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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
異世界のお嬢様学校にまさかの入学
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「――とまぁ、この学校はそんなシステムになっています。質問はありますか?」

「いえ、大丈夫です」

 大理石の壁や床にふかふかの赤じゅうたん、壁際には高そうな美術品が並んでいる廊下を担任教師であるマリア先生と並んで歩く。すでにほとんど知り尽くした主要な施設を通過儀礼のごとく案内して貰うのは若干苦痛ではあったが、それ以上に目の保養に……いや、こっちはこっちで危なかったか。

 ピンクのふわふわと広がった肩甲骨ほどまで伸びた髪に白い肌、そしてこれでもかとばかりに主張してくる胸が特徴のいろいろと目に毒な先生だ。男性に慣れていなくて危機感が薄いのではないだろうか。

 それはさておき、今日は晴れて入学の日だ。

 この世界の暦や単位は、全て日本と同じだった。長さ、時間、重さ、量、大きさ、広さ、一月の長さや一週間の長さまで同じだ。このあたりは非常に都合がよい。また、文字や言語まで同じと言うから驚きだった。こんな都合のいい世界でいいのだろうか? 異世界に飛んでしまったのは不運極まりないが、綾子さんに拾われたことや、単位と暦と文字と言語が同じ世界にこれたことは本当に運がいい。地獄に仏とはまさにこのことだ。

 俺がこの世界に来たのは、綾子さんが経営しているお嬢様学校、『マギア学園』の長期休暇の初日だった。

 長期休暇は日本と違って学年の変わり目に二カ月ほど設けられる。つまり、俺は終業式の翌日に来たと言うわけだ。

 俺はあの日以来、この世界についてみっちり勉強した。一般常識や文化、社会ルールまで。受験前以来の勉強量に辟易はしたが、異世界人だと言って非常識なふるまいをして嫌われるよりはましだ、ということでかなり頑張った。

 そんなわけで、この世界の事を学んだ俺は、このマギア学園の二年生として入学することになった。

 マギア学園は三学年制の学校で、入学時の年齢は原則十五歳だ。つまり、日本の高校と同じである。

 マギア学園と言う名前から分かる通り、この学校は『魔法』の名門だ。世界最強の魔法使いが経営者なのだから当たり前だろう。

 ちなみに綾子さんは思ったよりも凄い人だった。

 まず、立てた武勲が多すぎて、国家がわざわざ新しい勲章を作るハメになったり、一人で国を滅ぼせると魔法関連の本には必ず載っていたり、しまいには国王と同等の発言力を持つようになったりと滅茶苦茶だった。最初の武勇伝に関してはナチス軍の『スツーカの魔王』レベルだし、最後なんかはそれすらも逃げ出すレベルだ。

「それにしてもヨウスケ君でしたっけ? 貴方、男の子なのに魔法が使えるなんて凄いわねぇ。有史以来の常識を覆す出来事だわ。それも貴族の血統と言うわけではないのよね?」

 隣を歩いているマリア先生がおっとりとした口調でそう言った。言葉の端々に野次馬的な、熱に浮かされたようなふよふよとした気持ちがにじんでいる。

「未だに実感がわきませんけどね。魔法が使えると知ったときは素直に嬉しかったです」

 その直後にバッドニュースも聞かされましたがね、とは言わない。

 さて、魔法を使えるのが貴族の血が流れた女性だけである以上、この学校の生徒はほぼ全員お嬢様だ。教師も魔法が使えることが条件のためほぼ全員お嬢様だ。そんな学校に平民の男が俺一人。これからの学園生活に今一つ希望が持てない。

 綾子さんなんかは『ハーレムなんだから男として喜べ!』と言っていたが、それ以上にやりにくさが目立つ。吹奏楽部で男一人だった同級生の愚痴が今になって脳内でリピートされるほどだ。確か、『女は羊、男は狼とは言うけど、男が女の集団の中で孤立したらその立場は逆転する』だったけな。例えが妙に生々しい。

「それと、ヨウスケ君は二年B組です。さっきも話したけど、担任は私よ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

 マリア先生に返答をすると、マリア先生はおっとりした声でうふふ、と満足げに笑ってから見上げるほど大きい木製に扉……ドアと形容するのは少々憚るレベルだ……を開ける。事前に打ち合わせた通り、俺はまだ教室に入らない。

「はーいみなさんおはようございます。この新二年B組の担任をするマリアです。よろしくお願いしますね」

 マリア先生がすでに着席していたであろう生徒たちに向かって話をする。ちなみに教室の形としては、小学校とかみたいに普通の部屋に机を並べる、というわけではなく、イメージとしては市民館とかのホールの客席に机が付いたような感じだ。どちらかと言うと大学の教室に近いだろうか。ボードの正面に席が並んでいて、それが後ろに行くにつれて高くなっているのだ。

「この長期休みの間、里帰りした子もいれば寮に残って過ごした子もいますね。それぞれが有意義な長期休暇を過ごせていたら先生は嬉しいなと思います」

 この先生の話し方は、生徒を子供として見過ぎている気がする。幼稚園や小学校の先生みたいだ。ちなみに先生が言った通り、この学校は全寮制だ。まぁ、俺は性別が違うから若干例外なんだが。

