第11話 パパの暴走と短剣の購入です!
宿屋の前、扉を開けるのを躊躇い宗太はつい立ち止まってしまった。
「む、むう…、何とも陰湿な気配が漂って来ておるのう…。」
ルシフェラも扉を見ながら若干引き気味だ。
今後の予定は宿屋に戻ってから決めようという事になり、ルシフェラ達から魔術の応用技などを教わりながらギルドからの帰路についたのだが、宿屋の入り口からは何とも暗いオーラが出ていた。
通行人も異様な雰囲気に宿屋の前を避けるようにして歩いている。
「何か凄く開けたくないんだけど…。」
「うむ、何やら扉の前に居るだけで不幸になりそうじゃのう…。」
というよりも嫌な予感が犇々と…。
一同が躊躇っていると、ドタタタと何かが走ってくる音がし、バタンと扉が吹き飛びそうな勢いで開け放たれた。
「アンジー!!」
現れたのは宿の親父さんだった。
目の下には隈が出来ている。
おそらく夕べは睡眠を取っていないのだろう。
「アンジー、何故夕べは無断外泊なんて…!心配したんだぞ!」
「パ、パパ!?ちょっと落ち着いて…!」
親父さんは扉を開け放った勢いそのままに、アンジェリーナを抱き締めるとまくし立てる。
何という親バカっぷりだろう。
アンジェリーナは突然の出来事に困惑している。
「ちょっと落ち着いて下さい。」
話が進まないと感じた宗太は、とりあえず親父さんを落ち着かせる事にする。
「お前は…。」
漸く親父さんは宗太の存在に気付いたようである。
「…そうか、貴様がアンジーを誑かして…。」
そう言うと、包丁を握り締め宗太に向き直る。
というか、包丁なんて何処に持っていたんだ?
「お、親父さん!?」
「貴様なんぞに義父呼ばわりされたくないわっ!!」
「意味が違う!?」
宗太が頬を引きつらせて一歩後ずさると、親父さんが目をぎらつかせて切りかかって来た。
目が血走ってて恐い。
てか、本気で切りかかって来た。
親父さんも元冒険者だったのだろうか、宗太は繰り出される鋭い斬撃を必死になって避ける。
ルシフェラとリースリットは親父さんの動きを感心した様に見ている。
見てるだけじゃなくて止めて欲しい。
「そ、ソータさんに酷い事しないでって言ったでしょ!?パパなんて大っ嫌い!」
不意に我に返ったアンジェリーナが叫ぶ。
すると、親父さんは包丁を振り上げた体勢のまま固まってしまった。
やはり溺愛する娘の一言の威力は絶大だったようだ。
「いい加減にしな!!」
追い討ちをかける様にドゴッと鈍い音が響き、親父さんが地に倒れ伏す。
いつの間にか親父さんの背後に居たおかみさんが、手にお盆を持って立っていた。
それにしても、お盆の角でフルスイングとはえげつない…。
親父さんは頭から血を流してピクピクと痙攣していた。
「うぅむ…、とんでもない親バカっぷりじゃのう…。いや、バカ親か…?」
ルシフェラが顎に手を当て親父さんの評価を下す。
「先代陛下も似たようなモノでしたが…。」
リースリットの言葉は明後日の方向を向いて聞き流すルシフェラだった。
「全く、ウチのバカ亭主が済まないね。怪我は無かったかい?」
「いえ、大丈夫です。それより親父さんの方が…。」
おかみさんの言葉に苦笑いで返すと、親父さんの方に視線を向ける。
流れる血の量に比例して痙攣も弱々しくなっている。
…死なないよな?
