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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
渾沌に逆巻く黒き焔
21/58

「全くやれやれ……どうしてそうもお前は暴力的なのかねぇ?」

 放課後。先生に言いつけられた通り、クリスタと一緒に地下実験室へと向かう。

 地下実験室は特別な実験を行う場所だ。普段は使われないが、先生たちが秘密の研究をする際に使用する。とはいえ、ミーシャ先生の場合は人通りが少ないと言う事でテスト製作に使っているらしいが。

「あの時ばかりは申し訳ございませんわ。……何故だか、ヨウスケの答えが無性に癪に障りましたので」

 後になってから冷静になったクリスタは俺に謝罪をしてきた。

 全く、俺は意中の相手がいない、という回答に対してどこに怒る要素があったのやら。

 クリスタは、どうにも俺とシエルが絡んでいるとよく怒るんだよな。

「というか、そろそろユニコーンの蹄製の踵で踏むのはやめてくれないか? あれ、マジで痛いんだぞ」

「はい、分かりましたわ……」

 もののついでに文句を言ってみると、クリスタはしおらしく了承した。

 目は伏せられていて、シュンとしている。

 め、珍しいな。普段だったらここから軽口の掛け合いが始まるところだが、今日はしおらしい。

「ど、どこか体調でも悪いのか?」

 思わず心配になって問いかけてみる。

 もしかしたら明日は雪でも降るのではないだろうか。

「今ヨウスケが考えていることが手に取るように分かりますわよ。……まぁ、普段の行動がそうですし、このあたりで自覚して、反省しますわ。……しかし、何で貴方の事となるとカッとなってしまうのでしょうか……」

 クリスタの返答に少し元気が戻ってきたが、また考え込んでしまった。

 いかんいかん。こんなの俺とクリスタの関係じゃない。しおらしいクリスタはそれはそれで可愛いが、やっぱりいつものクリスタの方が輝いて見える。

 そもそもこのシチュエーションがいけない。薄暗い地下道を歩いているせいで湿っぽくなってしまう。

 だがしかし、それを明るくするほどの会話スキルが備わっているわけでもなく……結局、無言のまましばらく歩くことになる。

「ん? あの看板は何だ?」

 すると、丁字路になっている正面に、簡素な看板が立っているのが見えた。

「ああ、それはアヤコ様が設立当初に遊び心で設えたものですわ。本人から絶対にはずしてはいけない、と明言されているから誰も弄りませんが、どうにも書いてあることが意味不明なのですわ。学園内に飛び交っている噂だと、アヤコ様がもっている秘術の暗号だとか言われていますが、実際はどうなのでしょうかね。あ、それと目的地はそこを右ですわよ」

 クリスタはその看板についてそう解説してくれた。

 その看板は一本足で、木の板を釘で打ちつけて、ペンキで白くぬったものだった。

 そこには赤い文字でこう書かれていた。


 『←ブラジル 出口→』


「ブラジル?」

 俺はそれを読みとると、即座に左へと進んでいった。

「だから右だと言いましたわよね!?」

 クリスタはそんな俺の襟首をつかんで引っ張り、引き戻す。

「いや、失礼……どうにもあの看板を見たらそうしなければいけないような気がして」

 あの髭面メガネの人だってそうだった。ここでボケてベストを尽くさなければ、綾子さんやあの人に『何故ベストを尽くさないのか』とか言われかねない。

「たまに貴方は訳が分からないことを言いますわね……。ほら、行きますわよ」

 俺の襟首を離し、呆れ声でそう言ってスタスタと先を進んでいく。

 良かった。なんだかんだでいつもの調子に戻った。ナイス綾子さん、貴方のボケのおかげで助かりました。……まさかこの展開を予見しておいたわけではあるまい。うん、さすがに綾子さんでもそこまでは出来ないよねははははは……。


                 ■


「――よ! この――!」

「げせ――!」

「――しい血のれ――!」

 しばらく地下道を進んでいると、進行方向から何やらヒステリックな甲高い、罵声のような声が複数聞こえてきた。他にもバシャッ、とかガスッ、とか聞いていて決して心地よくない音も。

「……情けない」

 隣を歩いていたクリスタが、怒りをにじませた低い声で呟くと、そのまま前へと走り出した。

「これはあれか? 噂に聞く集団いじめってやつか?」

 俺もそれに追従し、並んで走りながら問いかける。

 ドラマとかで、こんな音を聞いたことがある気がする。バシャッ、というのは水をかけられた音で、ガスッ、というのは暴行を加えた音だ。

「ええ、そうですわ。地下道は人通りがいつも少なく、薄暗いからこうしてコソコソと人を虐げるのに絶好の舞台なのですわ。……反吐が出るほど不快ですわね」

 クリスタは最後にそう付け加えると、怒りに顔を歪ませて足を止めた。

 もうすでに、そのいじめの現場ははっきり見えている。

 壁際で蹲っている身長が低めの赤い髪をポニーテールにまとめた少女に、四人の少女が暴行を加えている。ポニーテールの少女はずぶぬれで、制服の一部は焼け焦げていた。全員リボンの色は緑だったため、俺たちと同級生だ。

