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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
泣かない理由、涙の理由
39/58

12月20日。3話纏め投稿の1話目です。

 気まずい雰囲気のまま、その日はお開きとなった。

 シエルはさっきの話は忘れて、と言わんばかりに、明るい話題ばかりを振って、周りにも明るさを振りまいていた。

 気まずさを振り払うために俺もその話題に積極的に乗ったものの……心の底に澱の様に溜まった複雑な感情は、到底振り払えなかった。

「じゃあ、ヨウスケ君……今日は楽しかったよ。ありがとね」

「いや、こちらこそありがとな。案内して貰えて楽しかったよ」

「そう、それは良かった。じゃあね」

「ああ、また」

 校門に着き、こんな淡白な会話を交わして別れる。

「…………」

 俺は俯き、黙ったまま自分の住処へと帰る。

 黙ってはいるものの、頭の中には様々な言葉がぐるぐると渦巻いていた。

「はぁ……」

 家に着くなり、荷物を放り出して、楽な格好に着替え、敷いておいた布団に倒れこむ。

 仰向けになって、腕で目を覆う。

 シエルはこのままでいいのか。シエルはそれでいいのか。シエルの意思は尊重されているのか。シエルはそれで幸せなのか。俺に出来る事はないのか。

 いろんな疑問が浮かんでくるも、それらに対する答えは一つも出ず、ただ時間だけが過ぎていた。

 何時間ぐらいそうしていただろうか。体感時間ではそんなに過ぎていないが、空腹を感じて――こんな時でも空腹を感じる自分に若干の嫌気が差す――起き上り、時計を見る。

 針が示すのは六時半。帰ってきた時の時間は分からないが……大体二時ぐらいだったと思うから……もう四時間以上ああしていたのか。

「なんかもう……いいや……」

 空腹は感じるものの、準備をするのが面倒くさかった。外を歩いて学食行くのも面倒くさいし……適当に買いだめておいたレトルトで済ませちゃえばいいか。

 非常時のためにためておいた非常食であるレーションや乾燥スープを適当に食べる。全く美味しくないし量も少ないが、空腹は収まった。

「風呂入って寝るか……」

 食器を適当に洗い、自動で沸かされる風呂に入る。

 そしてそのまま、ろくに髪の毛を乾かしもせず、布団に倒れこんで明かりを消した。

 考え事のしすぎで、動いていなくても疲れてはいたのだろう。俺は、すぐに意識を手放した。


                 ■


「こうも短いスパンでやられても困るよ!」

 短く切りそろえられた、緑色のサラサラな髪の毛を持つ、制服を着た美少女――シエルは対面にいるメイドに対して、そう怒りながら机を両手のひらで勢いよく叩いた。

「そうおっしゃられましても、ご主人様からのご命令ですので」

 自分よりも立場が上のはずであるシエルが怒っているにもかかわらず、平然とメイドはそう言った。

 ここはマギア学園の面会室。先日と違って、地下室ではなく二階の一室のほうだ。

 シエルは、ヨウスケと街に出かけた翌日、このあたりにしばらく滞在して両親との連絡役を担っているメイドに急遽面会を要請され、こうして会っているのだ。今日は休日であるため、校内に生徒の姿はほとんどない。そのような理由で、普段は地下室の方を使っているが、今回はここを使っているのだ。

「もう一度確認いたしますが、お嬢様、ご主人様からの『命令』の内容は把握しておりますね?」

「しつこい! 分かってるよ!」

 両親の命令には逆らえない。元々貴族は親の存在を大切にする風習があり、シエルの家、シャルロート侯爵家はとくにその傾向が強かった。

 幼いころからの刷り込み。半ば催眠や洗脳のように何度も何度も言い聞かせ、それを正しいことだと『認識』させるのだ。

 元々、平民以上に、貴族の場合は親の子に対する権限は強い。それと幼いころからの刷り込みを合わせ、シャルロート家は『子が親の言う事に従うのは正しいことだ』と思わせているのだ。

 確かに、親の方が長く生きている以上大体の場合、それは正しいだろう。だが、シャルロート家の場合は、親がどうしても子にさせたいことは『命令』として言う事を聞かせるのだ。