「あっはっは、コレくらいじゃこの人は死にゃあしないさ。それより依頼の方はどうだったんだい?一日で終わらなかったって事は結構苦労したのかい?」
宗太の心配を笑い飛ばすと、おかみさんが訊ねてくる。
親父さんには心の中で手を合わせておくことにする。
「いや、ソータがヘル・ハウンド戦で少々負傷しての。大事を取って一晩休んでおったのじゃ。」
「ヘル・ハウンドだって!?良く無事に戻って来れたね。」
ルシフェラの返答におかみさんは驚愕に目を見開く。
「ソータさんがあたしを庇ってくれて…。ヘル・ハウンドを倒したのもソータさんなんだよ!」
アンジェリーナの言葉におかみさんは感心したような表情で宗太を見る。
アンジェリーナは毎度の事ながら頬を染めて見ていた。
「いや、咄嗟の事で…。それにアンジーも凄かったんですよ。マッド・ハウンド三体に怯む事無く立ち向かってましたから。」
宗太は気恥ずかしさを覚え、頭を掻きながらアンジェリーナを誉める。
「うむ、アンジーも現在の力量はBランクに相当するじゃろうな。経験さえ積めばA、いやSにも直ぐに届くじゃろう。」
ルシフェラも昨日の戦闘を思い返し、そう評する。
宗太とルシフェラに誉められ、アンジェリーナは気恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうですね。確かにアンジェリーナ様がDランクというのは過小評価が過ぎると思います。ギルドの決まりと言われれば仕方の無い事ではありますが…。」
「へぇ、アンジーはDランクになったのかい?…あぁ、ヘル・ハウンドとマッド・ハウンドの群れを討伐したなら数ランクアップも当然かねぇ。」
リースリットの言葉におかみさんは驚き、しかし納得したという風にアンジェリーナの頭を撫でている。
嬉しそうに頬を緩めて撫でられているアンジェリーナに、その場に和やかな空気が流れる。
…地面の親父さんを除いて。
「おお、そうじゃった。儂等もここで宿を取りたいのじゃが、部屋は空いておるかのう?」
ルシフェラが思い出したようにおかみさんに訊ねる。
「空いてるよ。一人部屋が角銀貨五枚、二人部屋は八枚だけどどっちにするんだい?」
「二人部屋で頼む。代金は…、ソータ、頼めるかの?」
そう言えばまだ報酬を分けていなかったなと思い、宗太が代わりに代金として角金貨一枚を支払う。
「はい、確かに。アンジーが世話になったんだ。今夜はご馳走を作らせて貰うよ。」
おかみさんはにこやかにそう言うと、親父さんを引き摺って宿の中に戻って行った。
「…哀れな親父殿じゃの。」
その様子を見て、ルシフェラがポツリと呟く。
場には微妙な空気が流れた。
四人は宿に入ると、少し早めの昼食を取りながら今後の予定について話し合うことにした。
「報酬だけど、きっちり金貨八枚だから一人二枚ずつで良いかな?」
宗太は報酬の入った袋をテーブルの上に置く。
「いや、儂等はどうせ一緒に旅するのじゃ。纏めておいても良いじゃろう。アンジーは…。」
「あ、あたしはそんな大金受け取れません!それに倒したのは皆さんだし…!」
ルシフェラの言葉にアンジェリーナは慌てて答える。
外食で一食100エリー前後、一泊二食付きで500エリー程度なのに20万エリーとなれば確かに大金だろう。
因みに一般人の月収は凡そ4万エリー、実に五ヶ月分である。
「でも、アンジーも頑張ったんだしちゃんと報酬は分けないと。」
「じゃあ、必要になるまで預かってて下さい!」
アンジェリーナはこの場では受け取る気が無いようである。
「…ふむ、そうじゃの。では必要になるまで預かっておくとするかの。」
ルシフェラは何かに気付いたのか、ニヤリと笑うとそう言った。
「うーん…、それじゃあ一人金貨一枚ずつで、残りはリース。預かってて貰えるか?」
今後何か必要になるかもしれないので、報酬は半分ずつ。
残りは管理がしっかりしてそうなリースリットに預けておく事にする。
「畏まりました。」
リースリットは了解すると、残りの金貨の入った袋を影に収納する。
いつ見ても便利な能力だ。
「それじゃあ、俺はこの後リードさんの所に寄ってからユニスさんの店に行くよ。」
「誰じゃ、それは?」
宗太が今日の予定を話すと、ルシフェラが質問する。
「リードさんは武器屋さんで、ユニスさんはお洋服屋さんなんです。」
ルシフェラの質問にはアンジェリーナが代わりに答える。
「武器屋に洋服屋か。では、儂等も着いて行こうかの。勿論アンジーもじゃ。」
ルシフェラの言葉にアンジェリーナは不思議そうに首を傾げる。
「アンジーには魔導書があるが、それ以外にも護身用の武器が必要じゃろう。咄嗟の危機回避にはそういった物の方が有効な場合もあるしの。」
ルシフェラがそう言うと、アンジェリーナも納得したようだ。
