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異世界で唯一の男魔法使い  作者: 木林森
異世界のお嬢様学校にまさかの入学
18/58

17

 その悲鳴によって、またもや沈黙が訪れた。

 だがそれは、決して心地の良いものではないものであり、むしろ嫌な悪寒がこみ上げてくるものだった。

 俺もクリスタも、観客席を見回して今の悲鳴の主を探す。

「キャアアアアアッ!」

「あれはっ!? 嘘っ!?」

「逃げなきゃっ!?」

 そんな中、悲鳴に続いて『上を見ていた』人たちがそんな悲鳴を上げて逃げていく。

 上を見上げると……

『っ!?』

 そこにいたのは、巨大な二匹の白い鳥だった。その白い鳥は、青空を背にして、不規則な軌道でこちらに降りてくる。

 その鳥は決して羽毛で覆われておらず、分厚くて堅そうな鱗で覆われていた。嘴も存在せず、そこにあるのは巨大な大顎と牙。そして尻尾は太く強靭で、褐色の翼膜を持つ翼の羽ばたきは力強かった。

 その姿はもはや鳥ではなく……

「飛竜よ!」

 最強である竜種の一種、飛竜だった。

「速やかに避難しろ! それぞれ一番近いところから屋内に入れ! 教師と大人連中、それと三年生で根性ある奴は誘導をしろ! 速さ優先だ!」

 それを感じ取った観客席の教師の一人……アリア先生が、パニックで半狂乱になってる闘技場に響き渡るほどの、頼りになるハスキーボイスで指示を出した。

 それを聞いて冷静になった教師陣も、さすがこの学園に努めるだけあって迅速に生徒たちを誘導していく。

 その間に、飛竜は真っ直ぐ『フィールド』に降りてきた。

「クリスタ。これってもしかしなくてもヤバくないか?」

 俺は即座にクリスタに問いかける。

「ええ、特に私たちとマリア先生が危ないですわね。幸い、ここはフィールドの中ですので、あいつらはもう外には出れないので、大多数の方は安全ですわ。……はぁ……冷静になっている自分が恨めしいですわね」

 クリスタは泣きそうな声でそう言った。

 貴族のトップに立つ人間として、危機的状況における冷静さも身に着けているのだろうが……今ばかりは、発狂して暴れまわる方が楽かもしれない。

「マリア先生……この状況って……しばらくあの飛竜二匹と仲良く密室ですよね?」

「うん、そうだね。……飛竜を二匹同時、しかも生徒を守りながらだと辛いですね……」

 この場では一番頼りになるマリア先生に問いかけると、普段の柔らかさが嘘みたいに真剣な表情のマリア先生がそう呟いた。その身体からは信じられないほどのオーラが溢れだしていて……まさにベテランの風格を漂わせていた。

「……クリスタさん、ヨウスケ君、よく聞いて下さい。……先生として申し訳ないですが、しばらく私たちは囮になる必要があります。大多数の生徒と来賓が安全な場所に避難しない限り、学校側としてはこのフィールドを覆う『結界』を解除して、あの飛竜を外に出すわけにはいきません。つまりそれは、この空間から私たちは逃げられない、ということです」

 そんな声のまま、なんとも予想通りの事を教えてくれるマリア先生。

「……全く持って運が悪いな」

「……大きく見たら私たちの犠牲であれだけの人数が守れるのだから、運が良いとプラス思考でいきますわよ」

「……その前向きさが羨ましいよ」

「……この前教えたでしょう? 貴族の役割は、国を守る最後の盾だと。この場にいるのは将来有望な魔法使いであったり、国の重鎮や様々な組織の上層部の方々である以上、彼女らを守れるならば本望ですわ」

