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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
泣かない理由、涙の理由
41/58

3話纏め投稿の3話目です。

「なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ……」

 シエルはそう呟きながら、ゆったりとした楽な格好で夜の林道を歩いていた。

 それは彼女の日課であり、趣味だった。

 ヨウスケには、『嫌なことがあってもここなら忘れられるし、嬉しいことがあったらそれを思い出せる』と説明していたが、今回の場合は前者によるところがほとんどだった。

 思い出すのは、今日の午前中の出来事。

 誰にも話せない内容の話を、よりにもよって一番聞かれたくない相手――洋介に聞かれてしまい、シエルは、言い訳がましく釈明した後、そこから逃げるように去ったのだ。

(いや、実際に逃げたんだ……)

 そう心の中で自嘲して、ゆっくりと首を横に振る。

(嫌われ、ちゃったのかなぁ……)

 シエルが恐れていること。それは洋介に『嫌われる』ことだった。

 学期の初めのころ、クリスタと仲違いして弱っていた洋介に近づいて、そのまま仲良くなってから。事あるごとに洋介と関わり、時には色仕掛けじみたことでからかってきた。その大半は、傍から見れば分かりやすい態度のクリスタをからかうためのものだったが……確かに、洋介が自分の色仕掛けに照れて見せた時には嬉しかったのだ。

 また、様々なタイミングで洋介と関わっていくうちに、二人の間には確かな絆が出来上がっていた。

 だが、それは今回の件で、全て崩れ去る。シエルはそう感じていた。

 こんな事実を知らされた洋介は、確実に、『今までのシエルの行動は命令を遂行していただけであった』という風に思うだろう……とシエルは考えたのだ。

 そんな風に洋介が考えたとしたら……確実に洋介は自分を『嫌う』だろう。そうシエルは考え、それを恐れた。

 今まで、散々人には嫌われてきた。

 陰謀渦巻く貴族社会の中で、中々隙を見せないシエルは、『生意気なガキ』として、周りの貴族からは腹の底で認識されてきた。取り入ろうとしても回避され、弱みを握ろうとしてもそれを一切見せない。プライドが高く傲慢な貴族たちは、そんなシエルを見て確実に『嫌って』いたはずだ。そしてシエルもそれは承知で、大して気にしていない事だった。

 だが、洋介に『嫌われる』ことは、確かにシエルは恐れていた。

 そしてそこから、洋介に知られたこの話がクリスタやルナに伝わり、彼女らに嫌われることも確かに恐れていた。

(何でだろうなぁ……)

 そう自問するものの、その答えは既に出ている。


 結局のところ、シエルはあの三人が『好き』なのだ。


 個性的で、どことなく独創的な三人。だが、それでも芯は歪んでおらず、シエルが嫌う不快な腹黒さもない。

 シエルは自分が嘘つきで、表裏があり、腹黒く、歪んでいると思っているからこそ、他者に対して潔癖であった。それを見ていると、純粋な不快感と共に、『自己嫌悪』に襲われるのだ。だからこそ、心の底から『友達』と呼べるのは、あの三人を筆頭にそう多くない。そんな『好き』である三人に嫌われるのは……ある意味、今のシエルにとっては望まぬ結婚よりもよっぽど恐ろしいことだった。

「はぁ……明日、どんな顔して会えばいいんだろ……」

 シエルはため息を吐き、ポロリ、と雫が自然に垂れるように、無意味と分かりながらも漏らす。考え事をしながら歩いているうちに、いつも休憩場所として使っている岩の傍に来た。シエルは無意識にそこに座り、なんとなく足をプラプラと揺らし、自分の気分とは程遠いほど輝く星空を見上げ、また一つため息。

「ヨウスケ……」

 ここ数カ月で一気に仲良くなり、今日になってその関係が壊れた男の名を呟き、もう一度星空を見上げた。

 その時――


「あぐっ!」


 ――背後からガサガサガサ! と急に激しい音がした直後、反応する暇も無く、後頭部に、鈍くも激しい衝撃を感じた。その衝撃によってシエルの身体は岩から落ち、固められた土の道の上に落ちる。

(な……に……?)

