第7話 魔術の説明と魔導書と。ですよ!
サブタイアンジェリーナVer.
※アンジェリーナ中心の話という訳ではありません。
「この依頼を受けよう。」
ルシフェラは背後の騒動には一切目もくれず受付の前まで歩み寄ると受付嬢に依頼書を渡す。
「えっ!?…あ、はい、えっとルシフェラ様ですね。こちらがギルドカードになります。」
リースリットの無双状態を呆然としながら眺めていた受付嬢だったが、ルシフェラに声を掛けられ我に返ると業務に戻った。
同時に冒険者を止めようとして近付いたが、結局|何も出来ないまま眺めていた(役に立たなかった)男性職員や他の冒険者達も本来の目的に戻って行く。
「依頼の内容は…。…申し訳ありませんが、ルシフェラ様のランクはFですのでコチラの依頼を受注する事は出来ません。」
依頼書を確認した受付嬢がそう言って頭を下げる。
「いや、受注するのはそこにいるソータじゃ。確かランクの高い者がメンバーにおれば、そのランクで受注する事が出来るのじゃろう?」
そう訊ねてから宗太を呼ぶ。
宗太は促されるまま受付に行くとカードを提示した。
「はい、それでしたら可能です。カードを拝見させていただきます…、ランクDのソータ・アカツキ様…ってまさかあのウワサのソータ様ですか!?」
受付嬢はルシフェラの質問に答えた後で宗太のギルドカードに目を通すや否や、いきなり声を上げて驚愕の表情で宗太を上から下まで観察するように見る。
途端に辺りからざわめきが聞こえてくる。
一体どんなウワサが流れているのだろうか。
何故か碌でもないモノの様な気しかしない。
正直言って知りたくない。
「ほほう、どんなウワサなのじゃ?」
宗太の内心など知る由もなく、受付嬢の言い方に興味を覚えたたルシフェラが訊ねる。
「え、えっと…、私は人伝に聞いただけなので…。怒らないで下さいね?」
「良いからさっさと話さぬか!」
と、前置きをしてから上目使いで宗太を見てくる受付嬢に、焦れたルシフェラが先を促した。
「は、はい!えっと…、私が聞いたウワサは曰わくロングホーン・ボアを一人で持ち上げる怪力の持ち主である、曰わく実は一子相伝の暗殺拳の使い手でその修行の為に入ったイーヴルニスの森でロングホーン・ボアを素手で屠った、曰わく地面を殴って地震を止めた…、というモノです。」
頭が痛くなってきた…。
恐らくロングホーン・ボアを持ち上げていた事に尾ひれが付いたのだろう、…が。
「暗殺拳云々は絶対リードさんだ…!」
妙な確信を持って理解する宗太だった。
「アハハハハハハッ!ソータ、オヌシ一体何時から人間を辞めておったのじゃ!ハハハハハッ、ヒー…、ヒー…。」
後ろでは目尻に涙を溜めて笑い転げるルシフェラと、宗太とルシフェラを交互に見やりながらオロオロしてるアンジェリーナ。
リースリットまで顔を俯かせ、肩を震わせていた。
「はぁ…、取り敢えず暗殺拳も地震を止めたっていうのもウソですから。」
誤解を解くために訂正しておく。
世紀末覇者にも地上最強の生物にもなった覚えは無い。
「じゃが、ロングホーン・ボアを素手で屠って持ち上げたというのは本当なのじゃな?」
「…う。」
誤解を狙ってワザと曖昧に訂正したのに余計な事を。
「と、とにかく、その依頼を受注します!」
言葉に詰まる宗太を見かねて、話の流れを変えようとアンジェリーナが受付嬢に言う。
「あ、はい。それでは西の森周辺の草原で目撃されたマッド・ハウンド10体の討伐で、期間は三日間になりますが宜しいでしょうか?」
「はい。」
受付嬢の確認に頷く。
「畏まりました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
アンジェリーナとリースリットもカードを受け取りギルドを後にする。
「そう言えば、ルシフェラの苗字ってレストールって言うんだな。アンジーの苗字も始めて聞いた。」
ギルドの登録時になって初めてルシフェラとアンジェリーナの本名を聞いた気がする。
「む?…ああ、そう言えばちゃんと名乗っておらんかったか。儂の名はルシフェラ・エメイン・レスト・ローディアス。魔王国──正式にはローディアス魔王国の王じゃ。本名では色々と面倒事が起こるやも知れぬのでな。」
