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綾子さんが駆逐系女子宣言をした朝礼が終わり、何事もなく放課後を迎えた。
「ヨウスケ、本日のディナーはなんですの?」
クリスタは手触りが優しい木製の椅子に座りながら俺に問いかけてくる。
「うん? とりあえず今日は……サンダースネークの塩ベース雑炊」
台所でストレージから新鮮なサンダースネークの肉を取り出し、しっかり洗ったまな板の上でさばいていく。
ストレージの中は時間が止まっているため、常に新鮮だ。もう冷蔵庫なんかいらないね!
このサンダースネークの肉は当然この前の演習で狩ってきたものだ。あの後、学園に帰ってきてから手ごろな大きさに切り分けて保存しておいたのだ。うんうん、国から貰った大量の報酬のほとんどを叩いた甲斐があった。ストレージはものすごく便利だ。
さて、俺が今いる場所は、俺が住処としているマギア学園の庭師小屋の一つだ。そこの台所で、俺は夕食を作っているところなのだ。
「サンダースネークですか。いいですわね、ワームには劣るものの、このマギア学園の学食で出される素材なだけあってとても美味しいですわ」
そして食卓の椅子に座り、俺の夕食を楽しみに待っているのは、輝くようなふわふわロングの金髪と意志の強い若干吊り気味の碧眼を持つ美少女、クリスタだ。
もう一度言おう、クリスタだ。
……お分かりいただけただろうか。
「今、人の事を死霊種みたいに扱いましたわよね?」
「…………ナンノコトダ?」
鋭い。さすが公爵家のお嬢様だ。人を見る眼があるのだろう。
というか……このフレーズはこっちでもお化けの類に使うのか? それとも、単に俺の考えが読まれただけ?
……いや、そんなことはどうでもいい。
そう、何故かクリスタがこうして俺が一人で住んでいる家に夕食を食べにきている。それも、実はここ最近ほぼ毎日だ。
こうして来るようになったのは、テストの一週間前。クリスタの提案でここで俺の勉強会をやることになり、クリスタに教わっていたのだ。女子寮は男子禁制だが、ここは女子禁制ではないのである。
それ以来……こうしてほぼ毎日、放課後のちょうどいい時間になるとここに来るのだ。たまに直行で来るときもあるが。
本人いわく、
「妙に居心地がいいのですわ。女子寮の方も華やかで芸術的で素晴らしいのですが……こちらはこちらで、落ち着いた趣がありますもの」
だそうで。木の素材の肌触り、匂い、そして空気を感じ取ったのだろう。
そしてクリスタが気に入ったのは畳。この木製のログハウス風味の小屋は、外面は欧州の森の中と言った風情なのに、中はところどころ和風なのだ。
これまた本人いわく、
「床に直接座ると言う発想が面白いですわね。こうして靴をいちいち脱ぐのは面倒ではありますが、なるほど、この感触は足の裏で感じて初めて分かるものですわね。ああ、それにしても……落ち着く、いい香りがしますわね」
だそうだ。
お嬢様育ちであの年なのに、畳の感触と匂いの良さが分かるとは……渋すぎだろおい。純日本人の俺でもそこまで堪能じゃないぞ。
異世界から来ました、と言う事以外は、大体俺の事は包み隠さずクリスタには話してある。綾子さんとの関係は『生まれが一緒の地域』と言う事になっており(嘘じゃない)、この畳も綾子さんが持ち込んだものだ、と説明した。
ちなみに俺の生まれは、山奥の人が滅茶苦茶少ない村、ということになっている。ある程度教育は受けているけど社会常識には疎い、という最初の不自然な状態を誤魔化すために嘘だ。実は綾子さんも最初は同じ嘘をついていたらしく、俺と綾子さんが同郷だと知っても、クリスタは驚きはしたもののすんなりと受け入れた。
また、これはクリスタの良心に付け込む形になっているが……俺がこちらに出てきている理由は話していない。ただ、肉親や知り合いが一切いなくなった、ということだけは伝えてある。
それを聞いたクリスタは、俺に気を遣ってそれ以上聞いてこなかった。そんなの真っ赤な嘘だから、正直良心が痛む。なるべく聞かれないのは俺の嘘からボロが出ないためだ。仕方がないと言えばそれまでだが、やっぱり気にはなる。
