第15話 馬車での旅と盗賊の襲撃です!
見晴らしの良い草原の中を南北に走る街道を、一台の馬車が北に進んでいる。
空はどこまでも蒼く、波間に漂う泡のように白い雲が流れていく。
地面では時折吹く風が、緑の絨毯を靡かせる。
時たま遠くの方に村落らしきものが見えるが、街道上には人影は無く、旅人や行商人とすれ違うことも無い。
「良い天気じゃのう。」
「そうですねー。」
僅かに下部を開いた馬車の窓、その縁に肘を掛け、窓の外を眺めながらルシフェラが呟く。
その隣で同じように窓の外を眺めながら、アンジェリーナが相槌を打つ。
窓からは、長閑な風景が後ろから前へと流れていく。
代わり映えの無い草原の中に、時たま生える立ち木と遠くの森が微妙な変化をもたらす。
「う゛ぅぅぅぅ…。」
和やかな空気の車内には、ガタゴトという回転する車輪の音と、低い呻き声が聞こえてくる。
宗太である。
最初の内は初めて乗った馬車にテンションの上がっていた宗太だったが、次第に口数が少なくなり、最終的には乗り物酔いでダウンしていた。
ルシフェラは長旅用にと、商品の中からスプリングの利いた馬車を選んだのだが、それでも揺れは宗太の想像以上だった。
スプリングが利いているといっても、現代日本の自動車と比べると無いも同然だ。
加えて街道は未舗装なのである。
馬車の作った轍や落ちている小石、雨風によって窪みが出来ていたりと、馬車を揺らす要因には事欠かない。
未だ治らない二日酔いと相まって、出発から一時間ほどで宗太は限界を迎えてしまった。
今は丸めた毛布を枕代わりに、後部座席で横になっている。
「まったく、これくらいで情けないのう。」
「そんな…、こと、言ったって…、うぅ…。」
顔面を蒼白にしながら呻く宗太を見ながら、ルシフェラは呆れたように溜め息を吐く。
アンジェリーナは心配そうに宗太に視線を戻した。
王族のルシフェラとその侍女であるリースリットは、元々移動には馬車を利用する事が多かった。
馬車の質にこそ差はあるが、この程度ならばさして問題も無い。
アンジェリーナも、あまり長距離は乗った経験は無いが、宿の手伝いなどで乗っていたのはスプリングなど付いていない荷馬車だ。
それに比べれば、この馬車はむしろ快適とさえ言える。
『ソータ、大丈夫?』
肉体の無いリリスは元より酔いとは無縁だ。
この世界に来てから身体能力が強化されているものの、どうやら三半規管は強化されなかったようである。
自らの加護が馬車に負けるとは、流石の神も想定外だった事だろう。
「もうじき休憩じゃ。もう少し頑張れ。」
「あ、ああ…。」
宗太は呻くような声で返事をすると、そのまま目を閉じる。
それから一時間程走ったころ、ようやく馬車が停車する。
リースリットが御者席から降り、草原にシートを広げる。
ルシフェラとアンジェリーナも馬車から降り、シートの上に座る。
宗太は一番最後にノロノロと降り立つと、力無くシートに腰を下ろす。
「ソータ様、お食事は如何なさいますか?」
昼食の準備をしながら、リースリットが心配そうに訊ねてくる。
「ごめん、干し肉一切れと水だけ頂戴。」
今の状態でしっかりと食べてしまったら戻してしまいそうだ。
干し肉を良く噛めば空腹も抑えられるだろう。
リースリットは手早く調理を済ませ、ルシフェラ達はパンと干し肉のスープを食べる。
宗太は干し肉を少しずつかじって食事を済ませる。
食事内容としては寂しいが、食べる気力も湧かないのだから仕方ない。
「少し食休みをしてから出発しようかの。」
「そうして貰えると助かる…。」
食事を終えたルシフェラの提案にそう答えると、宗太は大の字に寝転がる。
未だ揺れているような錯覚がするが、座っているよりは余程楽だった。
横になると、慣れない馬車での移動で思ったよりも疲労が溜まっていたのか、睡魔が襲ってくる。
「ソータよ、行儀が悪いぞ。」
そんな宗太に苦笑しながら、ルシフェラが窘める。
「ああ、ごめ…、ん…。」
宗太はそれだけ言うと寝息を立て始める。
「…寝てしまったのか?」
ルシフェラが声を掛けるが、目を閉じたまま宗太の返事は無い。
呼吸と胸が規則正しく上下している。
ソロソロと宗太の側に寄るルシフェラだったが、ふと反対側から同じように近寄るアンジェリーナと視線が合う。