どうやら問題を避けるために偽名を使っていたようだ。
「ちょっ、お前な!アンジーが聞いて…。」
名乗ってくれるのは嬉しいが魔王というのがバレたら拙いんじゃなかろうか。
「別に問題無かろう。どうやら宿での会話にも聞き耳を立てていたようじゃしの。」
そう言ってアンジェリーナを見る。
「えっ、そうなの!?」
「…あ、ごめんなさい。ルシフェラさんが魔王様で、ソータさんが実は勇者様だって事とか…、聞いちゃいました…。」
申し訳無さそうに肩を窄めるアンジェリーナ。
「いや、俺としては他言しないって約束してくれるなら問題無いけど…。魔族って人間からは恐れられてるんじゃないの?」
「はい、約束します!それに、人から聞いてた話だと恐い人達だって思ってたんですけど、ルシフェラさんもリースさんも良い人ですし。」
だから他の人には内緒にしますと言ってにこやかな笑みを見せるアンジェリーナ。
「うむ、物分かりの良い人間は好ましいの。」
そう言うルシフェラとリースリットもどこか嬉しそうに微笑む。
「アンジー?こんな所に何の用だ?」
外出手続きの為に西門の詰め所に寄ると、勤務中らしいロイドがアンジェリーナに話し掛けてきた。
「あ、お兄ちゃん。」
「お兄ちゃん!?」
衝撃の事実だ。
まさかロイドとアンジェリーナが兄妹だったとは。
「ん?ああ、アンタはこの前の。何でアンジーと一緒に居るんだ?」
宗太に気付いたロイドが訊ねてくる。
「ソータさんはウチのお客さんなの。ギルドの依頼でイーヴルニスの森の方に行くから手続きお願い。」
宗太の代わりにアンジェリーナが答えると、ギルドカードを提示する。
宗太達もそれに続く。
「ちょっ、ちょっと待て!何でお前が冒険者ギルドに登録してるんだ!?父さん達は知ってるのか?」
まさかまだ十歳の妹が冒険者になっているとは思わなかったのだろう。
カードを確認したロイドが物凄く慌てている。
「ちゃんとママから市民証を貰って登録したんだよ。ほら、解ったならちゃんとお仕事しないと!」
「いや、しかし…。」
尚も食い下がろうとするロイドにアンジェリーナは追い討ちをかける。
「今回はソータさんに護って貰うから大丈夫!お仕事サボってたってママに言っちゃうよ?」
「…はぁ、解ったよ。依頼書を見せてくれ。」
がっくりと肩を落とすロイドに宗太は依頼書を見せる。
「…大変、ですね。」
「ははは…。妹を頼むよ…。」
慰めの言葉をかける宗太に乾いた笑いで返すと、依頼書と一枚の紙を宗太に渡す。
「コレは…?」
「ん?ギルドで説明されなかったか?通行書だ。
戻ってきた時に衛兵に返せば通行税が免除される。
冒険者ギルドに登録してれば通行税は幾らか安くなるんだが、もし別の街に行くなら護衛依頼を受ければ通行税分安く済むぞ。
尤も目的の街までの護衛依頼が見つかるかは運次第だがな。」
「そうなんですか…。」
宗太は登録した時の事を思い返すもそこまでは説明されていなかった。
というか書き忘れ…ゲフンゲフン。
「ありがとうございます。」
四人はそれぞれロイドに礼を言って門を潜り、イーヴルニスの森へと向かう。
「では、時間の節約のためにも魔術については歩きながら説明するとするかの。」
森までは徒歩で一時間以上かかってしまう。
無駄に時間を浪費する事も無いだろう。
宗太とアンジェリーナはルシフェラに頷いて答えると説明を待つ。
「全ての生物は多い少ないの差はあれど、身体の内に魔力を持っておる。
コレは特殊な魔導具を使えば別じゃが、普通は目に見える事は無い無色透明な力じゃ。
魔術とは、この魔力を己の適性を持つ属性に変化させ、呪文の詠唱と魔術陣の形成により指向性を持たせて世界に現象として顕現させる術の事を言う。
現象の規模が小さいモノなら少量の魔力で済むが、規模が大きくなるに従って世界の拒絶を回避する為に消費魔力も多くなっていくのじゃ。」
「世界の拒絶って存在を許さないってヤツか?それにしても呪文って全部覚えるのは大変そうだな…。それに魔術陣の形成って一々地面に描くのか?戦争に参加するなら描いてる内にやられちゃいそうだけど。」