 成長するにつれてその間違い――一種の歪みに対する違和感や拒否感は、世界を知るにつれて生まれてくる。だが、幼いころからの刷り込みは強い効果を及ぼし、反抗したいはずのシエルを縛り付ける。

 最近出された命令の中で、最も嫌なものだったのが、『許婚アルベルトとの結婚の約束』だった。心の底から嫌いな相手と結婚し、身を差出し、子を産み、愛する振りをするというのは、想像するだけでも恐ろしく、シエルの将来に対する悩みの種となっていた。

 この命令が下された理由は、ある意味人の本能として、貴族の性質としては正しいもの――家の権力の向上のためだ。アルベルトを長男とするハミルトン伯爵家は、ここ数十年の間に商業を成功させ、伯爵家にして侯爵家に迫らんばかりの富と名声を手に入れた。

 その家の者たちの性格こそ問題だらけだが、シエルの両親は、娘の結婚と言う、ある意味一番無難で安易な結びつきを求め――その富と名声にあやかり、地位を向上することを求めた。その結果が、シエルとアルベルトとの結婚だったのだ。

「『ヨウスケ君と恋愛関係になる』、でしょ……」

 シエルが呟いたのは、ここ最近――わずか二週間前に親からお願いと言う形で通達され、先日に命令された内容。

 洋介が無属性魔法の使い手で、さらに学校の中でも指折りの戦闘能力と性格を誇る『男』だと言う事は、今やマギア学園中に広まっている。

 当然その話は外にも漏れる――これは洋介の予想していた通りだ――こととなる。

 それを知ったシエルの両親は、ハミルトン家の富と名声よりも、洋介が持つ話題性、魔法力を求めた。

 エリートが集うマギア学園の中でも屈指の成績を誇る洋介とシエル。この二人が結婚し、子をなせば――血筋がものを言う魔法に置いて、『とてつもない力を得た子供』が生まれるだろう、とシエルの両親は考えた。

 ハミルトン家の財産よりもよっぽど有益な、『強力な魔法の使い手』。基本的に魔法力が位を決める貴族社会にとって、それはどの家も喉から手が出るほど欲しいものだ。

 シエルと洋介の子ならば強い魔法力を持ち――『公爵家への昇格すら夢ではない』かもしれない、と両親は結論付けたのだ。

 その結果が、シエルの良心をえぐるこの命令。

 シエルの手によって洋介を誘惑し、恋愛関係――のちには夫婦の関係に発展するまで相手を籠絡することだったのだ。

「そうです。お嬢様に下された命令は『ヨウスケ様と恋愛関係になり、最終的には結婚に至る事』です。ハミルトン伯爵家の方々は急な結婚の約束の破棄にご立腹でございましたが……ご主人様はこのまま突き進むおつもりの様です。お嬢様は、シャルロート家のためにヨウスケ様を籠絡し、子をなす役目がありますね」

 形だけの礼儀にならって、シエルの言葉を補足するように話すメイド。その言葉は礼儀こそ正しいものの、ハミルトン家やシエルに対する礼儀――敬意はいささか欠けていた。

「…………」

 シエルは自分の現状に歯噛みし、先日のように頭を抱えて俯く。あまりの自分の情けなさに、あまりの両親に対する憎さに――あまりの洋介に対する罪悪感に、押しつぶされそうになる。

 逆らいたい、逆らえない。その自分の心に抱えた矛盾。

 そしてもう一つの矛盾。

 洋介に申し訳ない。けれど、洋介と結ばれた未来を思うと――気持ちが昂るのは何故なのか。『嬉しくなる』のはなぜなのか。

 シエルは今、ひたすら自分の抱えた矛盾に対して戸惑っていた。

(もう、嫌になっちゃうなぁ……。矛盾……矛盾だらけだ。……そういえば、ボクの適正は地と風だったな。ははは……正反対の属性を持って生まれたボクだ。生まれた時から、矛盾を持っていたんだ……)

 自己否定気味に、現実逃避気味に、今の現状としてはどうでもいいことを考える。

(昨日は楽しかったなぁ。楽しかった――けれど、何も考えずに、純粋に楽しめたら良かったのに……)