 視界が霞み、朦朧としてくる意識に逆らい、前のめりに倒れた状態から、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには、体系から見て大人の男性であろう二人組が見えた。どちらも夜の林や草葉に隠れやすいような黒い服に身を包んでいる。

「侯爵家の令嬢がこんな時間にこんなところを一人で散歩とは、随分と不用心だな」

学校とりかごの中で生活しているうちに危機感が鈍ったんだろ? しかもさっきは注意散漫だったしな。雰囲気からして男の事でも考えてたか?」

「バーカ、あの学校は女子校だろ」

「そりゃ失礼」

 男たちは気の抜けた声でそんな会話をしていた。身のこなしからして素人ではないが、未だ意識があるシエルを前にしてこの様子では、決して凄腕というわけではないだろう。

 シエルはそう考え、男たちの目的は何か分からないものの、反撃に転じようとして魔法を使おうとする。

(っ!?)

 しかし、普段だったら息をするように、歩くように出来る魔法が『不発』だった。

 正確に表現すれば、魔法自体は使えた。だが、自分が起こそうと思った現象にそれは到底追いついておらず、ちょっと旋風つむじかぜが発生した程度だったのだ。

(魔力の変換が……出来ない……?)

 シエルはその原因を一発で感じ取った。

 魔法を使うに置いて、体内の魔力をその属性に『変換』する必要がある。それの効率が『極端に悪く』、起こそうとした現象に、変換後の魔力が追いつかなかったのだ。

「お、危ねぇな。どうやら意識があったみたいだ」

「この状況でまだ魔法が使えるのかと褒めるべきか、低性能版とはいえ『これ』の凄さを褒めるべきか」

 シエルが起こした旋風によって、男たちは意識があることを認識してしまった。だが、何か秘密があるようで、男たちは余裕の態度を崩さない。

 男たちが『これ』と言って示したものは、はっきりと見えなかった。林道の暗い夜であり、意識も視界もはっきりしない状態では、そこに何かがある、程度しか認識できないのだ。

「さ、このお嬢様をとっとと運ぼうぜ」

「そうだな。それにしても……こーんなに器量がいいのに味見すらさせてもらえないなんてのは男として辛いぜ」

「しゃあねぇだろ。その分あの脂まみれのデブ貴族様から大金貰えるんだからよ。依頼の指定は絶対だ」

「ちっ。それにしても、あのデブ貴族も、俺たちが言えたもんじゃないが酷いよな。こいつの家に結婚の約束を棒に振られたから攫おうだなんてよ」

「まったくだ。これからこのお嬢様はどんなことになるのか想像すると、ちょっとばかり気が引けるな」

「はっはっはっ! ちげぇねぇ!」

 男たちはこんな会話をしながら、シエルを大きめの黒い布袋に入れようと近づいてくる。

(ダメだ……いくらやっても変換が悪すぎる……)

 こんなのでは、この男たちを追っ払えるほどの魔法は使えない。

 それと、シエルは男たちの会話から、自分がするべきこと、これから何をされるのかを、瞬時に判断する。

(お願い……ヨウスケ君……)