流石に戦いの最中に長時間立ち止まっていては恰好の的になってしまう。
ルシフェラはそんな宗太の質問に笑って答える。
「うむ、一説では世界のバランスを崩さぬ為の修正とも言われておる。
呪文というのは魔力の指向性を個人が明確に意識するためのモノじゃ。
別にこの魔術にはこの呪文、と決められておる訳ではない。
魔術陣については、個人で行使する魔術は放出される魔力によって形成されるので地面に描く必要は無い。
但し、魔力不足で複数人でないと行使出来ない様な大規模魔術では、認識の齟齬をきたさぬように共通の呪文と物に描かれた陣を使うがの。
それも戦争では陣が描かれた厚手の布等を広げて行うのが普通じゃな。」
どうやら長時間立ち止まって描く必要は無いらしい。
それにしても、持ち運びの出来る魔術陣とは…。
「属性とは基本四属性が火・水・風・土、そして特殊二属性が光と闇じゃ。
特殊二属性は神族と魔族のみが持つ属性じゃな。
更に基本四属性の内、複数属性持ちの者が使える複合属性というものがある。
コレは火と風で雷、水と風で氷、火と土で金、水と土で木となる。
複合属性は魔力の消費量が基本属性より多い為、人間では余り使える者はおらんの。」
「属性って人によって数とか変わってくるんですか?」
質問したのはアンジェリーナだ。
ルシフェラは満足そうに頷くと答える。
「うむ、良い質問じゃ。属性は種族によって大体の傾向があるが、基本的には人それぞれじゃ。
複数持つ者もおれば一つしかない者もおる。
例えば、魔族でも儂は闇の他に基本四属性全てを持っておるし、リースは闇・火・水・風の四つ。
また闇と基本属性一つの計二つしか無い者もおるのじゃ。」
「傾向って言うのは?」
「魔族であれば皆闇属性を持つ。
エルフであれば風、ドワーフならば土、獣人は比較的風が出やすいといった感じじゃの。
人間と鬼人族、龍族はこれといった偏りは無いが、龍族は神龍と呼ばれる長以外は一つの属性しか持たぬ。
基本四属性の内大抵の者が一つの属性、才能のある者で二属性、三属性以上を持つ者は奇跡と言って良いの。」
三つ持つリースリットが奇跡なら四つのルシフェラは一体何なのだろう。
「持ってる属性以外は使えないんですか?パパもママも火を起こす時は赤い石の付いた棒を使った魔術でやってましたけど。」
宗太が考えを脱線させていると、アンジェリーナが質問する。
「属性が違う魔術も魔導具の補助があれば可能じゃ。しかし、普通よりも多くの魔力が必要になるため大魔術は難しくなる。ま、種火を起こす程度なら一般人でも可能じゃよ。…と、ここらで良いか。」
道も半ばに差し掛かった頃、ルシフェラが街道から外れて歩き出す。
宗太達もそれについて行く。
「何でこんな所に?」
「無いとは思うが、街道近くでは人に見られる可能性もあるからの。さて、リース、城から判別の魔導具を持ってきてくれぬか。」
「畏まりました。」
街道からも程良く離れた場所で止まると、リースリットに指示を出す。
リースリットは一礼すると影に沈んで消えた。
「え、えっ!?どうなってるんですか!?」
シャドウ・ムービングを初めて見たアンジェリーナはかなり驚いている。
「そうか、アンジーは見るのは初めてじゃったの。あれは『シャドウ・ムービング』という闇属性の転位魔術じゃ。影から影へと移動する事が出来る。」
ルシフェラの説明にアンジェリーナはしきりに感心していた。
「お待たせしました。」
そんな話をしていると、リースリットが台座に乗った二つの水晶玉を持ってルシフェラの影から現れる。
「それは?」
「オヌシも入城時の審査で使った判別の魔導具の上位版といった所かの。右の玉が属性の判別、左の玉が魔力量の計測じゃ。それぞれ台座の水晶板に結果が表れる。」
見るとそれぞれの台座に縦三センチメートル、横六センチメートル程の薄い透明な板が付いている。
「ではソータから測るとするかの。左右の手のひらをそれぞれ乗せるが良い。」
宗太が興味深そうに眺めていると、ルシフェラに促された。
宗太は言われた通りに水晶玉に手を乗せる。
「属性が光・火・水・風・土。魔力量が…2800万じゃと!?」
