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第14話 最後の夜と出発と

「そろそろ帰ろうか。」



「む?おお、そうじゃのう。」



公園のベンチに座りたわいもない話をしていた宗太達だったが、ふと時間に気付いた宗太がそう切り出す。



腕時計を確認すると、時刻は午後五時過ぎ。



日も沈みかけ、辺りの人影もまばらだった。



家族連れの人達は、皆もう家路についたのだろう。



残っているのは数組の冒険者パーティらしき人達とカップルくらい。



遊歩道脇の屋台も店仕舞いを始めていた。



宗太達も立ち上がり、帰路につくことにする。



「お話しが楽しくてつい時間を忘れちゃいました。」



「申し訳ありません、私もつい時間を忘れてしまいました…。」



「リースが時間を忘れるとは珍しいこともあったもんじゃのう。」



「まあ、良い息抜きになってよかったんじゃない?」



歩きながら恥ずかしそうにペロッと舌を出すアンジェリーナとは反対に、若干落ち込んだ様子を見せるリースリット。



ルシフェラ付きの侍女として幼い頃から教育を受け、同時に長く使えてきたリースリットにとって、時間に気付かないなどと言うことは今まで片手で数えられる程度のことだった。



それを知っているルシフェラとしては、有能な侍女のうっかりミスを見ることが出来て楽しそうに笑う。



宗太としても、パーフェクトメイドなリースリットが時間も忘れて話し込んでいたということが何だか新鮮で、自然に笑みが浮かんでしまう。



宿への帰り道は、主にルシフェラがリースリットをからかう時間となり、ゆっくりと進んでいくのだった。



時刻は午後五時半。



西区の商店も軒並み店仕舞いをし、喧騒の中心は酒場へと移っていく。



あるものは仕事の疲れを忘れるため、あるものはカミさんや気に入らない客の愚痴を言い合い慰め合い、またあるものは明日の依頼や旅に思いを馳せて。



開け放たれた食堂や酒場の扉の中からは、怒りや笑いなど様々な声が入り混じり、通りに昼間とはまた違った賑わいをもたらす。



そんな賑わいの一角、宗太達の宿泊している宿屋へと入る。



「おう、将来有望な冒険者パーティのお帰りだ!」



「ガッハッハッ、あのアンジーがなぁ!」



すると、入り口近くのテーブルに座った客が宗太達の帰りに気付いたようで声を掛けてきた。



顔を赤くし、既に出来上がり始めているようだ。



その声で他の客達も気付いたようで、アンジェリーナの馴染みの客などは酒を片手に寄ってくる。



「聞いたぞ、初めての依頼でAランクの魔獣とやり合ったんだってなあ!」



「まだまだ子供と思ってたんだが…。」



「いやはや、子供ってのは成長が早いもんだ。」



「ウチのバカ息子なんて『有名な冒険者になる』なんて言ってた癖に二年経ってもEランクだぜ?」



「ハハハッ!アンジーとお前の息子じゃあ才能が違うわな。」



「あ、あの…!皆さん落ち着いてくだひゃっ…!?」



あっという間に酔っ払い客に囲まれ、揉みくちゃにされるアンジェリーナ。



落ち着かせようと声を上げるも、残念ながらアルコールを摂取しテンションの上がっている男達の耳には届いていないようだ。



「…何か今日は何時も以上に賑やかだな。」



普段も賑やかなのだが、今日はいつにも増して騒がしい。



どのテーブルも客で埋まっている状態だった。



しばらく呆然と、アンジェリーナを囲む客と店内を眺めていた宗太達だったが、そろそろアンジェリーナを助け出そうと動く。



「あんた達、入り口で騒いでたら邪魔だよ!」



すると、店内の喧騒の中にあってもよく響く怒鳴り声が聞こえてきた。



アンジェリーナを囲んで騒いでいた男達は皆一様に動きを止め、恐る恐るといった風に声のした方に顔を向ける。



そこには、忙しそうに給仕をしていたおかみさんが怒りを湛えた表情で仁王立ちしていた。



首を竦めてスゴスゴと席に戻っていく男達に、ようやく解放されたアンジェリーナがホッと息を吐く。



「まったく…、最後の夜だってのに酔っ払い共が済まないね。」



怒りから呆れの表情に変わったおかみさんが宗太達の元まで歩いてくると、溜め息を吐いて謝罪する。



「いえ、今日はいつにも増して賑やかですね。…と、そうだ。部屋の弁償は幾らになりますか?」



「皆寂しいんだよ、アンジーを可愛がってくれてたからねぇ。弁償は34000エリーだけど、宿泊代が13300エリー残ってるからね。20700エリーだよ。」



宗太の質問におかみさんは苦笑して返す。



