13
『ワアアアアァァァ――!』
ついに魔法闘技大会当日だ。
二年生は始業の初週の最後の日、三年生は二日の休みを挟んだ三日後に行われる。
来賓各位の長ったらしい挨拶を右から左へ一発屋芸人の歌のごとく受け流しながら開会式を終える。綾子さんは忙しいみたいで、三年生の闘技大会は見るものの、今日は仕事でいない。ちょっと残念だ。
「凄い盛り上がりだな……」
どっち勝て、頑張って、応援してます、愛してます、抱いて下さい……と様々な声援が飛び交っている。ちょいちょいおかしいのが混ざって聞こえるが、それは空耳だと信じたい。
この学園の生徒は人数こそ少ないものの、校風も相まってこういった戦闘というか、闘技大会的なものが大好きだ。御淑やかなお嬢様に見えて、意外と激しいのである。いや、日ごろの鬱憤が溜まっているからか? そうなると意外でもないのかもしれない。
今回のトーナメントを見たところ、俺とクリスタはどちらも勝ち進めば、Bブロックの決勝、つまり全体の準決勝であたる組み合わせになっている。
参加者が結構多いとはいえ、さすがに高校野球の県予選参加校数には到底及ばない人数だ。二、三回かてばもう準決勝に辿りつく。
「しっかしまぁ……結局あいつが怒っている意味は分からずじまいか」
俺はそう呟きながら、食堂で買ってきたミルクティーを一口飲む。
こうして決着の方法は明確なものの、その大元の原因は分かっていない。
あれからは俺とクリスタは互いに睨みあうだけで一言も話さなかった。こちらから歩み寄る、というのも考えはしたが、なんだか情けない気がするし、それに周りの女どもの態度にもストレスを溜めていたので、その選択肢は却下した。
もう完全に俺が悪いみたいになっている。その実、クリスタ擁護派のほとんどが陰口で話しているケンカの理由はバラバラ。中には俺が男のくせに生意気だから、というのもあった。案外当たっているのかもしれないが、それでクリスタが正義になるのは理不尽だろう。
人の数だけ考え方があり、常識も変わる。ましてや異世界の貴族で異性なのだから、考え方は全く違ってもおかしくはない。おかしくはないが……感情の方で折り合いがつけられるはずもない。
「ああ……嫌なこと思い出した」
ここ数日の陰湿ないじめを思い出してしまい、俺はそれを身体の中に収めようと、意味がないとはわかっていてもまたミルクティーを飲む。
身体的な被害や物的な被害はなかった。水をかけられたり、机や教科書を汚されたり壊されたり、「おめーの席ねーから!」をやられなかっただけ圧倒的にマシなんだろうが、ずっと陰口に耐えていたせいで精神的に参っている。
「次はクリスタか……」
トーナメント表を見て、次の試合がクリスタであることを確認する。
ちなみに俺はすでに一回戦を終えている。
無属性魔法で筋力を増強してインファイトに持ち込んだのだ。女の子を殴るのは気が引けたが(しかも相手は可愛い子なのだ)、これも戦い。そう割り切って一方的な試合にしたのだ。
俺は運動神経は決していいとは言えないが、それでも体をあまり鍛えないお嬢様に負けるほどではないし、魔法で強化しているから楽な戦いだった。
至近距離で魔法を発動されるのは辛いが、それはこの前の魔法戦闘の模擬戦みたいに、『実体化』させた魔力を纏って散らせば良かった。それに身体能力で圧倒的に劣る相手とインファイトして、集中力がもつはずもなく、向こうの魔法は不発もちょいちょいあった。
最終的には鳩尾への殴打――の寸止めで勝利した。
先ほどの試合を振り返っているうちに、クリスタが入場してきた。
『キャアアアアアッ!!!』
その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。観客席のほとんどがスタンディングオーベーションだ。
これはまぁ……大人気だな。
見た目も見目麗しいお嬢様の中でも頭一つ抜きんでる美少女、実力も主席、それでいて学業も優秀で爵位も公爵家。もはや非の打ちどころのない存在のため、学校内の人気者だ。入ってきたばかりの一年生や、上級生であるはずの三年生も一緒になって目をハートにして声援を送っているのは、何となくシュールな気がする。あくまで気がする、だけどな。
審判をやっているマリア先生が腕を降りおろし、試合が開始した。
クリスタの対戦相手は剣を併用して戦うタイプの様で、木製の剣を振りかぶってクリスタに勢いよく襲い掛かる。
クリスタはそれに対して冷静に迎え撃つ。まず自分の前に水の壁を展開。そして『それを通して』光の剣を一本放つ。
「――っ!」
対戦相手が歯噛みするのがわかった。
水を通すことで光の剣は乱反射し、何本もの細い光の針となって対戦相手に襲い掛かる!
