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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
最終章 夏の夜の狂乱
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『生徒も教師も早急に避難してください! この校舎は放棄します!』

 音量を大きくされたイザベラ先生の声が響き渡る。さすがのイザベラ先生も、『龍』まで現れてしまったら対処の仕様がない。

 この校舎には様々な研究結果や貴重な品が置いてある。この校舎を放棄するという事は、すなわちこれらを捨てることも意味する。

 このマギア学園に姿を現したのは『飛龍』。飛竜の上位種で、この世を支配する強者の一角。

「ゴアアアアアア!」

 飛龍の狂ったような咆哮が響き渡る。よく見るとその目は血走っており、口から涎が流れている。紛れもない狂乱状態だ。

 だが、『龍』ともなると賢さは人間を上回る。寿命も長いため、その分理性も強いはずだ。それが狂乱状態にかかっているだなんて――一体どうなっているんだ?

「逃げるぞ!」

 何はともあれ、あれの相手をできる人間なんかこの場にいない。ほとんどの人が限界ぎりぎりまで魔力が切れており、そもそも龍の相手をしようとすら思わないだろう。

「ゴアッ!」

 しかし、上手くいかない。飛龍は無造作に尻尾を振り回し、さらに両腕を振りおろし、校舎に攻撃する。その尻尾が通る軌道には――俺たちがいた。

 その質量、速さはどちらも恐ろしい。このままでは――避けれない!

「くそっ!」

 その尻尾に向かって、俺は沢山の魔力を消費して壁を造る。

 ガキンッ! と鋭く激しい音が鳴り響く。飛龍の尻尾は何とかそこで止まったものの――俺にとってはさらに悪い事態となる。

 ギョロリ、と血走った目が俺に向けられた。瞬間、寒気が全身を襲う。

「ガアアアアアアアア!」

 怒りを表現するように飛龍が咆える。無造作な攻撃とはいえ飛龍は絶対強者。そんな自覚を持っているであろう飛龍の攻撃が――人間一人に防がれた。いくら無造作な攻撃といえど、それは理性を失い狂乱状態となった飛龍にとっては許しがたい事だった。

 つまり――俺は飛龍の怒りを買い、目をつけられたのだ。

「……クリスタ、シエル、ルナ」

 俺は飛龍に向かって一歩前に踏み出し、三人に喋りかける。

「どうやら目をつけられたようだ。――俺が少しでも囮になって稼ぐから、その間に逃げろ!」

 俺の口から、自然とそんな言葉が出た。

 見てしまった――飛龍の振り下ろしによって崩壊した校舎の瓦礫の一つが、イザベラ先生に直撃したのを。あの飛龍は俺たち人間の事を無視している。だが、あの校舎の崩壊を意図しているのは確実だ。あれほど大きい校舎が一瞬にして破壊される以上、大きな瓦礫は周りに飛び散る。生徒や教師の間には恐怖が伝染していて、恐らくまともに避難活動をできないから、避難は遅れるだろう。

 つまり――飛龍をこのまま放っておいたとしたら、恐らく校舎の瓦礫に潰されて何人も死ぬ。

 ならば、

「俺一人の犠牲で済むなら安いもんだ」

 俺一人で惹きつけておけば、少しはもつ。魔力は――残り五割弱か。全力を出せば、数分は持つかな。

「そんなっ……ヨウスケ!」

 後ろから、クリスタの湿った声が聞こえてくる。その声は必死そうで――俺の事、なんだかんだで大切に思ってくれていたんだな、という事がわかる。

 そんな声を聴くと――余計に、守りたいと思ってしまう。

「早く行ってくれ。そろそろ向こうも待ちぼうけに耐えられなくて動き出しそうだからな」

 俺はそう言い残し――魔力で強化した脚力で、十数メートルを一跨ぎに移動する。

 これ以上クリスタと話していると、決心が揺るぎそうだ。けれど――ここはこうするのが今思いつく限りでベストだ。

 なるべくあいつの攻撃が避難する側や校舎に向かないように誘導すればいい。そうなると……ちょうど俺が飛龍の反対側に回ればいいのか。

 移動していると、突然ゴウッ! と激しく空気が唸る音がした。

 見上げると――そこには飛龍の巨大な爪が迫っていた!

