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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
泣かない理由、涙の理由
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12月20日。3話纏め投稿の2話目です。

 もやもやを晴らそうとして学校に行ったら、余計にどんよりとする羽目になった。

 あれから、本来の目的だった図書室に行く気すら失せ、そのまま家に帰ってきた。

 シエルの話から察するに、あいつは親の命令に逆らえない。ならば、俺はどう動くべきなのだろうか?

 シエルに命令を遂行させてやるために、表向きだけでも恋愛関係になるか? いや、そんなのは論外だ。それじゃあ、シエルが全く幸せじゃない。そんな未来は、俺は望まない。

 ならば、恋人関係にならず、こうしてきっかけが出来た以上縁を切るか? いや、それもダメだ。確かに今、シエルとは会いにくい。今後もぎくしゃくした関係になるだろうし、今までのような関係には戻れないだろう。けれど、それでも友達としてやっていけるはずだ。

 それに――シエルが命令に逆らえないのは、本人の意思が縛られているだけではないだろう。恐らくだが……命令が遂行できなかった場合、シエルは『何をされるかわからない』。あの怯えようは、役目という義務感だけではなく、恐怖感も伴っていた。

 じゃあ結局、俺は何をどうすればいいんだ? どうすればシエルは幸せになる?

 …………ダメだ、全然考えつかねぇ。そもそも……俺になんとかできる問題なのだろうか? 完全にシエルの家庭の事情だし、ある意味、俺は巻き込まれているだけだ。……こうして悩むのは、ムダなんじゃないだろうか。俺ごときが何かをしたところで、それで事態は好転するのか? ……いや、その考え方もどうだろうか。今、シエルは確実に苦しんでいる。ならば、仮に無駄だったとしても……何かしら動くのが、友達としての在り方ではないだろうか。俺が無駄だからと言って思考を放棄するのは……逃げ出すことに他ならない。

 じゃあ、どうすれば……って、また思考のループに陥っているな。くそっ、混乱しすぎて全然頭が回らねぇ。

「……はぁ…………」

 長々と思案に暮れていたせいで詰まった息を、解放するように吐き出す。すると、さきほどまで苦しかった肺に新鮮な空気が入ってきて、その苦しみを浄化する。

 こんな風に……シエルの苦しみも浄化出来たらどれだけいいことだろうか。


                 ■


「ただいま帰りましたわ」

 何もやる気が起きず、昼食を食べて、寝て、起きてから夕食の準備を始めたあたりでクリスタが帰ってきた。

「おかえりー。……と言っても、ここはお前の家じゃないだろ……」

 鬱々と考え事をしながら家事をしていたところにクリスタのこの言葉。なんとなく人恋しさが沸いてきたタイミングでこの登場の仕方だ。俺は思わず、少し嬉しいと思いながらも即座に突っ込む。

「もはや半分我が家みたいなものですわ。……って私は何を言っていますの!?」

 クリスタは、持っていたカバンを置いた机をバシン! 強く叩く。今時珍しいノリ突っ込みだ。しかも、顔が真っ赤な事から、明らかにわざとじゃない。

「まぁいいや。それよりも、夜はここで食っていくのか?」

 俺はそう言いながら、頭の中で食材の余りを計算する。昨日の夜から適当にしか食ってないから……ちょっと凝ったものを作るか。

「それよりもって……遠慮なく頂きますわ」

 クリスタは唇をとがらせて何やら言ったのち、俺の質問に答える。

「へいへーい」

 そう来るだろうと思って、さっきから考えておいた。今夜は久しぶりにカレーにしよう。あれなら短時間で作れるしな。

 ちなみに俺はカレーの調合に、何のスパイスをどれぐらい入れるか、なんてことはほとんど知らない。だが、この世界には、綾子さんのおかげで懐かしき地球の製品に近いものがいくつか普及している。その中に、カレールーもあるのだ。

 ストックしておいたカレールーや食材をストレージから取り出し、それぞれ手を加えていく。

 最後の煮込む段階に入ったところで、俺は水道でコップ一杯の水を飲んで小休止する。

 地球の水道と違って薬品の味がしない純粋な水。その冷たさが喉を通り、胃の中に入っていく感覚を味わう。それは美味しいといえば美味しいのだが……中にある細菌とか不純物はちょっと心配だよな。この水道から出る水はしっかり魔法で消毒されているらしいが、一般の人々が使っている井戸水なんかはちょっと怖い。