それと、この俺と綾子さんが周りが思っている以上に深い関係であることを、クリスタ以外には話していない。つまり、シエルとルナには話していないのだ。四人で仲良くしているのに、これではまるで……いや、思い切り差別しているようだ。二人も口が堅そうだし大丈夫だとは思うが……念には念を入れておかないとな。
クリスタに話した時は事の重大さが分かっていたつもりだったが、しばらくこの世界で生活して分かった。綾子さんの存在と言うのはこの世界を一人で動かせるほどのもので、それと知り合い以上の関係であると言うだけで周りからいい意味でも悪い意味でも注目を集めるのだ。
となると、これ以上は広めてはいけない。……このまま、学園の生徒内では俺とクリスタだけの秘密になりそうだ。
……と、そんなことを考えながら料理を作っているうちに出来た。サンダースネーク雑炊だ。メインはサンダースネークの肉だが、それ以外にも野菜類が豊富に入っている。食べごたえ抜群の一品だ。
「へいへい、出来たぞ」
熱い鍋をミトンをはめた手で掴み、あらかじめクリスタが待っているテーブルに置いておいた鍋敷きの上に置く。
「いい香りですわね。食欲をそそりますわ」
季節はもう初夏。大分暑いながらも夜はまだちょっと冷えるため、こうした雑炊もいいだろう。
クリスタ達女子生徒が住んでいる女子寮の食事は滅茶苦茶美味いらしい。なんでもプロが作っていて、学園の学食より美味しいらしいのだ。
自分で作っていてなんだが、俺が作る料理は所詮素人業であり、学食に大分劣る。それよりも美味い女子寮の食事が無料で食べられるのに……クリスタはこっちでの食事を選ぶのだ。
なんというか……本人は居心地がいいからと言っているが、これが心の底から言っているんだな、というのが分かる。……もう俺より日本人らしいぞ。
ちなみに、三日に一度くらいはクリスタが夕食を作ってくれている。……これがまた美味いんだよなぁ。お嬢様と言うと、子供からずっと、大人になっても使用人に任せきりで家事は一切できないと言ったイメージがあるが(俺が読んでいたラノベでは大体がそうだった)、クリスタはそうではない。女子寮での家事(以前説明したとおり、一部の家事は生徒たちが自分でやる)も積極的に仕切っているそうだ。シエルにも感じたことだが、いい嫁さんになりそうだ。ちなみにルナは見たことないが、ほぼ平民同様の生活を送っていただけに人並みには出来るらしい。少なくとも他のお嬢様よりは上だとか。
「さてと、じゃあ頂きますっと」
「頂きます」
それぞれ手を合わせ、器によそった雑炊を口に運ぶ。うん、普通の味だ。いたって普通だ。不味くはないから良かった。……サンダースネークの肉は相変わらず美味いな。
クリスタは(最近知ったことだが)猫舌の様で、箸に少しずつとっては息を何回も吹きかけてからゆっくり食べる。一方俺はそうでもないため、クリスタより食事のペースは速い。
鍋の中身が半分から少し少なくなるになるころを見計らって、俺は食事を終わらせる。
クリスタはまだ食事中だが、少し用事を思い出したので席を離れ、出かける準備をする。
「クリスター。ちょっと俺外に用事があるから悪いけど置いてくわ」
「分かりましたわ。ところでどちらに?」
クリスタに声をかけると、クリスタは二つ返事でそう言い、質問もしてきた。
「ちょっとそろそろ生活費がヤバいから色々売ってくる」
「ああ、なるほど……了解しましたわ。いってらっしゃいまし」
「おう。風呂はもう湯は張ってあるから、入りたかったら入ってもいいぞ。なんなら勝手に帰っててくれ」
「それでは遠慮なくお風呂はお借りいたしますわね」
「へいへい。じゃあいってきまーす」
そんな会話を交わして、俺は少し肌寒い夜の外へと出る。
俺は生活費を稼ぐ術を持っていない。学業があるし、他のお嬢様と違って学費を払っているわけでもなければお小遣いをくれる人がいるわけでもない。最初の内こそ綾子さんからの援助で生活していたが、最近はそれがなくとも生計は成り立っている。今も綾子さんからの援助は(十分すぎるレベルで)貰っているが、それは全部貯金している。将来のためにとっておいているのだ。
では、どうやって生計を立てているか。
それは……この前の演習で儲けた魔物の死体たちである。一体一体が大きく、また価値も高いため、サンダースネーク一体売るだけで一週間暮らせるレベルの金が入ってくるのだ。
