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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
最終章 夏の夜の狂乱
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 二人そろってヒーヒーいいながら香辛料を効かせたチャーハンを食べていると、何やら外が騒がしいことに気付いた。

「なんだか騒がしいな、祭か?」

「お祭りには、ちょっと、ばかり、早いですわよ」

 クリスタは猫舌な上に辛いものに耐性がなかったらしい。そのくせ、美味そうに食ってるから反応に困るな。あれか、「マズイ、もう一杯!」みたいなものか。

 まぁ俺たちには関係ないことだろうと思い、構わずにチャーハンを口に入れていく。

 慌ただしくまったりと過ごしていると――

「ヨウスケ君! 大変だよ!」

 ――バタン! と勢いよく扉が開くとともに、かなり焦った様子のシエルの声が聞こえてきた。

 その声を聞き、さすがにただ事じゃないと思い、二人で目を合わせて頷きあってからから玄関に走っていく。

「一体何がありましたの?」

「まさか今度はルナが攫われたのか?」

 クリスタは真面目に、俺はちょっと冗談めかして問いかける。

「ルナはここにいるよ!」

 シエルの後ろから、ぴょこん、と中学生と並べても背の順で前列になりそうな、燃えるような赤髪をポニーテールに纏めている少女が現れる。

 ああ、シエルに隠れてしまってただけか。小さいから見えなかった。

「……昏き闇よ! 猛き焔よ! 我に力を与え――」

「すまん! ごめん! 謝るからこの家を煉獄で焼き尽くさないで!」

 心の声が読まれていたようだ。

 ルナはむすっとした表情をしながらも、魔法の発動を止めてくれる。この家の中で『煉獄の黒焔龍インフェルノ・ドラグーン』を使われるのはさすがにヤバい。

「ちょっと! 漫才している場合じゃないんだってば!」

 シエルは俺とルナを窘める。

「おっとそうだったな。で、何が?」

 俺は冗談はこれぐらいにして真剣な話に移ろうと促す。

「この学園に『魔物の群れが向かってきて』いるんだよ!」

「「っ!?」」

 俺とクリスタは、思わず驚きで変な声を上げてしまった。


                 ■


「いいですかみなさん。この学園に向かって、周辺の魔物たちが一斉に向かってきている模様です。そこで、みなさんを、避難する人たちと防衛戦に参加する人たちで分けます」

 広い庭園に、ほぼ全員の全校生徒が集まる。せいぜい百八十人程度な上、ほぼ全員が学園の敷地内にいたため、集合は迅速だった。

 前に立って話しているのは副学園長。見た目としては三十後半くらいのメガネをかけた知的な大人の女性だ。綾子さんが巨人の峡谷タイタンズ・キャニオンに向かっているため不在な分、この人が学園の運営を取り仕切っている。冒険者現役時代の綾子さんと同じパーティーだったそうで、その強さは他とは一線を画す。

「私達教師は、防衛戦と避難をそれぞれ取り仕切る立場になります。それでは、避難するものはエフルテ方向の門へ、戦う人はここへ残ってください」

 その、状況の割に簡潔な説明が終わった瞬間、ざわざわと生徒たちがざわめきだす。多分、どうするか相談しているのだろう。

 さて、あいつらはどうするのだろうかと見てみる。……まぁ、予想通り立ち上がる気配すらなかった。戦う気満々だ。まぁ、俺も防衛戦には参加するがな。

 普通ならパニックになりそうなものだが、思いのほか順調に進んだ。前の飛竜襲撃と違ってあと数分魔物が着くまでに時間があるし、魔物も周りの話を聞く限りではゴブリンとかオーク辺りだそうだ。

 結果として、半数以上が防衛戦に参加する意思を見せた。避難することを決めた生徒も、何人かは悔しそうに下唇を噛み締めていた。多分、参加したかったのだろうが、実力と照らし合わせて無理だったり、家から無茶しないように言われている人たちだろう。

「――この決断は後悔しませんね? では、防衛戦に参加する人たちに状況を説明します。この話を聞いて、やっぱり防衛戦に参加せず避難する、と思った人は迷わず校門に向かってください」

 見ると、教師の何人かはもうこの場にいなかった。多分、避難組の引率だろう。

「周辺に偵察に向かわせた教員からの連絡では、主に『初心者の平原』や『獣の山』の魔物が向かってきているそうです。スライム、ゴブリン、ホブゴブリン、リザード、ハウンドドッグ、オーク、コボルドの混成集団ですね。そのどれもが、動きが落ち着かなかったり、涎を垂らしていたり、目が血走っていたりしていたことから、ほぼすべてが『狂乱状態』であることが予測されます。『初心者の平原』と『獣の山』のほぼすべての魔物がこちらに向かってきていると予想されるため、相当な数であると思われます」

 そんな規模の魔物が一斉に狂乱状態だと? しかも予兆はなかったはずだ。街で冒険者の話を聞いていても不自然な事はなかったし、そもそもそんなことがあれば学園にも連絡が入るはずだ。

 さらに、それだけの集団が、一斉に『この学園を目指している』というのはあまりにも不自然すぎる。なんというか……『何かの作為が働いている』ように感じる。

 けれどまぁ……魔物のラインナップから見るに、主に初心者向けの魔物がほとんどだ。ここの生徒は優秀だし、しかも先生たちまで防衛戦に参加するのだ。正直、多少の被害は出るだろう、程度にしか思えない。油断は禁物だがな。

