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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
28/58

 夜が明けた。

 あの後、俺はクリスタの言葉の意味が分からずに寝袋の中で悶々としていたが、クリスタの言うとおり今後に障るといけないので、自分に魔法をかけて寝た。

 これは無属性魔法特有と言ってもいい使い方で、魔力の性質を『眠気を増大させる』というものにしたのだ。眠気が強い分、寝転がってから数秒で深い眠りにいざなわれる。深く眠った分、起きた後の気分も悪くない。他の魔法では精神的な面に干渉する場合は間接的にしか出来ないが、無属性魔法は直接干渉できる。やり過ぎると危険なような気もしなくないが、今のところは大丈夫だ。

 今日一日過ごし、明日の朝にはここを出発する。それまでに、相応の数の魔物を狩らなければな。

 クリスタは多少体調は悪そうだが、差しさわりはなさそうだった。昨日の夜の会話が嘘だったみたいに溌剌としている。

「さぁ、今日も頑張りますわよ!」

「「「おー!」」」

 朝食を食べ、クリスタの号令と共に俺たち三人は声を上げ、ソーニャさんはそれを微笑ましそうに見ている。

 今日のところは、この周りの散策だ。


                 ■


「そっちに行ったぞ!」

 俺と正面から力比べをして負けた子供のオーガは、俺に背を向けて逃げ出した。

 だが、そっちにはシエルが待ち構えている。

「それ!」

 シエルは風の刃をオーガの脚に撃ち出して傷をつける。決して大きな傷ではないが、目盛りのように細かい傷が沢山ついて血も流れているため、いくら魔物と言えどこんな悪路ではまともに走れまい。

「幼体とはいえオーガと力比べで勝つなんて……」

 クリスタは安心と呆れが混ざったような声で俺の事を見ながらそう言った。

 相応の魔力をつぎ込めば大分強化されるようだ。

 さて、あとは傷ついた鹿を追うがごとく一方的な狩の時間だ。

「ヨウスケ、顔顔……」

 おっと、悪い顔していたみたいだな。ルナに窘められてしまった。

 まぁ、油断はいけないが、ここから先は止めを刺すだけだな。

 さて、こっちも追いかけるか。

 そう考えるや否や俺はオーガの背中を追う。

 もう大丈夫だな。これぐらいの距離なら……当たる!

 俺は手のひらに魔力の球を作ってそれを投げ――


「……え?」


 ――ようとした時、オーガの身体は光の線によって貫かれた。真っ直ぐ左胸……つまり心臓の位置を指の太さほどに穿たれ、そこから血が噴き出す。

「ほほほほほほほほっ!」

 その様子を、ソーニャさん含めた五人でポカンと見ていると、突然横合いから甲高い高笑いが響いてきた。

 ガサガサガサッ! と音を立てて現れたのは、俺たちと同じ制服を着た、青い紙の少女。

「獲物はしっかりと確保なさい?」

 爵位主義で高慢、ルナをいじめている集団のトップで上級貴族である侯爵家の娘――ユーリだ。

「まったく、この程度の事も警戒していないなんて、下賤な生まれと混ざると堕ちていく一方ですわよ? 腐った果実と同じ樽に入ると、そちらも腐ってしまうようにね」

 俺たちは果実じゃねぇ、人間だ! と学園青春ドラマみたいに言い返しそうになったが、どうにもそんな風におべんちゃら出来る雰囲気ではない。

「横殴り……!」

 クリスタが歯を噛み締め、悔しそうに吐き捨てる。

 横殴り……他の集団が傷をつけた獲物を横取りして、そのまま自分の手柄とする行為だ。決して禁止はされていないものの、有名なマナー違反で、世間的にも全く持って推奨されていない。