 シエルは唇を噛んでその痛みで意識を繋ぎ、最後の力をふりしぼって、思い入れのある場所を指さして、誰も気づかないほどの小さな魔法を発動した。


                 ■


 翌朝、随分と早い時間に目が覚めてしまい、暇を持て余しながら登校したにも関わらず、俺は教室に一番乗りだった。

 そこからは心臓に悪い時間が続く。ドアが開く音がするたびに、ドアが開くのを確認するたびに、シエルが来たか!? と心臓が跳ね上がり、緊張する始末。

「シエル……」

「…………」

「あれ? 今日はシエルどうしちゃったのかな?」

 そんな状態のまま、朝のホームルームを知らせる鐘が鳴り響いた。

 クリスタはシエルの名を呟き、俺はただ黙る。事情を知らないルナだけは言葉こそ軽いものの、俺たちの雰囲気を見て訝しんでいる感じだ。

「は、はーい、ホームルームを始めちゃいますよ~」

 珍しいことに、マリア先生はちょっと遅れて教室に駆け込んできた。

「す、すみませんねぇ~、ちょっと立て込んでまして」

 ふわふわとした話し方でそう謝罪したマリア先生は、今日の連絡事項を伝えていく。

「い、以上で連絡は御終いでひゅ!」

 マリア先生は何か焦っているように見えた。最後噛んでるし。

「失礼いたしますわ、先生。シエルさんは来ていらっしゃらないようですが、何か理由でも?」

 クリスタはその様子を怪訝に思いながらも、それよりも気になることを先生に質問する。

「え、えーと……体調不良でゃしょうだしゅ!」

「嘘だな」

「嘘ですわね」

「嘘だね」

『……………………』

 教室に妙な沈黙がおりた。ばっさりと切り捨てて見せたのは俺とクリスタとルナ。周りも先生の事を白ーい目で見ている。ここにいるのはほとんどが貴族のお嬢様。多かれ少なかれ、陰謀渦巻く貴族社会で生きてきた以上は人の嘘を見抜く力はある。つーか、あそこまで噛み噛みだと、むしろマリア先生が嘘をつくのが下手、と表現した方が適切かもしれない。本当にお嬢様かよ。

「し、しちゅれいしましゅー!」

 沈黙に耐えかねたマリア先生は、そのまま汗をダラダラと流しながら教室を去っていった。


                 ■


「あー、龍と言うのは、竜種の中でもとくに強大な力を持った魔物の事を言いますねー。竜と龍で読み方もそうだし、意味も大体同じだから混乱しそうになるけど覚えておけよー。漢字は違うから、そこは書くときにも間違えないように。あと面倒くさいからってひらがなやカタカナで書くなよー」

 生物の授業。気だるげに授業を進めるミーシャ先生は、そこでいったん解説を切って、俺たちに背を向けて黒板に解説を書いていく。

 そんな風に、いつも通り授業は進んでいくが、俺とクリスタは心ここに在らず、といった状態だった。理由は当然シエルの事だ。なんで急に休んだのか。昨日は体調が悪そうでもなかったし……命令云々の件や先生の態度からして、どうも気になる。

「なんで竜種の強いのだけ区別されているのかというと、それにはちょっとばかり面倒くさい理由があるんだけどなー」

 そもそも、あの先生の様子は明らかにおかしかった。シエルが休みの理由を、学校側が『秘匿』している感じだが……その理由こそが分からない。家庭の事情ならば家庭の事情です、とだけ言っておけばいいのだし、何も説明せずに逃げる、というのはよっぽどのことだ。

「じゃあその理由をヨウスケ、答えろ」

「昔の信仰の名残です。昔から龍に関しては、他の魔物と違って何かしらの求心力があり、よく信仰の対象とされてきたようですね。その際、他の竜種と区別するために強大な竜……この場合、信仰されていた竜種はそのまま龍とされ、それの名残が今ですね」

「ちっ、適当に授業聞いているかと思ったらそうじゃないのか……」

 例えボーッとしていようと、先生からの質問に答えられないようじゃクリスタにどやされる。最初の一ヶ月ぐらいは答えられないことが多くて、よく授業の後に、短いお説教兼補習を食らったもんだ。

 つーか、ミーシャ先生……意外と性格悪いな。ボーッとしている生徒に質問して油断させない姿勢は大事だけど……面倒くさがりのくせにそんなところだけ頑張るんだから……。まぁ、そうでもないと『あの』綾子さんの助手なんか勤まらなかっただろうしな。

 ちなみに、龍に対する信仰は、今こそ少ないものの、まだ残っている。

 魔物の中でも龍はとくに賢く、あまり人を襲わない割に力も強くて、人々の信仰の対象になりやすいのだ。

 一方で、龍もやはり魔物であり、過去にその卵をこっそり盗んで持ち帰った盗賊がいて、それが潜伏していた昔の国の首都が壊滅した、という事件もある。完全に人間側の自業自得だが、巻き込まれた人間はまさに『災難』だ。その時の記録を見る限り、龍は怒りのあまりに理性を失っていて、『こまごましたものを見つけてそれだけ壊すのは面倒だからもう丸ごとやっちゃえ』状態だったらしい。この記録を見る限り、この龍は、盗んだ盗賊だけを見つけて殺すことも出来た、ということだ。あえてそれをしなかったのは……狂乱状態だったからだろう。賢いと理性を失って暴れることは少ないが、それでも怒り狂えば、なる時はなるのだ。

