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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
25/58

 あれから二週間ほど経った朝早くに学校に集合し、馬車に揺られて七時間。いくら今回の演習で出された馬車の中でもランクが圧倒的に上の馬車とはいえ、さすがに尻が痛かった。しかも舗装されていない道を進んでいくため結構酔った。もともと乗り物酔いには強い自覚はあるが、道が舗装されていないと言う事と、綾子さんがNAISEIチートで改良したとはいえ、まだまだ日本の技術には及ばない馬車の揺れを抑える技術である、ということで日本に生まれて育ってきた俺にとっては中々苦痛だった。

「まったく、情けないですわよ」

 クリスタは現地に着くなり馬車から出て突っ伏しだした俺を見て、呆れ顔でそう言った。

「…………」

「ああ、シエルもダメのようだ。……世界を揺るがす巨人の歩みの如き揺れに障られたようだな」

 そして俺と同じような体勢をして黙っているシエルと、その様子を中二病モードで実況するルナ。

 今いる『第二渾沌セカンドカオス』にちなんでいるわけではないが、なんともカオスな光景だ。

「…………」

「ユ、ユーリ様、大丈夫でございますか?」

 これだけと思うなかれ。ルナをいじめている派閥のボスであるユーリも俺やシエルと同じ状況だ。この班にはあの時にユーリの周りにいた三人の内、二人が入っている。意外と優秀だったようだ。

「ははは、まぁ君たちも慣れていけばこれぐらいどうって事なくなるよ」

 そんな俺たちの様子を見て苦笑いしている、立派な装備を着た見た目年齢二十半ばぐらいの女性は、今回付き添ってくれる騎士五名のリーダーだ。

 名前はセーレ・オレルさん。見た目は若いお姉さまで、波打ったセミロングの茶髪と、きりっとした顔立ちが特徴だ。伯爵家の出身で、騎士の中で確固たる地位を築いている。なお、一緒に付き添ってくれる四人の騎士も伯爵家か子爵家だ。その誰もが、セーレさんには劣れど全員有名らしい。ここ最近では一番の有望株だとか。この第二渾沌でも何回も魔物討伐で成果を挙げているらしいし、過信は禁物とはいえ安心だ。

 また、声はハスキーボイスで非常に頼りになるカリスマ性を持っている。一方で、どことなく俺たちに対する態度がよそよそしくてそわそわしているあたり、もしかして人見知りするのだろうか。だとしたら、頼れる中にも愛嬌があるという素晴らしい人格になるが。

 俺たちが馬車を降りた場所は、第二渾沌の中でも比較的開けている、木々が生えていない荒地だ。第二渾沌とはこの山全体の事を示し、一つの山なのに様々な地形がある。

 今いる場所は山の中腹ほどのところにあり、比較的平たい部分が続く。

「さて……聞いていると思う……聞いてると思いますが、今回は授業の一環である、ということで点数をつけさせてもら……つけさせて頂きます」

 セーレさんが、俺たちが落ち着いたころに全体に声をかけた。メンバーの中に自分の爵位より上の生徒が何人かいるから遠慮しているようで、敬語を使っている。普段の話し方からして敬語を使う癖が身についていないらしく、少々やりづらそうだった。そういえば、馬車酔いに対する言葉も俺に向けていた気がする。

「貴方達生徒の方は十二名、私たちが五名なので……四人班――冒険者や騎士で言うところのパーティーですね――を三つ作って頂き、そのメンバーのバランスを見て私たちがそれぞれのパーティーに付き添いましょう。それでは組んでください」

 四人組か。いやはや、こうして集団の中で自由に組を作れ、とかやるとあぶれる人って出てくるよな。小学校のころ、クラスで孤立している奴が居るのを知らず体育の度に先生が「はーい二人組作ってー」をやるのは、見ていて痛々しかった。俺と数人の友達で話し合い、毎回ランダムにその孤立している奴と組むことでその場をしのいでいたが、子供ながらに先生に対して憤った記憶がある。

 ちなみにそいつが孤立していた理由は、小学校中学年にして立派な『オタク趣味』を持っていたからだ。今ぐらいの年齢になると風当たりは弱くなるが、あれぐらいの子供からすれば『変態』にほかならず、孤立するのは自然な流れと言えた。

