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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
27/58

「――と、と言うわけで、ヨウスケさんは悪くないですよ!」

 俺たちが野営をすると決めた場所にて、俺の裁判が行われていた。

 被害者兼検察兼裁判官はクリスタを筆頭に三人、被告人は俺で弁護人はソーニャさん。裁判員はおらず、傍聴席にいるのは周りの木々と草葉のみだ。

 只今、弁護人による口頭弁論を終えたところであり、いよいよ判決が下される時が来た。

 俺は固い地面に正座、それの正面に制服を着直した三人は仁王立ち、そしてそれと向かい合うように俺の後ろにソーニャさんがいる。

「……そう、でしたのね……」

 クリスタは、弁護人による口頭弁論を聞くと、身体から発していたオーラを収め、そう呟いた。

「大変申し訳ございませんでした!」

 俺はただただ平伏するばかり。理不尽だ、と思わなくもないが、ギリースライムを倒し終えた後にさっさと離れるべきだったのは確かだ。暗い森の中で同年代の男に下着姿を見られると言うのは、下手をすれば後まで引きずりかねない屈辱となっただろう。

「……もういいですわ。そう言った事情があるなら、こちらから文句を言うのはお門違いですもの」

 クリスタがそう言ったことで、場の緊張感が解けた。

 ソーニャさんは緊張の糸が切れたように深いため息を吐き、俺は安堵のあまりに力が抜ける。

「……むしろ、こちらが謝らなければなりませんわね。……申し訳ございませんでしたわ」

「ボ、ボクからも謝らせて。……ごめん」

「ルナも……事情を知らずにやりすぎちゃった。ごめんね……」

 三人はシュン、としたように沈んだ声で謝ってきた。

「いや、俺も悪かった。あの場はお前らに気を遣って、ギリースライムを倒したらさっさと離れるべきだったな」

 俺も謝り返し、とりあえずトラブルは収まる。

 収まるものの……今の空のように、この場の雰囲気は暗かった。

「さ、さぁ! 一件落着したことだし、夜ご飯にしましょ! し、シエルさんでしたよね? メニューは何ですか?」

 その雰囲気を払しょくしようと、ソーニャさんはわざとらしくも明るくそう言った。

 その様子を見て、俺たちも暗くしているのは悪いと思って気を取り直す。

「えーと、今回はサンダースネークの肉をメインに鍋を作ろうと思うんです」

 シエルはソーニャさんに向かって敬語でそう言うと、俺が先ほど直した竈に置いてあった鉄製の鍋を、さっきの泉で汲んできた水で洗い、その中に水を入れる。

「そうだね……味付けは味噌ベースで……香り付けは……」

 シエルはブツブツ呟きながら、自分のストレージから野菜や調味料、調理器具を取り出していく。

 この第二渾沌は、殺伐とした名前の割には、森の方に行くと食料が豊富にある。山菜や果実、他にも今回メインで使うサンダースネークの肉なんかは、魔物の肉と言う事で抵抗はあるがとても美味しい。前に学食で出されたサンダースネークのフライは思わずお代わりしてしまったからな。どちらかと言うと……食感や味は鶏肉に近いだろうか。

 ルナはシエルの指示で薪に火をつける。

 鍋の中の水がいい具合に熱されてきたところで、クリスタは干した小魚を放り込んだ。煮干しのような何かだろうとは思うが、それが何かは分からない。出汁でもとるのだろう。

「さてと……俺はちょいと水浴びしてくるわ」

 さっきの騒ぎで砂埃が体についたからな。汗も流したいし、水浴びとまでは言わなくとも体を拭くぐらいはしたい。

「いってらっしゃいまし。……ギリースライムに引っかからないように気をつけた方がいいですわよ」

 クリスタは俺を送り出す言葉を言った後に……顔を顰め、若干赤らめながらそう付け加えた。


                 ■


「やれやれ、やっと汗が流せるな」

 俺は泉の水を自分で持ってきた鉄製の鍋に入れて、魔力を『加熱する』という性質にして放射し、沸騰させる。

 そして今度は『冷却する』性質の魔力を浴びせて四十度少し上ぐらいの温度にする。これで水の中の細菌は粗方なくなっただろうし、冷たくて身震いすることも無い。

 服を脱いで上半身だけ裸になり、頭を下げて上からお湯をかぶる。ポチャポチャポチャ、と泉の中にお湯が落ちる音が響く中、俺はそばに置いておいたタオルで濡れた髪の毛と顔をふく。そして、今度はそのタオルをお湯に浸して絞り、それで体を拭く。