 恐怖を紛らわすためにそんなやり取りを交わす。

 飛竜は口から涎をダラダラと垂らし、目を血走らせながら結界の外に出ようと壁に向かって一心不乱に体当たりしている。

 軽口と建前論を述べてはいるが……俺の顔は恐らく青ざめているだろうし、クリスタの身体も恐怖で震えている。

「……竜種はあんなに頭は悪くないし、それにあの目と涎……どうやら、あの飛竜二匹は『狂乱状態』みたいだね。だからこんなところまで来たみたい」

 マリア先生は飛竜たちを油断なく睨みながら、俺たちにそう言った。

『狂乱状態』なのか……。それなら、確かにこの状況にも説明がつく。

『狂乱状態』とは、魔物が時折なる状態の事で、なんらかの原因で理性の箍が外れ、無秩序に暴れまわってしまう状態のことだ。

 大体はそこらの程度の低い魔物がなる状態だ。竜種のような比較的賢い魔物はそうそうなることはなく、自分たちの縄張りからは基本的には出ない。

 狂乱状態の原因として挙げられるのは、群れからの孤立、縄張りの何らかの形による崩壊、激しい危機から生き延びた……などいろいろある。だが、それでも滅多に起こることではなく、こうして一気に二匹、しかも竜種である飛竜がなっているのは不思議だ。

「クリスタちゃん、ヨウスケ君……逃げるのに徹して、自分の身は自分で守って貰っていいかな? 本気の装備も持ってきていないし、しかもこの狭い場所で相手は飛竜二体、そんな状態で、さすがに二人を守りながらじゃ時間稼ぎすら難しいかも。さっきの試合で魔力を消費しちゃったかもだけど……出来る?」

 マリア先生は相変わらず飛竜を睨みながらそう言った。

 観客席ではまだほとんど誘導が終わっていない。竜種と言う圧倒的な恐怖に、腰が抜けたり、気絶したり、冷静に振舞うことが出来ないでいるのだ。

「……マリア先生。私たち二人ならば、ある程度の時間稼ぎは出来るかもしれませんわ。先生は片方に集中して下さりますか? その間、もう片方の時間稼ぎは致しますので」

 クリスタはマリア先生にそう提案した。

「でも……いや、さっきの試合で使った『オリジン』があれば行けるかもね。ヨウスケ君の魔法ならいざという時に対応できるし。……じゃあお願いして貰っていいかな?」

 マリア先生は悔しそうに、遠慮がちにそう訪ねてきた。

「分かりましたわ」

「……出来る限りやってみます」

 クリスタのビッグマウスによって俺は巻き込まれてしまい、了承せざるを得ない。まぁ、最初から参戦するつもりではあったが。

 とはいえ、俺の返事はクリスタと違って歯切れのいいものではない。

「来ますね……」

 俺たちの会話が終わったころ、急に飛竜たちの気配が変わった。

 いきなり襲われなかった点については自身を持って運がいいと言えるかもな。

 飛竜たちは暴れるのをやめ、ゆっくり、ゆっくりと俺たちの方へ振り向いた。

 その血走った目は俺たちを真っ直ぐ捉える。

 その目に浮かぶのは、竜から見た人間……つまり弱者であり、獲物を見つけた『喜色』。

『ゴルォオオオオオ!』

 二体の飛竜は、空気が唸るほどの咆哮を上げながら襲い掛かってきた!

「食らいなさい!」

「食らえ!」

 俺とクリスタは向かって右側の少し小さい方へと、気合を入れるために声を上げながら水の針と魔力の球を撃ち出す。

 一方のマリア先生は無言で腕を少し振る。すると、今まで闘技大会で見てきた魔法が児戯と思えるほどの旋風の刃がに四つ、一気に左側の飛竜へと向かっていった。

「ガッ!」

「ゴアッ!」

 幸い飛竜は狂乱状態で、冷静な判断力も鈍っているし、本能に従って動いている、連携なんてもってのほかだ。

 狙い通り、向こうは自分が攻撃した相手を狙ってくる。これで集中狙いはされないだろう。

「それにしても男の魔法使い、無属性ときて、次に飛竜とは……数奇な運命ですわね」

「軽口言ってる暇あったら援護しろ!」

 あまり魔力を使わない、手加減した遠隔攻撃で飛竜の行動を誘導しながら、俺たちはそんな会話を交わす。俺の突っ込みも軽口の一種みたいなもので、クリスタはしっかりと援護してくれてはいる。

「ゴオオッ!」

「クリスタ!」

「任せないさい!」

 飛竜がその丸太のように太く、強靭な尻尾をこちらに振ってくる。

 俺は自分の前に魔力の壁を張りながら、クリスタに援護を頼んだ。

 すると、魔力で作った壁の前に、広さではなくて『厚み』を優先した水の壁が現れる。

 飛竜の尻尾を使った攻撃は、その水の壁を通り、抵抗によって減速した。

「よしっ!」

 作戦通り、減速して勢いがなくなった尻尾攻撃は、俺の魔力の壁でも防げた。

 だが、相手も即座に手を変えてきて、尻尾攻撃の失敗と同時に、クリスタをその鋭い牙で噛み砕こうと大きな口を開ける!

