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本日は2回投稿します
「全く、そもそもあの愚かなる小娘らは考え方が根底から歪んでおる」
地下実験室の掃除を開始して早々、またもや演技がかった声を低くする喋り方で、ルナはそんなことを言い出した。
「生まれがその人物の貴賤を決めるなど片腹痛いわ。なるほど、確かにいい家に生まれたのならばそれだけ良き教育を受けてくる確率は高くなるだろうが、あんな歪んだ性格が生まれるようでは爵位による貴賤など些末な問題よ」
話を聞く限り、ルナは大分前からいじめられていたようだ。
そして、話しているうちに思い出したのだが……あの魔法闘技大会で、Aブロックの決勝でシエルと戦ったのがルナだった。大規模な黒い炎を使ったド派手な戦い方で、さすがのシエルも苦戦していたのを覚えている。
それと、あの青髪ロングは二回戦ぐらいでルナに負けていた。
さて、ルナについて一つ、もはや確信めいて分かったことがある。
黒い指貫グローブ、演技がかった喋り方……そして、
「くっ! 出たな! 闇を駆ける黒き疾風め! 我が黒焔の餌食にしてやるわ!」
この、記憶の奥底に封印したはずの部分に鈍痛が走るようなネーミングセンス。たかだかゴキブリに何を大層な。
「食らえ! 我が崇高なる魔法を!」
ルナは大仰な仕草と台詞で壁際を走るゴキブリを指さすと、魔力を指先に集中させ、ライターぐらいの黒い火の球を作り出す。
「闇の焔に抱かれ「アァウトオオオオオ!!!」えろ!」
ルナは実に危ないセリフを叫びながら、その火の玉をゴキブリに命中させて絶命させた。
「ふぅ、危なかった……」
そのセリフは言っちゃあいかんよ。つうかこいつ、まさか地球人じゃないよな? まさかな?
「何が危なかったのかは全く持って理解できませんが……」
傍から見ればおかしい俺の挙動を、クリスタがひきつった笑みを浮かべて見ていた。
うん、正しいことだとしても、時には変にみられることってあるよな。仕方ない仕方ない。
さて、では改めてルナについて。
衣装センス、演技がかった台詞、むず痒くなるようなムダにオシャレなネーミングセンス。
そう、このルナ・ムーネストと言う少女は俗にいう『中二病』なのだ!
いやぁ、あの姿見ていると二年前の自分を思い出してちょっと死にたくなるね。幸いにもそこまで重症ではなく、オープンにこそしなかったが、当時考えた超能力武器『狂信者の鉄槌』とか、それよりもさらにぶっ飛んだアイディアをノートにたくさん書いていた記憶がある。
ああ……そういえばあのノート、処分できなかったな。もう向こうに戻ることも(出来)無いからまだマシだが、それでもあれが誰かに見られると思うと……うすら寒くなってくるな。
この世界はそう言った中二病的なネーミングセンスは割と一般的だったりする。
例えば、クリスタの『水と光の幻想舞曲』だって、あれが周りにオリジンと認められてからクリスタ自身がつけた名前だ。
とはいえそれにもやはり限度はある。
日ごろの言動を大げさに変えてみたり、そっち系のオシャレをしてみたりすると……大分周りから浮く。
クリスタですら若干引いているから、それがどれほどのものか分かるだろう。
そんな日ごろの言動と、あの雑ながらもかなりの強さ、そしてあの青髪はそれに真正面から負けているわけだから……まぁ、このあたりがいじめの原因だろうな。
なんとなくあのお嬢様はプライドが高そうだしなぁ。会ったばかりのクリスタでもあそこまで酷くはなかった気がするな。
話しているうちにいじめの理由をポロッ、と漏らさないかなー、とかあの青髪と話しているときに考えていたが、終始嫌味と侮蔑ばかり言っていて、それは聞けなかった。意外と頭はいいようだ。はたまた本当に嫌味な性格で、別にいじめの理由を隠すつもりはない、とかかな。
……うん? そういえばさっきルナが気になる発言をしていたな。
『生まれがその人物の貴賤を決めるなど片腹痛いわ。なるほど、確かにいい家に生まれたのならばそれだけ良き教育を受けてくる確率は高くなるだろうが、あんな歪んだ性格が生まれるようでは爵位による貴賤など些末な問題よ』
色々な突っ込みは放棄して、言葉の意味だけを拾っていくと、この言葉は『生まれによる差別に対する文句』だ。なるほど、確かにあの青髪は爵位主義だったから不自然ではないのだけれど……話の流れ的に、この文句は『いじめの理由に対する文句』になるだろう。
となると、闘技大会や中二病言動については付随する理由であって、根幹の理由は……ルナの生まれに何かしらの事情がある、と言ったところだろうか。
「もう、せっかくかっこいいセリフだったのに……」
『闇の炎に(以下略)』というセリフを俺が途中で遮ったことに対する不満を、素の口調に戻して言った。
「頼むから、もうちょっと台詞を変えてくれ。なんというかそれだと……今一つしっくりこない」
嘘だ。むしろしっくり来過ぎるのが原因なんだけどな。そりゃあなんてったて、聞いたことある台詞だし。
