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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
30/58

11

 あの後、何故かクリスタとシエルが怒った。顔を赤らめ、頬を膨らませてぷりぷりともう怒った。

 一方のルナも自分がしたことに気付いたのか顔を真っ赤にし、

「貴様のその叡智溢れる鬼謀を褒めて遣わす!」

 と照れ隠しに中二病モードで叫びながら離れた。

 その後、女子三人はさらに絶好調。そりゃあもう魔法のキレが違った。

 クリスタの水の弾丸がオーガの心臓を一発で貫けば、シエルが負けじとオーガの喉を風の刃の一撃でかっ捌く。シエルが地面から生やした土製の針がサンダースネークを真っ直ぐ串刺しにしたかと思えば、ルナの業火がアイアンゴーレムを溶かし尽くす。そしてルナの黒い霧がスピアウッドを腐食させたかと思えば、クリスタの光の剣が絶え間なく動くギリースライムの核を正確に打ち砕く。

 そんな三人に負けじと俺も動き、いつも以上によく動けたが、それでも三人には劣るだろう。

 どうやら三人とも、いつのまにか活躍を競う空気になっていた。

 シエルとルナは活躍すると露骨にこちらに視線を向けてきて、クリスタは活躍してもあからさまではないものの頬を赤らめてこちらをちらちらと見てきた。

 なんでこっちを意識するのか分からないが、揃いも揃って褒めて伸びるタイプのようなのでそれはそれはもう褒めちぎった。人間レーダーヨウスケ君改め、褒め殺しヨウスケ君と名乗ろうかと一瞬考えるレベルである。

 ちなみに、後半は俺も三人に追いつこうとムキになって戦闘に参加して、あたりの警戒のためのレーダーを怠っていた。

 そのせいで、最弱とはいえ、この世界の頂点に君臨する『竜種』であるワームに遭遇した。

 緑色の鱗の、丸太よりも太い大蛇で、一応竜種だ。蛇のような魔物が分類される鱗種とは一線を画す危険度のため、その滅多に表れない希少さも相まって、ここ最近竜種に格上げされたのだ。

 そして……テンションが上がっていた俺たちは、何と、こいつと戦った。ソーニャさんは涙目で「もう勝手にしてくださいよぅ……」と呟いていたことに一抹の罪悪感を覚えたがそれはそれ。

 最終的に、クリスタがワームを濡らしてシエルが風でそれを蒸発させて体温を下げ、ルナが毒の霧で弱らせて動きが鈍くなったところを、ワームの身体に沿うように、俺が真っ直ぐ口内へと長い長い魔力の槍を突き刺して殺した。

 竜種と言えど変温動物。恐らくワーム以外には対して効果がないだろうが、体温を粘り強く下げてやれば動きが鈍るのだ。これはこの世界の学校では習わない生物の豆知識である。俺にも地球の科学チートを使う余地があったよ! と作戦が成功した時は大いに喜んだ。そしてそれを見たソーニャさんは、

「もう貴方達卒業して騎士になったらどうですか?」

 と引きつった笑みで俺たちにそう言った。……一人でワームを葬れる貴方が何をいいますか?


「学校外実技演習の成功を祝しまして……乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 そんなこんなで、第二渾沌で二日目の夜を迎えた。ギリースライムに襲われたり、下着姿を見てしまったり、というようなトラブルも無く、恙なく夕食を食べ始める。

 乾杯の音頭を取ったのはソーニャさん。ワームを倒してからは、申し訳なさやら何やらが吹っ切れたのか、テンションが大分高い。

 味噌ベースの鍋を囲みながら、談笑を交えた食事は進む。具はワームとサンダースネークの肉、さっき乾杯したグラスに注がれているのは味気ない水ではなく、たまたま見つけたさっぱりとした甘みがある桃のような果実の果汁を混ぜたものだ。

 ワームの肉は恐ろしく美味かった。あんだけ硬かったくせに、いざ火を通して口に入れると、ほろりと口の中で解れた後に、口の中に旨味がジュワ、と広がるのだ。当然箸は滅茶苦茶進む。

 クリスタなんかは

「これは学食に取り入れるように提案しましょうか」

 とものすごく真面目な声で呟き、

「いや、あっても値段が高くて誰も買わないよ……」

 とルナが突っ込むといった一幕もあった。


 その後、夜中にクリスタが寝ぼけて俺のテントに入ってきて、俺を抱き枕にして寝入ると言うハプニングを挟み――ここでワームと戦った時以上に命の危機を感じた。俺は悪くねぇ!――ついに三日目の朝。ここを発ち、学園へと帰る日だ。