「ああああああっ!」

 俺は気合を入れるために叫びながら、それを拳で迎え撃つ!

 ガチンッ! と硬いもの同士が激しくぶつかる音がして――一瞬の停滞の後、俺が吹き飛ばされた!

「こっ!」

 その勢いのまま俺は地面に背中から叩きつけられ、肺の中の空気が全て抜け、血の味が口の中に広がる。

 一瞬動きを止めた俺に、追い打ちとしてその巨大な足による踏みつけが迫ってくる。屋根のように大きい足の裏が俺を中心に地面に影をつくる。

「うおっ!」

 俺はそれをとっさに強化した身体能力で一跳びして躱す。俺の横ギリギリをものすごい速さで飛龍の足が通過していき、その風圧で俺はまた吹き飛ばされる。さらにその踏みつけの振動によって、バランス感覚が崩された。

 振動によってうまく立ち上がれない俺に、また飛龍は手を振り下ろしてくる。

 それもまたギリギリ躱したものの、巨大なものが高速でそばを通り過ぎたせいで生じた風圧でまたもやバランスを崩される。

 けれども今回はまだマシだった、ギリギリ立っていられたのだ。ならば今のうちに――反撃だ!

 俺ははるか頭上にある飛龍の頭に向かって魔力の球を何発も撃ち出す。

 バシバシバシッ! という音とともに飛龍の頭に爆発が起こるが、飛龍は揺らいだ様子も気にした様子も無い。

 やっぱりダメか。飛龍は、飛竜と比べても恐ろしいほど分厚い鱗を持っている。それ一枚売るだけで一生困らないほどの財産が手に入るほどなのだ。そんな鱗に守られている上、飛龍はその巨体ならではの安定感、そして圧倒的な体力と耐久力を持つ。こちらの攻撃は一切通じず、向こうの攻撃はすべて致命傷、避けても何かしらのダメージはある。……まさに無茶な勝負だ。

「ぐあっ!」

 そんなことを考えながら移動している間にも、飛龍の攻撃による風圧のせいで俺は吹き飛ばされる。今度は上手く受け身を取ったが、体中の擦り傷が痛い。左腕なんかはもう感覚がなく、意識も朦朧としてきている。

 絶対に勝てない。けれども――俺は勝つ事でなく、時間稼ぎが目的だ。もう数分は稼いだ。クリスタ達は避難している人たちに合流しているだろうから、そろそろ避難が開始されるだろう。

 俺は少しずつ、校舎から離れるように飛龍を誘導する。学園の構造としては、エフルテ方面にある正門をくぐればすぐ庭園、その正面に横並びに校舎があり、さらにその向こうに校庭や訓練場がある、と言った感じだ。

 最初は正門近くの庭園――つまり避難の上では恐ろしく厄介な場所にいたが、いまはもう校舎を挟んだ反対側、校庭にいる。

 砂埃が舞い、視界が悪くなる。あの巨体が少し動くたびにより砂埃が舞うため、いまや校庭は砂埃だらけだ。

 俺の視界もすこぶる悪いし呼吸もしづらいが……俺にとっては好都合だ。

 砂埃によって、飛龍からは俺の姿が見えにくくなっており、攻撃の精度が若干鈍い。

 逆に向こうの攻撃も見にくいし、傷口に砂がついてジクジクと痛むが……これも我慢できるな。

「それっ!」

 向こうの攻撃が大きく逸れたため、俺はその隙をついて、魔力を多く使った魔力の球を腹に撃ち出す!

 ガゴンッ! と今までにない音が響き渡り、飛龍の身体が、注意してみないと分からないほど揺らいだ。

 飛龍はそれによって怒り狂い、滅茶苦茶に暴れ出す!