「こんな殺伐とした場所でも……夜は涼しくて気持ちいいな」

 温かいタオルで体を拭くと、一瞬心地よい温度がその部分を支配し、すぐに夜風によって冷やされる。あれほど危険な場所でも、夜の風はこうして涼しいのだ。

 とはいえここも油断ならない。

 あの三人はここでギリースライムに襲われたのだ。

 シエル曰く、ここで体を拭いて清め、汗を吸った下着を着替えた直後に、水の中から出てきたギリースライムに襲われたらしい。

 どうやら油断していたようで、足を直接泉の中に入れていたようだ。体のほとんどが水で出来ているギリースライムはこういった場所に生息している場合もあるため、それは危険なのである。普段の三人ならそんなミスはしないだろうが、ここは静かで泉も綺麗だし、水に月明かりが反射して一種の神秘的な雰囲気が漂っている。また、昼間に散々気を張っており、ここに来る前に野営の場所を決めて休憩モードだっただけあって油断していたのだろう。

 ふむ、それにしてもさっきの三人の反応はなんだかんだで女らしかったな。普段は三人そろって強いし、昼間も大活躍だっただけに、ああいった普通の反応も……

「…………」

 い、いかん、脳裏に蘇っちゃいけない映像が蘇ってきた。

 パステルカラーや黒の下着、うっすらと色づいた白磁のようにきれいな肌、そしてそれぞれの魅力あふれる身体……そしてあの喘ぐような悲鳴……内腿や脹脛ふくらはぎを伝うスライム……そして着やせするタイプなんだな、と今考えたら思うクリスタのシエル以上に豊満な胸。

 ………………。

「いやいやいや!」

 ダメだダメだダメだ! こんなこと思い出しているのをあの三人に知られたら何をされるかわかったもんじゃない。

 そうだ! 嫌な映像を思い出せ!

 えーと、そう! 昼間にオーガを倒した時、腰に巻いていた布の中がうっかり見えて!

「げええええ……」

 気持ち悪すぎだ! 男である以上俺にもついているけどあの形はちょっと異形過ぎる!

 ……何はともあれ、どうやら落ち着いたようだ。

「…………」


 必要以上に落ち着きすぎて、この後は終始無言で体を拭き、下着を着替えた。


                 ■


 異様にテンションが下がった体拭きと着替えを終えて戻ると、鼻腔をいい匂いがくすぐった。

 ああ……これは懐かしい……とテンプレだったら言うところの醤油の匂いだ。

 綾子さんはなんでただの高校生に収まっていたのか分からないぐらい知識人で、この世界でNAISEIチートをしまくったのだ。結果醤油も味噌もいろいろ一般に普及し、普通に手に入る調味料となっている。

 とはいえ、食欲をそそるこの匂いは腹が減っている以上決して飽きるはずがなく……おっと、涎が出てきたな。

「美味そうな匂いがしてるじゃないか」

 俺はそう言いながら、野営地へ顔を出す。

「あ、ヨウスケ君お帰り! ご飯にする? お風呂にする? それとも……」

「ご飯にする!」

 言わせねーよ!?