 それを今、この女は堂々とやり、挙句にこちらがそれを警戒していないのが悪い、と言ったのだ。

 横殴りは、今回の演習では禁止されていたはずだ。それを故意にしたら、付添人が評価を大幅に下げて査定する。

「セーレさん、今のは重大な違反。明らかな横殴りだと思いますが?」

 俺は即座に、ユーリの後ろの方にいたセーレさんに声をかける。

 しかし、俺の言葉を嘲笑うように、ユーリとその派閥にいる女は口角を上げていやらしく笑った。

「まさか、セーレ様? 『何も見ていませんわよね』?」

 ユーリはわざとらしく、皮肉っぽく、そして堂々と……全く悪いことではないかのごとく、そう問いかけた。

「……――っ!」

 その問いかけに、セーレさんは悔しそうに奥歯を噛み締め、目を伏せて、体をわなわなと震わせて……首を縦に振った。

「セーレさん! そうだ、もう一人の方も!」

 俺はセーレさんの様子をおかしいと思いながらも、もう一人の騎士に声をかける。あっちのパーティーにはもう一人付き添っていたはずだ。

「…………」

 しかし、そっちの騎士も、同じように体を震わせ、申し訳なさそうに俺から目を逸らした。

 騎士が……ユーリの言いなりになっている? …………――っ!? まさか!?

「…………」

 俺は嫌な予感に駆られ、ソーニャさんを振り向いて見る。

 すると、ソーニャさんも同じような感じで、申し訳なさそうに涙目で顔を伏せていた。

 一体どういう事だ? 何故騎士がユーリの言いなりに?


「……そういう事でしたのね……っ!」


 後ろから、クリスタの、怒りと悔しさに満ちた声が聞こえた。

 振り返ると、クリスタは拳を握りしめてわなわなと震わせ、怒りを込めた目でユーリをキッ! と睨んでいる。

「ど、どういうことなんだ?」

 俺は訳が分からず、クリスタの問いかける。

「騎士の方々の自己紹介を聞いた時から、何となく嫌な予感はしていましたわ」

 視線だけで射殺さんばかりにユーリを睨み、クリスタが低く唸るようにそう言った。それに対し、ユーリはニヤニヤと勝気な笑みで応戦する。

「セーレ様のオレル伯爵家、ソーニャ様のミーナレス子爵家、それとそちらの方はアレッタ子爵家の出身でしたわよね? これらの家は皆……そこの女の生まれ、ゴルドック侯爵家の子飼いですわ」

「「「っ!?」」」

 クリスタの言葉に、俺たちもやっと理解が出来た。

 子飼い……貴族ではあるものの、厳しい貴族社会の中で生きていくほどの力がない家は、有力な貴族の子分となり、上納金をいくらか収める代わりに周りから守って貰ったり、様々な場面でサクラをやったりするのだ。子飼いの子になっている貴族は、親の貴族の影響を良くも悪くも受け、親の貴族の動向そのものが生きるか死ぬかに直結する。

 今回の場合、ついてきた騎士の内最低でも三人がユーリの家の子飼いの生まれだ。

 つまり……『脅されて』いるのだ。

 多分、ユーリの言葉一つで侯爵家は動き、すぐに騎士たちの家を潰すことが出来る。当然、騎士たちは様々な理由でそんなことをさせるわけにはいかず……不正に手を貸している、というわけだ。

 向こうのパーティーの生徒を見ると、そちらも悔しそうにしていたり、申し訳なさそうにしていた。あいつらも、子飼いとまでは行かなくともユーリによって人生を左右される立場なのだ。

 ……ふざけてやがる。

 奴は、他人をないがしろにして、親の七光りで不正を容認させて……俺たちを出し抜こうとしているのだ。

 恐らく、公爵家であるクリスタと、同じ侯爵家シエルへの対抗心、そして俺と……ルナへの嫌がらせが目的だ。

「そういうことかよ……」

 俺は低く、唸るようにそう言った。腹の底から怒りがふつふつとわき上がってくる。腸が煮えくり返る、というのはまさにこのことだろう。クリスタと仲違いした時よりも、数倍腹が立つ。