 巨体のくせに緩慢な動作などなく、恐ろしい速さで振りおろし、尻尾攻撃、踏みつけ……と次々と襲い掛かってくる! その一つ一つを躱し、どうしても無理な時は大怪我覚悟でクリスタから習った合気道を使って衝撃を流す。

 回避をするにしても流すにしても、動かす一点に大量の魔力を集中しなければならない。あの攻撃を躱すには足や動体視力に魔力を集中させないと無理だし、流すにも攻撃に触れる部分や動体視力に集中しなければならない。

 ガリガリと体内魔力が減っていく感触がする。それでも未だに攻撃はやむ気配がなく、砂埃はさらに舞い、校庭は見るも無残に破壊の跡が刻まれていく。

 ひたすら防戦一方だ。もう集中力も切れてきたし、体力がなくなってきたせいで魔力も上手く操作できない。体中が痛むし、意識も朦朧としてくる。

 いきなりガクンッ! と視界が下がり、脳が揺さぶられる感覚が襲ってきた。訳が分からず、思考が急停止する。

 そして、衝撃とざらざらした硬い感触も感じた。そう、この感触は……校庭の砂だ。

 じゃあ、俺は今……倒れているのか?

 立ち上がらないと。

 そう考え、体に力を入れて立ち上がるが……すぐにふらつく。倒れる事はないものの、まともに立っているのがやっとだ。

 後ろから風が唸る音が聞こえてきた。見ると、飛龍は校舎側にいるのに、その長くてしなる尻尾は俺の後ろから迫ってきていた。そうか……俺が後ろに移動し続けていたから、向こうはこんな事をしてきたわけだ……。

「がああああっ!」

 俺はギリギリで背中に魔力の壁をつくるも、その圧倒的な威力に空高く吹き飛ばされる。壁のおかげである程度ダメージは免れたが……背骨がきしむ感じがするし、食らった瞬間体の中でバキバキバキ! と乾いた音が聞こえてきた。骨が折れた音だろうか。

「がふっ!」

 飛龍の攻撃によって一段低くなっていたとはいえ、校舎をそのまま飛び越えるほど高く飛んだ俺は、庭園に激しい衝撃を伴って叩きつけられる。

 ギシギシッ! 体がきしむ音が脳に響く。幸い頭は打たなかったし、また無意識に魔法を使って衝撃を和らげていたため、内臓破裂や頭蓋骨に大きなダメージが入ることはない感じだ。だが息が苦しいし、呼吸が定まらない。血の味は口の中に広がり、そのまま真紅の泉となって俺の口から吐き出される。

 ドシン、ドシン、と、ゆっくりとしたペースの振動が、地面を伝って全身に響く。そして、校舎の向こうで聞こえる飛龍の勝ち誇ったような咆哮。

 俺はそれらを感じ――――――――。


                 ■


「ヨウスケ!」

 混乱によって避難が大分遅れた。ようやく殿を務めるクリスタが校舎を出ようとしたところで、後ろから激しく、鈍い音が聞こえてきた。

 思わず振り返ったクリスタは、洋介の名を叫んだ。

 クリスタの視界に映ったのは、全身がぼろぼろで、左腕があらぬ方向に曲がり、地面にあおむけに倒れている洋介の姿だった。

 たまらず、シエルやルナの制止を振り切ってそのまま洋介に駆け寄る。

「ヨウスケ!」

 その声は湿っていた。その声は必死だった。その声は恐怖していた。その声から伝わってくるクリスタの感情は――まるで、今にも『大切なものを失いそうな』恐怖がにじみ出ていた。