それを聞いて、アンジェリーナも嬉しそうな、しかし僅かに寂しさを含んだ表情を浮かべた。



その表情を不思議に思いながらも、宗太はおかみさんに角金貨二枚と銀貨一枚を支払う。



「300エリーのお釣りだね。…悪いけど、店内はこんな有り様だからね。夕食は相席で勘弁しておくれ。」



「はい、大丈夫ですよ。」



お金を確認したおかみさんが一言謝り、宗太達を席に案内する。



「あ…。」



案内された席──食堂の奥、隅に置かれた円テーブルには宗太も見知った人物が二人座っており、宗太は思わず小さく声を漏らした。



「おう、ボウズ。」



「みんなお帰り。」



「リードさん、ユニスさん。こんばんは。」



宗太は二人に挨拶し、席に着く。



ルシフェラ達もそれぞれ挨拶をし、同じように席に着いた。



元々四人掛けのテーブルに六人も座っているため、とても狭い。



リードは特に大柄なので、圧迫感はかなりのものだった。



左右に座って平然としているアンジェリーナとユニスには拍手を送ってあげたいくらいだ。



ちなみに席順は宗太から時計回りにアンジェリーナ、リード、ユニス、リースリット、ルシフェラである。



「そういえば、リードさんは何度かお酒を飲みに来てましたけど、ユニスさんはあまり来ないんですか?」



リードは二日に一遍は来ていたようだが、ユニスが飲みに来たのは宗太がこの宿に泊まってから初めての事だった。



「ああ、アタシは…。」



「はいよ、夕食とお釣りの300エリーだ。」



宗太の疑問にユニスが答えようと口を開いたとき、丁度おかみさんが夕食を運んできた。



何時もは個人個人の食事だったのだが、今日は大皿でいくつか持ってきたようだ。



テーブルが狭いのでこちらの方がありがたい。



大皿の料理を置くと、取り皿とナイフ、フォークを六人の前にそれぞれ置いて戻っていく。



量が多いと思ったら六人前だったようだ。



それぞれ料理を取り分けると、食べ始める。



「…アタシは普段は飲まないんだけどね、今日は特別。可愛い妹分の門出を祝おうと思ってね。」



ユニスは酒を飲みながら、先ほど中断した会話の続きをする。



そう言ってアンジェリーナを見て微笑むと、他の面々も顔に笑みを浮かべる。



ただ一人、理解出来てない宗太を除いてだが。



「門出って、アンジー何か始めるのか?」



宗太が真面目な顔でアンジェリーナに訊ねると、アンジェリーナは目をパチパチと瞬かせ、リードとユニスは「何を言ってるんだ」と言いたげな表情をする。



宗太の考えていることを理解したルシフェラとリースリットは、呆れ顔で溜め息を吐く。



『ソータ…。』



何故かリリスまでもが呆れた様子だった。



「え…、え…?」



宗太は訳も分からず五人を見回す。



「ソータよ…、アンジーが何故魔術の習得を目指したかは覚えておるかの?」



ルシフェラがこめかみに指を当てながら宗太に訊ねる。



「えっと…、確か俺達が旅に出るって話をしてて…?」



宗太は依頼を受ける前のやり取りを思い出しながら言う。



確かそんな感じだったはずだ。



「そうじゃ、儂等と旅に出るために覚えたという事じゃ。ユニス嬢が門出と言ったのはそのためよ。」



そう言ってルシフェラは再び溜め息を吐く。



何故アンジェリーナの態度から察せないのかと、宗太の鈍感振りには呆れるばかりだ。



見た目12歳のルシフェラに「ユニス嬢」などと言われたユニスは苦笑を浮かべていた。



「あ…、と、…アンジーはまだ小さいし、宿の手伝いがあるから旅は無理だろうなと思ってた…。」



それを聞いて、一同はようやく宗太の考えを理解したようだった。



「パパとママはルシフェラさんが説得を手伝ってくれて、宿の方はお兄ちゃんが手伝ってくれる事になったんですよ。」



「ロイドさんが?…衛兵の仕事があるんじゃ?」



宗太はロイドとこの宿では一度も会っていない。



以前アンジェリーナに聞いたら、衛兵の隊舎で寝泊まりしていると言っていたはずだが、時間はあるのだろうか。



「大丈夫ですよ。お兄ちゃんも初めは渋ってましたけど、隊長さんが許可を出してくれましたし。」



「ククッ、いやはや、あの呆けた顔がなんとも…。」



ロイドとも既に話は着いていたらしい。



笑顔で報告するアンジェリーナと、一緒に行ったらしいルシフェラは思い出し笑いをする。



リードとユニスはここまで手回しが良いとは予想外だったのだろう、ポカンと口を開けてアンジェリーナを見ていた。



『旅に出たらソータも苦労しそうだね…。』



(はは、は…。)