 それと、俺をオタク趣味に誘ったのは何を隠そうこいつである。今となってはもう会えないけど……元気にしているだろうか。

「ヨウスケ、組みますわよ」

「ヨウスケ君、一緒にやろ?」

「ヨウスケ、我と契約せよ!」

 ……と、ちょっととりとめのない考え事に浸っているうちに俺が孤立してしまいそうだったな。幸いクリスタ達が誘ってくれたので、俺はそこで四人組を作る。

「ふっふっふっ……我と契約するその崇高なる意志、褒めて遣わそう」

 中二病モードで楽しそうに笑うルナを見て……この前出会わなかったら、もしかしたらこいつが孤立していたのかもな、と考えてしまう。

 自意識過剰かもしれないが……俺やクリスタと出会えたことは、ルナにとってプラスになっているだろうと思う。

 場面が胸糞悪いところだったとはいえ、あそこで関わらなかったら孤立していて、もしかしたらこうして組めずにいたかもしれないのだ。

「よーし、組んだ……組みましたね。……では、私と君はこのパーティーに。君は――」

 パーティーの編成を見て、セーレさんが騎士たちが付き添うところを決めていく。

「……あ、わたしは貴方たちのパーティーだね。よろしくね」

 俺たちのパーティーに配分されたのは、事前の自己紹介で堂々と胸を張って、この場にいる騎士の中で一番下っ端だと言い切ったソーニャさん。少し……いや、かなり天然気味である。

「「「「よろしくお願いします」」」」

 四人で声を揃えて頭を下げる。クリスタはいつもの尊大な態度を止め、ルナも中二病モードを解除している。

「あ、え、えっと……あうう……爵位が上の子に礼儀正しくされても困るよぉ……」

 俺とルナは別として、クリスタは公爵家、シエルは侯爵家の娘だ。ソーニャさんは確か子爵家だったため、爵位の上では大分格下である。

 ただ、クリスタとシエルは実力主義。ソーニャさんはあの中で(自称)一番下っ端とは言え、騎士の中で上級者と呼ばれる猛者なのだ。当然俺たちより経験豊富な上に強く、敬意を払うべき存在である。

「と、とにかく! 今回は安全第一で、大きな怪我なく終わらせて、この貴重な経験を今後に活かせるようにしましょうね!」

 ソーニャさんはそう言って、困ったように笑顔を浮かべた。


                 ■


「そっちは任せた!」

「了解ですわ!」

 木々が生い茂る森の中。

 前方から、三メートルはある筋骨隆々の灰色の鬼、オーガが二体。

 後方からは黒い鱗で体中から電気を発している大蛇、サンダースネークが三体向かってきていた。

 クリスタと口頭によるコミュニケーションを取って配分を確認。俺がサンダースネークの相手をしてクリスタがオーガを相手する。なお、シエルとルナは罠を張るタイプの魔物がいた時のためにあたりを警戒する役目に回っている。

「食らえ!」

 まず、ガサガサとものすごい音を立てて迫ってくるサンダースネークの内、一番近くにいる一体の首を狙って、実体化させた魔力の剣を複数飛ばす。

「ジャッ!」

 サンダースネークは、不可視のその一撃によって首を切断されて死亡する。

「「シャーッ!」」

 連携が取れるようで、残りの二体は両サイドから俺を挟むようにして、体から電気を出してきた。

 俺はそれを強化した身体能力で回避し、牽制のために先ほどと同じ攻撃を両方にする。

 二匹とも先ほどのを見て警戒はしていたようで、不可視であるはずの剣を野生の勘で回避した。

 だが、その回避の動作によって決定的な隙が出来る。

 ザクッ! という生々しい音とともに、二匹のサンダースネークは体中を穴だらけにしてそこから血を流す。

「……ふぅ」

 俺はその様子を見てため息をつき、サンダースネークの死体を回収しにかかる。

 魔物といえど蛇は蛇。その体の動きの性質上、地面から離れることはできない。ましてやあの二匹は、頭を狙った俺の攻撃を避けるために、胴体を地面に設置させたまま頭を振っていたのだ。

