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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
泣かない理由、涙の理由
36/58

 翌朝、教室に入るとすでに三人は登校していた。

「おう、おはよう」

「おはようございますわ」

「おっはよー」

「世界を照らす光が蘇り、我らに恵みを与え給う素晴らしい朝だな」

 三人に挨拶をすると、それぞれ個性的な(一人は個性的過ぎるが)挨拶を返してくれた。

 なんとも平常運転の毎日。多少の波はあれど比較的穏やかな毎日は、心を落ち着かせる。こうした朝の挨拶も、その日常のありがたみを味わう、当たり前に贅沢な瞬間だ。

 ――だが、贅沢と言うのはあまりするものではないかもしれない。

「そういえばさ、ヨウスケ君。今度の休日に一緒に街に出かけることなんだけど――」

「「っ!?」」

 シエルのその一言に、二人は目を見開いて驚きを露わにする。

 この雰囲気は――何か騒動が起こる前触れだ。

「有名な観光地を巡るのと、マイナーながらもボクお勧めの場所を回るならどっちがいいかな?」

 シエルは分かっているのかそうでないのか、いたずらっぽく笑いながら――絶対前者だよ畜生――問いかけてくる。

「んー、どっちも捨てがたいからいっそせっちゅ「どういうことか詳しく聞かせてもらいますわ!」かせて貰「そうだよ、ヨウスケ!」お前ら人が喋ってんのに被せるなよ……」

 一応この学校は一年生のカリキュラムに礼儀作法が含まれていたはずなんだがな。

「詳しくも何も、昨日の夜に偶々会ったから一緒に街に出かけて、その時に約束したんだよね?」

 シエルは笑みを浮かべながら俺に確認を取ってくる。

「お、おう、そうだな」

 二人から注がれる怖い視線に脂汗を流しながらもそれに答える。

「え、ちょっ! どういうこと!?」

 ルナは混乱して、どういう事も何も、そのまんまの意味の事を聞いてくる。

「昨日の夜……街……そう言うことでしたの……私が頂いている間にそぉんなことが……」

 一方、クリスタの声はやけに平坦で冷たい。

 そんなクリスタとルナに対して、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら流し目を送るシエル。

 ああ……火に油を注ぐなよ……。

「くっ……明日はお父様に呼ばれているからここを離れなければいけませんのに……っ!」

「ルナもその日に限って予定がっ……!」

 二人は悔しそうにギリギリと歯噛みする。

 クリスタは親に呼ばれているのか……公爵家の長女なだけあって忙しいのだろうか。

 それにしても、なんでこいつらはここまで悔しがるのだろうか。仲良し四人組の中で仲間外れにされたのが悔しいのか、はたまた負けず嫌いの二人の事だからまたなんかの対抗心を抱いているか。

 何はともあれ……今日はまた居づらいんだろうな……。


                 ■


 居づらい一日を終え、今日の予定通りに研究所へと向かう。

「あーい、来ましたねー。じゃあとっとと隣の部屋に向かってくださいねー」

「来て早々その扱いは酷くないですかねぇ……」

 セナさんの相変わらずの態度に突っ込みながら、俺は鞄を置いて隣の部屋へと向かう。

「今日はくじ引きじゃなくて、優先的に試したいことを思いついたからそっちを先やるですよー」

 セナさんはそう言いながら、脇から長々と文字が書かれた書類を取る。

「先日の校外演習では、ヨウスケ様は『辺りの様子が分かる』ように性質を変換させた魔力を漂わせて広い範囲をサーチしましたですねー。もう何でもありですねー」

 薄ら笑いを浮かべたままの表情で、その書類をかいつまんで読み上げる。

 実際この無属性魔法は中々便利だ。何でもあり、というわけにはいかないが、(六属性に『直接』干渉するものは何故か使えない)性質を変換するだけで思った通りに魔法を使えるのは便利だ。

「そんなわけでですねー、今日は『魔力探知』をやって貰いたいのですー」

 セナさんはそう言うと、指をちょいちょいちょい、と動かした。

「今私はその部屋の中に、多かれ少なかれ魔力を使って小さな傷を作ったですよー。そらを全て、魔法を使った後に残る魔力の残滓を読み取って見つけて下さいですー」

 結構な無茶振りだった。せめて数ぐらい教えてくれよ……。

 まぁいいさ。やれと言われたからとりあえずやろう。

 性質は……これもまんま『魔力感知』でいいか。

「とりあえず、うすーく広げてっと……」

 部屋の中にその性質を持った魔力を広げていく。

 ここで、どこでどんな感じの魔法が使われたかは分かった。また、魔力の残滓から読み取れる『癖』……個人差のような物も分かった。これを見れば、指紋照合の要領で誰が魔法を使ったかわかるだろう。だが……

「セナさんの魔力が分からねぇ……」

 そもそもセナさんが魔法を使うのを見るのは今日が初めて。普段から見ているクリスタ達なら感覚で分かるからまだしも、セナさんのがどれか分かるわけがない。この実験施設は割と多くの人が魔法実験として使っているため、それらと入り混じってごちゃごちゃだ。

「セナさーん、一回俺が読み取れる範囲で軽く魔法使って下さーい」

 俺は手でメガホンを作り、セナさんに注文する。

「あいあーい」

 セナさんはそう言うと指をちょいと動かして――

「危なっ!」

 ――俺の頭上に拳大の石を作り出した。

 俺は思わず大きく飛びのけて避ける。

「今のはちょっとした冗談ですー」

 驚きのあまり、涙目でセナさんを睨むと、薄ら笑いのままそう言った。

「くっそ……」

 俺は勝てないと分かっているため、小さく悪態をつくだけにとどめる。

 とりあえず今のでセナさんの魔法の癖は分かった。後はこれを辿るだけだ。

「……………………」

 ひたすら黙りながら広い部屋を探知して回る。

 これは……違う。これも……違う。これは……俺じゃねぇかよ。これも……俺だよ! これこそは……結局俺かい!?