「ヨウスケ! ヨウスケ! しっかりしてくださいまし! 私ですわよ!」

 涙を流し、洋介の横に膝をつき、そのまま体に触れる。揺するような真似はしなかったものの、今にもそうしそうな勢いだった。

「ヨウスケ君!」

「ヨウスケ!」

 後ろから顔を青くしたシエルとルナが焦って追いかけてくる。そのまま洋介を挟んでクリスタの向こう側に膝をついた二人もまた、恐怖していた。


「――りょく……ま――だ……」


「ヨウスケ!?」

「ヨウスケ君!?」

「ヨウスケ!」

 突然、洋介の口から苦しげな低い声が紡がれた。三人は、意識が戻ったのか、と喜色を浮かべて洋介の顔を覗き込むも、すぐに表情を曇らせる。

 目は閉じられたままで、意識は到底あるように思えない。その口から紡がれるのは、ただ気絶している状態で発するうわごとだった。

「魔力……魔力があれば……まだ……足りない……」

 そのうわごとは、願っているようだった。望んでいるようだった。やりたいことがあっても、それが出来ずにいる悔しさが、その苦しげなうわごとの中には強く込められていた。

「魔力!? 魔力ですのね!?」

 クリスタは洋介にそう問いかけた。ムダだと分かってはいつつも、クリスタはそうした。

「魔力……? でも……魔力を急に回復させる方法なんて……」

「そんな方法、聞いたこともないよ……」

 二人が顔を曇らせる中、クリスタだけは希望を顔に浮かべている。はたから見れば、安易な希望にすがりついているだけにしか見えず、失笑や憐憫を誘うだろう。

 だが、シエルとルナはそうは見えなかった。

 今、クリスタの頭が全力で答えを導き出そうと、ドシン、ドシン、と脅威が迫ってくるのを全身で理解してしまう状況にも関わらず、フル回転しているのがわかった。

(魔力の受け渡し……直接流し込んでも過去に出来ない事が実証された……。魔力を含むものを飲ませる……魔力を多く含むもの……内臓……血液……)

 クリスタの脳裏に、一瞬危険な考えが浮かぶ。だが、それはクリスタは思いとどまった。自分が死んだら、洋介が悲しむ。さきほど洋介の死を恐れたクリスタはそれを分かっていた。

(魔力の偏り……体液……っ!?)

 クリスタの脳内に、一つの答えが導き出された。

 だが、それは色々な意味で躊躇するものだ。

 やっていいものか、それで本当に大丈夫か……『自分に出来るのか』。

(いいえ、やるのですわ。今は非常事態……)

 クリスタは、自分の中に流れる魔力を感じ取る。

 口をもごもごと動かしながら目を閉じ、流れを集めるイメージをつくる。

(ヨウスケに出来たのですわ。……私にできないはずなどないですわ!)

 クリスタがやろうとしていること――それは、『流れる魔力を制御して偏在を作り出す』ことだった。

 それは、先日の誘拐事件でクリスタを守った時に使った、この世界では異質な方法。

 クリスタは洋介への親愛と対抗心によって、自身を奮い立たせる。

(集める……集める……)

 魔力の流れが、ある一点に集まるのが感覚的に分かる。

(後はこれを――)

 と、行動に移そうとした段階で、クリスタは顔を真っ赤にして躊躇した。

 だがしかし、決意し、踏み切る。

(非常事態……そう、非常事態ですわ……)

 クリスタは自分に言い聞かせて、洋介の顔に自分の顔を近づける。

 それに不思議と、浮かんでくるのは拒否感などではなかった。ただの気恥ずかしさ。つまり……あまり、自分がこの行為自体を嫌がっていないと感じたのだ。

 自分の目の前に、目を閉じて苦しそうにうわごとを呟いている洋介の顔が映る。

 少しドキッ、としてしまったが、クリスタはその姿を見て、完全に踏み切った。

 クリスタが思い浮かべたのは、一つは洋介が以前に実践した、魔力の流れを操作して偏らせること。魔力の属性変換を必要としないそれは、はじめての事ではあったがかなり上手くいった。そして、あと一つは……魔力と人体に関する話だった。

 それはクリスタが特に力を入れている科目、魔法理論の中でも一年生で習うような内容。

 体内に置いて、魔力を多く含んでいるのは、肺、心臓、脳、肝臓……そして、血液などの『体液』。

 クリスタは、自身の『唾液』にあらん限りの魔力を偏在させ、洋介に渡そうとしていた。――口を通して。

 つまるところそれは――接吻だった。

(ん……)