水晶板を確認していたルシフェラが、信じられないものを見たといった風に驚愕の叫びを上げる。
宗太には驚きの理由が解らないのだが。
「…そ、それってそんなに凄いの?」
「先代の魔王様が約230万、同じく先代勇者が約250万と言われてましたから、早い話がバケモノですね。」
リースリットがさらりとヒドい事を言ってきた。
「ルシフェラとリースはどれくらいなんだ?」
バケモノ呼ばわりされてヘコんだ宗太が二人に訊ねる。
「……3500万じゃ。」
「……175万です。」
「「「………。」」」
宗太、ルシフェラ、リースリット三人の沈黙が場を支配した。
「…ええい、バケモノやらはどうでも良い!次はアンジーの測定じゃ!」
沈黙に耐えられなくなったルシフェラが叫ぶと、アンジェリーナに向き直る。
「は、はい!」
アンジェリーナが返事をして水晶に手を乗せる。
「…なんと。」
水晶板を確認したルシフェラが絶句する。
リースリットも目を見開き、口に両手を当てて驚きの表情を浮かべている。
「え、えっと…、もしかしてあたし魔術を使えないとか…ですか?」
そんな二人の様子を見たアンジェリーナが不安そうだ。
「…逆じゃ。属性が水、風、土の三属性、魔力量に至っては魔族やエルフに並ぶ52万。はっきり言ってコレは人間としては前代未聞じゃ。」
ルシフェラは信じられないといった風でなんとか口に出す。
「じゃ、じゃああたしも旅に出られるんですね?」
アンジェリーナはとても嬉しそうだ。
「うむ、これからどれだけ魔術を究められるかじゃが、先ず勝てる人間はおらなくなるじゃろうな。旅も問題なかろう。」
僅か十歳にして人間最強。
世の魔術師達が聞いたらそれこそ嫉妬に狂いそうだ。
アンジェリーナは上機嫌で今にも鼻歌を歌い出しそうな程ニコニコしている。
「それでは時間も良い事じゃし、続きは昼食を取ってからにするかの。」
ルシフェラの言葉でリースリットが昼食の準備を始める。
バスケットからシートを出して広げ、宗太達が座ると皿とコップを渡していく。
(食器まで持ってきてたのか…。)
用意が良いと言うか、流石リースリットと言うべきなのか。
昼食はサンドイッチとビンに入れられた果汁だった。
コップはこのための物だったのか。
魔獣退治の依頼と魔術の特訓の筈がまるでピクニックである。
「それで、この後はどうするんだ?」
サンドイッチを食べながら、宗太はこの後の予定について訊ねる。
「うむ、次は魔力の覚醒──つまりは知覚じゃ。
魔力を体内に流し込み、純粋な魔力、属性変換された魔力の双方を覚えて貰う。
ソータは儂が、アンジーはリースに頼むかの。
アンジーの土属性だけはソータの後に儂がやろう。」
「畏まりました。」
「よ、宜しくお願いします!」
ルシフェラの決定にリースリットが頷き、アンジェリーナは姿勢を正してお辞儀する。
皆が食べ終わり、少し休憩をした後リースリットが後片付けをする。
いよいよ魔力知覚の訓練だ。
「この訓練は先ず、お互いの手のひら同士を合わせるように両手を組むんじゃ。」
宗太は自分の右手とルシフェラの左手を指を絡めるようにして組み、逆の手も同じようにする。
「それでは儂の右手から純粋な魔力を少量流すからの。オヌシは感覚を掴んだら同じように右手から儂に流し込むのじゃ。」
そう言って右手から魔力を送るルシフェラ。
宗太は左手から身体の中に何かが流れて広がっていくのを感じた。
例えるなら水の中に注射器などで更に水を流し込んだ感覚だろうか。
「な、何これ!?」
宗太は今まで感じた事の無い奇妙な感覚に戸惑う。
「判ったかの?それが魔力じゃ。左手から広がった魔力の流れに合わせて体内の魔力も巡らせるようにせよ。」
言われた通りに体内に意識を集中する。
魔力の流れに合わせ、体内に沈滞していた魔力を動かそうとする。
すると最初は動いているのか怪しく思う程弱い流れだったものが、徐々に速くなっていくのが判った。
「おお、段々と速く…。」
「それが魔術を扱う初歩の初歩、魔力の循環じゃ。動かぬ魔力では体外に出す事は出来ぬからの。…では、儂が流した魔力と同量を右手から流し込んでみるが良い。」
言われた通りに右手から送り込む。