「おっほっほっほっ! 貴方達も無様ねぇ? 途中で尻尾巻いて逃げられたけど、私達はあの後魔物を狩りまくって絶好調だったわよ?」

 最初に集合場所についた俺たちの次に来たのはユーリの班だった。

 その出会いがしらにこの嫌味が飛んできたのだ。もうここまでくるといっそ清々しい悪役だな。

 ユーリの後ろにいる子分を除いた他の班員や騎士は、悔しそうに顔を俯かせていた。多分俺たちが離れてから、散々こき使われたのだろう。生徒の方は制服もボロボロだ。

 クソみたいなことはしているだろうが、多分俺たちが離れてから不正はしていない。あの状況で出来る不正と言ったらそうそう思いつかないし、会話している間に着いた他の班の様子を見ても妨害した形跡はない。騎士に手伝わせて止めだけ刺してもスコアには加算されない仕組みになっているし、横殴りと脅し以外の不正はないはずだ。

「……っ。全員そろったようなので、結果発表を始めたいと思います」

 悔しそうに歯噛みしながら、セーレさんが結果がまとめられた紙を持ってそう言った。事情を知らない他の班員はその様子をいぶかしみながらも、結果を心待ちにしている。競うものではないとはいえ、やっぱり他には勝ちたいもんな。

 この結果発表は自称エンターテイナーの綾子さんが決めたルールに則っている。結果発表をする人も結果を知らず、そこのパーティーのスコアを発表する段階で初めて分かる。また、発表の順番もランダムで、予測がつかないのがこれの特徴だ。

 恙なく結果発表が終わっていく。最後に残ったのは俺たちと、ユーリのパーティーだ。

「次は……私がいたところだな。サンダースネーク二十、ギリースライム十五、アイアンゴーレム二十、オーガ三十三、ヒトジゴク二十一、スピアウッド三十……以上」

 その結果にユーリと子分は大喜びし、他のメンバーは複雑そうな表情。そして他のパーティーはその結果を聞いてどよめいたり、目を丸くしたりしている。

 今までのパーティーと全体的に二倍前後差をつけた、圧倒的なスコアだった。そして俺たちは、そのうちの結構な数が横殴りによるものだと知っている。

 ユーリは勝ち誇ったように俺たちを横目で見て満面の笑みを浮かべた。すでに勝ちを確信し、後は消化だと言わんばかりに。

「では最後に、ソーニャがいたパーティーだ。……っ!?」

 セーレさんが紙をめくり、俺たちのページを見て驚愕の表情を浮かべる。

 そして、その表情は、戸惑いに変わり……喜色に変わった。


「サンダースネーク五十、ギリースライム二十五、アイアンゴーレム四十三、オーガ七十七、ヒトジゴク四十、スピアウッド九十! ……そして、ベビータイタンとワームを一体討伐! ――紛れもなく一位だ!」


「っしゃあ!」

 その言葉を聞き、堰を切ったように喜ぶ俺たち。お互いにハイタッチを交わし、喜びを分かち合う。

 一方、それを聞いた他のパーティーは、驚きで言葉すら出ないようだった。

 ただ俺たちが喜び、騎士たちが手を叩いている音が響く中……怒気を露わにしてユーリが立ち上がる。

「不正だわ! そんなのありえないわよ! それだけの数に加えてベビータイタンにワーム!? そんなの遭遇するわけないし、したとしても討伐できるわけないわ! 明らかに不正よ!」

 ユーリの言葉に俺はドキッとする。……はい、ベビータイタンとワームについては、幸か不幸か……完全に偶然です。う、うん、後ろめたいことなんかないね! そんなの全くないね!

「へぇ? じゃあどんな不正?」

 ルナが、何か興味を示したように笑いながらそう問いかける。

 うっわ! 案外人が悪いな。なんだかんだで鬱憤が溜まっていたのだろう。あまりこういったことはしなさそうだが……晴らせ晴らせ! そいつをいじってストレス発散しちゃえ! そもそも全部自業自得だし!

