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血相を変えてフィールドに駆けつけてきた先生たちが最初に浮かべた表情は、驚きだった。
先生が一人と生徒が二人。命に別状もなく、自立して歩けて意識もある状態である中、二つの飛竜の死体がある光景は、そんな表情を浮かべるほどには異様だっただろう。
散々問いただされたが……先生たちが駆けつけてくる前に、クリスタ発案で、全員で口裏を合わせて、どちらもマリア先生が倒したことにした。俺とクリスタは援護要因としてマリア先生を支えた、ということになっている。
こんな風にした理由だが……学生が飛竜を倒したとなると、さすがに悪目立ちをし過ぎてしまい、学園生活に支障が出てしまうからだった。
名誉を横取りする形で申し訳ない、とマリア先生が泣きそうな顔で謝ってきたが、むしろこちらが迷惑をかけた形になっているため、謝罪合戦になってしまった。
また、クリスタの発案は明らかに俺を気遣ったものだった。クリスタからすれば、マリア先生に自分の努力の結果を渡すことになるのだから、むしろ心情的には決してよくないはずだ。
「まぁ多少の不満はございますが、私は貴方の世話係ですわよ? 世話する相手が平穏に過ごせるようにするのも仕事ですわ」
とあっけらかんと断言した。
これに関しても後でお礼をしなきゃな。今度の休日に街で何か見繕ってプレゼントでもしようかな。
結局のところ、今回の闘技大会は中止となった。また、飛竜の死体は原因を調べるために国にすべて回収され、代わりに大量の金が転がり込んできた。
表向きでは大英雄であるマリア先生にほとんど報酬が入ったが、そのあまりをクリスタとに分割したにも関わらず、一ヶ月は困らない金額だったのだ。
改めて、この世界の竜種の重要性が伺える出来事だった。ほか、竜種が縄張りとしていて、飛竜自体も生息している『竜の領域』の管理は国の管轄であるため、その謝罪も含まれているのだろう。
「ところであれからごたごたして聞きそびれてはいましたが、質問してもよろしくて?」
色々あった闘技大会の翌日。休日にも関わらず、制服を着て廊下を二人で並んで歩いている中、クリスタがそんな問いかけをしてきた。
「ああ、問題ないぞ。とはいっても答えられる範囲で、だけどな」
口ではそう言うものの、本当は分からないこと以外はほぼ全部答えるつもりだった。クリスタに世話をかけた負い目もあるしな。
「ではまず……私の『水と光の幻想舞曲』を破った方法は何ですの?」
クリスタは笑顔でそう問いかけてきつつも、目は鋭かった。
中々しぶとい性格だな。好奇心もそうだろうが、この目からは、次こそは対策を立てて勝つ、みたいな意気が見て取れる。
「あー、あれは完全な力技だな。魔力の性質を『吹き飛ばす』に変えて全方位一気に放出したんだよ。空中の水に反射させているなら、その水を吹き飛ばせばいいと考えたんだよ。……あの水を吹き飛ばすのには相当な魔力が必要だから、それを溜め終わるまでに攻めきられたら負けてたな」
クリスタの空中に水を浮かべる魔法だが、あれは軽く吹き飛ばせそうに見えて中々そうはいかないものだった。
だからしばらく逃げに徹して魔力の『溜め』が必要だったのだ。また、その逃げているときも苛烈な攻撃に晒されていたため、どうしても魔法を使った回避をせざるを得ず、その『溜め』に時間がかかった。
正しく、『必殺技の説明をしたら負けフラグ』というのをクリスタが実践した形になったな。怒られると怖いから指摘はしないけど。
「では、私を襲ってきた飛竜にとどめを刺したのは?」
クリスタはさらに質問を重ねてくる。
「あれも力技だな。自分で言うのも何だが、魔力量には自信があってな。その魔力量にものを言わせて、大量に魔力を使った『槍』を作り出したんだよ。魔力でつくるものは、魔力を込めるほど強力になるだろ? だから、一気に出せるありったけの魔力を実体化させて槍の形に、さらにその先の部分には『鋭くなる』という性質も付け加えたんだ。口を開いていたから、弱点になる体内を大きな的で狙えたのも大きかったな。多分普通に刺してたら大きなダメージは与えられても、致命傷には出来なかっただろうと思うと、今でも肝が冷えるな」
まさしく力技。あの一瞬で出せる限りの大量の魔力をフル活用しての攻撃だ。結果的に、大きく開かれた口を通して、鱗で覆われていない体内を貫き、瞬殺することが出来た。刺さり方は……魚を一匹ずつ串焼きにするときのあれに似ているだろうか。
「では最後に……私の傷を治した方法ですわね」
クリスタは、何故かこの質問だけ顔を赤くしながら聞いてきた。それと、目からはもうすでに答えが分かっているけど確認のため、という意思が見て取れた。