「多すぎるぞ、魔術で辺り一面を消し飛ばす気か!魔術の発動に魔力を流し込み過ぎれば思わぬ被害を及ぼす事にもなるのじゃぞ?」
そう言って宗太に魔力を戻すルシフェラ。
この魔力の制御というもの、想像以上に難しい。
体内を勢い良く流れる魔力からほんの少量の魔力だけを放出しなければならないのだ。
ほんの一瞬だけ放出したつもりでもルシフェラに指示された量の倍以上になってしまう。
横を見るとアンジェリーナも苦戦しているようで、リースリットに注意されている。
「集中を切らすでない!」
「ご、ごめん!」
ルシフェラに怒鳴られて意識を戻す。
見るとルシフェラは何時もの気楽な態度を微塵も窺わせない真剣な表情をしていた。
それだけ重要な事なのだろう、宗太も集中して行う事にする。
それから暫く、ルシフェラの指示を受けながら細かい魔力量の調整が出来るまでになると、漸く練習の終了を告げられた。
「…うむ、ここまで出来れば取り敢えずは良いじゃろう。魔力量の調整は終わりじゃ。」
「…はぁー。」
宗太は大きく息を吐きへたり込んだ。
「但し、これ位は無意識でも出来るように今後も反復練習あるのみじゃぞ。
魔力量が少な過ぎれば相手に有効なダメージは与えられぬし、魔術自体が発動せぬ事もある。
逆に多過ぎれば暴発や威力の高すぎで周囲にまで被害をだしてしまう虞があるからの。」
「が、頑張るよ…。」
魔力とは魔術毎に勝手に消費されるモノでは無いようだ。
失敗すると周囲にも被害が出てしまうとなればルシフェラが真剣だったのも納得出来る。
「では、次は属性の認識じゃ。儂が流し込んだ属性変換された魔力を認識したら、同量の魔力を変換して儂に流してみるが良い。先ずは火属性からじゃな。」
ルシフェラから魔力が流し込まれる。
すると宗太の内側で、まるで眠っていたモノが目覚めた様に何かが大きくなるのを感じた。
初めての感覚であるが、元から自分の中にあったもののように自然と収まった。
「コレが火の属性…。」
宗太が感覚を掴んだのを見て取ったルシフェラが魔力を引き戻す。
「内側のその感覚を経由させるようにすると変換させられる。同じようにやってみるがよい。」
言われた通りに魔力を流し込む。
すると、今まで無色だった魔力が変化した気がする。
そのまま少量をルシフェラに送り込む。
「ふむ、大丈夫なようじゃの。そのまま魔力を掴んで引き戻すようにすれば自分の中に魔力を戻せるぞ。」
魔力を掴むとは中々抽象的な表現だ。
「うーん…、もっと分かり易い表現の仕方ってない?」
「魔力とは生物の身体に元より備わる機能のようなモノじゃからの。オヌシは手や指の動かし方を詳しく説明する事が出来るのかの?」
そう言われてしまっては返す言葉が無い。
黙って戻しやすい感覚を掴むために色々と工夫をしてみる。
色々と試した結果、放出するのとは逆に掃除機のように吸い込むようにするのが一番しっくり来た。
「出来たようじゃの。今度は純粋な魔力の属性変換とは逆に火属性の魔力を経由させるようにすれば純粋な魔力に戻せる。」
言われた通りに属性変換の工程を巻き戻すように火属性の魔力を動かすと、無色の魔力に戻り体内の循環に戻っていった。
「魔力は体外に出て暫く放置すると霧散して消えてしまうが、今のように体内に戻す事も出来る。
魔術陣を途中でキャンセルした時などで、魔力の無駄遣いをしたくない時などには有効じゃ。
但し、魔術陣を完成させて発動させる段階まで行くと戻す事は出来ぬのじゃ。
その場合は素直に発動させるか、魔術陣の構成を破棄して魔力を霧散させるしかない。
気をつけるが良い。」
「体内から無くなった分はどうしたら戻るんだ?」
「減った魔力は先の訓練のように純粋な魔力を他人から分けて貰うか、大気に存在する魔素を体内に取り込む事で自然と回復するのじゃ。
但し、一度に大量の魔素を魔力に変換する事は普通出来ぬ。
危険域にまで魔力が減るとそれ以上使えなくなるので魔力切れで死ぬ事は無いが、身体能力を十全に発揮出来なくなるから注意が必要じゃ。」
魔力は使っても自然に回復するのか。
宗太が頷くと次は水属性じゃの、と言って認識の特訓を続ける。
その後も風、土と続け、最後の光属性の認識の番になる。