 昨日、自身から誘って洋介と街へ出かけたのは、その命令を実行するうえでの一歩だった。

 迷っていたところに、洋介は無防備に、恐ろしいほど丁度良いタイミングでシエルの前に現れた。

 そしてシエルは――命令を遂行すべく、洋介を誘い、扇情的な格好で洋介に近づき、体を押し付けたりした。

 そんな、あまりにも酷い行動をしていたシエルの心は暗雲に覆われいたが……それでいて、洋介と一緒にいるのは楽しかったのだ。

 命令とか関係なく、一緒に居られたら――どれだけ良かっただろうか、とシエルは思案する。

「今日のところは以上でございます。これから数日に一度、面会にて行動を逐一報告するようご命令されておりますので、ご了承ください。それでは、しつれ――――そこにいるのは誰です!?」

 思案に暮れていたシエルに一方的に事務的な言葉を浴びせ去ろうとしたメイドは――途中でドアに人の存在を感じ、言葉を中断して懐から取り出した、複数のナイフをそちらに投げた。

「うおっ!?」

「っ!?」

 ドアの向こうから『男』の声が聞こえる。その声が聞こえた瞬間、シエルはビクン! と跳ね上がり、頭を上げ、呆然とした表情で扉を見つめた。


                 ■


 ひと眠りしたことである程度は心のもやもやもなくなった。

 しかし、未だに完全にスッキリとはいかず、朝食もパンに適当に食べ物を乗せて食べるという若干手抜きとなってしまう。まぁ、普段から夕飯の残りだから手抜きと言えば手抜きだが。

 さて、この心のもやもやをどう晴らそうか。休日前に聞いた話だと、クリスタは今日の夜に戻ってくるようだ。ぐずぐず悩んでいるところを見られたら、ケツを蹴り上げられかねないな。

「いや、いっそそうして貰った方がいいのかもな」

 クリスタ本人は繊細なくせに、他人がぐずぐず悩んでいるところを見るのを嫌う。それはただの理不尽ではなく、俺から見た話ではあるが……本人の繊細さ故に、その悩んでいる姿を見てクリスタ自身も一緒になって悩んでしまうのだろう。

 そして、クリスタの行動は大胆。繊細な年頃の女の子である以上例外はあるが、基本的に悩むよりも行動に移すタイプだ。

 そんなクリスタならば、情けない俺を見て、ケツを蹴り上げるなりして愉快痛快に喝を入れてくれるだろう。まぁ、実際に蹴られたいと思わないが。洒落にならないほど痛いだろうし。

 さて、クリスタの事を考えているとある程度心のもやも取れたな。蹴り上げられないためにも、残ったもやもやを吹き飛ばす必要がある。

「とは言っても今日の予定はないしなー」

 俺は鏡と向かって簡単に寝癖を直しながら呟く。何もしてないと、どうしても悩みがちになるし……そうだ! 

「図書館に行こう」

 俺は京都に行きたくなったコマーシャルのようなノリで呟く。

 マギア学園には図書館――実際には図書室だが、そう言いたくなるほど大きくて蔵書の量が半端ない――がある。

 そこは、この学園の関係者――教師や講師や生徒――ならば、休日でも利用することが出来る。

 あそこで本でも読んで常識を学ぶか、予習復習でもしに行くかね。

 そうと決まれば、学園に向かう以上制服に着替えよう。

 寝癖直しを終え、ハンガーにかけておいた制服を着る。そして鞄に適当に……いや、社会科と生物が少し難しいのでそれらの教科書やノートを放り込む。

「さてと、じゃあ出るか。いってきまーす」

 玄関のドアを開け、誰もいない我が家に向かってそう言い残し、俺は視界に映る、豪奢な白い建物へと向かった。


                 ■


「図書館は確か二階だったよな……」

 俺はそう呟きながら、最近になってやっと覚えた校内の地図を頭の中に展開しながら呟く。二年生の間に使う範囲は元から覚えていたけど、普段使わないところはちょっとね。この学校は無駄に広いし。

