。そろそろ終わりも近いし、無理矢理聴牌を取りに行ったか」

 綾子は、賢明な判断だ、と小さく呟いた。自分も無ければ点数を消費せずに済むんだけどな、とは心の中で呟く。

 綾子は萬子の9をツモ切する。これでもう自分まで回ってこない。

 海底――最後のツモ――は、イザベラだ。

「……流局か。ノーテンだ」

 イザベラが静かに牌を置く。それを見て、あがれてないと判断した綾子は、手牌を裏返しにして倒した。


「――御無礼」


 隣から、小さく――けれど、確かな密度を持った声が聞こえた。

「……は?」

 綾子は間抜けな顔を、声の主――イザベラに向ける。

「ツモりました」

 バラバラバラッ! と、乾いた音を立てて手牌が倒される。


 m2255588899 ツモm9 ポンm333


「鳴き清一色、三暗刻、海底ツモ、対々です。親の倍満なので八千点ずつ下さい」

 親の倍満。

「そんな――馬鹿なっ!? だってこの捨て牌っ!」

 イザベラの捨て牌は、不可解だった。萬子も少なくはあるが捨てられているし、しかも大体がツモ切だ。こんな高い役など、予想すら出来ない。

 しかも――

「あれ? イザベラなんでさっきの綾子の萬子の9でロンしなかったですー? 結果的にはそっちの方が点数は上ですが、かなりリスキーですよ?」

 ――セナの言うとおり、イザベラは、直前に綾子が捨てた萬子の9を『見逃して』いた。ここでロンをすれば、三暗刻と海底が消えていたとはいえ、それでも流局直前にそんな大きな賭けに出るなど、正気の沙汰ではない。

「御無礼しました。――ツモれる流れだと思いましたので」

 イザベラは点棒を受け取りながらそう言った。

「狂気の沙汰だな……」

 ミーシャが、何か物知り顔で、呆れたように呟いた。

 イザベラの配牌はこうだった。


 m22558889933s12 ツモs3


 面子もいくつかできていて、親で速攻が出来る良配牌。

 そして、イザベラが最初に捨てたのは――索子の3。

 彼女は、綾子の流れをゴミ手でせき止めたことによって――運が自分に流れてきたのを直感した。

 まさに狂気の沙汰、狂人の行動だ。

 最初からほぼ面子が出来ていたのだ。それならば、ほとんどがツモ切になる。

 そして最後――高い手があがれる流れだと確信したイザベラは、見逃しを選択したのだ。

 なぜ、そんなに流れが読めるのか――と訊ねたら、彼女は確実に、メガネをはずして、こう答えるだろう。


 ――女の勘、ですね。


「さて、私の親で続行ですね」

 牌が交ぜられ、次の対局が始まる。


「――リーチです」


「早っ!?」

 親のダブルリーチ。捨てられたのは南。ミーシャとセナは偶々あった南を切るしかなく、それを河に捨てる。綾子は考えあぐねた末――筒子の9を捨てた。


「御無礼、ロンです」


 またもや、『御無礼』が響く。当然あがったのはイザベラ。


 m111777p2299東東東 ロンp9


「三暗刻、対々、親自風役牌、ダブルリーチと一発で親倍満の二万四千点です。まだトビではないですね」

 淡々と、自分が揃えた役と点数を申告する。

 だがそれは――綾子にとって、悪魔が下した宣告に聞こえる。

 否。

「ありえない流れ、太いツキ、ターゲットを絞るやり方……そして御無礼」

 地球には人鬼と呼ばれた雀士がいる。それは、賭場になんの前触れもなく現れ――定めた獲物を喰らい尽くす。

 悪魔などではない。――鬼だ。

「では、次を始めましょう」


 人鬼が、淡々と狩り(ゲーム)を進行させる……。


 人鬼が手牌を崩した瞬間、綾子は確かに見た。

 普段は無表情な彼女が――


 ――確かに、『嗤った』ことを。


 鬼が嗤う荒野に――弱者は、生きながらえることはできない。


 ………………!


                 ■


 それ次の局で、綾子は四暗刻単騎スッタンに振り込んだ。当然、人鬼イザベラに。

「その御無礼ってのはなんだ!? 格好つけてんのかこらこの妖怪御無礼が! 黒ずくめにでもなるか!? 鬼か!? 人鬼か!? むこうぶちなのか!?」

 綾子は本日三度目の詰め寄りを始める。大分キレているようだ。語調は強いものの、声色は微妙に弱弱しい。

「……? いえ、普通に人から点数を取るので、御無礼しました、という意味で『御無礼』、ということにしているんです。それと鬼って……鬼種きしゅのなにかも同じような麻雀をするのですか?」

 イザベラは涼しげな表情で首をかしげる。

「むぅ……確かに鬼には変わらないんだがな……」

 こいつら本当は日本出身だろ、と綾子は心の中で呟きながら席に着く。ここまで来たらもういっそ清々しい。負けるところまで負けてやる。そう開き直った綾子の顔は、

「――さぁ、三回戦を始めようか!」

 死亡フラグを立てて散っていた偉大なる先人たちに似ていた。


                 ■


「ロン。緑一色だ」

「なんでや!?」

「カン、もいっこ、カン。さらにカン、もひとつおまけにカン。四槓子ですー」

「そんなんチートやチーターや!」

「御無礼、ロンです。大三元ですね」

「ひどいよ……そんなのあんまりだよ……」

 そこから先は、ただ綾子は喰らい尽くされ、吸い取られ、狩られるばかりであった。

 竜が鳴けばその大きな顎に喰らわれ、魔王が咲かせた花に命を吸われ、鬼の執拗な攻撃によって狩られる。

 その卓は、まさに地獄。『魔の卓』であった。

 結果、綾子はやけくそ気味になり、とげとげ頭の関西弁キャラや、ピンクの魔法少女の台詞を呟くほかない。なるほど、確かに、チートという言葉は合っているだろう。普段は綾子がチートだが、今はその片鱗すら見られない。ただ、蹂躙されるのみだった。

 綾子の戦い方は、普段は『詐欺師』、本気を出せば『勇者』だ。

 だが、その詐欺も闇に染まりきっていないため紛い物、本気を出したところで歪んだ心では勇者になれても『英雄』にはなれない。

 そんな、中途半端な強さを持っているだけでは――竜と、魔王と、人鬼に囲まれたら、蹂躙される以外にすべはない。逃げる事すら、許されない。

「なぁ、三人とも」

「なんだ? あ、それロンな。混一、対々、ドラ三つ。トビだな」

「偉大な先人の言葉は、守るもんだな」

「何わけわからない事言ってるですー? あ、それカン、もいっこ、カン。嶺上面前とドラ沢山です。トビですねー」

「『中途半端に強いものが、一番早く死ぬ』ってさ……」

「そんなの、本人の性格次第ですよ。御無礼、ロンです。国士無双十三面待ち(ライジング・サン)です。お姉さまのトビですね」

 悟ったような綾子の言葉も、所詮は弱者のたわごと。圧倒的な強者たちによる大波にのまれ、流されていく。

 綾子は、今や山奥に長年籠った仙人のような心境だった。

 今度こそ、本当に、悟った。


 ――何かを賭けていなくて、本当に良かった……。


 余談ではあるが、これ以降、綾子は少額すら博打に使わなくなった。

これで完結です。

今までありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