 クリスタの花弁のような唇が、洋介の唇にそっ――と触れる。

 洋介のうわごとはクリスタの唇によって止められる。

 クリスタはそのまま、自身の唾液を洋介の口内に入れようとしたが、洋介の口は閉じられていてうまくいかない。

 クリスタはそのまま自然な、無意識的な流れで……舌を使って、ゆっくりと洋介の唇を開ける。

 そして、開いた唇から、そのままクリスタは唾液を流し込む。より流しやすいように洋介の口内に舌を入れ、洋介の舌を舌で絡みつくように移動させる。

 瞬間、自身からどっと魔力が流れていく感触がして、疲労感がのしかかってきた。

 意識が飛びそうになったが、それは唇に伝わる熱い感触によって引き留められる。

「ぷはっ……」

 クリスタは――何故か名残惜しさを感じつつも――唇を離す。

 そして、顔を真っ赤にしたまま、潤った瞳で、熱の残滓が残る花弁のような唇をたおやかな人差し指でそっとひとなぞりして……そのまま気絶した。


                 ■


 最初に感じたのは、熱く湿った緩い空気の流れだった。ゾクッとするような、けれど不快じゃない、不思議な空気が顔に吹きかかる。

 そして次に、唇に、熱く、なおかつとても柔らかい感触が、ゆっくりと、少しずつ押し付けられていくのを感じた。

 そして、今度はそれとは別の柔らかい何かが俺の唇をそっと開け、俺の口の中に入ってくる。

 そして、次に流れ込んできたのは――『力』だった。

 全身に力が漲るのを感じる。その力を、俺は『魔力』だと判断した。けれど、その魔力は自分のモノとは違うが……とてもなじみがあるものに感じる。なんだったか……今一つ頭が回らない。

 唇から、熱くて柔らかい感触が離れる。名残惜しさを感じたが――それ以上に、俺の中に漲る『力』によって、俺は少しずつ意識を覚醒させつつあった。

 なんだか分からないが……魔力が流し込まれて、俺の魔力が復活したのだ。今や、魔力は、さっきが二割ほどだったのに対し、一気に七割ほどまで回復していた。

 そう……『打開策』として、今俺が最も求めていたものだ。

 これで……クリスタ達は安全に暮らせるはずだ。

「よっこらしょっと……」

 少し年よりくさい声を上げ、悲鳴を上げている全身に鞭打って体を起こす。滅茶苦茶痛いし滅茶苦茶辛いが……それ以上に、自分の中に漲る魔力に興奮していた。

 飛龍に吹き飛ばされ、半ば意識が断絶した状態で思いついた、半ば無謀な策。それを頭の中で反芻する。

「よ、ヨウスケ?」

「ヨウスケ君!?」

 ふと、声が聞こえた。そこにいたのは、ルナとシエル。そして気絶してはいるが、クリスタもいた。

「早く逃げた方がいいぞ。ちょっとばかし、打開策を思いついたから、それを実行してくる」

 俺はそう言って、校舎の方向に歩みを進める。

「気持ちいい魔力が注入されたんでな……なんでかは知らんが、これは実行に移さないわけにはいかないよ」

 崩れて低くなった校舎の向こうから、飛龍の頭が現れる。

 その血走った目に、俺を見て驚愕と怒りの色が浮かぶ。

 それを見た俺は、脚力を大きく強化して、飛龍の『頭に向かって』跳ぶ。

「ガッ!? ガアアアアアアッ!!!」

 俺の行動に一瞬驚いたものの、飛龍は絶好の獲物が来たと喜色を露わにし、大きくを開く。そのまま俺を丸呑みするつもりなのだろう。

「上等だああああっ!」

 崩れた校舎の一番上を踏み台に、俺はあえてその口の中に『跳び込む』。ここで噛み砕かれたら終わりだが、幸い牙に当たることは無かった。

「覚悟は決めたぞ!」

 怖い。死ぬかもしれない……どころか、ほぼ確実に死ぬだろう。だが、もう腹は括った。元々こいつを誘導しようとした時点で死ぬ覚悟は出来てたんだからな!


「ああああああああああああああああっ!!!」


 俺は腹の底から、喉の奥から、心の底から、大きく、大きく叫び声を上げる。

 口のより奥……喉の中へと跳び込む。


 そして、声と一緒に……あらん限り、『吹き飛ばす』性質を持たせた魔力を放出する!


「あああああああああああああああっ!!!」


 飛龍の体内で、俺のほぼ全力の魔力を一気に解放する。

 その衝撃は外側に流されず――体の内側で暴れまわる! 決して逃げることのない圧倒的な衝撃が飛龍に内側から襲い掛かる!

 俺の魔力量は恐ろしいほどある。


 そう――限界さえ超えれば、『異世界に渡ってしまうほど』――!


 自身のリミッターを、全身の痛みと意志によって無理矢理解放し、命が尽きようとも魔力を解放する。

 異世界にわたるほどの魔力を一気に解放したんだ――内側から飛竜を壊すなど、できなくてどうする!


 ババババババババババッ!


 と、湿っていて生々しく、激しい音が辺りから響く。


 そして――真っ暗だった視界に、急に光が隙間から洩れるように映った。



 その光が徐々に広がってくるのを感じながら……俺はまたもや意識を失った。

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