「データの書き換え、戦闘を騎士に手伝わせた! 他にも考えればいろいろ思いつくわよ!」

 ユーリはビシッ! と目の端に涙を浮かべて顔を真っ赤にしながら指さす。その顔は怒りに満ちているものの……不正を確信しているせいか、俺たちを貶めることが出来ると気色も浮かんでいる。

 実際、ユーリの言葉の方が信憑性があるわけだが……

『……………………』

 この周りの冷たい反応はいかがだろうか? 子分以外の全員がユーリの事を冷たく見ている。さらに言うと、ユーリのパーティーメンバーは喜色さえ浮かべていた。

 こっちのパーティーにはクリスタとシエルがいる。俺とルナだったらこのまま不正で押し切られてはい終了、だったが、クリスタとシエルがいれば、それは話が別だ。

 クリスタとシエルの派閥はかなり人数が多い。この場にいる生徒のほとんども二人の派閥のどっちかにいる。また、派閥に居なくとも二人の日ごろの行いは周りから高い評価を得ているため、むしろ裏で様々ないじめを行っていると知られているユーリは針のむしろだ。

「あ、あんたたち何よその目は!? パパに言いつけてやるんだからね! 揃いも揃って野垂れ死になさい下賤共! キィーッ!」

 ユーリはそう叫んで暴れ出したので、騎士数人に取り押さえられて複数あるうちの馬車の一つに押し込められた。押し込められる直前、ユーリは確かにこちら……俺とルナを睨み、ハンカチを噛んで引っ張っていた。……古い。


                 ■


 さて、ユーリは特等席と言う名の隔離として別の馬車に放り込まれた。そこでは暴れ出さないように他の騎士が監視している。

 セーレさんに今後大丈夫かと問いかけたところ、

「私は間違っていた。……不正をして権力に屈服するぐらいなら、貴族なんてやめてもいいさ。……家族も、きっとそれを望んでいるだろう」

 と清々しい目でそう言い切った。他の騎士も同じ気持ちの様で……たとえ今後酷いことになっても、不正した自分を恥じ、贖罪の意味でも苦しみを甘受するらしい。

 何とかならないものか……と思ったが、俺にはどうも出来ない。

 クリスタとシエルに頼めば簡単だろうし、正しいことなのだが……どうにも、結局そう言ったコネに頼るのはいけないと思ったのだ。本人たちも打診しようか迷っている様子である。

 いくら世界を代表する学校とはいえ、所詮は授業。不正に騎士などが絡んでいようとも、それは『大きな』犯罪ではない。それに貴族が介入すると、立場を利用した職権乱用になりかねないのだ。


 どうしたものか……。


                 ■


 そんな悩みは、案外早く解決された。

「おし! 命に別状はないな! 過去に例を見ないぐらいえげつない場所に行かされただろうが、よく頑張った!」

 馬車を降りると、そこには今回の主任であるアリア先生を筆頭に複数の先生がお出迎えしてくれた。

「よおっしゃ! じゃあポイントカードをよこせ!」

 アリア先生が手のひらをそういって差し出してくるので、全員で渡す。これが後に成績に反映されるのだろう。それと、これの名前はそんなんだったのか……。一気にありがたみが無くなったぞ……。

「さてと、まぁないと思うが、今からこのカードのデータを見て不正を調べるからな!」

『……へ?』

 アリア先生の言葉を聞いて、俺たちは固まった。そして……ユーリとその子分は、顔を青くして震えはじめた。

「ほっほう! ユーリの嬢ちゃんもかなりだがクリスタの嬢ちゃんとこは化けもんみたいだな! 数も凄いけどベビージャイアントとワームまで討伐してるじゃないか!」

 アリア先生は喜色満面でそう言いながら、次々とポイントカードに手をかざし、淡い黄色の光を放たせる。

 そして……俺たちのカードを纏めてかざしてデータを読み取った。

「あん?」

 しかし、その光は黒。よく見ると、俺たちのは白く光っている。

「……………………ほう…………」

 場の空気が凍りついた。否……『燃え盛った』!