これからの旅に若干不安を覚える宗太だった。



夕食も終わりに差し掛かった頃、店内は一層の盛り上がりを見せていた。



客達はテーブルを移動し、話し合い、笑い合う。



時折、「魔王軍は俺が倒す!」などという宣言が聞こえてくるが、終戦の報せが届いていないので仕方の無いことか。



流石のルシフェラも、これには苦笑せざるを得なかった。



「オウ、兄ちゃん。オメェさんも飲めや。」



ふと、顔を真っ赤に染め上げた客の一人が、酒を片手にふらふらとしながら寄ってくる。



「えっと…、俺酒は飲んだことないんで…。」



「なぁにいー?オメェさんよぅ、そんな体たらくでアンジーを…、守れるのかぁ?」



肩を組んで酒臭い顔を近付けてくる。



絡み酒とは面倒くさいことこの上ない。



周囲を見ると、他の客も幾人かこちらに寄ってくる。



「ボウズ、お前も男を見せてみろ!」



「あっはっはっはっは!」



視線で皆に助けを求めるが、アンジェリーナはオロオロとし、リードとユニスは同じく酔っ払いだった。



「ソータよ、成人は皆酒くらい飲むものじゃぞ?」



「いや、俺は未成年…。」



「む?オヌシ歳は幾つじゃ?」



ルシフェラは意外そうな顔で宗太を見る。



「…17だけど。」



「…15くらいじゃと思っとったわ。…まあ、良い。大抵の国で成人は15じゃから、飲酒も問題ないぞ。」



「申し訳ありません。私も…。」



宗太の年齢を聞いて、一同は驚きの表情を浮かべていた。



今まで童顔などとは言われた記憶の無い宗太だったが、歳を低く見られるというのも複雑な気分だ。



20歳も半ばを越えれば気にもならなくなるのだろうが、生憎とそこまで歳も取っていない。



「俺の居た所じゃあ、成人は20歳からなの。そういうルシフェラやリースは幾つなんだ?」



「む、儂か?儂はひゃ…12じゃ。」



「私は16歳です。」



ルシフェラとリースリットの年齢を聞く限り、別に人種的なもので若く見える訳では無いようなのだが。



「ゴチャゴチャ言うな、成人してんなら問題ねぇだろ!」



宗太達のやり取りに業を煮やした酔っ払いが、そう言いながら宗太を後ろから羽交い締めにする。



すると、別の男が宗太の口内に酒を流し込む。



「…む!?んぐっんっんー…!!?」



宗太はいきなり口内に流し込まれた液体を、思わず飲み込んでしまう。



苦味と僅かな辛味を感じた後、あっという間に顔が赤くなり、頭がクラクラする感覚がする。



「おお、イケるじゃねぇか!」



男達は上機嫌で次々と宗太に酒を飲ませる。



「お、おいソータ?」



ルシフェラが慌てた声をかけるが、宗太には最早周りの声も雑音のようにしか感じられなかった。




五杯も飲んだころ、宗太はテーブルに倒れ込むようにして意識を失うのだった。



その後、宗太はリードによって部屋へと運ばれ、ルシフェラ達も部屋で休む事となった。



宗太に無理やり酒を飲ませた酔っ払い達は、その後おかみさんのお盆の餌食となったのであった。



よい子は人に無理やり酒を飲ませてはいけないのである。




翌朝、宗太達は揃って宿の前に居た。



宗太は二日酔いで痛む頭を抑えており、アンジェリーナとリースリットが心配そうに見ている。