「む…。」
「えっと…。」
少々気まずい空気が流れるも、宗太を挟みながら視線で語り合う二人。
やがて、お互いに顔を見合わせながら頷き合うのだった。
「ソータ。起きよ、ソータ!」
ペチペチと額を叩かれる感触と、ルシフェラの声で意識が浮上する。
毛布で枕でも作ってくれたのだろうか、後頭部に柔らかい感触がある。
「…ん、ごめん。おは、よ…?」
目を開けると、右側にルシフェラ、左側にアンジェリーナの顔があった。
挟まれて寝顔を見られてたと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。
ふと違和感に気付く。
屈んでいるわけでも無いのに、二人共やけに距離が近いのだ。
宗太は首を右に向ける。
すぐ目の前にはルシフェラの腰が見える。
同じように左を向くと、こちらはアンジェリーナの腰が。
「ソータ!」
「ソータさん!」
正面に顔を向けると、恥ずかしそうに顔を赤くした二人が軽く睨んでいる。
ここにきて宗太はようやく思い至る。
枕だと思っていたものは二人の膝だったようだ。
美少女二人の膝枕というのは嬉しくもあるのだが、同時に見上げた時の絶壁は仄かに物悲しさを覚えるものだった。
「ソータ…、オヌシ何やら失礼な事を考えておらんか?」
考えていた事が顔に出ていたのだろうか、ルシフェラが訊ねてくる。
宗太を見下ろす二人の笑顔がちょっと怖い。
「い、いや、別に何も…!」
宗太は慌てて否定すると、身体を起こす。
まだ少しフラフラするが、気分は大分良くなった。
もっとも、すぐにまた酔うことになるのだろうが。
「もう大丈夫ですか?」
「うん、大分気分も良くなったよ。」
宗太は心配そうに見るアンジェリーナに笑って答えると、シートを畳み始める。
「それなら良かった。…ところで、リースの膝枕だったらどの様な感想だったんじゃ?」
「え?うーん…、眼福…、かな?」
急にルシフェラに質問され、宗太は特に考えもせず答えてしまった。
リースリットは僅かに頬を染め、アンジェリーナは手のひらを胸に当てて落ち込む。
「ほほう…、やはり先程の微妙な表情はそういう事か。」
ルシフェラが再度凄みのある笑顔を浮かべる。
拳を握りしめ、頬が僅かに引きつっている。
「へ?…あ、ふぐぅっ!?」
宗太はヤバいと思う間もなく、ルシフェラの正拳突きを腹部に受け地面に沈むのであった。
休憩を終え、馬車が再び走り出してから二時間程経つ。
少し前に草原は終わりを迎え、現在は森の中の街道を走っている。
日の光が森の木々に遮られてしまうため、後一時間も走れば野営の準備をする必要があるだろう。
宗太は再び酔いのために横になっている。
ルシフェラはというと、宗太が何度か謝罪をしたものの未だ機嫌が治らぬ様子で黙って窓の外を眺めており、アンジェリーナがそんな二人をオロオロと交互に視線を巡らせていた。
「ルシフェラさん、機嫌を治して下さいよ。」
車内に流れる気まずい空気に堪り兼ねたアンジェリーナが取りなす事にする。
アンジェリーナも落ち込みはしたものの、そこはこれからの成長に期待する事にしたのだった。
「…別に気を悪くしてなどおらぬ。」
窓の外を眺めているルシフェラは、眉根を寄せ、少し唇を尖らせながら答える。
ルシフェラにとってお子様体型というのは密なコンプレックスだったりする。
これでもリースリットよりも年上なのだ。
更に数年前からは妹にまで体型で負けている。
昔の魔族の成長速度は現代よりも遅く、自分が昔の魔族に近いということは頭では分かっているのだが、女としてそれを認められるかといえばそれはまた別なのだった。
「それなら…。」
アンジェリーナがそんなルシフェラに苦笑し、言葉を発しようとした時、不意に馬車が止まる。
「ルシフェラ様。」
何事かとアンジェリーナが辺りを見回していると、御者席のリースリットが小窓から話しかけてきた。
「うむ、囲まれておるの。大凡二十といった所か、盗賊の類じゃろうな。全く人とすれ違わぬので変だと思ったんじゃ。」
馬車の中でぐるりと視線を巡らせながら、ルシフェラが予想する。
アンジェリーナも窓の外を見やるも、見えるのは木立ばかりだ。
「如何致しましょう。」
「ソータはこのザマじゃし、アンジーもおるからのう。…良い、儂が出よう。」
