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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
最終章 夏の夜の狂乱
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「ただいま~」

「お帰りなさいませ」

 我が家に帰ってくる。放課後、街まで食材を買いに行っていたのだ。

 もう少しで本格的な夏が始まるため、街に行って帰ってくるのも少々かったるい。ストレージがあるから荷物は無いに等しいし、魔法で直射日光も避けているが、辛いものは辛い。

「ひー、疲れた」

「お疲れ様ですわ。ところで、本日のメニューはなんでしょう?」

「んー、チャーハン。ちょっと強めに香辛料を効かせて、暑い時にあえて身体を熱くしようってかんじだな」

 リビングのテーブルにストレージを放り出し、椅子にどっかりと座る。対面には、輝くような金髪に、少し吊り気味のアイスブルーの目を持つ美少女、クリスタがいた。

 クリスタがいた。

 ……。

 …………。

 ………………。

「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! 『俺は一人暮らしのはずなのに、帰ってきたら平然とクリスタがリビングに座っていた』。な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何があったのか分からなかった……。頭がど「何を分からないことを言ってますの?」おっとすまんすまん」

 驚いた。あまりにもナチュラルに、我が家にクリスタがいた。まぁ、いつ来てもいいからと言って合鍵は渡してあるから不思議ではないんだけどね。ちなみに合鍵を渡した時、クリスタは顔を真っ赤にしていた。

「……いつもは晩飯前に来るけど、今日はこんな時間にどうしたんだ?」

 そう、クリスタが来るのは晩飯前。今はまだ四時ちょっと過ぎぐらいだから、まだ時間はあるはずだ。

「な、なんと言うかその……な、何となく来ただけですわよ!」

 クリスタは顔を赤らめて、顔を逸らしながらそう言った。

「つまり暇だったんだな」

 俺がそう言うと、クリスタは「うっ」と言葉に詰まる。

「まぁ、俺も多少暇を持て余しそうだからちょうど良かったんだが……うちに遊び道具なんてほとんどないぞ?」

 俺はそういいながら、頭の中で時間を計算する。今日の晩飯は時間がかからないメニューだし……六時ぐらいまでは遊べるかな。

「まぁ、ないならないで一緒にお勉強でもしてれば時間は潰れますわよ」

 クリスタはそう軽く言って、金髪を掻き上げる。

「まぁ、チェスぐらいはあるけどな」

 チェスもまた、綾子さんがこの世界で作ったものだ。ゲーム機やテレビ、マンガや小説などの娯楽にあふれていた日本と違い、この世界は電気製品もないし、紙も大量に作れるわけではない。印刷技術も魔道具だよりなため、気軽に楽しむ娯楽が少ないのだ。

 娯楽大好きの綾子さんは、この世界に来てそれにも絶望したらしい。そんなわけで、トランプやチェスを作り出したのだ。

 とはいえ、トランプも結局紙を使うもの。一般家庭に普及できるほど安くも無い。チェスも駒を作るのが地味に大変なため、庶民の間では、地面にマスを書き、石に駒の名前を書いてやっているそうだ。……しかもそんな遊び方をしているのが、大体が大人たちだから中々シュールだったりする。

「ああ、アヤコ様が持ち込んだものですわね。ヨウスケたちの故郷はこのあたりの常識とはかけ離れていますわね」

 クリスタには、俺と綾子さんが同じ故郷である、と嘘ではないが真実を語りきっていない感じで誤魔化している。しかも、ここまで教えているのはクリスタだけで、他の人には教えていない。ある意味、一番気を許した相手であるクリスタにすら、微妙にだます形になっているのは……心苦しいな。

「じゃあ……よいしょっと」

 とはいえ、今は楽しむべき時間だ。どうにもここ数カ月で事件に巻き込まれまくっているから、こんな風にゆるゆると過ごすのも悪くはない。

 そう思い、ストレージからチェス盤と駒を取り出して並べていく。

 ちなみに、チェスのルールはこっちに来てから初めて覚えた。将棋は知っていたけど、不思議とチェスはやる機会がなかったからな。

 こっちの世界に来てから、娯楽に飢えて始めたのだ。とはいえ対戦相手がいないため、ひたすら詰めチェスを寂しくやっていたわけだが。

 俺が持っているこの本格的なチェスセットは、ちょっとした高級品だ。駒の造詣が複雑な上、この世界にプラスチックと型で量産するような便利な技術はない。一つ一つ、魔物の牙や木を彫って出来ている。

 普通の俺ならこんなのを食事一週間分の金を払ってまで買わないのだが……元々日本でもサブカルチャーにハマりまくってた身として、娯楽がないのは辛く、そんな折にこれを店先で見つけちゃったので衝動買いしたのだ。