「んー? まぁいいよ。考えとく」
ルナは俺の様子を不思議そうに見て首をかしげると、俺のお願いを了承した後に、掃除を再開した。
その口元からは呟くような声で「暗黒の焔……煉獄……灼熱……」と明らかに決め台詞を考えている呟きが聞こえてきた。
それを見て俺は思わずひきつった笑いを浮かべると、ルナにならって掃除を再開する。
そういえば、ルナは教室の隅で誰とも話さず、一人で教科書を読んでブツブツと呟いてばかりいるやつだったな。だから、クラスメイトなのにお互いに少し顔を知っている程度の仲だったわけだ。今から考えるとあの呟きは何か台詞を考えていて、教科書は勉強しているふりして良さげなワードを漁っていただけだろう。
うーん、しかしこの部屋汚いな。何日掃除してないんだろう。机の上を薄くとはいえ埃が覆っているなんて相当だぞ。
「あ、そういえばさっき、ルナがいじめられている理由聞いてきたよね?」
しばらく無言で掃除していると、ルナがクリスタに話しかける気配があった。
「ええ、そうですわね。差支えなかったらお聞かせ願っても?」
自分のいじめに関することなのに、かなりあっけらかんとしているルナの声色を聞いて、クリスタも遠慮なく聞くことにしたようだ。言葉の上では社交辞令がてらに遠慮がちに聞いているが。
「まぁ、何となく想像つくかもしれないけど、あいつらは『爵位主義』の一派でなんだよね」
ルナはそんな前置きをして、話し始めた。
「あの青髪ロングなんかはゴルドック侯爵家三女のユーリ・ゴルドックなんだよね。腰ぎんちゃくの方も伯爵家か子爵家かな。いじめられ始めたのはあの闘技大会の後で、どうやら僕にやられたのが腹に据えかねたみたいでね」
ほう、やっぱりそうか。
「でも、元々目をつけられてはいたんだよね。ルナって、魔法を使えるから一応貴族の血は流れてるんだけど……男爵家の妾の子の、そのまた子供なんだ。つまり、おばあちゃんが男爵家の妾、それも平民で、おじいちゃんが男爵家……それもかなり辺境で、ギリギリ貴族の位にぶら下がっているレベルなんだ。もはや僕は貴族ではなくて、貴族の血が流れているだけなんだよね」
この説明を聞いて、クリスタから焦りのオーラが出てくるのがわかった。思いのほか複雑な家庭事情にクリスタも困惑しているのだろう。
かくいう俺も同じような感じだが。
「幸い、ルナは魔法に関しては結構適性があったから、頑張ってここを受験したんだよね。家は多少裕福だったけど、さすがにここに通えるほどのお金はなかったから、奨学金で賄っているけどね」
なるほどな……これは相当珍しい例だな。
この学園に通っているうち、一番多いのは子爵家から伯爵家辺りだ。
一般的に、魔法の才能や適性は、貴族の血が流れている女性しか魔法が使えないことから分かる通り、遺伝によるところが大きい。
また、貴族制度の由来として、大体の場合が『魔法が強いほど高い』ことになる。本当は国に対する貢献度、およびそれの期待度で決められるわけだが、魔法はこの世界の人間に置いて絶対的な力だ。酔って貴族の格は、魔法の力によって決まる。
だから、原則的に爵位が高いほど魔法は強い。
この学園は魔法のエリート学校だ。受験の際も大変狭き門であり、多くのお嬢様たちが涙を呑む。
そんなところに通っている以上、全員がそれなり以上の力を持っているわけで。
そうなると、母数として一番多いとはいえ男爵家は大分受験に失敗する。となると、母数が時点で多い子爵家か、母数も実力も平均的な伯爵家が一番多くなるわけだ。
ちなみに公爵家と侯爵家は一気に少なくなるため、受験した人はほぼ合格するものの、数としては少ない。
そんな学園とはいえ、例外が存在するのも確かだ。
遺伝と言うのは意外と不安定なもので、突然その子供だけ魔法が強く、一気に成り上がる、という夢物語みたいな話も実在するのだ。
ルナの場合、男爵家の妾、しかも平民の孫……つまり貴族の血なんかほとんど流れていないし、流れていたとしてもそれは男爵家のもの……という、魔法を使えるかどうかすら怪しいものだ。
それなのに、シエルと互角に戦えるほどの力があるのだから……ある意味で運が良かったと言える。
詳しいことは分からないが、隔世遺伝とかその類だろうとは思う。俗っぽい言い方をすれば超隔世遺伝と言ったところかな。
「そう……ですのね……」
クリスタが感動したような……もっと詳しく言うならば、『同情』や『共感』の類だった。
立場こそ真逆の二人ではあるが……積み重ねてきた『努力』の多さはどちらもかなりのものだろう。
クリスタについては知っている。
そしてもう一方であるルナだが……生まれが不利であるにもかかわらず、このエリート学園で奨学金が貰えるほどの成績を残しているのだ。それには、才能だけでは届かない『努力』が必要となる。
どちらも、努力を積み重ねて成功している人間だ。
境遇こそ違えど、努力を積み重ねてきた。
そんなルナに……クリスタは共感したのかもしれないな。