「てめーら騎士も含めて集合じゃボケ! じっくり聞かせやがれ! ああん!?」


 ドカーン! 校庭が爆発し、燃え盛った! それはまさに『灼熱女帝』の怒りを表現している。

 般若も裸足で逃げ出すほどの形相のバックに燃え盛る真っ赤な炎。それはまさに……『怒り』に他ならない。

 俺たちは全く悪くないのに超怖い。やばい、これはやばい。なんかチビりそう。

 …………ユーリと子分はガチでチビってた。


                 ■


 その後、学校側から尋問(脅迫尋問あり)の末、裁定が下された。

 まず俺たちはポイントの増加。あのデータは隠されていただけで、横殴りが、いつ、どこで、どれを、どのくらい行われたか……それはそれは細かく出るものだった。その横殴りされた分の増加であり、俺たちはもうこの成績だけで今年の魔法実技教科は全部休んでも最高成績が付くレベルらしい。ソーニャさんからも折紙つきで、「多少の油断、慢心、精神的な不安はあれど、高い技術力と結束力は見ていて感動するレベルでした。真面目なお願いですが、今から騎士にできないでしょうか?」との評価が学校側に提出された。

 巻き込まれたユーリと同じパーティーの生徒は、命に関わるほど脅されていた、ということで情状酌量の余地ありとされた。結果、灼熱女帝アリアせんせいの喝十分、マリア先生の罪悪感を心の底から抉られる泣きながら説教一時間、それに三日間の謹慎とスコア半分、反省文原稿用紙三枚となった。ところが、マリア先生の説教で罪悪感を刺激されまくったあいつらは、何と反省文を十枚びっしり文字埋めて書き(しかも全部涙の跡がある)、さらに一ヶ月校内清掃することを自分たちから言い出した。マリア先生の説教はある意味怖い。

 また、騎士たちについては、罰は騎士団にゆだねられたらしい。結果として、減俸と社会奉仕、一週間の謹慎となった。

 ……のだが、あの騎士五人はこの程度の罰では気が済まなかったそうで。今月分の給料を全部騎士団維持費に当てて、社会奉仕をがっつりしたのちに第二渾沌が遊園地に見えてくるような苛烈な魔物の縄張りにしばらく籠るらしい。やはり、責任感がとても強かったようだ。一応犯罪ではないが不祥事には変わらないため、こういった結果になったのだろう。

 そして肝心のユーリと、今回ついてきた子分。

 一週間の謹慎と今回の演習での反則で成績マイナス査定、さらに家庭への連絡と二カ月の学校奉仕、反省文五枚に灼熱女帝アリアせんせいの体罰(ここ重要。この世界では体罰が普通)フルコースと散々な結末になった。

 この学園と貴族だったら、この学園の方が立場は上である。公爵家どころか王族でもそうそう逆らえないのだ。

 ちなみに、今回の件でゴドリック家の不興を買った家々だが……そこの子飼いになるのをやめて、他の子飼いに移った。一部はクリスタやシエルの活躍に感銘を受け、強い希望であの二人の家の子飼いになったとか。

「……家の権力を振りかざした形になりましたわね」

「……そうだね」

 二人は複雑そうな表情をしていたが、結果としてはおおむねハッピーエンド、といったところだろうか。

 それに今回の件で、何よりも大きな収穫があった。

「それでね、――が――で……」

「そうなの? ――たら……で」

 朝のホームルームが始まる前の余暇のひと時。朝日が差し込む教室では、燃えるような赤いポニーテールの少女がクラスメイトと楽しげに話していた。 

 そう……ルナに友達がたくさんできたのだ。

 この演習の活躍は、先生たちから大々的に伝えられ、クリスタやシエル本人からも遠慮なく広まっていた。

 これにより、ルナの強さに気付いて感銘を受けた何人かが、ルナに歩み寄ったのだ。

 後はルナの明るい性格だ。中二病モードは押さえているし、友達がたくさんできるのは難しくない。

 だが、問題もあった。

「はぁ……」

 クラスメイトの女子の視線が痛い。

 今回の件で俺の行動も伝わっている。下着を見たとか、クリスタと一緒に寝たとかその辺は箝口令が俺たちの間で固く敷かれているから知らされていないが……俺だけ、三人の寄生虫だと周りに認識されたのだ。

 三人が一生懸命俺も頑張っていることを伝えてはいるが……それも三人が俺に気を遣っていると思われ、余計に嫌われる悪循環。

 やっぱり、男はこの学園ではこんな立場なのだ。

 ふーんだ、いいもんいいもーん。どうせあの三人全員と仲がいいことに対する嫉妬だろ? ふーんだ。

 …………。………………。

「はぁ……」

 ただただ虚しくなるばかりだった。

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