 ちなみに、一人の時の時間つぶしは、勉強と掃除と魔法や体術の練習がほとんどだ。元々これらのような面倒な事はあまりしないのだが、あまりにも時間が余りすぎて(ダジャレではない)せざるを得ないのだ。

「先手どうぞ」

「では遠慮なく」

 クリスタが先手だ。

 トン、トン、トン――と、しばし無言のまま、駒をチェス盤の上に置く音のみが響く。変わったことと言えば、どことなくクリスタがそわそわしているな。

「そ、そういえばヨウスケ」

「うん?」

 そんな沈黙を先に破ったのはクリスタだった。どうやら、そわそわしていたのは、これから話すことに関係ありそうだ。

「そ、その……今朝話した通り、今度の休日に……ま、街に買い物に行くから、つ、付き合ってくださいませんこと?」

 どうにも緊張した感じで、ドモり、顔を赤らめながらそう言ってきた。

「ん、おっけーおっけー」

 俺はそう言ってから、ポーンを一つ前に進める。

「あ、ありがとうございますわ」

 上ずった声でお礼を言ったクリスタは、少々乱暴にキングをチェス盤に置く。

 にしても、たかだか一緒に遊びに行くのを誘うだけで何を緊張してんだか。

「そういえば、何を買いに行くんだ?」

 俺は話のついでに問いかけ、駒を移動させる。あれ……この形……?

「ちょっと、お洋服を少々。最近またきつくなってきまして」

 クリスタはそう言って、顔を赤らめながら胸のあたりを押さえた。

 ……ってそっちかい!? いや、確かにまた最近成長したような……って俺は変態か!?

 うん、まぁ、確かにクリスタの――は大きいな。制服に関してはそれをデザインしたのがあのバストサイズを持つ(あ……言ってて変態に近づいてくる気がする……)綾子さんだからそのあたりの心配は無用だろうが……私服となるとそうはいかないだろうな。

「なるほどねぇ……」

 俺はそう適当に相槌を打ちながら駒を移動させる。

 これから買うってことは……夏物だろうか。クリスタだったら……シエルがこの前着てきたようなロングワンピースも似合うだろうし、少し庶民的にノースリーブなんかも似合うかもしれない。あ、でもやっぱり……クリスタだったら地のレベルが高いから大人しめのが似合うかな? うーん、

「クリスタだったら何でも似合いそうだな」

 考え事している間にクリスタが移動させていたため、俺もそう言って移動させる。

「――っ! いきなり何をおっしゃいますの!?」

 クリスタは持ち上げかけた駒を落とし、顔を真っ赤にしてそう言った。すっげぇ、いくら夏とはいえあそこまで赤くなるのか。

「何を照れてるんだ? 見た目を褒められるぐらいお前なら当たり前だろ?」

 努力を重ね、見た目までもがかなりのレベルになっているのだ。恐らく素材自体も良かったのだろうが、ここまで可愛くなるんだから相当頑張ったに違いない。

「そ、それはそうではございますがっ――!」

 クリスタは落とした駒を拾い、未だに顔を真っ赤にしたまま移動させる。

「だったら、ナルシストになり過ぎない程度に自分の容姿に自信を持てよ。自信を持つのも自分の努力をみとめる一つの手だぞ。――っと、これでチェックメイト!」

 俺はナイトを持ち上げ、威勢よくパチン、と置く。

「――へ? ……あああっ!」

 俺の言葉に呆然となったクリスタが、少しの間をおいて叫びだす。

 これで、クリスタはどう動かしても負けだ。詰み(チェックメイト)だ。

「はっはっは、途中から顔真っ赤にしたり照れたりそわそわしたりと心ここに在らずだったぞ」

 途中からもう俺の勝ちは確定していた。あの形はこの前やった詰めチェスの変形だ。すこし動かし方を工夫すれば向こうは詰む。うんうん、一人でひたすら図書館に合ったチェスの本と向き合った甲斐があるよ。

「く、くうう……!」

 クリスタは拳を強く握り、顔を真っ赤にして悔しそうに呻く。

「も、もう一戦ですわ!」

「よっしゃ受けてたとう」

 クリスタは負けず嫌いだ。こうくることは予想できたことだ。


 結果、その後三回やって三回とも圧勝した。熱中しすぎて時間を忘れ、夕食の準備が遅れそうになったのは余談だ。ああ、時間がかからないチャーハンで良かった……。

 ――もう一つ余談だが、これからしばらく、図書館ではチェスの本を読み漁っているクリスタの姿がよく見られたらしい。

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