 煮込んでいる間に簡単な副菜を用意し、皿に盛って先に机に並べて置く。

 そんな事をしている間にいい感じになったため、俺はストレージの中にストックしてある炊いた白米を皿に盛り、そこにカレーをかける。

「へい、お待ちどうさん」

「ありがとうございますわ」

 クリスタは早口でそう言って、即座にスプーンを掴んでカレーを食べていく。猫舌のくせにあせって食べるもんだから、はふはふと熱そうだ。……言っちゃあなんだが犬みたいだな。いや、口に出したら殺されかねないから言わないけど。

 行儀のいいクリスタには珍しい――どころか見たことがない――行動だった。料理を作って振舞った張本人であり、これから同席する相手でもある俺が席に着く前に料理に口をつけるなんて、普段のクリスタからは想像できない。普段の習慣である『頂きます』も言っていないし……

「相当腹減ってたんだな」

「ええ、そうですわ。少しでも早く帰って来ようと外食を控えて直帰してきましたの」

 だったらここで料理を終わるのを待たないで、寮の食堂に行けばすぐに飯が食えたのに……と思わなくもないが、なんとなく突っ込んだら脛をけられそうな気がするのでやめる。

「なるほどね。……頂きます」

 俺はクリスタの対面に座り、手を合わせてからカレーを食べる。

 うん、普通のカレーだ。こっちの世界の人向けに作ってあるから俺の趣味からはちょっと外れるが……大して舌が肥えているわけでもないので無問題だ。

「で、内容に関しては聞かないけど、野暮用は無事に済んだのか?」

「……あれを無事と表現するのにはものすごい躊躇が付きまといますが……まあ、怪我がないという意味では無事ですわね、ええ」

 俺が問いかけると、何故かクリスタは顔を青くして、首を横に振って乾いた笑いを漏らしながら答えた。何があったのか物凄く気になるが……藪をつついたら蛇どころかサンダースネークやワームが出てきそうな予感がする。藪をつついて嫌なものに出くわすのはもうこりごりだ。昨日今日とシエルの件でつつき過ぎたのだ。

「…………」

 望まない方向に連想が進んでしまい、思わず口を閉じてスプーンを止める。

 結局、何一つ結論は出なかった。……明日はどんな顔をして会えばいいのだろうか。向こうが気にしてしまうだろうから関わるのを控えるか、それとも周りに変に思われないためにも普通に接するか……難しいところだ。

「……ヨウスケ、どうかしましたの?」

 黙って考え込んでしまっていたようで、クリスタに見咎められる。いつもより鋭く、低い声で、真剣な表情で問いかけてくるクリスタに、俺は思わず鼻白みながら、誤魔化すように答える。

「べ、別に……なんでもないぞ」

「嘘ですわね」

 中身も意味もない誤魔化しは、あっという間に見破られてしまう。鋭い断定口調でばっさりと言い切ったクリスタは、なおも言葉を続ける。

「ヨウスケがそんな表情をしているときは……大概が深刻な……それも人に関する悩みですわね。今回はいつもと違ってちょっと毛色は違いますが……概ね同じような感じですわ。一回目は私と仲違いした時、二回目はルナがいじめられているところを初めて見た後、三回目が演習の時の横殴りに腹を立てているとき、ですわね」

 クリスタはほんのちょっと頬を赤らめながらも、真剣な表情でそう言った。俺の表情はそんなに分かりやすいだろうか。

 それにしても……ここまで確信されてしまっているなら、いっそ話してしまおうか。

 いや……それはダメだ。

「本当に、本当に何でもないんだよ」

 俺は首をゆっくりと横に振り、なおも否定する。

 今までのならまだしも、今回の事は、シエルの家庭の事情……それも物凄く暗い面だ。そんな話を人にできるわけない。

 

「何を迷っていますの?」


 ――――へ?

 クリスタは、突然そんなことを言い出した。話の流れにそぐわないそんな問いかけ。

 その言葉を発した本人は、俺の顔を真っ直ぐ見つめ、真剣な表情だ。

 その問いかけのあまりの唐突さに――そして、何故か頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じて、黙り込む。

「何を思って、そう思考の迷路に閉じ込められているか分かりませんが……話してくだされば、もしかしたら私がその迷路を抜け出す案内人……とまではいかなくとも、出口のヒントを示す看板ぐらいにはなれるかもしれませんわよ?」

 クリスタは、黙り込んだ俺を見ながらそう言って――遠慮がちに、優しく微笑んだ。

「…………」

 その笑みを見て――一気に、スーッと、息苦しさが消えた気がした。今までもやもやとした吐き気を催すような熱が籠っていた肺に、新鮮な空気が満たされるのがわかる。

「…………これはオフレコだ。今から話すことは、秘密にしなきゃいけない事なのに、俺が弱かったからこそ話すものだ。……後であいつには謝っておかなきゃな」

 