「はい!それじゃあ、あたしもご一緒します!」
「それじゃあ皆で行こうか。」
今後の予定も決まった事だし、さっさと昼食を食べ終える事にする。
「リードとやらはどんな人物なのじゃ?」
武器屋への道すがら、ルシフェラが訊ねてくる。
「うーん…、何というか、山賊の頭…?」
未だに山賊というイメージが抜けきっていない宗太だった。
「ソータさん、そんな事言ったらリードさんが可哀想ですよ。変わった人ですけど、武器の目利きは確かだって言われてる人です。」
宗太の評に苦笑して、アンジェリーナが代わりに答える。
「山賊で変人…、何とも関わり合いになりたくないような人物じゃのう…。」
ルシフェラは両方のダメな評価を受け止めたらしい。
「あ、此処です!」
武器屋の前に着くと、アンジェリーナが扉を開け入っていく。
宗太達も後に続いた。
「おう、アンジー。今日はどうしたんだ?」
武器屋に入ると、変人な山賊こと店主のリードが四人を出迎えた。
「ソータさんが武器の修理の依頼で、あたしは護身用の武器を買いに来たんです。」
「…確かに山賊じゃのう。」
「…ですね。」
リードを見たルシフェラとリースリットも、宗太の評価に納得した様子だった。
「山賊じゃねえ!元冒険者だ!」
リードは出会い頭の暴言に若干怒ったように返す。
「しかし、ボウズはもう剣を壊しやがったのか?いくらなんでも早過ぎるだろう。それにこの嬢ちゃん達は誰なんだ?」
リードは気を取り直して話しを進める事にしたようだ。
「…ちょっと依頼でヘル・ハウンドとやり合う事になりまして。この二人はルシフェラにリースリット。冒険者の仲間です。」
正直にルシフェラに折られましたなどと言える訳も無く、ヘル・ハウンドに罪を被って貰うことにする。
ルシフェラはバツの悪そうな顔をしていた。
「ヘル・ハウンドだあ?ボウズはまだそんな依頼を受けられるランクじゃなかっただろうが。」
「ギルドの確認ミスで、Bランクの依頼のマッド・ハウンド達のボスがヘル・ハウンドだったんですよ。」
宗太は苦笑しながら両手剣を渡す。
「そりゃ災難だったな。…こりゃウチじゃ直せんな。」
リードは剣を受け取ると一頻り確認し、眉を顰めてそう言った。
「直せる人は居ないんですか?」
「うーむ、背中の長刀じゃ駄目なのか?まぁ、直すなら北のガルズ山脈の麓にあるルーベックって鍛冶の街に居るグストってドワーフの親父を訪ねな。」
そう言って宗太に剣を返す。
ルーベックって何処だろうか。
後でルシフェラ達と相談するしかなさそうだ。
「んで、アンジーは護身用の武器だったか?」
リードは次にアンジェリーナに向き直る。
「は、はい!あたしでも扱えるような武器ってありますか?」
「…そうだな。用途が護身用のみなら短剣辺りが良いかもしれねぇな。」
そう言って店内を移動し、手に数本の短剣を持って戻ってきた。
「これらが無難だろう。握ってみてしっくり来るモノを選びな。」
カウンターの上に六本の短剣が置かれる。
どれも装飾は少な目で、実用性を重視したモノなのだろう。
アンジェリーナは一本ずつ手に取ると、鞘から抜き重さや握り心地を確かめていく。
暫く確認を続け、二本の短剣に絞り込んだようである。
選んだ短剣は根元が櫛状になっている方刃の所謂ソードブレイカーと呼ばれる物と、同じく方刃だが反りの大きな短剣だった。
「こっちの短剣は重さが丁度良いんですが、握り心地が少し…。こっちは握り心地は良いんですがちょっとバランスが。」
「握りなら柄の革紐を調整すればどうにでもなる。使い易い方にしな。」
悩むアンジェリーナにリードが助言する。
「それじゃあこっちにします!」
リードの助言を受けて、アンジェリーナはソードブレイカーを使う事にしたようだ。
「んじゃ、調整するからこっちに来な。」
リードはアンジェリーナの手や握り方の癖などを調べていく。
「早めに調整は終わらせとくから、また後で来てくれ。代金はその時で良い。」
一通り調べ、メモを取った後リードにそう言われる。
「ありがとうございます。それじゃあ、また後で取りに来ます。」
アンジェリーナはリードに礼を言う。
「そっちの嬢ちゃん達の武器は要らんのか?」
「儂等は既に持っとるからのう。新たな武器は不要じゃ。」
ルシフェラがリースリットの双剣を示して答える。
「ほう、こりゃあ見事な魔剣だな!」
リードは軽く見ただけでリースリットの双剣の価値を見抜いたらしい。
武器の目利きが優れているというのは確かなようだ。
「それじゃあ、そろそろ失礼します。」
宗太達はそれぞれ挨拶をすると、ユニスの店に向かう為に武器屋を後にした。
急いで書き上げたんでちょっと短いかも知れません。
ごめんなさい。
それにしても親父さんやらリードやらユーリスやらと、我ながらおっさんキャラの扱いが…。
それではまた次回の投稿で。