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その後、すぐに隠密部隊が動き、大量のごろつきとアルベルトは捕らえられた。
しばらくすると、鬼のような形相を浮かべたアリア先生を筆頭に、マギア学園の教師たちも本気装備で駆けつけてきた。そのころには、そこにいるのは俺たちと、ごろつきどもと、アルベルトと、ガルードだけになっており、隠密部隊は姿を消していた。
「お前ら何をした!? 正直に答えないと命はないぞ! それとよく無事だった!」
アリア先生の新しいツンデレの形に晒されながら、俺たちはここに至るまでの過程をビビりながら話した。アリア先生は美女なんだけど……そのツンデレは嬉しくない。
「もう! もう! 心配しましたよ! 三人がいなくなっちゃったらと思うと先生は……うぅぅ……うぇぇ……でもっ、ひぐ、無事で良かったでひゅ!」
続いて、子供のように泣きながら俺たちの無事を喜び、叱ってくれるマリア先生。あ……これは……
「「「…………」」」
相当罪悪感を削られるな……。なんていうかこう……自分が悪いことをしたって、実感するね、うん。
「お前ら……それにしてもまぁ……前から思っていたが、本当に学生か?」
一通り説教から解放されると、先生たちが現場の調査や各種連絡をしている中、暇を持て余したアリア先生が(事務仕事や細かい作業が驚くほど下手)俺たちに話しかけてきた。
「シエルは油断して攫われはしたが、あの手際のいい暗号を残した。クリスタとヨウスケは潜入した挙句、あのゲイカップルと大量のごろつき、そしてサムライガルードも倒して救出にギリギリのタイミングで成功だ。……もうお前ら規格外過ぎんぞ……」
頭をガリガリと掻き、アリア先生は投げやりにそう言った。
「とりあえず……お前らには何かしらの処罰は下されんだろうな。シエルは事件に巻き込まれただけだから危険に備えろと厳重注意だけになるだろうがな。クリスタと洋介はこんな夜遅くまでなっても寮や家に帰ってこず、さらに危険を承知で飛び込み、しかもそれが場合によっちゃあ犯罪になる感じだからな……友達を助けに行くというのは熱いし、正直好ましいんだが……学校としちゃあそれを見逃すわけにはいかねぇんだよな」
そう言って、アリア先生は「けー、お役所仕事はやだねぇ。これでもマギア学園は自由な方だっていうんだから参っちまうよ」と独り言のように付け足す。
「それを承知で向かったのだから異存はございませんわ。どのような罰でも謹んでお受けします」
クリスタは胸を張り、堂々とした態度でそう言った。
「俺もです。理由はありますが、ルール違反はルール違反ですしね。……まぁ、情状酌量の余地があるとして軽減されるのを祈るとしますあだぁっ!」
俺もそれに続いて甘受することを言う。ついでに本音が漏れてしまったが――言い切る前にクリスタに脛を蹴られた。
「そんな情けないことは思っていても口には出さないものですわ!」
謹んで罰をお受けします、というのはこの世界では美徳の一つとして数えられるらしい。日本でも確かにそうだが、ここではそれ以上。日本で言うところの「人にやさしくしましょう」レベルの美徳らしい。マジか……ところ変われば、ってやつだな。言語も文字も日本語だから忘れがちだけど――ここは異世界なんだよな。
■
あれから三日が経った。
今回の一件で、本格的に騎士団のメスがハミルトン家に入った。これによって、アルベルトを筆頭にその家族が行ってきた数々の悪行が明るみに出た。横領、誘拐、犯罪教唆、強姦、脱税エトセトラエトセトラ。結果的に、この家は取り潰しとなり、あの領地は周辺の貴族でしばらく分け合うことになるらしい。
また、今回の件で大量の犯罪者を捕まえることに成功した。これに関しては、騎士から感謝状を貰うことになった。感謝状を受け取るためにエフルテにある騎士団支部に出向いた際、そこにセーレさんやソーニャさんたち――演習の際に付添人をやってくれた騎士の人たちが来てくれていたのには、かなり感激した。久しぶりの再会を喜んびあい、その中であの人たちはまだ騎士に復帰していない事を知った。今回は特別に同僚から呼ばれたらしい。