ルシフェラはそう言って馬車から降りると、囲んでいる盗賊が訝しんでいるのが伝わってくる。
「魔剣月夜・望月」
ルシフェラは魔剣を呼ぶと、手には五枚の円月輪が現れる。
直径は二十センチメートル程、漆黒の円盤はその外周部のみが白銀の輝きを放っている。
「盗人には運というものも必要じゃぞ?…魔剣月夜・不知夜月!」
ニヤリと笑ってから円月輪を投擲すると、次の魔剣の名を叫ぶのだった。
────────
「何なんだ…?何なんだよ、こりゃあ…!?」
森の木に背を預けながら、盗賊団のリーダーが呟く。
視線を横に向けると、先程まで獲物の様子を窺っていた仲間が、全身を切り刻まれ血塗れの肉塊と化している。
「何で俺たちがこんな事に…。」
男達は運が向いていたはずなのだ。
「なのに、何で…。」
男の疑問に答えるのは、仲間の悲鳴のみだった。
エルトリア王国の北部から北西部にかけて存在する森。
この森を縄張りにしてから数週間、盗賊団『赤羽の鷹』は連日の略奪でかなりの稼ぎを上げていた。
北部と南部を繋ぐ割と大きな街道であるために割と商人が通るのだが、この場所は特に警備も無い。
もっとも、領主の私兵が討伐に乗り出してきたとしても、広大な森が姿を隠してくれるだろう。
逃げる事など容易い。
先程も商人三人からなる商隊を、護衛の冒険者ごと殲滅したばかりだった。
盗賊団の情報を出来るだけ漏らさないようにするには、例え一人たりとも逃がす事は出来ない。
入念に連携を取り効率的に目標を殲滅する様は、さながら軍隊のようでもある。
その実力からか、盗賊ギルド内でも『赤羽の鷹』は少数ながらもそれなりの地位に就いているのだった。
「コレだけありゃあ、結構な額になるな。」
森の西部、切り立った崖に空いた洞窟を利用したアジトでリーダー格の男が笑みを浮かべる。
洞窟内の一室には、ここ数日の戦利品が置かれていた。
後はこれらを盗賊ギルドを通じて売り払ってしまうだけだ。
男は別の部屋へと移動すると、既に酒盛りを始めている仲間に加わる事にした。
「南部から旅人と思われる馬車が一台森に向かってきます!」
酒盛りに加わってからしばらくして、一人の男が駆け込んできた。
馬の扱いが上手いので、見張り役を任せている内の一人だ。
「旅人だぁ?んなもん放っておけ。」
アルコールが回り、僅かに顔を赤くしたリーダーが答える。
金を持っているかも分からない旅人など、襲うだけ時間の無駄というものだ。
「それが…、外装は質素なものなんですが、造りは立派な馬車なんで。恐らく金貨数枚はする馬車かと。」
「…ほう。」
リーダーは男の報告に目を細める。
ボロ馬車に乗っているような旅人なら放っておく所だが、それなりの馬車に乗っているという事は金持ちの外遊といった所だろうか。
それならば、金や宝石なども持っているかもしれない。
「…本当にツいてるな。野郎共、狩りの時間だ!」
リーダーは獰猛な笑みを浮かべると、仲間に指示を出す。
盗賊達は「おぉっ!」という掛け声と共に手早く準備を済ませ、街道へと馬を走らせるのだった。
街道には報告の通り、質素ながらも立派な馬車が走っていた。
盗賊達は森の中を、馬車を包囲する形で馬を走らせる。
街道の反対側では仲間が同じようににしているだろう。
リーダーは慎重に襲撃のタイミングを計る。
すると、いきなり標的の馬車が停止し、盗賊達も慌てて馬を止める。
今までにない動きに訝しげに見やるが、時刻は直に日が森の木々に隠れるというころである。
大方野営の準備に入るのだろう。
ならば好都合と仲間に手で合図をしようとした時、馬車の扉が開き中から一人の少女が現れた。
リーダーは口笛を吹きそうになるのを堪える。
現れたのは、上品な漆黒のドレスに身を包み、サラサラとした美しい銀髪に意志の強さを表すような真紅の瞳が印象的な美少女だったからだ。
まだ幼いが、そっちの趣味を持つ変態にはかなり高く売れるのは間違い無いだろう。
御者役の侍女と合わせれば一体幾らになるのか。
恐らく貴族の子女のお忍びの旅なのだろうと当たりをつける。
(…こりゃあ、本格的にツいてるぜ。)
リーダーが少女を見据えたまま再び合図を出そうとした時、あり得ない現象に目を見開いて固まってしまう。