 地面に固定せざるを得ない胴体を狙って、俺は出現させた魔力の針を体中に刺したのである。

 触るのに多少の抵抗はあれど、俺はサンダースネークの死体を持ち上げて、腰に下げていた袋に入れる。三匹どころか一匹すら入らなそうな小さい袋だが侮るなかれ。

 これは、この世界にある、魔法を使った便利グッズ、『ストレージ』だ。

 某猫型ロボットのポケットよろしく、見た目からは想像がつかないほどの量がこの中に収納できるのだ。

 その便利さ故か値段が高く、さらに貴重なためそうそう手に入らないものだが、今回の演習に先立って、国から飛竜を倒した時にも貰った金を使って買ったのだ。

 クリスタとシエルもいいところのお嬢様なだけあって持っていて、ルナは持っていない。ルナの分の荷物は、魔物の死体に関しては俺が持つことになっている。

「そっちも終わりましたわね」

 クリスタの前には、筋骨隆々の灰色の巨体が二つ倒れていた。どちらも首が取れていて、若干生々しい。

 動物を殺す、というのにはかなり躊躇した。実際、それは綾子さんも通ってきた道みたいで、長期休暇の間に『殺す』訓練もさせられた。

 最初のころは殺せなかったり、殺せても吐いてしまったり、夢でうなされることもあった。

 だが、この時の俺の師匠はセナさんだ。それはそれはもう徹底的に……半ば洗脳のようにして殺すことに『慣れさせられた』。

 今でもあのことを思い出すとちょっとばかり気分が悪くなるが、何はともあれ、こうして魔物を殺すことに躊躇はなくなった。

 着々と日本人の道から踏み外していっているが、どうせ戻れないのだ。この世界に順応するほかあるまい。

「とりあえず、今のところは順調ですわね」

 クリスタはそう言いながら、魔法でオーガの死体を適当な大きさに切り分け、ストレージの中に入れていく。

「そうだな。まぁ、この後もいい感じのペースで――っ!? クリスタ!」

 俺がそうクリスタに返答をしようとしたとき、クリスタの背後から『槍』のように鋭い木の枝が音も立てずに忍び寄っているのが見えた。

「え? ――っ!」

 クリスタは俺の行動に疑問を覚えたのち、後ろを振り返ってその意味を理解する。そして魔法を発動しようとするものの――すでにその木の枝は、クリスタの柔肌を貫こうと風を切って動いていた。

 その時、ゴッ! と空気が唸る音が聞こえ、その後にパキパキパキッ、と乾いた音が鳴り響いた。

「まったく、二人とも油断しちゃだめだよ?」

 今のをやったのはシエルだった。持ち前の魔法技術によって速攻で風の刃を作りだし、クリスタに襲い掛かる木の枝を切り裂いたのだ。

「人の命を狩らんとする利なる樹木よ。その罪を地獄の業火にて焼き払ってくれるわ!」

 その間にルナは、枝の動きから分かった幹に向かって黒い炎の弾丸を撃ち込んだ。

 すると、その木の幹は途端に『暴れ出し』た。

 しかしすでに遅く、その木全体に黒い炎は燃え広がっていた。

 普通の木が勝手に動き出すはずがない。この木の正体はスピアウッドと言う魔物だ。

「はーい、今のは多少の油断があったけど、お互いにカバーできてて良かったですね」

 黒こげになり、ついに暴れなくなったスピアウッドを見ながらソーニャさんが今の俺たちの動きを評価した。

「感謝しますわ、シエル、ルナ」

「ありがとうな。ついつい油断しちまったよ」

 俺とクリスタは、援護してくれた二人にお礼を言った。

 いやはや、ついつい気を緩めちまったな。今までが中々上手くいっていただけに、こういったところで油断してしまう。

「確かにここで油断をするのは命取りですが、こうして生きている以上後悔するのは後に響きますよ。反省はしても後悔はしちゃダメですからね」

 落ち込んでいる俺とクリスタを、すかさずソーニャさんがフォローしてくれる。

「さてさて、今ボクたちはどれぐらいポイントが溜まっているのかなーっと」

 暗くなりかけた雰囲気を払しょくするようにシエルがそう言いながら懐から銀色のカードを取り出した。

 その銀色のカードは俺たち全員が今回の演習のために持たされたものだ。

 パーティーで倒した魔物の種類と数が表示されるもので、これの結果と付添人の評価によって成績が決まるのだ。

 今のところ、オーガが四体、サンダースネークが三体、ヒトジゴクが一体、それにスピアウッドが三本だ。

 初心者の集まりにしてはかなり優秀な方で、ソーニャさんは、

「もう騎士の中でも十分に成果を残せるレベルじゃないですか……」

 と複雑そうな表情で呟いていた。

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