対戦相手はそれを防ごうと自分の前に土で出来た盾を作り出す。だがそれでも数本しか防げず、それらを食らう。
「――勝者、クリスタ!」
その光の針は、全て相手の制服を貫き、地面に『縫い付けた』。クリスタの勝利が宣告され、会場がまたもや歓声と拍手に包まれる。
圧倒的だった。水を通して光の剣を何本もの光の針にする技術は、当然ながら一朝一夕で身につくレベルではない。すこし水の揺らぎがずれるだけで望んだ形から外れるのだ。それをあそこまで制御すると言うのは、学生のレベルを超えている。まさに秒殺だった。
クリスタは誇らしげに微笑み、そのまま対戦相手と審判に対して優雅に一礼し、フィールドを離れる。
「いやぁ、クリスタは相変わらず凄いねぇ」
ふと、隣からここ数日で非常に聞きなれた声が聞こえてきた。
ふわっ、とわずかに感じる空気の流れに乗って、柑橘系の匂いが漂ってくる。
「シエルか。さっきはお疲れさん」
俺は隣に座ったシエルに、挨拶がてらにそう声をかける。
「うん、ありがと。とはいえまだ一回勝っただけだからね、油断はできないよ」
シエルはそう言って、白い歯を見せてにっ、と笑う。
その笑顔につられ俺もふっ、と笑いながら、さっきのシエルの戦いを思い出す。
シエルは俺たちとは違ってAブロックだ。しかもシード選手であり、去年の準優勝だったらしい。
シエルの戦い方。それは一言で言えば『無駄がない』だった。
魔法と言うのは、規模が大きいほど魔力を多く消費し、イメージのためにほんのわずかな差ながら、時間も多く使う。
シエルの場合は、最低限の効果で求める結果を残す、というタイプだった。
試合開始の瞬間、シエルは即座に魔法を発動した。それは凡庸なただの風の刃(魔法がない世界出身の俺からすれば十分異常だが)だったが、相手が魔法を発動する間もなく、それは相手の首に届く直前でかき消えた。
シエルの魔法発動のスピードはとてつもなく速いのだ。相手もこの学園で一回戦を勝った以上、優秀であるのにも関わらず、そんな相手に魔法すら発動させないぐらいに。
全く持って無駄がないその戦い方は、本人の明るくボーイッシュな性格や容姿と相まって大人気だった。
「ところで、そろそろヨウスケ君の番じゃない?」
シエルの戦いを分析していると、当の本人からそう声をかけられた。
「ん? お、本当だ。じゃあ言ってくるわ」
時計を見ると、そろそろ集合時間だった。
「はーい、じゃあ応援してるね!」
「おう、ありがとよ!」
そんな会話を交わし、俺とシエルは分かれた。
■
対峙するのはクリスタ派閥の一人でもあるクラスメイトの少女。可愛らしい女の子ではあるのだけど……目は獲物を狙う猛禽類そのものだ。
正確に言えばそれは獲物を見る目ではなく、敵を見る目だけどな。
「それでは互いに準備はいいな?」
今回審判役をしてくれるのはアリア先生だ。
「――始め!」
先生が腕を降りおろす。
その瞬間、相手は両腕を思い切り広げ、体の周りに業火を躍らせる。
俺もそれに負けじと魔力の性質を変え、相手に両掌を向け放出する。
かたや踊り狂う業火が、
かたや目に見えない魔力が、
互いに、敵を倒すべく襲い掛かる!