少女が何事か呟いたと思ったら、足元の影が浮き上がり手に五枚の円盤が出現したのだ。
「なんだ…?ありゃあ…。」
少女がニヤリと笑って円盤を投擲すると、それらは森に吸い込まれるように消えていく。
気を取り直して襲撃しようとしたリーダーは、突如聞こえた仲間の悲鳴に三度合図を止める。
森の中に仲間の悲鳴と馬の嘶きが響き渡る。
混乱し、無意識の内に馬を一歩下がらせた時、目の前を黒い何かが通り過ぎ馬の頭を落としていった。
落馬したリーダーは、慌てて起き上がり視線を巡らせる。
すると、自分の近くにいた仲間の周りを先程の黒い何かが縦横無尽に飛び回り、瞬く間に肉塊に変えてしまった。
「一体何がどうなって…。あのガキは何なんだ…!?」
リーダーは近くの木を背に、周囲を見回す。
幸い黒い飛行物は見当たらない。
「と、とにかく撤収し、て…?」
安堵の息を吐き、素早く撤収の方法を考えるリーダーの目の前を、自身から黒い円盤が飛び出して行った。
恐る恐る自分の腹部を見やると、横一線に鮮血が吹き出す。
「あ…、あ…?」
訳も分からず崩れ落ちる身体の上に、背後の壁にしていた木が倒れてくるのが最後の感覚だった。
────────
盗賊達を圧倒的な力で殲滅した後、どこかに消えたルシフェラだったが、直ぐに馬車に戻ってきた。
「さて、日暮れまで近い。もう少しだけ進んでおくとしようかの。」
小窓からリースリットに指示を出すと、直ぐに馬車が動き出す。
「どこに行ってたんだ?」
「盗賊のアジトに、の。奴らめ、結構な額を溜め込んでおったぞ。」
宗太の問いに、影から数枚の金貨を出しながらルシフェラが答える。
「…それって、盗賊の金を持って来たのか?なら、元の持ち主に返さないと奴らと…。」
「元の持ち主など、恐らくはもうおらぬよ。」
宗太の抗議はルシフェラに遮られる。
「おかしいとは思わぬか?ここは北部と南部を繋ぐ比較的主要な街道じゃ。それにもかかわらず商人と一度もすれ違ってはおらぬ。」
言われて思い返してみるが、ずっと横になっていた宗太は窓の外の光景など見ていなかった。
「…そう言えば、そうですね。」
がっくりと肩を落とす宗太を横目に、アンジェリーナが同意する。
「生き延びた者がおるなら、街で噂になっておっても良いはずじゃ。それすら無いとなると、考えられるのは一つしか無いじゃろ?親族など探しようもないしのう。」
そこまで言われてようやくここで起こっていた出来事に思い至った宗太は、思わず黙ってしまった。
馬車内に沈黙が流れる中、再び馬車が止まる。
「暗くなって参りましたし、今日はこの辺りで野営に致しませんか?」
「そうじゃの。」
御者席からそう提案するリースリットにルシフェラが同意し、野営の準備をする。
天幕はルシフェラ達に任せ、宗太は森で薪を拾い集める。
途中何度か先程の出来事が頭をよぎるが、所詮宗太にどうこう出来る問題でも無い。
忘れるように努める。
「ソータは初めての旅の疲れもあるじゃろう。見張りは最後にして先に休むが良い。」
食事を取りながら、今晩の見張りの順番について話し合う。
結局、アンジェリーナを除き四時間置きに一人ずつ起きて見張る事になった。
時間はまだ六時を過ぎた頃だ。
普段なら寝るには早い時間ではあるのだが、確かに疲れているので好意に甘える事にする。
「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ。お休み。」
「うむ、ゆっくりと休むが良い。」
「お休みなさい、ソータさん。」
「お休みなさいませ。」
ルシフェラ達はもう少し起きているようだ。
宗太は皆の挨拶を聞きながら天幕に入り、毛布にくるまるとルシフェラ達の談笑する声を聞きながら眠りにつくのだった。
最近執筆速度が遅くなってきてしまいましたねorz
道程を長々と書くのもアレなので、次を書いたら一気にルーベックまで飛ばします。
ルーベックまで行ったら年上キャラだ!
…どういう風に出すかはまだ考えておりませんが。
話は変わりますが、「プロローグがプロローグじゃなくね?」との事なので、書き直そうかと考えております。
現プロローグは1話の冒頭に回す事になるのかな?
いつ頃上がるかは不明ですが、編集した時はお知らせします。
それではまた次回の投稿で。