 展開した地図に従って廊下を歩いていく。しかしまぁ、なんと長いことよ。綾子さんは建物なり魔物なり大きなものが好きだし、エリートが集う最高のお嬢様学校である以上ある程度の見栄えが必要なのは分かるけど……歩く距離が長すぎる。こりゃあいい運動になるな。

 ……今考えてみて気付いたが、これも、『普段から歩くことで基礎体力が付く』とかそんな感じの、綾子さんの策略なのではないだろうか。だとしたら恐ろしいが……さすがにないか。


「こうも短いスパンでやられても困るよ!」


 そんなことを考えていると、俺が通り過ぎようとした扉の向こうから、聞きなれた怒声と机を激しく叩く音が聞こえた。

 この声は、昨日一緒に出掛けたばかりのシエルだ。シエルはこんなに激昂するタイプではないはずだが……昨日と言い、どうにもシエルと縁があるな。

 ここは……面会室か。シエルは誰と面会しているのだろうか。趣味が悪いと分かっていつつも、俺は扉の前で中の様子に聞き耳を立てる。

「そうおっしゃられましても、ご主人様からのご命令ですので」

 シエルの怒声に、無機質で平坦な女性の声が応えた。言葉遣いは礼儀正しいが……どことなく敬意が籠ってない感じだ。慇懃無礼、とでも言えばいいのかな?

「もう一度確認いたしますが、お嬢様、ご主人様からの『命令』の内容は把握しておりますね?」

「しつこい! 分かってるよ!」

 女性の質問に、シエルは反抗的に答える。

 シエルは相当怒っているようだ。

 それにしても……『ご主人様からの命令』? どういう事だろうか。

 話の流れと、この面会室の用途からして……多分、ご主人様っていうのはシエルの親だろう。けれど、親が子に『命令』? ちょっとその表現は不自然だな。もしかしたら親じゃないのかもな。

 それにしても、『命令』か……。シエルは、一体何を命令されているのだろうか。

 なんとなく答えそうな雰囲気だったので特に耳を澄ます。

 だが、次にシエルが答えた内容は、衝撃的なものだった。


「『ヨウスケ君と恋愛関係になる』、でしょ……」


 シエルは苦々しげに、今にも泣きそうな、震えた声でそう声を絞り出すように答えた。

 俺と、恋愛関係になる、命令……? 

 あまりにも突飛で、想像できなかった事態に、頭が混乱し始める。

 命令? 命令……俺と恋愛関係になるのが命令……?

 じゃあ、昨日のあれは、今まで仲良くやってきたのは……その命令のための演技なのか?

 ダメだ。訳が分からない。そんなわけがない。シエルが……そんな、そんなことをするわけが……。

「そうです。お嬢様に下された命令は『ヨウスケ様と恋愛関係になり、最終的には結婚に至る事』です。ハミルトン伯爵家の方々は急な結婚の約束の破棄にご立腹でございましたが……ご主人様はこのまま突き進むおつもりの様です。お嬢様は、シャルロート家のためにヨウスケ様を籠絡し、子をなす役目がありますね」

 そんな希望も、次の女性の言葉によって引き裂かれた。

 シエルの『役目』は、俺と子をなすこと。その命令を下したのは……『シャルロート家のため』と言っていたから、多分シエルの親。昨日の話からして、シエルの親は権力に貪欲なタイプに感じた。となると、結婚の約束を破棄して娘に『望まぬ結婚まで自ら誘導させる』ことも平気でやるだろう。

 けれど、何で俺にそんな価値があるんだ? 何で俺は、『そんな目のつけられ方』をされてるんだ?

 俺が思考の渦に飲まれる中、部屋の中にも静寂が満ちていた。しばし、無音の時間が続く。

 今までのシエルとの関係は、偽りだったのか? いや、そんなこと……そんなことあるわけがない。少なくとも、最初に仲良くし始めたのはそんな命令は出される前だったはずだ。なんせ俺の存在すら、『魔法が使える珍獣のような男』程度しか世間に広まっていなかったから。

 じゃあそうなるといつからだ? 昨日? 誘われた時点で? それともテストのころ?