「光属性は基本四属性とは違い、現在この世界で持っているのはオヌシだけじゃ。その為に認識には闇属性を使う。今までの認識と違い、反発し押し返そうとする感覚に集中するが良い。」
ルシフェラの手のひらから魔力の塊が流れてくる。
しかし、先の四属性と違い僅かな不快感を感じる。
「う…、何か変なカンジ…。」
「それに反発しておるのが光属性じゃ。」
そう言ってルシフェラが魔力を引き戻す。
代わりに宗太が光属性に変換をし、ルシフェラに流し込んだ。
「…うむ、確かに光属性じゃの。これで属性の認識は終了じゃ。」
宗太が魔力を引き戻すと、ルシフェラは少し前に終わっていたアンジェリーナの元へ行く。
最後の土属性の認識をするのだろう。
暫く待つとアンジェリーナも全ての属性の認識を終えたようだ。
「では、最後に魔術の発動についてじゃ。」
アンジェリーナが宗太の側まで来ると、ルシフェラは二人に向き直る。
「魔術の発動には呪文の詠唱と魔術陣の展開が必要じゃという事は先にも言ったの。
詠唱で必要なのは主に属性、形状、対象、そして術の名称じゃ。
これらを口にする事で、目的の術の内容をより明確にする事になる。
また、詠唱文を長くする事で詠唱時間も掛かるがより強力にする事も出来る。
そして魔術陣。コレは内部に詠唱内容の他、範囲や魔力制御用の術式等を書き込み発動を安定させる目的があるのじゃ。
宗太と、おそらくアンジーも注意されたであろう魔術の暴発とは、基本的に制御術式の許容量を超えた魔力により魔術が制御不能となり、意図せぬ結果をもたらす事を言う。」
だからこそルシフェラはあそこまで魔力量の調整訓練にこだわったのだろう。
そこでルシフェラが「朔夜」と言うと、ルシフェラの影が伸び上がり宗太を襲った時に持っていた漆黒の大剣が現れる。
アンジェリーナは突然の出来事に目を丸くしていた。
「詠唱は魔術の発動に媒体となる魔導具を仲介する事で短縮する事が出来る。
この魔剣月夜のように高位の媒体ともなれば詠唱自体の破棄も可能じゃ。
少しでも速い詠唱を求められる戦闘時には有利に事を運べる様になるのじゃが、普通の詠唱より魔力の消費が多くなったり術の完成度が下がる場合もあるのが難点じゃの。
では、リース。」
ルシフェラが呼ぶと、意を汲んだリースリットが少し離れた場所まで移動する。
「では実演じゃ。
貯留、燃え盛る炎よ
数多の火球となりて
かの者を焼き尽くせ!
『火炎球弾』!」
ルシフェラが右手を前に翳し呪文を唱え出す。
すると、ルシフェラの右手から溢れ出した紅い光が細い紐のように伸び、円の内部に幾何学模様と何かの文字が書き込まれた魔術陣になった。
魔術陣は詠唱後も魔術を発動させることなく、ルシフェラの手のひらの先に浮かび上がったままだ。
「詠唱は判ったけどさ、何で魔術は発動しないままなの?」
宗太はその事を不思議に思い質問する。
「コレは遅延呪文という技術じゃ。
詳しい説明は後程しようかのう。
属性は詠唱の他、魔術陣の色でも判別する事が出来るのじゃ。
例えばこの紅い光ならば火、蒼ならば水、緑なら風、茶なら土、薄紫なら雷、蒼白なら氷、薄茶なら木、黄色なら金、そして白が光で黒が闇となっておる。
この魔術陣は、アンジーは読めぬじゃろうが内部の文字が制御術式や火炎球の数の指定等になっておるの。」
「…すまん、俺も読めないんだけど。」
宗太がおずおずと手を挙げる。
「…はぁ!?」
それを聞いたルシフェラが素っ頓狂な声を上げた。
「オヌシは阿呆か?勇者は召喚後にキチンと意思の疎通をはかれる様、言語や文字を理解出来る様になる術式も組み込まれておる筈じゃぞ!?」
「…そんな事言われてもな。確かに言葉は解るけど、文字は全然。これまでは文字が解らなくても何とかなってたし…。」
阿呆呼ばわりされてちょっとムッとする宗太。
いきなり見ず知らずの文字なんか読める筈もない。
「いや、待て…。そうか、そう言えばオヌシの召喚は完全では無かったんじゃったの。恐らく召喚場所がズレた他に言語に関する術式にも異常が出たんじゃろう。コレは他にも不備があるやも知れんのう。」
少し考える仕草を取ると、召喚の失敗に関して思い出したようで推測を述べる。