「あれは普通に魔力の性質を『自然治癒力の加速』にしただけだな。これでも欠点はあってな、無属性魔法は何故か基本的に魔力を多く使うのが多いんだけど、この『自然治癒力の加速』の場合は魔力の消費量が半端ないんだよ。口を少し切った程度ならちょろっと直せるが、転んですりむいた、という傷のレベルになると治療を躊躇うレベルの魔力は消費するな」
俗にいう回復魔法だ。
創作の世界だと回復魔法は光属性か水属性に多かった気がする。他にもこの世界にはない聖属性とかがある世界観ならそれが回復魔法を含んでいることもあったな。
だが、この世界は聖属性はないし、水属性も光属性も傷を短い時間で塞ぐ効果はない。
とはいえ、怪我の後遺症を予防したりは出来る。
水属性ならばきれいな水で傷口を洗えるし、光属性ならば傷口から入り込んだり、その周辺にある毒や菌を消滅させることもできる。清潔ならば、それだけ傷の治りは早い、とどこかで聞いたことがあるような気もするし、実際にこれらの魔法は医療現場や戦場などで重用する。
俺が使っている回復魔法は、単に『自然治癒力の加速』だけであり、決して殺菌はしていない。自然治癒力が加速している以上、殺菌する力もかなり高くなっているとは思うが、それでも水や光属性魔法による清潔さがないと後遺症に不安が残るのは確かだ。
……話が外れたが、要はこの世界に回復魔法は今までは無く、無属性が初めて、ということだ。
「そうですの……となると、有用な魔法に見えてその実、意外と使い勝手悪くて多用は難しい、というわけですわね」
クリスタは残念そうにそう言った。多分、怪我で苦しんでいる人を治療出来たら、と考えていたのだろう。
仲違いしていた数日間の内に、魔法研究の授業でクリスタが熱心に研究している分野がわかった。
直接話はしていないが……ちらりと見た時に、やけにアンダーラインが引かれていたり、メモ書きがされているページがいくつかあった。
本人には内緒だが……こっそりと見たところ、そこは水属性と光属性に関するところだった。
これに関してはクリスタの適正上、何の不思議もないのだが、そのアンダーラインが引かれている部分は……魔法を使った怪我や病気の治療法についてだった。
多分、責任感が強くて、将来人の上に立つ覚悟を持っているクリスタは、戦争による怪我や病気の治療法を熱心に勉強しているのだろう。また、今でもそういった怪我や病気に苦しんでいる人たちを見て、助けたいと考えたのかもしれない。
そうなると、俺の治療魔法は一種の希望だったわけだが……事実は非常に残念なものだった、と。
これで俺が責任を感じる必要はないし、むしろ感じることは傲慢かもしれないけど……やはり、何というか申し訳ないな。
そんな会話を交わしているうちに、ついに目的地へとついた。
扉の上には『職員室』と書かれた看板が飾られている。
「失礼します。二年B組のクリスタとヨウスケですわ。マリア先生はいらっしゃいますか?」
クリスタがその扉をノックし、開けると同時にはきはきとした声で職員室中に問いかける。
「はいはーい、ちょっと待っててね~」
すると、職員室の一角から大分聞きなれた、間延びした女性の声が聞こえてきた。
「用件はなぁに?」
職員室から出た後に扉を閉め、用件を聞いてきたのは、クリスタが呼んだマリア先生だ。
他の人たちの邪魔にならないよう、入り口から少し離れて本題に入る。
俺たちがここに来た理由は……今までかけた迷惑に対する、けじめをつけるためだった。
「「ここしばらく、ご面倒をかけて申し訳ございませんでした」」
二人で声を揃え、マリア先生に頭を下げる。
「え、えーと……いきなりで少しびっくりしてるんだけど……まぁ、何となくは分かるかな?」
マリア先生は驚いたような表情をした後、柔らかく微笑んだ。
俺たちのけじめ……それは、仲違い以来、先生に迷惑をかけっぱなしだったことだ。仲直りをさせようと動いてくれたりもしていたみたいだし、ホームルームの時の険悪な雰囲気で困らせたこともあった。
その上、口裏を合わせて俺たちに平穏な学園生活を送らせてくれているのだ。しかも、何の代償も要求せず、恩すら感じなくてもよい、と言って。
「ふふふ、貴方達子供は、人に迷惑をかけて成長するものなの。そこまで気に病む必要はないのよ。こうして反省までして、休日使って謝ってくれるほど反省しているなら、先生はそれだけで嬉しいわ。それに、私たち先生は貴方達が平穏な生活を送れるようにするのも仕事なの。私は当たり前のことをしただけだから、気にする必要もないわ」
頭を上げた俺たちに、マリア先生は語りかけるように、優しく微笑んでそう言ってくれる。
「それに、こうして仲直りしてくれて、謝ってまでくれるんだもの。生徒の成長が見れて、先生として冥利に尽きるわ。むしろ、私からも感謝しなくちゃね」
マリア先生はそう言い残すと、にこり、と笑って職員室へと戻っていく。
「「ありがとうございました!」」
二人で声を揃えて……尊敬する立派な先生へと、感謝の気持ちを示す。
「どういたしまして」
先生は振り向き、柔らかく微笑んでそう言った。
これで一章終了です。
明日二章投稿します。