「そこの貴方達! すぐにその下劣な行いを止めなさい!」

 クリスタは声にあらん限りの怒りを込めて叫ぶ。

 その声に驚いたように四人の少女がこちらを振り向く。そしてクリスタの姿をみとめると、顔に不快感をあらわにした。

「あら? 公爵家のクリスタ様じゃありませんこと? 平民の男を連れてこんなところで逢引とは、随分落ちぶれましたね?」

 声に嫌味と不機嫌さ、そして皮肉をたっぷり混ぜて、青髪ロングの少女がクリスタにそう言った。

「なっ!? べ、別に逢引などでは!」

 クリスタはその皮肉に思い切り乗ってしまった。

 クリスタ……お前さぁ、さっきまでかっこよかったのに……この程度の嫌味、スルーしろよ。

「……俺たちがここに来た目的は関係ない。で、念のため聞いておくがその蹲っている子に暴行を加えたのはお前ら四人か?」

 役に立たないクリスタの代わりに俺が話しかける。俺も、自然と声に敵意が混ざっている。

「平民の男が高貴なるこの私にそんな生意気な口をきくの? 教育がなってないサルはその程度も理解できなくて?」

 こんな言葉、どっかで聞いたことあるような……あ、初対面の時のクリスタか。あれにはイラッとさせられたものだが、今回は言葉の中に含まれる意志が侮蔑百パーセントだったため、余計にムカついた。

「一応言っておくけど、この学園は権力で格付けはされないはずだぞ」

 まぁ、言っても無駄だろうな。

 こいつらは……『爵位主義』の派閥だ。

 恐らくその派閥のボスであろう青髪はそれなりに高い爵位の生まれだろう。そして取り巻きである後ろの三人はガチガチの爵位主義か権力に取り入ろうとしている奴だな。

「そんなの、あの下品で野蛮な考え方をした、平民風情の女が掲げた馬鹿らしい考えよ。そんなのにいちいち従ってられないわ」

 ならなんでこの学校に通ってんだよ、と突っ込みたくなったが関係ないので我慢した。どうせこの学校に通っていたのを将来のステータスにするつもりなのだろう。

「綺麗事女と薄汚い平民男のせいで興が削がれたわ。あんたたち、行きましょ」

「「「はい、分かりました」」」

 青髪は取り巻きの三人にそう言うと、そいつらをつれて俺たちが来た方向へと歩いて行った。

 いろいろ問い詰めてこのポニーテールの子に土下座の一つでもさせたいところだったが、とりあえずいつまでもずぶ濡れでは風邪をひいてしまうため、先にこの子を見ることにした。

「ちょっとそこの貴方、大丈夫ですの?」

 クリスタはそう言いながら、巧みな操作力で、衣服と髪についた水分だけを蒸発させていく。

 水を蒸発させるのは簡単だが、蒸発させる水分を『選ぶ』のは難しい。生半可な実力で今のと同じことをするとミイラが出来上がる。

「全く酷い奴らだ」

 俺はそう言いながらブレザーの上着を脱ぎ、その子に着せる。

 水は蒸発させたからこれ以上は冷えないものの、一気に蒸発させた分は体温が奪われているため、温めるのが重要だ。

「……ありがとう」

 ポニーテールの少女は荒れていた呼吸を整えると、そう小さく呟いた。

「ん、ああ、どういたしまして」

「どういたしまして。それで、どうしてこんな目に?」

 クリスタの問いかけに、俺の心臓は跳ね上がった。

 おいおいおいおい! この状況で直球の問いかけはまずいだろう!? ここは一旦時間をおいてある程度感情が落ち着いてから聞くものであって、そうじゃないとフラッシュバック的な精神面での危険が。

「あの愚者どめ……我が黒炎の素晴らしさを見た目だけだと嘲るなど……実に不愉快だ。そもそも、たかだか生まれごときで人を蔑むような考えが下劣の極みである。至極不愉快だ」

 ……とか気を遣ったのは無駄だったかもしれない。あれだけのいじめを受けて、その直後でなんの臆面もなくこんなことを言えるなんて、相当神経が図太いな。いや、これは単に強がっているだけかもしれないな。

 ポニーテールの少女は伏せていた顔を上げた。その顔はとても可愛らしく、強い意志が宿った明るい茶色の瞳も相まって、気立ての良さそうな印象を受ける。両手には真っ黒な指貫グローブをはめている。

 そして、その印象を受けて思ったことを一つ……喋り方浮いてませんかねぇ?

 しかもさっきの台詞、明らかに演技っぽかった。その一方でその演技に『慣れている』感じすらするわけで……。

 心の奥底を刺激する鈍痛を我慢しながら、すがる気持ちでクリスタの方を見る。

 すると、クリスタも俺と同じようなことを考えていたようで、顔の筋肉をヒクつかせていた。

「助けてもらったことに礼を言おう。我が名はルナ・ムーネストだ。数奇な運命が交錯するとき、またどこかで邂逅するだろう……ってあれ? クリスタとヨウスケ?」

 低めに作っていた声が、俺たちの顔を見た瞬間に素に戻った。

 そして、俺たちも話し方のインパクトや状況のせいで気づいていなかったことを思い出した。

「あら、どなたかと思えばクラスメイトでしたのね」

「そうだな。薄暗かったのと、状況が状況だから気づかなかった」

 俺とクリスタはそんな言葉を口にする。

「もしかして生物の授業の罰則のためにここまで来たの? だったら助けてくれたお礼に手伝うよ!」

 さっきまでの状況を忘れたかのようにあっけらかんと話すルナ。

「そうか……それならお言葉に甘えて手伝って貰うか」

「そうですわね。今までお話もあまりしたことがありませんし、友好を深めましょう」

 俺たちも特に依存はなかったため、手伝って貰うことにした。


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