「…先ずは魔術の説明を終わらせようかの。
魔術はこの様に呪文と体内で属性変換させた魔力で魔術陣を描く事で完成する。
そうすれば後は顕現させるだけじゃ。
──発動。」
ルシフェラの宣言と共に紅い魔術陣が一際輝くと、拳大の火球が五つ現れリースリットに向かって飛んで行く。
それに対しリースリットも何事か呟くと、前方に黒い魔術陣が展開し火球は見えない障壁に防がれ散ってしまう。
火球を防ぎきったリースリットは宗太達の元まで戻って来た。
「先の術は展開後発動せずに残っておったが、普通は詠唱と魔術陣双方の完成と共に発動するのじゃ。」
ルシフェラが発動のタイミングについて補足説明をする。
タイミングをズラすのが遅延呪文という事なのだろうか。
「アンジーは武器を持っておらんのじゃったな?」
「は、はい。」
ルシフェラの確認に頷いて答えるアンジェリーナ。
「…ふむ、ソータも魔術文字は読めんようじゃしのう。暫く待っておれ。」
そう言って影に沈んで消えるルシフェラ。
宗太とアンジェリーナはリースリットに手伝って貰い、魔力調整の練習をして時間を潰す事にする。
「おお、魔力量調整の特訓か。感心感心。」
暫くそうしていると、ルシフェラはその手に白と黒、二冊の本を持って戻ってきた。
二冊共、厚手の表紙には紅、蒼、緑、茶の煌めく糸のようなモノで豪奢な装丁が施されている。
「それは?」
「コレは遥かな昔、それぞれ神族と魔族が作った最高位の魔導書じゃ。
この黒い魔導書が『メフィストの魔導書』。
レイティア・メフィストと言う魔族が作った魔導書で、儂が魔剣月夜を継承する以前に使っておった物じゃ。
白い魔導書は残念ながら今まで契約出来た者がおらんのでな、詳細は不明なのじゃ。
然し、どちらも制作者の意識を持つと言われており、契約さえ出来れば魔術の補助をしてくれる筈じゃ。」
そう言って宗太に白い魔導書、アンジェリーナに黒い魔導書を手渡すルシフェラ。
「契約ってどうすれば良いんだ?」
「その魔導書に純粋な魔力と自身の持つ全ての基本及び特殊属性に変換した魔力を流し込めば良い筈じゃ。」
宗太は教えられた通りに魔力を流し込む。
火、水、風、土、──そして、光。
次の瞬間、宗太は真っ白な空間に立っていた。
前後左右、上下すらも一面真っ白。
平衡感覚を失ってしまいそうな錯覚を覚える。
「──アナタが私を呼んだの?」
宗太が何とかフラつかないように頑張っていると、突如背後から声を掛けられた。
そこに立っていたのは足首にまで届く白い髪に金色の瞳、色白の肌を白いドレスで包み背からはこれまた純白の天使のような羽を生やした美少女だった。
歳は16くらいだろうか?
リースリットとそう変わらないように見える。
身長は歳相応だと思うが、ある一点は残念なサイズだった。
「キミは…?」
「私はリリス、リリス・ホワイトグレイル。この魔導書の意識だよ。そう言うキミは?」
白い少女──リリスは手を後ろで組んでどこか楽しそうに名乗る。
「あ、俺はソウタ・アカツキ。よろしく。」
「うん、よろしく!ソータ、か。変わった名前だねー。キミって人間でしょ?光属性とスゴい魔力量だからビックリしちゃった。」
リリスは興味津々と言った様子だ。
宗太はどう答えたものかと一瞬悩んだが、正直に教える事にする。
「実は俺、別の世界からコッチの世界の人間に勇者として召喚されたみたいなんだよね。何でも魔族を倒す為に、居なくなった神族の代わりとしてらしいんだけど。」
「人間が魔族を?何でまたそんな事を。」
リリスが不思議そうに聞き返す。
「ルシフェラが言うには──あ、ルシフェラって言うのは俺に魔術を教えて白い魔導書を渡してくれた娘なんだけど、国の領土を広げる為とか言ってた。」
「そうなんだ。全く、弱い力でも生き抜く為の知識が欲望にすり替わるなんて人間も仕様がないわね…。あ、それとこの白い魔導書は『ホワイトグレイルの魔導書』って言うのよ。因みに私が制作者ね。」
リリスが親切に魔導書の名前を教えてくれた。
「なる程、リリス・ホワイトグレイルだから『ホワイトグレイルの魔導書』なのか…。って、ええ!?製作者って遥か昔の神族だって…。」