さて、もう一つ気になるのは、ガルードについて。
冒険者のルールに則り、冒険者記録剥奪か、しばらくタダ働きをさせられるかの二択を迫られた。今までの功績がなければ問答無用で剥奪されているところだったが、冒険者協会――通称ギルド――が彼を失いたくなかったため、こうなった。多分ガルードさんはタダ働きを選んだのだろう。もしかしたら、またどこかで会えるかもしれない。
さて、では俺たちに下された罰はと言うと――
「地下の掃除にも慣れてきたな」
そう、地下室の掃除だ。ただ、今回は前の地下実験室ではなく、『ブラジル』の方向にある地下音楽室の掃除を一週間放課後にやることだった。この学園では、魔法や一般教養のほかに、体育や美術、音楽などの教科もカリキュラムに取り入れられているのだ。
「まぁ、仕方ありませんわ」
クリスタはそう言いながら、水属性の魔法を駆使してちょいちょいと掃除していく。
「本当にごめんね、ボクのせいで……」
シエルは暗い顔をして、謝りながら風属性魔法を使って埃を集める。
「何度も言ったけど、もう謝る必要はないさ。友達を助けるのは当たり前だろ?」
慰めるため、少々気恥ずかしいセリフを言いながら、実体化させた魔力で手のようにはたきを掴み、高いところの埃を落とす。
「……で、今回ルナは完全に仲間外れだったわけだけど?」
後に事情を聞いたルナは、今回の件に関わっていない。今も若干拗ねている感じだ。そう言いながらも、ゴミを一か所に集めて燃やしている。
掃除罰が課されたのは俺とクリスタだけだ。シエルとルナには好意で手伝ってもらっている。
「それでヨウスケ? あの……私を守ってくださっちゃ時の『あれ』は何ですの?」
クリスタは顔を真っ赤にして問いかけてくる。思い切り噛んでいるが、その恥ずかしさを忍んでまで『あれ』の仕組みを知りたいのだろう。
つーかクリスタさぁ……あん時の俺の言葉に偽りはないけど……その場の勢いで言っちゃった感がある俺の台詞を蒸し返すような真似はよしてくれよ。聞いてくるだけならいいが、それをクリスタが恥ずかしがっていると俺まで恥ずかしいだろ……。
「ま、あれは簡単な話だな」
その気恥ずかしさを隠すために、少しそっけない口調で解説を始める。
「あのガルードが持っていた『ムラマサ』は恐ろしいほどの業物だったな。あいつの剣技や長さが伸びたことによる速さによって、正直お前らの攻撃に勝る攻撃力だといっても過言ではないほどだったんだよな。まぁ、お前らの攻撃も十分恐ろしいが――あづっ!」
「余計な話はいいから進めなさい!」
「むぅ、女の子に対してその言い方はないんじゃない?」
「どうやら闇の炎に抱かれて消えた「アウト」分かったよぅ……」
余計な話をしたところで、クリスタにつま先を踏み抜かれた。シエルからも非難されるし、ルナも避難してきた。まぁ、ルナのは途中で突っ込ませて頂いたが。
「ま、まぁ、そんなわけで、ガルードの攻撃は凄まじい威力を持っていたんだ。それにダメージの範囲も、刀の性質上、面じゃなくて線な分、威力は高くなっているしな。そんなわけで、いつも使っている防御手段よりも、もっと硬いものが必要だったんだ」
ここで俺は一旦言葉を切り、高いところでも入り組んだ部分を掃除する。範囲が狭いから一呼吸入れるのにちょうどよかった。
「そこで、今回使ったのが『魔力を偏らせる』ことなんだよ。いつも使っている防御手段は、実体化させた魔力を全身に纏っているんだけどな。魔力は基本、多ければ多いほどより効果を発揮する場合が多いから、今回の場合は、散らさずに、『腕にだけ全身の魔力を固めて実体化させた』というわけだ。結果的により実体に近くなり、硬くなった……というわけなんだよ」