 それにしても、本当にシエルはどうしたんだろう。学校側が秘匿をする理由が分からないし……何があったのか見当がつかない。

(くそっ……)

 覚悟をした矢先にこれだ。最近、どうにも自分のあずかり知らぬところで何かが進み、俺自身は何もできない、というのが多い。元々俺はそんなのに介入できる力もありはしないのだけれど……それでも、なんかもやもやする。

(シエル……)

 そして、何か嫌な予感がする。この胸のもやもやは、自分に対する情けなさだけではない。なんというか……シエルの身に、よからぬことが起きている気がするのだ。


                 ■


 放課後、俺とクリスタは職員室の隣にある指導室に呼ばれた。

「おい、クリスタ。お前なんかしたのか?」

「こっちの台詞ですわ。ヨウスケこそ何かやらかしたのではなくて?」

 そこへと続く廊下を歩きながら、二人で軽口を交わす。

 内容はこんな感じだが、俺たちの予想は全く違う方向に進んでいた。

 今回呼ばれた理由は――恐らく、シエルの件だ。俺たちに連絡をよこしたマリア先生の態度が物語っている。まぁ、どんな感じだったかはさすがにマリア先生の名誉のために黙っておくが……言葉は噛み噛みで、むしろそれをそのまま言う方が難しいレベルだった、とだけは言える。

 指導室の扉を開け、定型句を言ったのちに中に入っていく。そこにはもうマリア先生は待ち構えていて、対面を手で差して、座るように促してくれた。マリア先生の表情は引き締まっていて、さっきまでの情けなさはどこにもない。飛竜との戦い以来、久しぶりに見た本気モードだ。

 締め切られたカーテンと、簡素ながらも素材のいい机。そしてふかふかの黒い革張りのソファ。どことなくデザインが現代的(今の日本でよく使われている、という意味だ)だな。綾子さんの趣味だろうか。

「今回お呼びしたのは、シエルさんの件です」

 本気モードになると口調も若干変わるのがマリア先生だ。

 その口から発せられたのは、予想通り、シエルの件についてだった。

「実は、今朝……いえ、正確に言えば昨日の夜から、シエルさんは行方不明なんです」

「「っ!?」」

 マリア先生の口から発せられた情報は、俺たちを驚かすのに十分な内容だった。

「女子寮の生徒たちの話によると、夜に出かけてから姿を見かけていないそうなんです。今朝の段階では、生徒たちに不安を広げさせないために、シエルさんは家の都合で急に離れることになったと伝えてはいたのですが……それもいつまで持つかわかりません。今朝の私の失敗もあることですし、いつ広がってもおかしくはない状況です」

 今朝の惨状は自覚しているようだ。なんというか……スイッチの切り替えが激しい人だ。

「貴方達を呼んだのは、少しでも手がかりになる話が聞けるかもしれないと思ったからです」

 そう言って、マリア先生は俺たちの顔をじっと見た。

 なるほど、確かにそうだ、俺たち二人はシエルと特に仲がいいし、クリスタは学級委員、俺に至っては一昨日にシエルと一緒に出掛けている。生徒のプライベートまで把握しているのはどうかと思うが、先生たちも一昨日に俺とシエルが出かけたことは知っているはずだ。

「私には何とも。……ただ、シエルに関しては気になる話を聞きましたわ。詳しいことはヨウスケが知っていますわ」

 クリスタはそう言って、俺に振ってきた。実際にそうなんだが……話していい内容だろうか。

「夜に行方不明ですか……。数日前、たまたま夜に街まで続く林道を歩く機会があったのですが、その時にシエルと会いました。シエルは夜中にあそこを歩くのが『日課』だと言っていたので、昨日の夜もその際に何かあったのだと思います。あと、最近になってシエルの家庭事情が荒れてきているとも聞きました」

 結局、当たり障りのないことを話した。命令云々に関してはぼかす。

「そう……他には知っていることはある?」

 マリア先生は手元の紙にメモをして、俺たちに問いかけてくる。

「後は……ありませんね」

 これ以上話す事はない。この言葉を発する直前、自分がシエルについて何も知らないことを実感する。

「私もありませんわ」

 クリスタもそう言った。

「……分かりました、お話は以上です。時間を取っちゃってごめんなさい」

 マリア先生は最後に、柔らかく笑顔を作ってそう言った。


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