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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
23/58

 その後に関しては湿っぽい話題はほとんどなく、和気あいあいと掃除を終えた。授業妨害の罰なのに、なんとも言えない結果となった。

 悪い意味では、時間が失われたこと、制服が汚れたこと、不快な現場を見せられたこと。

 良い意味では、ルナと交流を持てたこと、そして実情の一端を知ったこと。

 ルナと交流を持てたのもいじめが原因であるため、心中複雑ではあるが……とりあえず、喜ばしいことであるのは確かだ。暗い実情の一端をこの目で見てしまったことについては、良かった部分とは断定できない。正直、目を逸らしてていたいことではあるのだが……やはり、ああいったものはなるべく減らすに限るよな。

 実際に俺が減らせるかどうかは分からないが、クリスタならば減らせるだろう。

「それじゃあまた明日な」

「ええ、それではごきげんよう」

「うん、また明日ー!」

 二人は女子寮へ、俺は借りている庭師小屋……へと向かわず、そのまま学校の敷地を出て、綾子さんの屋敷へと向かう。

 数分間歩いて、学校と比べてちょっと劣る程度の屋敷の中へと顔パスで入っていく。もはや門番とも顔見知りだ。

「あや、来ましたね」

 屋敷の一階のある部屋に向かうと、そこにはメイド服を来た二十歳ぐらいの女性と、白衣を着た人が数人いた。

「えーと、今日は何をすればいいんですか?」

 俺はメイド服の女性にそう問いかける。

 ここは綾子さんが普段研究している施設の一角である実験室だ。

 綾子さん本人は忙しいから今日はいないものの、俺はこうして週に一度ぐらいの感覚でここに通っている。

 それは何故かと言うと……学園に通わせてもらい、生活援助までして貰える代償だ。代償と言うと綾子さんは、

「人聞きが悪いな。お礼と言え」

 とか言ってきそうだが、まぁそれは気にしないでおこう。

 さて、俺なんかが国の最先端ともいえるここの研究所にどうやって貢献しているのか。

 簡単に言うと……まぁ、実験体モルモットである。

「ちょっと、モルモットだなんて人聞き悪いですよー。せめて観察体と言って下さいですー」

 どうやら心の声が漏れていたみたいで、メイド服の女性が注意してくる。どっちも変わらないだろ……。

 俺は、平民(という扱い)で、男なのに魔法が使える。しかもその使える魔法が今まで存在しないとされてきた『無属性魔法』なのだ。元々綾子さんは、俺が男で魔法が使えると言う事で研究対象にしたかったようだが、無属性魔法が使えると判明したところで研究意欲の火にガソリンを注ぐ羽目になった。

 実験とは言っても、特に危険な事をするわけではない。

 研究員が指示してきたことを魔法で再現するだけの簡単なお仕事だ。

 無属性魔法は、今までのデータがないため、『何が出来て何が出来ないか』がよく分かっていないのだ。

 だから、研究員たちが思いつく限りのことを俺がやり、そのデータを採る、という実験が行われている。

「あーい、それじゃあ早速始めますですよー。ヨウスケ様は早く準備して下さいですー」

 みょうちきりんな喋り方のメイド服の女性だが……名前はセナと言って、こんなんでもこの研究所の副長、つまり綾子さんの次に偉い人だ。綾子さんの助手でもあり、何を隠そう長期休暇の間、俺はこの人に色々な事を教わったのだ。

「はいはい」

 俺は鞄を壁際に置き、ガラス越しに見える隣の部屋へと入っていく。

 その部屋は極端な長方形の形をしていて、端には的が置いてある。攻撃魔法の場合はこの的に打ち込むのだ。

「あい、じゃあ今日の第一弾目は……『雷』ですー。早速やっちゃってくださいですー」

 セナさんの指示に従い早速その『雷』をイメージする。ちなみにこの指示、くじ引きで決めてやがる。最初は研究員たちが頭をひねり、工夫されていたのだが……マンネリ化されてきた結果、綾子さんがそうするように提案したのだ。

 それにしても、魔法で雷か……世界で一位二位を争うほど有名なネズミとか、第三位とかのイメージだろうか。

 魔力を……『電気』の性質に変換すればいいか。

 それをこう……体の周りでバチバチと……

「お、いいね」

 イメージ通り、視界の端々でパチッ、パチッ、と電気が瞬くのが見えるようになった。

「あーい、いい感じだからそのまま的に撃っちゃって下さいですー」

 セナさんがそう言うので、俺はそれを弾の形にイメージして……出来た。

 それを弾の形にして、的へと撃ちこんだ。

「雷は成功ですねー」

 セナさんは平坦な口調でそう言って、手元の記録用紙に何かを書きこんだ。

 雷と言えば風属性か光属性のイメージがあるが、この世界では人間によって実践されていない。いくつかの魔物は電気を使うが、それの仕組みも全く解明されていない。つまり、今まで魔法で再現できなかったことが今できたわけだが……研究員たちの反応は薄い。

 最初の内は一喜一憂してどんちゃん騒ぎだったのだが、最近は新しいことが出来ても慣れてきてしまって、少し喜色を見せる程度になった。

「お次は……威圧感ですー」

 威圧感ねぇ……。

 魔力を多く持っているなど、強者を相手にする場合は、威圧感を感じる場合がある。俺も、アリア先生クリスタ、飛竜と、強者を相手にしてきたので分かる。

 今回はその威圧感を、魔法によって『意図的』に見せろ、と言うのだ。

 性質は……ああ、普通に『威圧感』だな。

 さてと、それに変換して……放出するだけでいいのかな?

