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ある程度話し終えたところで、ちょうど昼休み終了の鐘が鳴った。
俺とクリスタは『魔法戦闘』の授業を受けるため、そのまま魔法実技訓練場へと向かう。俺たちの教室は二階、食堂と魔法実技訓練場は一階にあるため、食堂から出る際にクリスタから直接向かおうと提案されたのだ。
魔法戦闘というのは、そのまんま魔法を使った戦闘方法を学ぶ中々クレイジーな授業だ。
この学園では魔法を使った戦闘以外の技能として、治療や経済活動も教えている。
だが、この学園ではやはりと言うべきか、魔法戦闘が一番盛んだ。
その理由として、この学園の生徒は大体が冒険者か騎士志望であるということが挙げられる。
この世界では魔法と言うのは戦闘や軍事の面でも大きな戦力である。というか、ある意味最大の戦力にもなる。
結果、体力に優れた男性でなく、魔法を使える女性の方が、国防軍と治安維持と権力示威に使われる騎士になりやすい。
また、冒険者と言う心躍る職業に置いても、当然魔法は重要視される。
冒険者とは、ファンタジーでの定番職業であり、一般の依頼をギルドと言うところで請負い、それを遂行する職業だ。大体が魔物の討伐や危険な地域での採集や調査であり、当然戦闘はとても多い。ほぼ無条件で毒の治癒が出来たり、近中遠距離どこからでも攻撃できると言うのはやはり大きいのだ。
余談だが、錬度や戦闘能力の平均で言ったらやはり騎士の方が強い。だが、冒険者の上の方となると騎士の幹部クラスと互角に張り合えるレベルの人もいる。また、冒険者も戦争や魔物の異常発生が起こった際には重要な戦力として数えられる。
魔法戦闘というのは選択科目であり、『魔法戦闘』、『魔法研究』、『魔法利用』の中から二つを選ぶ方式を取る。
魔法研究は、綾子さんのように魔法の研究者になりたい人向け。魔法利用は、魔法を使った経済活動や治療、家事なんかを教えている。
俺もクリスタも『魔法戦闘』と『魔法研究』を取っている。
クリスタが魔法戦闘を取っているのは意外だった。
ここに来るお嬢様の内、ほとんどが下級貴族の令嬢か次女、またはそれ以下だ。この世界の貴族は、例のごとく当初の後継ぎとして長男か長女を選ぶことがほとんどだ。結果、長女や長男以外は、権力争いの道具になるか、一般庶民のようにある程度一人立ちするかの二択である。
いっそ一人立ちするならば魔法を使える以上、それを活かせる職業に就きたいと思うのが心情。
というわけで当然の流れと言うべきか、魔法を活かせる職業の中でも、ほとんどの人が華がある騎士か冒険者を選ぶのだ。
一方、クリスタは貴族の中でも最上位である公爵、しかも長女だ。この学園に通っている理由は将来の権力を得るための布石だとして(綾子さんのネームバリューはそのレベルなのだ)、その中で戦闘を取る理由はとくにないはずだ。それどころか、そう言ったお嬢様達は怪我をして傷を残すのを避けるため、魔法戦闘を避ける傾向があるとすら聞く。
不躾だと思いながらも、俺はクリスタにその理由を聞いてみた。
「まぁ、貴族が領地を治めて権力を示すのが仕事、と思っている方は少なくはありませんからそんな疑問も仕方ないですわね。実際、当の貴族たちもそう思っている方が多いようですし」
横を歩くクリスタは誇らしげな表情の中に若干の不満を混ぜながら、長い金髪をファサッ、と気取るように掻きあげる。
「私達貴族と言うのは、確かにそれらも仕事ですわ。ですが、貴族の本来の仕事は、『戦争で指揮を執ること』。もっと言ってしまえば、『戦いを先導すること』なのですわ。この私も魔法と言う技能を与えられ、将来当主になる可能性が高い以上、戦闘技能を学ぶのは当たり前ですの。後ろで偉そうに指示をするだけでは貴族の資格などありませんわ。戦闘を学び、自身も戦えるようになり、国を守る最後の盾として敵に立ち向かわなければなりませんの。そうでないと、命を預けてくださる兵たちに失礼というものですわ。私たちが特権を得ているのは、その『危険に立ち向かい、国に貢献をすること』が条件なのですわよ」
そんな説明を受けて、俺は思わず感銘を受けてしまった。
そうなのか……貴族と言うのはそういった義務があるんだな。その分国から特権を認められ、その特権に報いるべく自信を危険にさらし鍛えると。
まるで鎌倉幕府の御恩と奉公の様だな、と自分で言うのも何だが若干的外れな事を考えつつ、クリスタの話の続きを聞く。
「歴史や公民、ちょっと関わるところでは魔法理論と言った授業で習ったかとは思いますが、元々貴族と言うのは『国に多大なる貢献が期待できる、またはした者の一家』のことですわ。その中で、今となっては、貴族の血を引く女性特有であり、この世界の中でもトップクラスに有用で優れた技能である『魔法』が、貴族を決める重要な要素でもあるのですわ。戦闘ばかりがすべてではありませんが、貴族である以上戦闘技能は先ほども申した通り本質の意味では必須。となると、その貴族の最上位の公爵家の長女である私が魔法戦闘を学ぶのは、むしろ理にかなったことですわ」
「……そうだったのか」
言われてみれば、確かにそれが正しいような気がする。
貴族が貴族……国から『貴い一族』であると認められている理由がわかった気がした。
それとともに、クリスタの話し方から垣間見える『現状への不満』もなんとなく感じ取れた。
『貴族が貴族である意味』を理解していない貴族が思いのほか多くいる、ということだろう。ましてや、貴族ですら理解していないことを一般市民が理解しているはずもほとんどなく……『貴族の正しい在り方』が失われていることに不満を抱いているようだ。
話を聞く限り、一族であると言うだけで自身の力と勘違いして威張っている貴族は沢山いる。権力を示し、土地を治める。なるほど、これも確かに重要な仕事ではあるが……『それだけ』に固執した結果、今みたいな『貴族は権力を認められたえらい一族である』という『だけ』の認識になり、自身を鍛えもせずに権力に溺れる貴族も出てくるわけだ。
「おや、それにしてもヨウスケ、貴方、中々敏いようですわね。今の現状に対する私の気持ちを話の中から感じ取れたようですわね」
クリスタの話に思うところがあり黙り込んで考えてしまっていたところに、クリスタがそう言ってきた。
「……表情に出てたか?」
「ええ、それはもうはっきりと」
クリスタはそう言って、満足げににこり、と笑った。さっきのクリスタの言葉から察するに、クリスタは現状への不満を隠そうとしていないようだ。
これは、クリスタが単にこれが正しいと強く思って隠す理由がないと思っているのか。はたまたさっき俺が話した『秘密』の恩返しのつもりだろうか。その真意は、まだ関わり合い始めたばかりなのでわからない。
「けれど……その現状も、あと少しで終わりを迎えますわ。アヤコ様も今、この現状を憂いておられるのですわ。アヤコ様は近いうち、必ずこの現状を打破しようと動くはずですわ。だからこそ……その時が来た時、貴族の最上位として、正しく導けるよう、私は魔法の学んでいるのですわ」
「そうなのか……そんなに深く考えて、お前は努力をしているわけなんだな」
ただ、その笑みが湛える、未来への強い意志と何かへと憧れているような表情を見ると――
「ええ、当然ですわ。それでこそ、ハームホーン公爵家長女、クリスタ・ハームホーンの最大の目標なんですもの」
――こんな『リーダー』に導かれる人は幸せだろうな、と思った。