「ああ、何か疲れてきた……」

 大量の魔力の中からしらみつぶしに探すと言うのは相当骨だ。

「げらげらげら! 苦労してるですー!」

 セナさんはそんな俺の姿を見て、指さして笑ってる。げらげらげら、とわざわざ口で言っていて表情は薄ら笑いのままなのがむかつく。

「くっそ……」

 ここから魔法で攻撃してやりたいけど……我慢だ我慢。やってしまったら最後、あっという間に俺の死体が出来上がることは分かってるんだ。

 それにしても……どうしたもんか。これは中々辛いぞ。

 これも違う。これは……やっと一つ見つけた。これは……違うな。

 あー、もう! ものすごく面倒くさい!

 どうやれば……あ、いいこと考えた。

 魔力の性質を反射神経向上に変換して、自分の体内に巡らせて……と。……おお! いい感じだ!

 探査のスピードを速めると次々と来て追いつかなかったが、これなら追いつく!

 これとこれとこれはダメ、これは合ってる、これも合ってる! これらは全部ダメ! ……よし、スピードが上がったぞ!

 このまま――――よし、全部調べ終わった!

「ここらだ!」

 セナさんの魔力を感知した場所すべてに魔法の球を当てる。ちょっと離れたところにいるセナさんに、俺が場所を分かったことを示す合図だ。

「あい正解ですー。よく頑張りましたですー」

「いよっしゃ!」

 今まで実験し続けてきて、ここまで苦労したものはそうそうなかった。それだけに達成感もひとしおだな。

「じゃあ次は――」

「休憩させてくれませんかねぇ!?」

 相変わらず、セナさんは鬼だった。


                 ■


 マギア学園は、そこに高位貴族の令嬢が通う可能性が高いと言う性質上、全寮制と言えど生徒が家の関係者と面会を行うことは多い。

 その面会は過保護な親、または近くに立ち寄ったついでに顔を見せに来たと言う親が行う場合がほとんどだが、それらの平和な面会とは違う場合も当然ある。

 例えばお家騒動の相談や報告と言った密談など、周りに聞かせられないような話も決して少なくはない。

 そのため、通常の面会室のほかに、人通りが圧倒的に少ない地下にも一部屋だけ面会室が設けられていた。

 その日の夜、その面会室は使われていた。

「――以上がご主人様からの言伝ことづてでございます。何か質問はございますか、お嬢様?」

 感情が籠っていない、平坦な声で、装飾性よりも機能性を重視させた野暮ったいデザインのメイド服を着た女性が、生徒に問いかけた。その声や服と同じように表情も乏しく、視線は少女を見ているようでいて、何も見ていないように感じる。

 それらの、幼いころから見てきたメイドの特徴を見て、面会している少女は「人形みたいだ」と印象を持った。そして、そんな印象を持ってしまった自分と、人をこんな風にしてしまった『親』に対する嫌悪感が沸き上がってくる。

「……………………」

 その少女はいつもの快活さは鳴りを潜め、机に肘をついて頭を抱え、ただ顔を伏せて黙っていた。それはほの暗い地下室と相まって部屋の空気を悪くするものの、メイドには効いた様子などない。

「……………………」

 少女はそんなことはとっくに分かっているため、特にこれと言った感慨も無い。

 ただ、こうして俯いているのは、親や自分に対する嫌悪感、そして、『大切な友人』に対する罪悪感。その罪悪感を感じる理由である行動をするしかない自分に対する自己嫌悪、そしてその行動の結果を見て、どことなく『喜んでいる』自分に対する戸惑いと嫌悪。たくさんの嫌悪感と、にじみ上がる喜びと、それに対する戸惑いが、まるで具材をたくさん詰め込んで煮詰めた鍋の中身のようにごちゃごちゃになる。

(なんで……こんなことになったんだろうな……?)

 少女は頭を抱えながら、心の中で呟いた。

 今さっきメイドに言われたことは、ちょっと前に既に別のメイドから『親からのお願い』と言う形で伝言として聞いていた。その時は断る旨の伝言をメイドに持たせたものの、自分の親の事を知っている少女は、次は『命令』という形で伝わってくることを予見していた。

 最近になって、ちょうどいいタイミングが訪れたので、その『命令』として下されるであろう内容に大きく一歩近づけるように動いたものの……心のどこかで、命令が下されず、『それ』を純粋に楽しめるのではないかと希望を持っていた。

 だが、それも、ついさっき打ち砕かれたのだ。

「お嬢様?」

 長いこと黙り続けた少女に痺れを切らしたか、はたまたメイドとしてお嬢様を気遣う義務からか……メイドは感情の籠らない声で少女に呼びかけた。

 少女の方がビクッ! と跳ねる。それで、思考の深く暗い穴に引きずり込まれていった意識を取り戻す。

「分かってるよ……」

 少女は、枯れた声で、無理矢理絞り出すように呟いた。

「もう……動いているから……」

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