「あいあい、いいよー怖いよー。じゃあそのままもっともっと、止めるまで魔力を放出しちゃって下さいですー」

 セナさんがそう言うので、俺は遠慮なく魔力を放出する。

 この段階で、研究員の中でも新入りの方の人の顔が青くなってきた。

 ここの研究員はたとえ新入りであろうと高い実績と実力を持つ。ある程度の強者との戦闘は潜り抜けているため、生半可な威圧感には屈しないのだろうが……生憎、魔力量だけは自信があるもので。

「あーい、終了ー。怖かった怖かった」

 終了の合図の後、棒読みで感想を言われた。ウザい。

 セナさんは綾子さんの助手を務めるだけあって、人間を卒業しているらしい。曰く、本気を出せば綾子さん相手に十分は粘れるとか。……基準の綾子さんが規格外だから凄さが今一つ伝わらないな。

 この後もくじ引きによっていくつか実験され、夕食の時間になったので解放された。

 

                 ■


 ちゃぷん、と広めの風呂場の中に、水音が反響する。

 それとともに、小さいながらも嬉しそうな笑い声も。

「クリスタに、ヨウスケか」

 薄い紫色のお湯が張られている浴槽に浸かっているのは、身長が低めの、赤い髪の少女。普段はポニーテールに纏められているその燃えるような赤髪は、今はすらりと下ろされている。後ろ髪から覗くうなじは浴槽に浸かっているせいかほんのり赤く染まっている。肩まで浸からず、胸元までにしているため、わずかな胸元のふくらみの上の方だけが湯から覗いていた。

 少女の名前はルナ。現在、ヨウスケたちと別れた後、自分の部屋に備え付けられている個人用の風呂に入っているのだ。

 マギア学園の女子寮には、様々な効能がある温泉や、乙女たちの心をくすぐる器具、さらには数多の種類のタオルやシャンプー、石鹸が備え付けられている大浴場がある。

 大体の生徒たちはそこを利用するが、それでも個人の部屋にはこうして一人用の風呂もあるのだ。

 ルナの場合、そんな人が集まるところに行ったら何をされるか分かったものではないため、こうして個人用の風呂場を使っている。

「二人とも、強かったなぁ……」

 今日、改めて交流を持った二人の有名人。

 座学、実技ともにトップで、なおかつ公爵家長女のクリスタ。

 男にして魔法使いで、しかも無属性魔法を使うヨウスケ。

 そんな二人の、約一ヶ月前に見た姿を思い出していた。

 魔法闘技大会で二人の戦いを見たルナは、とても心が躍った。

 魔法の技術はさることながら、魔力や使い方、それにお互いに勝とうとする意志の強さ……周りは圧倒的にクリスタを応援する生徒の方が多かったが、ルナはどちらも心の中で応援していた。どちらが勝っても喜び、残念に思ってしまうような……そんな素晴らしい試合だと感じたのだ。

「まさか、ルナがあんな二人と仲良くなっちゃうなんて……」

 同じクラスであったにも関わらず、生まれのせいでどこか遠慮……もっと言えば、敬遠していた。

 周りのほとんどは子爵以上の立派な生まれで、もはや平民にまでなっている自分はものすごく肩身が狭かった。

 ルナは決して社交的でないわけではない。真っ直ぐで明るく、気軽に話せる性格は、むしろ社交的と言っていいほどだ。

 趣味――ヨウスケで言うところの中二病――に関しては難しいところではあるが、それも彼女の性格を知れば大きなマイナスとは捉えられない。むしろ、人によっては微笑ましいとすら思うだろう。

 とはいえ、ルナ自身も自覚していることではあるが、普段のルナの行動は人が近寄りがたいものであることも確かだ。

 けれども、その行動も生まれが原因と言えば原因だ。周りに話しかけるのを遠慮しているため、結果自分の世界に閉じこもってしまうのだ。それこそ、普段気軽に話せる友人の一人や二人がいればこんなことにはならないだろう。日本の感覚で言えば、休み時間にやることがないから寝る、または寝たふりをしてしまうようなものだろう。

「明日からは……もうちょっと、周りと話してみようかな」

 元は社交的であり話し好きでもあるルナは、そろそろ人恋しくなっていた。

 少しでも家族にいい思いをさせるため、登竜門と言われているこの学校に入学した。卒業したら、ここでの経験を活かして冒険者になり、活躍して家族に楽をさせるのだ。

 冷たい世間の視線に耐え、一生懸命育ててくれた両親。そして、何よりも辛い思いをしてきた祖母。

 そんな人たちのために、ここに入学してきたのだ。辛いと思う事はあれど、辞めたいと思ったことは一度も無い。

 とはいえやはり、嫌われ、疎まれ、いじめられ続けてきたのにはそろそろ堪えていた。

 そんな中に現れた二人。

 ヨウスケやクリスタと一緒に掃除をし、他愛もない雑談を交わしているのは、とても楽しかったのだ。ルナは、久しぶりに人と話すことが楽しいと感じていた。

 今までは向こうからも忌避され、こちらからも遠慮して話しかけなかったが……

「他の人たちと話してみても、楽しいかもしれないね。まぁ……とりあえずは、クリスタとヨウスケと話してみようかな」

 と思い、実際に口に出す。

 そして、今日の会話を思い出して、ふふふっ、と小さく笑った。

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