「さて、長期休暇と言えば、とてつもないニュースがありましたね。今までの歴史をひっくり返す大きな出来事がありました」

 つまり俺の事である。この世界は地球ほどではないが、江戸時代の瓦版レベル程度には情報が手に入れやすい。

 この長期休みの間に魔法の練習もした。そこで改めて俺が魔法を使えることを確認した綾子さんは、何と大々的に発表しやがったのだ。

 研究者やスカウトマン、野次馬や新聞記者に揉みくちゃにされ、必要以上に疲れたのを今でも思い出せる。そのすべてを退けたのが他ならない綾子さんなのだが、原因も綾子さんなのでお礼なんぞ言わない。

「魔法を使える男がいたんですよね?」

 生徒の一人がそう答える。その声には明らかに険が混じっていた。

 貴族の女性は、権力争いや魔法を使えることに対するやっかみ、いやらしい視線を向けられたことがあるなどで男性の事を嫌っている人もいる。酷い人だと男は魔法が使えない劣等生物で、魔法が使えない理由は心が薄汚いから、と言う風に思っていたりする。

 男女で明確な能力の差が出てしまったが故の風潮で、これは一概にどちらが悪いとは言えないのが難しいところである。そんな難しいことはさておいて、要は俺が学園生活に不安を覚えている理由の一つがこれだったりするわけだ。

「そうですね。なんとその子が……我がクラスに所属することになりました! それじゃあ入ってきてください、ヨウスケ君!」

 教室の中が俄かにざわめきだす。ざわ……ざわ……みたいな裏世界めいた暗さはないが、とても好意的なものだとは言えないものだった。好奇心と敵意が混ざったような感じである。

 ためらいを覚えながらも、俺は開いていた扉の陰から教室の中へと入っていく。そこで目に映る黒、ピンク、青、金、赤、緑、その他もろもろの色。全部が生徒たちの『髪の毛の色』だ。

 染めているわけではない。この世界の女性は生まれつき、こんな風に髪の毛の色がカラフルなのだ。そして顔がいいのも多い。まるで二次元の世界に来たみたいだ。

「えーと……ヨウスケ・ミハマです。よろしくお願いします」

 慣れないネクタイを直した後、俺は緊張しながらも簡潔に自己紹介をして一礼する。礼儀作法も簡単に習ったため、お辞儀に関しては問題ないはずだ。

 ちなみにわざわざ新しく作った男子用の制服は、これまた二次元か私立高校みたいなシャレたブレザーだ。茶色の上着に学年カラーのネクタイ、ズボンはチェックだ。

 また、女子の制服も同じようにシャレたブレザーだ。茶色い上着に学年カラーのリボン、膝上数十cmレベルの短い赤チェックのスカートだ。ちなみに二学年の色は緑だ。

 この制服をデザインしたのは当然綾子さんだ。本当はセーラー服かベトナムのアオザイが良かったらしいのだが(後者は少々マニアックだろう)、ここの世界観に微妙似合わないと言う事でブレザーにしたそうだ。

「はいありがとうね。それじゃあみなさん、ヨウスケ君と仲良くしてね」

 マリア先生は俺と生徒たちの間に走る空気を感じ取れなかったらしい。おっとりと呑気な事を言っている。

 ちなみにこの世界では下の名前……名前に関しては洋風だからファーストネームか。それでお互いを呼び合うのが普通となっている。綾子さんが苗字で呼ばれ慣れていない、というのはこの風習に起因するそうだ。

「うーん、そうねぇ……」

 ふと、マリア先生が何かを考え込むように顎に手を当てて俯いた。多分、これまた事前に聞かされていた『世話係』を考えているのだろう。

 この学校は設備が良くて広すぎるがゆえに、途中で入学してきた生徒には、クラスの中から優秀な生徒を一人選んで世話係にするルールがある。これをきっかけに友達を作るのもよし、という意図もあるそうだ。

 事前に世話係と言うものがあると知っていたのだから決めておけよ、と心の中で突っ込みながらマリア先生の言葉を待つ。

「そうだ、クリスタさんにしましょう! クリスタさん、しばらくヨウスケ君のお世話係よろしく頼むわね」

「ちょっ! 先生っ!?」

 先生に指名されたクリスタと言う生徒が驚いたように立ち上がる。その若干吊り上ったプライドが高そうな目は、明らかにいい感情を抱いていない。

 それにしても……とてつもない美少女だ。身長はそんなに高くない。ふわっとした、目が奪われるような金髪を腰まで伸ばしており、立ち上がった拍子に揺れた時にその輝きが尾を引いて見えるほど。若干吊り上っている目はプライドが高そうではあれど、その一方で一本芯が通ったような頼もしさを見せる透き通ったアイスブルー。短いスカートから伸びる脚はたおやかで、育ちの良さが伺える。