魔物の死体の稼ぎは四人で公平に分割した。俺はほとんど働いていないが、レーダー役と作戦立案として頑張ったと言う事で、あの三人から温情を受けて等分配してくれたのだ。……あれ? マジでヒモかもしれない。
そんなわけで、俺の生活はしばらくこれらを売って暮らしていける。ストックが無くなったら綾子さんから貰った金の貯金をまた崩せばよい。
「しかし……このあたりは夜だと空気がきれいだな」
俺は学園の敷地外に出て、街へと向かう。
この学園は街から遠くはないが、少し離れている。土木技術が進んでおらず、また人口も多くはないので森などを開発する必要もないため、この世界は自然が多い。
この学園から街に向かうには、ちょっとした林の中に通っている道を通らなければならない。
車や電車、さらには化学工場などもないこの世界はびっくりするほど空気が綺麗だ。それが、夜中の林道ともなると特に実感できる。
「あれ? ヨウスケ君?」
そんなことを考えながら林道を歩いていると、横から声をかけられた。聞き覚えのある声だ。
「ん? シエルか。こんな時間にこんなところで何してるんだ?」
道の端の岩に腰を掛けていたのはシエルだった。制服ではなく、ゆったりとしたパジャマと私服の間のような服で、水筒から何かを飲んでいた。
「それはそっくりそのまま問いかけてもいい、ということかな?」
シエルはいたずらっぽく笑ってそう言うと、岩からぴょんと身軽に跳び下りてこちらに歩み寄ってくる。
「街までこの前稼いだ魔物の死体をちょろっと売って来ようと思ってな」
残念ながら、シエルが示唆したようなやましいことはない。……残念ながらというのは俺が言うのも変か。
「へぇ、そうなんだ。じゃあせっかくだし一緒に行こうか」
シエルはそう言うと、そのまま街の方向へと元気よく歩き出した。
「おう、そりゃあ構わないけど……お前は大丈夫なのか?」
何の理由もなくここにいるわけでもないだろう。
「ああ、ボク? ボクは夜中にここを散歩するのが日課なんだよね」
シエルはこともなげにそう答えると、また歩き出した。
なるほど、特に目的のない散歩だから、こうやって俺についてくる(先導しているのはシエルだが)のも特に問題はない、というわけか。
それにしても、夜中のここを散歩コースにするのか。
さっきも言ったように空気も綺麗だし、涼しいし、風によってサワサワとなる葉擦れの音も心を落ち着かせられるな。それに、上を見上げてみれば満天の星空がある。地球では本やテレビ、空想の世界でしか見たことないような星空だ。これも空気が綺麗だから見えるんだろうな。
……なるほど、これは意外と気づかない絶好のスポットだ。周りが自然で覆われている分季節の変化も楽しめるし、シエルは中々いいところに目をつけた。学園の周辺と言う事で魔物もあまり出ないし、気楽なもんだろう。
「ほう、確かにいいコースだな」
とりあえず会話のつなぎに思ったことをそのまま口に出す。
「でしょ? 嫌なことがあってもここなら忘れられるし、嬉しいことがあったらそれを思い出せるんだ。こうして……涼しい中、星空を見上げながら、囁くような葉擦れの音を聞いてフラフラと歩くのは、どこか自由になった気がするしね」
シエルはそう言って……いつもの快活なものでなく、神秘的な、落ち着いた笑みを浮かべる。その声もどことなく遠く、いつものシエルじゃないみたいだ。
……普段は元気な美少女が、こうしてミステリアスな面を見せる、か。
そういえば、シエルは本音で話しているように見えて、どことなく快活さの仮面に何かを隠しているようだった。例えば、クリスタに突っかかる理由も未だにわからない。それに、性別、生まれに関係なく接しているのも……個人的な主義とかそう言ったものではなく……爵位主義とかに対する『意地』で、それらに『対抗』しているようにも見えるのだ。
そんなことに連想がたどり着くと……この、言い換えればロマンチックな場所や雰囲気と相まって……そのギャップで、シエルがとても美しく見える。
楽しそうに、踊るように静かな笑みを湛えたまま歩くその姿は、まるで星が瞬く月夜に踊る妖精のようだ。
その後は二人で他愛のない話をしていたら、街に着いた。