「さ、お前ら下賤な者たちはこの私の成績と将来のために、精々貢献することですわね」

 俺たちの様子を見て満足したのか、ユーリはニヤニヤと笑ってそう言い残し、その場を立ち去った。


                 ■


「くそっ!」

 思わず拳を近くの木にぶつけてしまう。しかしそんなことをしてもじんわりと痛むだけで、ストレスなんか発散できない。

 あの後はとにかく散々だった。

 こちらが追い詰めた魔物は悉く向こうに取られたのである。

 そうなると、対策としては魔物を即死させるのが一番だが、そうそう上手くいくものでもないし、魔力もそれなりに使う。

 何回かは即死作戦は成功したものの、やはりこちらが狩っていた魔物を横取りされるのは辛い。

 そして、勝ち誇った顔でついさっき見せられた銀色のカードには、俺たちより大分上のスコアが載っていた。今日の分を計算してみると、そのほとんどが今日俺たちから奪ったものだった。対する俺たちはほとんどスコアが伸ばせず、こんな結果になってしまった。

 今は昼食休憩を終え、食休み中だ。明日早朝にはここを出るため、時間はこの後の半日のみだ。

 今回はこのスコアこそ成績に関係するものの、決して競争したりするものではない。ないのだけれど……あんな奴らに負けていると言うのがとにかくむかつく!

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ソーニャさんは涙をぼろぼろ流し、ただひたすら俺たちに謝っていた。

 俺たちがソーニャさんを責めるのは簡単だ。それで気分が晴れるのならばそうしていたかもしれない。

 だが、そんなことをしたところで何の得も無く、ただ時間と体力を消耗するのみ。それどころか、むしろ被害者であるソーニャさんを責めれば、一瞬は楽になるかもしれないがすぐに後味の悪さが押し寄せてくるだろう。

「くっ……屈辱的ですわ! あんな奴らに……っ!」

「こんなことっ……!」

「一体どうすれば……」

 三人とも俺と同じような事を思っているようだ。

 クリスタは悔しげに親指の爪をガリッ、と噛んでいる。癖なのだろうか。

 考えろ、考えるんだ。奴らを出し抜く方法を。

 まずは追いつけないぐらいに離れるのが先決だ。そうすれば横殴りはしばらくされないが……あいつらもこのS班なだけあって優秀で、少し引き離したぐらいじゃ追いつかれるし、そもそも引き離せない。

 こうしている間でも、あいつらの気配を感じる。つかず離れずぐらいの距離で、あいつらも昼休憩しながらこちらをニヤニヤ笑ってみているのが浮かぶように分かる。その傍では、騎士や同じパーティーの奴らが悔し涙を浮かべているのも。

 とにかく、引き離して、その後にあいつらが追い付けないような場所で多く狩らなければならない。そうだよな……やっぱり、大きく離れるのが先決だ。

 こちらが早く移動する……のは少し難しい。この場にいる全員は――俺は身体能力強化含む――かなり運動神経がよく、森の中の移動も難なくこなせる。だが、それは奴らも同じだ。こちらの方が速いだろうが、大きくは引き離せない。

 ならば、あいつらを足止めするのはどうだろう。……いや、これはダメだ。あからさまな妨害は反則になる。あいつらの不正は見逃されるが、こちらの不正はがっつり報告されるだろう。

 ああ……何だか理不尽に感じてきたぞ。悪いことは伝わらなければいい、だなんて……! ……? 悪いことは『伝わらなければ』いい?

 …………。

 …………それだ。

 いや、でもそんなことをしたらあいつらと同じだぞ? それでいいのか? それに、そんなことで出し抜けたとしても嬉しいか?

 やっぱり、ダメだ。そんなばれなければ何でもいいだなんて……いや、『ばれなければいい』?

 ……。…………。


「なぁ、いいこと思いついたんだけど」

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