「どういう事ですのっ!? この私が男の世話係なんて冗談じゃないですわ!」

 美少女に罵られると気持ちいいと断言している友人がいるが、俺にそんな性癖は無かった。男と言うだけで馬鹿にされて若干癪に障る。

「あらあら性別関係なく仲良くしなきゃだめよ~? それにその人の為人ひととなりも見ないでそんなこと言っちゃダメよ?」

 先生はゆるゆるとした口調で正論を言っている。正論ではあるが今この状況でその口調はどうだろうと思う。

「それにクリスタさんが本当は優しいのは知っているわよ? 確か三カ月ほど前は卒業生に送るお花を育てているときに柔らかい笑顔を浮かべてお水をあげ――」

「その話は根拠のない主観ばかりですの! 実際は面倒でしたわ!」

「それに長期休暇の前なんかは学園で育てているウサギさんとしばらくお別れするのを残念がっていたような――」

「それも独りよがりの主観の色眼鏡の勘違いですの! 実際は学び舎を離れることで高度な勉強が出来ない事を惜しんでいただけですわ!」

 すげぇ、明らかに勝気なお嬢様を圧倒しているぞ。果たして、これはどちらの話が正しいのだろうか。何か周りの生徒が「そういえばそうとも見えましたわね……」「そういえば今朝方、満足げにウサギ小屋の方から出てくるクリスタ様を見たような……」とかぼそぼそと話しているが、これもクリスタが言うとおりの勘違いだろうか。

「まぁまぁ落ち着いてクリスタさん。せっかくの可愛いお顔が台無しよ? それにレディーなんだからそんな下品に声を荒げてちゃダメよ?」

「先生のせいですわーっ!」

 クリスタはぜい、ぜい、と肩で息をしながら先生を睨んでいる。その顔は恥ずかしそうに真っ赤に染まっていた。

「はーい、じゃあ朝のホームルームは御終いね。それじゃあ、とりあえず新しい学年の一発目の授業、頑張っちゃおー!」

「マイペース過ぎますの! それと頑張るも何も最初は始業式ですわ!」

 先生がマイペースに話しを進める。おっとりと片手で拳を作って上に上げてホームルームを締める。そしてそれにクリスタの鋭い突っ込みが入る。

 なるほど、クリスタはあんな風に律儀に突っ込む当たり、ノリがいいのだろうか。

「あ、それとヨウスケ君はクリスタさんの隣よ。それじゃあ仲良くね~」

 先生は嵐のごとく教室から去っていった。決して速くはなかったが、そう思わせるようなマイペースっぷりだ。

「あー、そんなわけで、悪いけどよろしく頼むな」

 俺はクリスタに近づいてそう言った。

「平民の男風情がこの私になんて口をききますの? ハームホーン家の長女である私にその態度とは育ちが知れますわ」

 悪うござんしたねぇ。口角がひくつく程度にはイラッと来たが、ここで怒っては今後の人間関係が円滑に進まない可能性がある。

「ん? この学園は生徒間では家柄関係なく平等じゃないのか?」

 俺はとりあえず疑問をぶつけてみる。綾子さんから事前にそう習っていた。

 綾子さんの方針で、この学園内では生徒である以上、家柄関係なく平等だそうだ。ランク付けされるのは成績と人間性のみだとか。とはいえ、いくつかの理由である程度家柄主義になるのはある意味しょうがないことではあるが。

「というかハームホーン家の長女って……公爵家のお嬢様か」

 疑問をぶつけたすぐ後に、このクリスタの言葉の意味が分かった。

 家柄の面では王族に次ぐ権力を持つ公爵。貴族の最高位だ。

 この世界は地球の例に漏れず、貴族は上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。

「ようやくお気づきになりましたのね? まぁ下賤な男にしては上等とでも褒めておきましょうか?」

 相変わらず高飛車な態度でクリスタはそう言った。いつのまにかクリスタの後ろについていた数人の女子もうんうんと頷いている。うわっ、派閥って奴か。権力に差がある女子の集団だと自然と出来上がるんだよな。男子でもそう言ったことはままあることだが、女子では特にそう言った傾向が強いそうだ。

「ほらほら皆、そんなことより始業式行くよ!」

 そんな話をしている中、元気な声と手を打つ乾いた音が響いた。

 その声の主は、クリスタの一つ空席を挟んで左隣に座っていた女子だった。さらさらな緑色の髪の毛をボブカットにし、エメラルドのように綺麗な瞳をしている。健康的に伸びた脚はその魅力をより一層引出し、当然美少女。 

「あ、ボクの名前はシエル・シャルロートだよ! 一応侯爵家だけど、気にせず話しかけてね!」

 その美少女……シエルはこちらを向いてそう自己紹介してきた。元気な声と笑顔、さらさらのボブカット、それにその口調、特に自分に対する呼び方から、ボーイッシュな美少女、という印象を受ける。

 シエルの言葉に促されてか、俺たちの事を遠巻きに見ていた人たちが教室から出ていく。

 不満げなクリスタと人の好い笑顔のシエルが動き出したのを皮切りに、俺と比較的近くにいた女子も扉へと向かっていった。

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