 ……ダメだ。考えれば考えるほど、疑いたくないのに『シエルを疑ってしまう』。こんなのはダメだ。だってそうだろう? まだ半年すら立ってないが、この生活の中でも指折りの仲がいい相手だ。この世界で近縁が一切いない俺が、最初の方に作った仲がいい友人だったはずだ。

 ならば、疑うのはダメなはずだ。

 けれど、けれど……じゃあ、『命令』はなんなんだ? あれはいつ………………ダメだ、思考がループしている。

 俺は首を振り、頭に浮かんでくる単語や疑問を全て振り払う。

 動揺によって呼吸が荒くなり、汗が噴き出してくる。呼吸が荒いせいか、それとも精神的な理由か、胸が苦しい。

「今日のところは以上でございます。これから数日に一度、面会にて行動を逐一報告するようご命令されておりますので、ご了承ください」

 長い沈黙を破ったのは、無機質な声の女性。

 となると、このままこちらに来る可能性が高いので……もう退散しよう。

 そう思って背中を向けた時――


「それでは、しつれ――――そこにいるのは誰です!?」


 ――女性の問いかけと共に、俺の全身を寒気が襲った!

「うおっ!?」

 ドア越しにガガガガガガッ! と激しい乾いた音が連続で響く。

 ドア越しだから当たらないとは分かっているのだが……そんな理性を吹き飛ばすほどの圧力だった。

「観念してください!」

 ガダゴン! と勢いよく扉を開けて現れたのは、語調の割に完全な無表情の『メイド』さんだった。黒と白の厚い生地のロングドレス。メイド喫茶のと違ってふりふりなどの飾り気は一切なく、機能性を重視した作りのメイド服を着た女性だ。

 そのあまりの圧力――強者のオーラに当てられた俺は、どうせ自分が悪いことも分かっているため、両手を上げて交戦の意思がないことを示す。

「盗み聞きした無礼に関してはお詫び申し上げます」

 なるべく平坦な声を作って、メイドに俺の意思を伝える。

「――? ああ、ヨウスケ様ですか」

 俺の姿を見たメイドは、何故かそのまま圧力を緩め、声を平坦にしてそう言った。

「なっ!? ヨウスケ君!?」

 開け放たれたままのドアから慌てて出てきて、俺の姿を見て叫ぶのはシエル。

「シエル……」

 シエルの目には涙が溜まっていて、赤くなっていた。泣くのを、あんな辛い話にも関わらず堪えていたのだろう。

「ヨウスケ君……今の話、どこからどこまで聞いてた?」

 シエルは無理に、今にも壊れそうな笑顔を浮かべてそう問いかけてくる。

「すまん……シエルが、短いスパンで来られて困っている、と言った辺りから全部だ……」

 俺は自分の愚かしさに奥歯を思い切り噛み締め、拳を握って震わせながらそう言った。

「…………そう……」

 シエルは俺のその言葉を聞くと、小さくそう呟いて――しばしの間の後、ため息を吐いた。

「……ねぇ……今更、信じられないかもしれないけれど……聞いてほしいことがあるんだ」

 ため息の瞬間、シエルの顔には確かな悲嘆と『諦観』が見て取れた。

 そして、今の言葉を口に出した時に浮かべた表情は……諦めきったような、儚い微笑み。いつもの快活な、元気を貰える笑顔とは違う、ただ悲しさのみが詰まった笑み。

「あんな命令で動こうとしたのは、つい最近なんだ……。信じてくれなくてもいい。けれど、これだけは言っておくね。……ボクがヨウスケと仲良くなりたいと思ったのは本当だよ。最初にあった時から、きっと気が合うと思って声をかけたんだ。クリスタをからかうダシにする、っていうのもあったけど……ヨウスケと、仲良くなりたかった。それから、仲良くなってから、ずっと楽しかったよ。……『最後』がこんな、最悪の形になっちゃったけど……っ……ごめん……っ」

 シエルは、最後に俺に謝ると、そのまま顔を隠すようにして走り去った。

「…………」

 メイドはそんなシエルの背中を、無機質で感情が読み取れない目で追い……俺に形だけの一礼をして、シエルを追って去っていった。


「……………………」


 シエルは、俺に涙を見せまいと走り去っていったのだろう。最後のシエルの言葉は、途中で詰まっていて……『泣きそうな』声だった。

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