                  ■


 結局、俺は全部話してしまった。自分の弱さに、自分の情けなさに吐き気を催してくる。

 昨日の事から、今日の事まで。途中途中で詰まりながら、吐き出すように、懺悔するように話した。

 そんな俺の言葉を、クリスタは時折静かに相槌を打つだけで、黙って聞いてくれた。ただ表情は多彩で、途中からは渋面、途中からは悲しみ、そして最後は怒り……を通り越して憤怒の表情になっていた。

「気分が悪いですわ」

 クリスタは吐き捨てるようにそう言うなり……机の下で俺の脛を思い切り蹴飛ばした。

「アグエヴォ!!!」

 口から変な悲鳴が吐き出される。痛い! これは痛い! 不意打ちだからとくに痛い!

 涙がにじんできて、視界がぼやける。

「秘密であるべきことと分かっていて話してしまった罰ですわ。まぁ、話せと言ったのは私ですが……それでもなんらかの罰は下されるべきですわね」

 クリスタは涼やかな表情と声でそう言った……ように見えるが、ちょっと頬が赤く、目は泳いでいた。

 恐らく、こうして思い切りショックを与えることで俺に発破をかけようとしたのだろう。……つくづくいい女だよ……クリスタは。いい世話役ともだちを持ったものだ。

「それにしても……シエルも水臭いですわね。確かに話しにくいどころの内容ではないですが……相談してくれればいつでも乗ったものを……一人で抱え込んで……」

 クリスタは親指の爪を噛み、悔しげに、低く唸るように漏らす。こういった時に親指の爪を噛むのはクリスタの癖だ。あまり良くないどころか、とても行儀が悪いことだが……普段のお嬢様っぽい態度とのギャップがあり、むしろ親しみさえ感じる。これは単に見た目のせいか、人徳のなせる業か。

 こういった時のクリスタは、口に出す言葉こそ相手を責める内容だが、実際に責めているのは自分自身だ。今回の場合だとしたら、シエルに相談されるほど『信頼を得ていない自分』に対して憤っている。俺の世話役を一生懸命やっているあたり責任感の強さは折紙つきだが、こういった場合でもそれは変わらない。

「……とりあえず……明日、ヨウスケはシエルとゆっくり話し合った方がいいですわね。私も介入したところですが……情けないことに、出来ることはなさそうですわ。……偉そうに話を引き出しといて情けないですわ」

 クリスタはそう呟き、また爪を噛む。

「そうか……とりあえずそうだな……」

 だが、俺はそうは思わない。

 クリスタは、このままだったら何も出来なかった俺の背中を、やや乱暴ながらも押してくれた。

 果たして、クリスタがいなかったら俺は何をしていたのだろうか。……何もできなかったはずだ。

 クリスタのおかげで、俺は確かに一歩踏み出せたのだ。

「はぁ……冷たいですわ……」

 クリスタは一息つくと、カレーを人掬い口に運び、即座に渋面を作った。

「ああ、すっかり冷めちゃったな」

 俺の目の前にあるカレーからも湯気は立ち上ってない。大分長く話し込んでしまったようだ。

「どれどれ……よいしょっと」

 地球なら電子レンジで温め直そうか、となるところだが、この世界には魔法がある。

 第二渾沌セカンドカオスで水を沸かした時にもやったように、カレーに『加熱する』性質の魔力を浴びせる。机も燃やしかねないので加減してゆっくりと温め、ちょうどいい温度になったところでクリスタのカレーにも同じ作業をする。

「なんというか……なんでもありですわね」

 クリスタは呆れたようにそう言いながら食事を再開する。クリスタは猫舌なため、あまり温めないでおいたが正解だったようだ。

「なんでもじゃないさ。出来る事だけだよ」

 俺はそういいながら、大分もやもやが晴れた心を実感しながら、クリスタに続いて食事を再開する。

 明日だ。明日からまた学校が始まるから、放課後にでも時間を取って貰ってゆっくりと話そう。正直、どんな結果になるか予想もつかないし、仲違いをするかもとか恐ろしい想像ばかりが出てくる。

 けれども、動かなかったら今の悪いままだ。これ以上悪くなるのは怖いが……その時はその時。当たって砕けろ、ってやつだ。

 俺はカレーを食べながら、心の中でそう決意した。






 翌日、シエルは学校に来なかった。

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