「食らえっ!」

 俺はその攻撃を阻止するべく、横からその首に向けて強化した筋力で飛び蹴りを入れる。

「ギャッ!」

 飛竜は悲鳴を上げ、噛み付き攻撃を中断した。

「生物を予習しといてよかった……」

 飛竜は、その体の構造上、噛み付き攻撃をする際は長い首が伸びる。よってその部分は狙いやすい弱点となる。

「まだですわっ!」

 さらにクリスタが悲鳴によって開かれた口の中へ光の剣を撃ち出す。

 飛竜はさらに大きな悲鳴を上げ、口から血を流す。

 鱗でおおわれていない部分を狙えば、ある程度はダメージが通りやすくなるのだ。

 そのままクリスタが追撃しようとしたとき――

「危ないっ!」

 飛竜の胸の部分が『膨らんだ』。

 俺は次に来る攻撃に備え、クリスタを突き飛ばし、自分たちを包むように魔力の壁を展開する。

「ギャオオオオオオオオ!!!」

 その直後、飛竜の口から身の毛もよだつような咆哮が放たれた! 

 魔力の壁越しでも、そのあまりの大音量と恐怖によって、自然と目はきつく閉じられ、内臓が口から飛び出る様な錯覚を覚える吐き気がこみ上げてくる。

 クリスタは両耳を塞げたものの、俺はクリスタを突き飛ばすために両手が不自由だったため塞げなかった。

 俺はクリスタを守るように覆いかぶさり、その咆哮による不快感と、自分を包み込むパニックに対して必死に抵抗する。

 それにしても……射線を外れ、なおかつ魔力の壁で防いでいるのに、それでもこの威力か。

 この、飛竜特有の『狂乱の大音声(パニックボイス)』には、口を向けた正面が一番威力が強い、という性質を持っている。この口の正面を便宜上『射線』と呼んでおり、クリスタを突き飛ばしたのは射線から外すためだ。

 また、名前の通り、これは精神的に抵抗力がない動物を狂乱状態にすることがある。

 俺とクリスタは運よく、マリア先生は……空気の振動を操って防いだようで、狂乱状態にはなっていない。問題は未だに避難誘導が進んでいない観客たちだったが、これは結界の性質のおかげで助かった。

 ふと、こんな時なのに俺は鼻腔をくすぐるラベンダーに似た香りを感じ取った。

 当然それはクリスタの匂いであり……それは俺の心を落ち着かせた。

(……案外俺は匂いフェチなのかもな)

 冷静になった上体でそんな冗談を小さく小さく呟き、自身へ喝を入れる。

『狂乱の大音声』が来た以上、次に来るのは……

「ガアアッ!」

 相手が動けなくなったところを狡猾に狙ってくる攻撃だ!

 今度はお互いの声をかけることなく、ノー合図で水の壁と魔力の壁で飛竜の攻撃を防ぐ。その次に来る噛み付きは横から同時に攻撃を浴びせて中断させ、さらに口の中へ魔法を放り込む。爪による攻撃はクリスタがとっさに光を操って自分たちの位置を錯覚させ、紙一重で外させ、その隙に俺が攻撃を当てる。

 自分たちでもびっくりするぐらいの、打ち合わせなしでの流れる様な連携。

(ありがとよ!)

(こちらこそ! このままいきますわよ!)