「そらっ!」
俺は魔力の放出を終えると、その炎をかき消すべく、実体化させた魔力の壁を展開し、それを防ぐ。俺は魔力の量が多いため、それだけ魔力の壁は通しにくいのだ。
「ぐっ!」
一方、俺の『ある性質』が込められた魔力を防ぐ手段も無く正面から食らった相手は、苦しそうに膝をつく。顔色が心なしか青く見える。
俺はそれでは勝ちを貰えないと思い、即座に近づいて、顔面の前に膝蹴りを寸止めする。
「――勝者、ヨウスケ!」
客席の反応は大きく分かれた。
純粋な興味と賞賛による拍手してくれる人、驚きで動かない人、ブーイングをしてくる奴ら。
「……大丈夫か?」
俺は膝をおろし、蹲っている相手に目線を合わせて体調を訪ねる。
俺が浴びせた魔力の性質は『完全ランダムな振動』だ。その振動の中に身体、とくに三半規管がある頭を晒した彼女はそれで酔い、膝をついたのだ。スカートの中身が見えそうで見えないとかそんな残念なことは決して考えていない。
「っ! うるさい!」
彼女は俺の顔を見ると、そんなに負けたのが屈辱だったのか、頬を真っ赤にして目をそらすと、逃げるようにその場を去っていった。
■
その後も順調に勝ち進み、ついにBブロック決勝戦であり、全体の準決勝戦へと駒を進めた。
クリスタも余裕で勝ち上がり、Bブロックの決勝戦は俺とクリスタ、という対戦カードとなった。
ちなみにAブロックで優勝したのはシエルだった。決勝戦の対戦相手はクラスにいた女子で、黒い炎を使った派手な攻撃が得意な奴だった。
魔力の量はかなりのもので、想像力が高いのか規模の大きい魔法をバシバシ使い、さしものシエルも苦戦した。最終的に、一瞬の隙をついた突風で相手を転ばせ(この時に巻き起こった風邪で黄色い下着が見えたが、当然見なかったことにする)、一気に距離を詰めて勝利を得た。
つまり、この戦いに勝った方は決勝戦でシエルと戦うことになる。あくまでもこれは準決勝であり、普通なら決勝に比べて優先度は低いだろう。
だが、俺にとってはこの戦いこそが最も重要だ。
クリスタとの問題の決着はここでつける。そして、俺の事を下等生物と罵ったことを訂正してやる。
それと、願わくば……仲直りしたいとも考えている。
どんな理由だかわからないが、もしかしたら理不尽な理由なのかもしれないが……俺の何かが気に入らなくて、クリスタはあんな態度をとっているのだ。
それならば……理由を聞いて、謝りたいとも思っている。
その一方で馬鹿にされてきたことに対する不満もあるため、こうして真っ向からぶつかり合うのもそれはそれでいいだろう。
向こうはどう考えてくれているかわからないが、お互いの不満はこの戦いで終わらせ、後は謝って、また普通に交流したい。
とはいえ、これはあくまで俺の願望だ。そもそも負けて情けないエンド、勝っても、向こうが拗ねたり謝っても許してもらえなかったり、俺が納得できない理不尽な理由で怒っていた……なんてこともあり得る。当然俺が納得できない理由だったら、そんなんで怒る奴とは仲良くしたいとも思っていないため、謝って仲直りもしない。
こうみると、俺の理想は中々無謀な事がわかる。
「だけどまぁ……とりあえずは目の前の勝負だよな」
勝たなければ全く意味がないのだから。
俺は自分にそう気合を入れるように呟くと、ゲートからフィールドへと入場する。
俺を迎え入れるのは観客席からの盛大なブーイング。
クリスタの対戦相手であり、お嬢様からすれば下等生物である男であり、クリスタと対立している。これだけの要素があれば、ここまでのブーイングにもなるだろうな。
『キャアアアアアッ!』
いきなり、ブーイングが黄色い歓声へと変わった。
対面のゲートを見ると、そこからは神々しいまでの金髪を輝かせた美少女……クリスタが入ってきた。
クリスタは俺の姿を見ると、キッ、と睨んできた。
「人気者だな。分かってはいたがこりゃあアウェーになるな」
俺はそんなクリスタを挑発するように、軽口でお返しする。
「フンッ! それを言い訳にして負け惜しみの準備でもするといいですわ!」
クリスタは全身から怒気のオーラを発し、俺の軽口に応戦してきた。
「……結局、お前が何で怒っているのか分からずじまいだったな……」
俺はそう呟きながら、クリスタの正面に立って、構える。
「っ! まだとぼけるつもりですわねっ!?」
俺のその呟きが聞こえた様子のクリスタは、怒気のオーラを増幅させ、そう叫びながら構える。
とぼけてる……と言われてきたが、実際に分からないんだよな。いまさら気づいたが、割と思い込みが激しいタイプなのかもな。
「ううう……戦う前に気合十分なのはいいけどもっと仲良くしようよぉ……」
審判役のマリア先生が、涙目で俺たちにそう言ってくる。ここ数日間、クラスの雰囲気はかなり悪かった。マリア先生には相当迷惑をかけたな。……この試合が終わったら、謝りに行こう。願わくば、仲直りできたクリスタと一緒に。
「ま、まぁ……始めましょうか! お互い準備はいい?」
気を取り直したマリア先生がそう問いかけてきたので、俺とクリスタはほぼ同時に頷く。
「それじゃあ行きますよ――始めっ!」
先生の腕が勢いよく振り下ろされ、戦いが始まった。