宿の前には他にも親父さん、おかみさん、ロイドが揃っている。



「それじゃあ、気を付けてね。あんた達、アンジーをよろしく頼むよ。」



おかみさんが爽やかな笑顔で別れの挨拶をする。



最後まで逞しい人だ。



「アンジィィィィィィッ!!」



親父さんは地面に転がったままアンジェリーナの名前を叫んでいる。



例によって宗太に切りかかり、おかみさんにロープで縛り上げられたのだった。



いつものごとくお盆で気絶させないだけ、これも優しさなのかもしれない。



「大変かもしれないけど、アンジーをよろしくな。」



一方ロイドは疲れきった表情で宗太に話しかける。



鎧を着込んでいることから察するに、これから衛兵としての仕事があるのだろう。



「短い間でしたがお世話になりました。」



「うむ、任された。まぁ、アンジーならそんなに心配は無いと思うがの。」



「お世話になりました。」



宗太達はそれぞれ挨拶を返す。



「パパ、ママ、お兄ちゃん、行ってきます!」



アンジェリーナも元気良く旅立ちの挨拶をする。



表情こそ笑顔だが、その目には涙が浮かんでいた。



10歳の少女なのだから、悲しくないはずがない。



宗太が軽く頭を撫でると、アンジェリーナは指先で涙を拭い改めて笑顔を浮かべた。



「き、貴様!アンジーから離れんかっ!アンジー?アンジー!アンジィィィィィィッ!!」



宗太達は親父さんの叫びに苦笑しながらも、馬車を受け取りに向かう。



「おう、お前さん達。待ってたぞ。」



馬車商の元に行くと、既に馬と馬車は繋げられ、すぐに出発出来るよう準備が整えられていた。



車体上部の二台には雨除けの布が被せてあり、風で飛ばされないように紐で馬車の金具に縛り付けられていた。



「うむ、感謝する。すぐに出ても良いのかのう?」



「ああ、構わんよ。もう代金は貰ってるからな。」



それを聞くと、早速ルシフェラは馬車へと乗り込み、宗太とアンジェリーナも後に続く。



リースリットは手綱を受け取ると御者席に座る。



「出して良いぞ。」



ルシフェラが小窓からリースリットに指示を出すと、馬車はゆっくりと進み出した。



ガタガタと石畳の上を走る馬車は、裏通り──大通りは既に人で溢れているため──でも幅の広い道を東門に向かって走る。



ハーベルは領主の城と高級住宅街のある北区には城門が無いため、北に向かう時は東西の城門から出る事になるのだ。



東門で簡単な手続きをし、街道へと出る。



「さて、目指すはルーベックじゃの!」



二手に別れた街道を左に曲がり、馬車は鍛冶の街ルーベックを目指して進むのだった。





投稿が遅れて済みませんでした。


執筆文を誤って削除してしまい、ヘコんでおりました。

書き直したのですが、微妙な所があるかもです。

全ては無常ですね。



ようやくハーベルは終わり、次の街に向かいます。

エンラさんに感想を頂いた部分はこの辺りで挿入する予定ですよ。

新キャラも早めに登場させたくなりました(笑)



それではまた次回の投稿で。

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