 俺が危機一髪のところをクリスタが魔法による援護で助けてくれたため、目でお礼を言うと、向こうも目線でそう返してきたように感じた。

 心が通じ合ってるな……。

 少しずつ、体温が上がってくるのを感じる。体も、心もボルテージが上がっているのだ。

 スポーツでよくある、連携が上手くいくとそこから上手くいく……という奴だろうか。生憎スポーツはあまりやらなかったので分からないが、今はそんな気分だ。

「クリスタさん! ヨウスケ君! あともうひと踏ん張りだよ!」

 マリア先生が真剣な声で俺たちにそう言ってきた。

 見ると、観客席はもう避難がほとんど完了していた。戦っている間に大分時間が過ぎてきたようだ。これなら、一騎当千の先生たちによる援護がもう少しで来るだろう。

「クリスタ!」

「お任せ下さいまし! 『水と光の幻想舞曲(ミラージュ・ロンド)』!」

 ここで、俺たちの切り札を切ることにした。

 さっきまでクリスタが水属性魔法で攻撃していたため、この場の空中にはいたるところに水の粒が飛び散っている。それに加え、今クリスタが空中に浮かせた様々な形の水の塊にも光が反射し、その絶妙なコントロールによって、飛竜には俺たちが沢山見えていることだろう。

 考えてみれば、さっきの試合もこれを使う前に水属性攻撃魔法を連発されていた。恐らく、これを使いやすくするための下準備だったのだろうと今なら分かる。

「ギャオッ!?」

 飛竜は混乱したように鳴き、目をきょろきょろさせている。そして怒り狂ったように空中を爪で斬り裂き、その後また混乱したように鳴く。

 完全にハマったようだな。普段の飛竜なら賢いからわからないが、狂乱状態なら本物がどこにいるか分からないだろう。

 ちなみに、こちら側からは激しい幻覚は見えない。時折俺やクリスタっぽいもの、キラキラと複雑に反射する光は見えるだけだ。

(ここは頼んだぞ!)

(そちらも頑張りなさい!)

 俺がクリスタを目線で励ますと、クリスタは若干辛そうな顔で俺に発破をかけた。どうやら、さっきの試合も相まって魔力が少々危ないようだ。

 そんなクリスタの努力を無駄にしないため、俺は飛竜の周りを高速で周りながらランダムな感覚で遠隔攻撃をする。

 同じ場所にいると音や気配でバレてしまう可能性があるため、こうしてランダムな個所から攻撃を仕掛けてさらに混乱させるのだ。

「ギャオッ! ギャオッ! ギャオオオオオッ!」

 飛竜はついに怒り狂って暴れ出した。ドシンドシン、と地面を踏み鳴らして移動ながら、尻尾や爪を滅茶苦茶に振り回す。

 この状態になればもはや貰ったようなものだ。クリスタは安全な場所からそれを高みの見物し、魔法を維持するだけでいい。俺も適当なところから遠隔攻撃をするだけでいいだ――

「二人とも! 耳を塞いで!」

 ――そう思いかけた時、マリア先生の警告が聞こえた。

 俺とクリスタは即座に反応して耳を塞ぎ、マリア先生の方を見る。

 そこに見えたのは、焦ったように耳を塞ぐマリア先生と……死闘の末に体中が傷だらけになりながらも、胸を肥大化させた飛竜。

「ゴルァオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 それに気づいた瞬間、さっきのよりもさらに強力な咆哮が響き渡った。

 空気が震え、世界が揺れる。あまりの気持ち悪さに思わず目は固く閉ざされ、端からは涙がにじむ。歯を食いしばりそれに耐えるも、心拍数は上がって焦燥感と不安感がのしかかってきた。

 マリア先生は、とっさだったがゆえに弱いものの、音を和らげる風属性魔法を使ってくれていた。他、俺は自分とクリスタを覆うように魔力の壁を張っている。さらに、射線上にいたマリア先生はとっさの判断で横に飛び、難を逃れた。……マリア先生『は』。

「クリスタ!」

 運の悪いことに……その射線上にはクリスタもいた。

 クリスタは耳を塞いで体を震わせたまま、目から涙をぽろぽろとこぼしている。息は荒く、硬く食いしばられた歯の奥から早い感覚で空気の音が聞こえてくる。恐怖と混乱で過呼吸になっているようだ。

 そしてクリスタがこんな状態と言う事は……

「グルオオオオッ!」

 俺たちを相手していた飛竜が、魔法の呪縛から解き放たれることを意味する。

 さっきまで散々苦しめられた恨みからか、飛竜は涎を垂らし、血走った目でクリスタの姿を認めると――

「っ!」

 ――その大きな口をあけながら突進していった!

 俺は吐き気と不快感を体の奥に押し込み、クリスタに向かって駆け出す!