 今のは、そのまま言わせて狼狽えたらクリスタから制裁が来るパターンだ。それは是非とも阻止させて頂こう。

「ちぇ、まあいいや。はい、じゃあこれヨウスケ君の分ね」

 シエルは軽く拗ねて見せるとすぐに笑顔になり、俺に鍋の中身を入れた皿を寄越してきた。

「おう、サンキュ」

 それを受け取りながら鍋を囲んでいる四人の輪の中に入り、胡坐をかいて座る。

 自分のストレージから箸を取り出し、いい匂いを上げる具の中から肉を選んで口に入れる。

「……ん、美味い」

 俺はそれだけ言うと、息を吹きかけて冷ましながら次々と口に運んでいく。

 基本的に、この世界の和食は、日本に住んでいた身としては『何かが違う』ものだった。そこまで舌が肥えているわけではないため上手く表現は出来ないが……そう、『雰囲気』が足りないのだ。

 味もついているし、匂いも具の切り方も煮る時間も、学食で料理を作っている人はプロだから、悪くはないのだろう。けれど、何かが足りないんだよな。それに関しては綾子さんも同じ意見だったようで、前に愚痴を聞かされた。綾子さんは理由がわかっているみたいだが、俺が問いかけると「社会科と理科の勉強だ。自分で考えてみるといい」とかいって回答を拒否されたからな。

 一方、今食べているのはその『雰囲気』がしっかりとあるものだった。

 シエルの料理の腕は非常に素晴らしい。味付けがしっかりとされているし、それでいて濃すぎるわけではない。シエルの傍らを見ると結構な量の瓶があることから、調味料をたくさん使ったのだろう。和食でそれをやると大体失敗する、と家庭科の先生は言っていたが、いいバランスでやるとここまで美味くなるのか……。

「シエル、これかなり美味しいですわよ。学食より美味しいのではなくて?」

「大変美味なるぞ。再び空に光が蘇った後も我が力を発揮できそうだ」

 二人もシエルを絶賛して次々口に運んでいく。

 ちなみにルナの言葉を意訳すると、「とても美味しい。明日からもしっかり動けそうだ」となる。ここ、テストに出せません。

「ありがとね。……うーん、自分で言うのも何だけど、いつもより美味しいなぁ。なんでだろ? 特に変わったことはしていないはずなんだけど……」

 シエルも次々と口に運び、飲み込むとそう首をひねっていた。

 ほう、本人にも分からないのか。

 となると、これはシエルの腕以外にも何か重要なことが……あ。

「水の違いじゃね?」

 ふと思いついたことを呟いてみた。

「……ああ、なるほど、そういう事か!」

 シエルは分かったようだが、クリスタとルナ、それにソーニャさんは首をひねっている。ちなみにソーニャさんは、さっきまで夢中になってバクバクと具を口に運んでいた。

「水が違うと出汁が違ってくるからな」

 口に出してみると、それが正解だとほぼ確信する。

 多分、ここの湧水は軟水で、学校の方は硬水なのだろう。

 水にも種類があり、出汁を取りやすいのが軟水なのだ。

 日本と西洋では、水が大分違うと聞いたことがある。

 日本は軟水で、西洋は硬水らしい。だから、日本ではこうして出汁を使う料理が多いのだ。

 ちなみに日本の中でも、関西の方が出汁を使う料理が多いらしい。家庭科の先生曰く、関西の方がより軟水らしいそうだ。

「ああ、なるほど。そういうことでしたの。……次の長期休暇の時、シェフに作らせる料理に使う水はここで採らせましょうか」

「いや……それはちょっと採ってくる人が可哀想じゃない?」

 クリスタの恐ろしい呟きに、ルナがすかさず突っ込んだ。


                 ■


 夜の見張りは四人でのローテーション制だった。そして一夜を通してソーニャさんが貫徹して見張りを手伝ってくれるそうだ。

 最初にその提案を聞いた時に四人そろってぎょっとしたが、ソーニャさん曰く、

「夜が一番危ないからねー。付添人である以上、貴方達の安全は守らなければならないのですよ。あ、安心してくださいね。騎士は基本的に八時間寝れば三日間は寝ずにいつも通り動けますから」