「話を聞いていて気付いたかと思いますが、この状況は明らかに『不自然』です。狂乱状態の集団ヒステリー的な話はままありますが、これほど広範囲で大規模なものはそう起こるものではありません。よって……来ている魔物こそさほど脅威ではありませんが、数の怖さ、そして……『予想外の異常事態』に気をつけてください。ここまで来ると、もはや何が起こってもおかしくありません」

 副学園長は険しい声でそう言った。生徒と教師の間に、緊張感を孕んだ沈黙がおりる。

「……では、これよりいくつかの班を編成します。魔物の様子から鑑みるに、どうやらエフルテ方向からは来ていません。とはいえ、この学園の敷地は広大なため、この少人数でそれらをカバーしなければなりません。魔道具による防御機能もありますが、期待しない方がいいでしょう」

 副学園長は淡々と説明をしていく。

「今回は突拍子も無い不測の事態が予想されます。よって、最高戦力と思われる精鋭は温存して、予測の範囲で起こっていることにはそれ以外の班で対応していきます。では、班の編成を発表します。参考までに言いますと、各班には三年生か教員をリーダーとして配備していますので、それを考慮に入れてくださいね。――では一班。セレナさん、ハンナさん――」

 先生が一班から順に、班員と配置を読み上げていく。

「さて、俺たちはどこだろうな」

「どこに行っても対処するだけですわ」

「そうだね。この学園にはいろいろ大切なものがあるから、ボクたちで守らないと!」

「くくくっ、愚かな魔物どもめ。夜……闇は我が領域……昏き煉獄で食らい尽くしてくれようぞ……」

 俺の呟きに三人が反応する。一人変なスイッチが入ってしまっているが、これはこれでふざけているわけではない。

「五班。――」

 いまだに呼ばれない。班の人数的にそろそろ終わりに近いけどな……。

「――以上が通常班の編成です。呼ばれたものは班ごとに集まった後、持ち場に散ってください」

 ――――は? 俺たちは誰一人として呼ばれてないぞ?

「呼ばれなかった人は――『精鋭班』として、ここに残ってください。今から仕事を説明します」

 …………マジかよ。俺たち四人は、揃って精鋭班に所属することになるみたいだ。

「……さすがに予想外ですわね」

 クリスタが目を丸くしている。シエルとルナもそんな感じだ。

「……責任重大だな」

 しかし、俺の呟きによって三人の表情が引き締まる。そう、精鋭に選ばれたと喜ぶのは、終わってからで十分だ。

「……この場に残っている皆さんは、今回の作戦の肝となる『かもしれない』精鋭班です。動かないのが一番ではありますが……私ごときの勘ではありますが、恐らく動くことになるでしょう。非常事態が発生した際は、みなさんがまともに動けないと戦線は崩壊すると思ってください」

 副学園長の淡々とした声に、いくらかの緊張が含まれる。それを感じ取ってか否か、精鋭班として残されたメンバーの表情も引き締まってきた。

「精鋭班は、基本的に、庭の中心にさきほど急ピッチで完成させたやぐらの上で待機して貰います。ここで全体を見回し、異常事態が起こった場所を油断なく捜し、場合によっては戦線に加わってください。また、場合によっては教員側から指名して指示を出す場合があります」

 副学園長が手で示した先には、洋風のシャレた庭園には似合わない、無骨な機能のみを重視した櫓が建てられていた。櫓と言えど、結構な大きさな上に広く、この場にいる全員が入っても余裕そうだ。

 なるほど……庭園の中心に何も据えられていない理由はやぐらを立てるためだったのか。よく考えられているな。

「精鋭班の総指揮は、不肖私が務めさせて頂きます。まだ未熟な身ではございますが、尽力させて頂きます。――それでは、櫓の上に移動してください」

 副学園長の指示で、櫓に皆が登っていく。俺はそれを確認するや否や、櫓から目を離す。

「副学園長様が指揮を執るだなんて……ヘタをすれば騎士団長の直下で働くより滅多にないことですわよ……」

 クリスタが、汗をたらり、と一筋垂らしながら呟く。

「副学園長……かなりすごい人だよね」

 シエルも緊張と安心が混ざったような声で呟く。

「確か、全校生徒の適性属性と戦い方と成績を知っているって噂だよ」

 ルナはそう言って、ひょいと櫓に登ろうとする。

「ちょっとまて。俺が先に登る。自分が今何を履いているか自覚しろ」

 お約束なんかやらせない。何のために先に登り始めた人の事を見上げていないと思っているんだ。そんなことしたら最後、魔物に襲われる前に三人に殺されかねない。

「あ――っ! そうだね!」

 ルナはスカートを両手で抑え、顔を真っ赤にしながらそう言った。

「じゃあお先に失礼」

 俺は三人にそう言って梯子に手をかけて登る。

 それにしても、副学園長が指揮を執るだなんて――クリスタが言った通り、そうそうないことだ。襲ってきている魔物は弱いものばかりだが、あの副学園長が出張るほどの非常事態になりえると、本人が思っているのだから。そんな大きな危機は、滅多に起きない。

 それでも――あの人の名前を知っていれば、安心できる。

 マギア学園副学園長――イザベラ・コウサカ。

 苗字が『コウサカ』――つまり『高坂』。元々は普通の貴族の娘だったが、出家して、冒険者となり綾子さんと出会い、共に歩んだ。

 そして、綾子さんから苗字を貰ったのだ。

 同じ高坂として――綾子さんが唯一認めた、『妹分』だ。


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