「クリスタああああああっ!」

 魔力を筋力増強にたくさん割り振り、クリスタを守るべく疾走する。

 飛竜は散々苦しめられた目の前の獲物を食らおうと、さらに大きく口を開く。

 そして俺は――


「させるかああああああああっ!!!」


 ――クリスタと飛竜の間に割り込み――――


 右手のひらを突き出す!


 その瞬間――

「ギャオオオッ!」

 飛竜の喉の奥から、背中から、尾の付け根から、先から……グシャリ、という音とともに血が噴き出した!

 飛竜はその痛みによって攻撃を中断し、大音声で悲鳴を上げながら――――


 ――――ドシン、と低い音を立てて、地面に倒れ伏し……動かなくなった。


 低い音の残響が残る中、それ以外の音がどこか遠くに、他人事に聞こえる状態で、倒れ伏した飛竜を見つめる。

 その直後、ゴウッ! という激しい空気の唸りとともに、飛竜の咆哮が聞こえた。

 そちらを見ると、マリア先生が傷だらけの飛竜を包み込むように竜巻を出し、さらに傷を刻み込んでいる様子だった。

「ヨウスケ君……助かったよ、ありがとう」

 マリア先生はこちらにそう言って笑いかけると、体の力を抜いた。

「ゴオオォォォ……」

 その瞬間、竜巻は霧散し、全身が血だらけの飛竜が断末魔を上げて地面に倒れた。

「「…………」」

 ただ黙って、目の前にある二つの飛竜の死体をマリア先生と見つめる。

「――ッ! ――――ッ!」

 その時、喘ぎ喘ぎの苦しそうな声が聞こえてきた。

「クリスタ!」

 飛竜の『狂乱の大音声』を射線上で浴びたクリスタは危険な状態だった。

 地面に四つん這いになり、青い顔で苦しそうに呼吸をしている。

「しっかりしろ、クリスタ! もう飛竜はいない! どっちも倒せたんだ!」

 そう言いながら、俺はクリスタの肩を掴んで揺さぶる。焦点が定まらず、今にも涙が溢れそうなアイスブルーの目をまっすぐ見つめ、心を落ち着かせようとする。

「……ッ! ――ッ! ――ふぅ……」

 クリスタは俺に気づくと、俺の目を見つめ返しながら、片手を胸に当てて呼吸を整えた。とはいえまだ顔は青く、今にも倒れてしまいそうだ。

「……終わりましたの?」

 クリスタはあたりをキョロキョロと見回し、二つの飛竜の死体に視線を固定してそう問いかけてきた。

 呼吸は整っているものの、声にはまだいつもの覇気がない。

「ああ、終わったよ……」

 俺はそう言いながら、安心させるように笑いかける。

「そう……ですか……。良かったですわ……」

 クリスタもそれにつられたように、幾分元気が戻った声でそういいながら、清々しそうに微笑んだ。

 その微笑みによって上がった口角から、たらり、と一筋の血が流れてきた。

「あら……情けない姿を見せましたわね。さきほどのあれの時に口の中を切ったようですわ」

 クリスタはそう言いながら、純白のハンカチをポケットから取り出す。

「やっぱり狂乱状態と言えど飛竜ですわね。あの『狂乱の大音声』で歯を硬くくいしばりすぎたようですわ」

 そのハンカチを、血で汚れた口元に持って行って拭おうとするクリスタ。

 それを――

「まぁまて、クリスタ。そんな綺麗なハンカチを汚さずとも俺のを使えばいいさ」

 ――俺は止め、ポケットから取り出したハンカチで血を拭ってやる。

 クリスタがきょとん、と俺を見つめる中、俺はもう少しサービスをしようと、口内で切ってしまったであろう場所を指さしながら、魔法を使う。

「……? ……っ!?」

 クリスタは俺の行動が分からない、と言った感じで首を傾げた後……傷の具合を確認しようとして驚愕した。

「い、今のはっ!?」

 クリスタは激しく問いかけてくる。

 俺はそれに対し……ちょっとしたいたずら心で、問いかける。


「お怪我はございませんか、お嬢様?」


「っ!?」

 クリスタは俺の言葉を聞くと、照れくさかったのか……驚きで固まった後、みるみる顔を赤くして、しまいには――

「な、何をふざけていますの!?」

 ――といいながら、ぷい、と顔を逸らしてしまった。

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