 だそうだ。

「騎士とは思った以上に厳しいですわね……」

 というのはその話を聞いたクリスタの呟きである。

 後に知ったことだが、これは全くの大嘘。確かに人よりも寝ないでまともに動ける時間は長いが、三日間はさすがにそうそういないらしい。ただ、この後の事を見てもソーニャさんはずっといつも通りだったから、一番の下っ端とか言いながらこの人も相当凄いのだろう。

 さて、四人でのローテーション制『だった』、と表現したのには理由がある。

 それは、さっき下着姿を見てしまったお詫びと言う事で見張りの半分を俺がやることになったのだ。というか、俺自身から提案した。

 最初はみんな申し訳なさそうにしていたが、俺自身がオタクとして、夜遅くまでパソコンして、翌日の学校でも寝ないで普通に授業を受ける、ということをしていたため、実は眠気に対する耐性は強い。多分寝たら短い間でぐっすり寝入るタイプなのだろう。

 そんなわけで残りの半分を三人で分けてやってくれるだろう、と思ったのだが、どうやら今日は残りの半分を丸ごとクリスタがやるそうだ。

「間に入ってしまって、寝て、起きて、また寝て、起きてなんていう忙しいサイクルになるぐらいなら、いっそ残りの半分は全部やりますわ」

 というのが本人が語った理由だ。

 そんなわけで、俺は今焚火の火を消さないように、傍らに積んだ枝を適度に放りこみながら周りに気を配っている。

『敵意を感知する』という性質の魔力を俺を中心に同心円状に三十メートルほど薄く薄く広げているのだ。

 ちなみに広げている段階で端っこの方に敵意を感知したため向かってみると、そこにはスピアウッドがいた。とりあえず魔力の刃を大量に降らして細切れにした。

「それは有効利用だねー」

 俺の傍らに積まれている枝を指さしながら、一緒に見張りをやってくれているソーニャさんがそう言った。

 そう、これはいわばスピアウッドの死体だ。この枝は全部細切れにしたスピアウッドで、薪に使おうとクリスタに水分を抜いてもらったのだ。

「それにしても、この魔法は便利だよね。男の子なのに魔法が使えるし、これも無属性魔法でしょ?」

 ソーニャさんは好奇心に満ちた顔で俺にそう問いかけてきた。

「そうですね。……他の属性と似たような事は出来ますが、俺は無属性魔法以外は使えません」

 俺はそう答えながら、魔法理論の教科書の内容を思い出す。

 魔法は、個人によって使える属性が違うため、出来ることも違ってくる。その一方で、使い方さえ工夫すれば、違う属性でも同じような事をすることが可能だ。

 例えば今俺が使っている警戒魔法だって、風属性魔法で空気の動きを感知できるようにすれば周りで不自然な動きがあっても分かる。

 他にも、水を温めるのには火属性魔法が一番思いつきやすいが、風属性で空気を高速振動させれば温まるし、水属性でも同じように水を振動させれば温まる。無属性だったらさっきみたいに、加熱する、といったような性質にして浴びせればよい。

 他にも分かりやすい例としては、光属性と闇属性だ。

 どちらも、生み出すだけでなく、『消す』ことが出来るのだ。

 例えば、光属性魔法で光を消したり、屈折させたりすれば『闇が生まれる』。同じように、闇属性で闇を消せば『光が生まれる』のだ。

 さっきも、ルナが水場を探しに行く際は、魔法で闇を消して見通しを良くして移動していたらしい。

 光を消す、というのはなんとなく理解できるが、闇を消して光を生み出す、というのは感覚的に理解できないな。そればかりは科学ではなく、やはり『魔法』なんだな、とこの部分を読んだときに思ったものだ。

「それに、貴族の血も流れていないんでしょ? だったら……一体、ヨウスケさんはどうして魔法が使えるのかな?」

 不思議に思いをはせている、と言った感じで、明るく上ずった声でソーニャさんがそう言った。

 貴族ねぇ……。うちの家系はそんなお上品でもないし、特別金持ちでもない。絶対、とは言い切れないが半ば確信的に否定はできるな。なんてったってむしろ下品な家だったと言っても過言ではない。