俺の解説に、三人はぽかんとした表情をする。
「ま、魔力の偏在を意図的に作り出す……そんなことが可能ですの?」
三人の気持ちを代弁するかのようにクリスタはそう言った。
「普通に魔法を使うときだって空中とか対象の近くに魔力を偏在させるだろ? それの応用版だ。普通の魔法は自分の魔力を流して偏在させるが、今回の場合は自分の中に流れている魔力の流れを制御して偏在させたんだ」
俺がその説明をした瞬間、三人は納得と理解していないとが半々になったような表情をつくる。
「魔力の流れを制御するだなんて……ありそうでなかった発想だね」
シエルの言葉がすべてを物語っていた。
この世界の魔法は、自分に直接かけるものはほとんどない。風を操って空を飛んだりとか、自分の傷に水をかけるとかは、確かに自分に魔法をかけている。だが、それはあくまで間接的だ。体から直接魔法をかけているわけではなく、なんだかんだで空気中に使っているのだ。この世界ではそんな方法を使わずともなんとかなるため、思いつかなかったのだろう。
俺が今回使った方法は、腕に流れを集中させてそこに魔法を使った。魔力がそこに集中した状態で発動するため、高い効果が望めたのだ。
「あ、それとルナからも質問いい? クリスタの話を聞いていて気になったんだけど……ヨウスケが、振り下ろされたカタナを手で止めたのってなに? よくわかんないんだけど」
ルナが、ふとこんな質問をしてきた。ああ、あれか。
「頭の上で、振り下ろされた剣を両掌で挟んで止める奴か。あれは『真剣白刃取り』っていう、俺が住んでいた地域では割とメジャーな方法だったものだ」
実際はテレビや遊びで、ネタとしてやっていただけだが。出来る奴なんか周りにはいなかったが、知名度だけはメジャーと言っても差し支えはあるまい。
ちなみに、あの時も手のひらに実体化させた魔力を纏わせていた。あんな速度で振りぬかれる刀を素手で受け止めたらどんな怪我をするかわかったものじゃないからな。
「へぇ~、そんな突飛な技まであるんだね」
シエルはそう感心したように言った。
「おう。……じゃあ俺は隣の楽器倉庫掃除してくるわ。誰か手伝ってくれ」
「あ、じゃあボクが行くね」
音楽室の中で俺が担当している区画が終わったため、ついでに楽器倉庫も掃除することにした。手伝いを呼ぶと、ちょうど俺と同じように終わっていたシエルが立候補してくれた。魔法の性質的に一番作業効率がいいのだろう。
扉を開け、隣の部屋に二人で入っていく。
この楽器倉庫も、中で演奏する前提で作られているため防音仕様だ。しかも結構性能がいいらしい。
「二人っきりになっちゃったね」
シエルは、少しきまり悪そうな笑顔で俺にそう言った。
「そうだな」
そんなシエルに、俺はそうとだけ返して掃除を開始する。
「あの……今まで、本当にごめん!」
シエルは、急に頭を下げてきた。
「だましたり、利用したり、迷惑かけたり、気を遣わせたり――本当にごめんなさい!」
シエルの声はどこまでも真剣で……普段の、快活で諧謔的な雰囲気はなかった。
「――分かった。許す。……だから……これからもよろしくな」
そんなシエルに、長々とした言葉は不要だ。ただ、これだけ……俺の真っ直ぐな気持ちと希望を伝える。
俺が差し出した右手を、シエルは驚いたように見つめる。
「仲直りの握手だ。――俺もシエルに疑念を持ってしまったからな。これでお互い、チャラにしよう」
笑いかけて、そう伝える。
「ヨウスケ――うん、ありがと。……これからもよろしく!」
シエルの柔らかい手が、俺の手をしっかりと掴む。緊張しているのか、少し熱く、汗ばんでいる。
「――ああ、よろしく」
ここは地下だからあまり感じないが……今は初夏。そんなある日、楽器倉庫で……俺とシエルは、確かな友情の絆を確かめ合った。
これで三章はおしまいです。
次は最終章です。
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