「そ、私はリリスの意識だもん。私の本体は死んじゃってるのよ。それにしても、キミが光属性を持ってる理由は判ったけど、キミに加護を与えてる筈の神様の力を考えるとちょっと加護が弱い気がするのよね。」
リリスが小首を傾げながら考える素振りをする。
「加護を与える神様ってそんなの判るの?」
「うん、まあ大体は。パスが完全には通ってないのかな。何か心当たりとかある?」
「えっと、何か召喚に失敗して文字の知識とか召喚場所に関する術式に異常があったらしい。ルシフェラの話だと他にも問題があるかもしれないって事だけど…。」
リリスの質問に先のルシフェラの推測を教える。
「そっかそっか、なる程ね。召喚魔術の術式がお粗末だったか発動するときに無茶をやらかしたのかしらね。」
リリスは呆れ顔だ。
最高位の魔導書を製作するほど魔術に優れているリリスとしては、そんな失敗をする事自体が有り得ないのだろう。
「それで、文字が解らないんだっけ?魔術を使う為に私と契約したいのかな?」
「うん、俺と契約出来ないか?」
宗太としては契約をして貰いたい。
しかし、今まで使えた人が居ないというなら拒否される可能性の方がのだろう。
断られたら拝み倒してでも契約をお願いするつもりである。
「うん、良いよ。」
「そこを何とか!って、良いの!?」
まさかの即答に若干拍子抜けした宗太だった。
いや、嬉しいのだが。
「うん、キミと居ると楽しそうだし。それに神様の加護が不完全なまま放り出すのも可哀想だしね。」
そう言って宗太の目の前まで来ると、宗太の顔を両手で挟み込む。
そして若干前屈みになった宗太の顔にリリスも顔を近付け──唇同士を触れさせた。
「──…ッ!?」
一瞬頭が真っ白になった宗太だったが、唇に触れる柔らかな感触に意識が戻ると見る見るうちに顔が赤くなって行く。
何を隠そう、宗太にとって生まれて初めてのキスだったのである。
「な、な、な…!?」
「ふふー、ご馳走様!これで契約完了、私とのパスも繋がったし魔術文字も理解出来る筈だよ。それじゃあまた後でね!」
困惑する宗太を余所に、リリスがそれだけを言うと急に浮上する感覚に包まれる。
次の瞬間には元の草原に立っていた。
「…あれ?」
「おお、ソータ。どうじゃ、契約は出来たか?…って、顔を赤くしてどうしたのじゃ?」
ルシフェラの『契約』という言葉に先ほどの事を思い出し赤くなる宗太。
ルシフェラは怪訝そうな顔で宗太を見る。
「あ、ああ。契約は出来たよ。『ホワイトグレイルの魔導書』って言うらしい。」
「…そうか、それなら良い。アンジーも無事契約出来たようじゃしの。」
アンジェリーナの方を見ると嬉しそうに魔導書を抱えていた。
「では、最後に遅延呪文の説明をしようかの。
遅延呪文とは魔術を留める為と発動させる為の鍵となる単語を設定し、任意のタイミングで魔術の発動を遅らせる事が出来る技術じゃ。
魔術自体を体内に戻し、一単語での即時展開、発動をする事も出来る。
使いこなせれば戦術の幅が一気に広がるのじゃ。
しかし問題もあってのう、意識から外すと即座に発動してしまうし、体内に戻した状態で暴発させると大惨事じゃ。」
サラリと怖い事を言うルシフェラ。
便利な技術ではあるが良いことばかりでは無いという事か。
アンジェリーナも顔を蒼くしている。
「まぁ、ソータとアンジーには魔導書がある。手伝って貰いながら習得してみるが良いじゃろ。」
ルシフェラはそう言って笑うと森に向かって歩き出す。
次は魔獣の討伐依頼だ。
宗太達も後に続いて歩き出した。
やっちまった…orz
通行税の話を3話で書き忘れていたのに気付いて急遽入れました。
ロイドとアンジェリーナが兄妹だっていうのは元からの設定ですよ?
…ホントだよ?
今回は魔術の説明でしたが、投稿が遅くなってごめんなさい。
設定をまとめるのにエラい時間が掛かってしまいました。
説明漏れがあったらその都度入れて行きます…orz
ところで今更なのですが、ルビはちゃんと振れてるんでしょうか?
携帯だと確認出来ないのでPCの方、教えて頂けると助かります。
では次回は主要四キャラクターの紹介になります。