「それは……分かりませんね」

 俺はそう言葉を濁しながら、以前に綾子さんから聞いたことを思い出す。

「この世界で女性しか魔法を使えない理由は、魔力が多いからだ。なぜか同じ血筋でも、男性は魔法が使えるほどの魔力を伴わず、成長してもそのままだ。一方、女性は魔法を使える可能性があるのだよ。君の場合はこの世界に来てしまった以上、世界を跨ぐほどの魔力を持っているわけだな。当然魔法は使えるが……何故洋介君だけ魔力を多く持っているのだろうか。……いや、もしかしたら、魔力をほとんど持たない男性はこの世界だけで、地球では世界を跨ぐほどではなくとも魔法を使えるぐらいに魔力を持っている男性は、案外いるのかもな」

 綾子さんのこの言葉は、妙に印象に残った。

 そして、この世界で魔法研究のトップに君臨する綾子さんですら、俺が魔力を持つ理由が分からないのだ。

「まぁ、とりあえず……魔法については、運よく使えたらしい自分だけの便利グッズ程度に捉えていますね」

 難しいことは考えず、紛れも無い本心だけを口に出す。

「ふふふ、割り切っているんだね」

 ソーニャさんはそう、微笑ましげに笑いながらそう言った。


                 ■


「ヨウスケ、そろそろ時間ですわよ」

 とりとめのない話をしているうちに、交代の時間が来たようだ。

 ソーニャさんは今、俺の警戒網に何かが引っかかったので見に行っている。さすがにこんな夜中に森の中で魔物と戦わせるわけにはいかないそうだ。

「お、そうか。じゃあ遠慮なく上がらせてもらうよ」

 ここで遠慮をするのも無意味なので、俺は素直にそう言って腰かけていた岩から立ち上がる。

「……ヨウスケ」

 テントに向かおうとすると、クリスタに呼び止められた。

「……何だ?」

 何か用だろうか。

「ヨウスケ……その……ちょっと、質問いいですの?」

 どことなく言いにくそうに、顔を赤らめて体をよじりながら、遠慮がちにクリスタが問いかけてくる。

 そのクリスタの様子は、いつもの思い切りがいいクリスタとはとてもギャップがあるもので……静かな夜の森の中、焚火に照らされているクリスタは……とても可愛かった。

「お、おう、何だ?」

 そんなクリスタにしどろもどろになりながら、俺は聞く。

「その……先ほど私たちが襲われていた時……ヨウスケは、私の名前を呼びましたよね?」

 思い切ったように、それでも聞きにくそうにクリスタはそんなことを尋ねてきた。

「あー、そういえばそうだったかな」

 悲鳴が聞こえてきて、泉の前に飛び出した時、クリスタの名前を呼んだ気がするな。あれはとっさの事だったけど、何でクリスタの名前を呼んだのだろうか。一番最初に悲鳴が聞こえてきたから? クリスタの声が聞こえやすいから? それとも単に一番親しいから?

「……そう、ですわよね。……私の勘違いじゃないようですわね」

 クリスタは……何故か、顔を赤らめて、少し嬉しそうにそう言った。

「……質問はそれだけ?」

 聞きにくそうにしていた割には、割とどうでも良さそうな質問だった。

「ええ……もう大丈夫ですわよ」

 クリスタは俺にそう言うと、頬を染めながら優しく笑って――


「あの時……名前を呼んでくださって――実は嬉しかったのですわよ?」


「え?」

 今のクリスタの言葉の意味が分からず、俺は間抜けにも聞き返す。

「それだけですわ。早く寝ないと明日に障りますわよ」

「お、おう……」

 しかし、俺の聞き返しには応えず、クリスタはこの話はこれでお終い、と言わんばかりにそう言った。

 俺はそれに押され、そのまま曖昧な返事だけして、クリスタに背を向けてテントへと向かっていく。


「……………………ふぅ」


 クリスタの安心したような溜息が、小さく聞こえた気がした。

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