第10話 街への帰還と不機嫌な魔王様
森の木々の隙間から差し込む朝日を浴びて、宗太の意識が浮上する。
重い瞼を僅かに開くと、数日前にも見た蒼と白、そして緑。
「…知らな…。」
「お目覚めですか?ソータ様。」
最早色んな所でテンプレ化しつつある台詞を呟こうとしたが、宗太が起きた事に気が付いたリースリットによって遮られてしまった。
(悔しくなんか無いもん!コレは心の汗だもん!!)
目から熱い液体をこぼしながら、そう心の中で言い訳する。
「…お早う、リース。」
「お早うございます、ソータ様。もう少しで朝食が出来上がりますので、もう暫くお待ち下さい。」
宗太が挨拶をすると、リースリットも返してくれる。
見ると朝食を作ってる最中のようで、焚き火の上に鍋を固定し、お玉で中身をかき混ぜていた。
食欲を刺激する良い匂いが漂ってくる。
固くなった身体を解す為に伸びをしようと、身を起こそうとする宗太だったが、左腕が動かずに再び倒れ込んでしまう。
「な、何だ!?」
突然の事に混乱する。
左腕に意識を向けるが、動かない所か感覚すら無かった。
「…んん、むー…。」
それでも必死になって左手を動かそうとした宗太だったが、次いで聞こえてきた甘い呻き声に思考を停止させる。
恐る恐る視線を左腕に向けると、毛布の一部が盛り上がっているのが目に入る。
何事かと寝起きで回らぬ思考で必死に考えていると、不意に左腕の膨らみがゴソゴソと動き出す。
「…んん、朝かの。お早う。」
「…お早う。」
どうやら今朝もルシフェラが潜り込んでいたようだ。
腕の感覚が無かったのはルシフェラに血管を圧迫されていたせいか。
ルシフェラが動いた為、血が巡り始め腕が痺れる。
「…何で今日も潜り込んでんだ?」
宗太は痺れを取るように左腕をさすりながら訊ねる。
「…んむ?」
ルシフェラは未だ寝ぼけているようで、目を擦りながらぼうっとしている。
「申し訳ありません。毛布が二枚しかありませんでしたので、ソータ様とご一緒させて頂きました。アンジェリーナ様から毛布をお借りするのも可哀想ですし…。」
寝ぼけているルシフェラに代わってリースリットが宗太の疑問に答える。
アンジェリーナの方を見ると、寒く無いようにしっかりと毛布にくるまれている。
なる程、朝は微かに肌寒い。
まだ幼いアンジェリーナから毛布を剥がすのも可哀想だ。
しかし、宗太は異性として見られていないのだろうか?
そう考えて若干悲しくなるのだった。
「それなら別に俺は毛布無くても良かったんだけど。」
「そういう訳にはいきません。ソータ様はお怪我をされていたのですから、身体に障ります。」
宗太が気を取り直してそう言ったものの、それは即座にリースリットに否定される。
「それはそうと、お身体の方はもうよろしいのですか?」
リースリットに訊ねられ、宗太は身を起こして伸びをすると身体を軽く動かしてみる。
毛布を敷いていたとはいえ、固い地面に寝ていたため少々身体が固いが特に問題は無さそうだ。
「うん、もう大丈夫みたい。痛みも全く無いし。」
「全く呆れた回復力じゃのう…。」
宗太がそう答えると、寝起きの頭からようやく回復したルシフェラが呆れ顔で言ってきた。
宗太自身そう考えていた為何も言い返せなかった。
「それは良かったです。それでは朝食に致しましょう。」
リースリットは微かに笑ってそう言うと、アンジェリーナを起こしに行く。
何やら夕べからリースリットの表情が柔らかくなっている気がする。
今までは表情を顔に出さない事の方が多かった気がするのだが、打ち解けられたと考えても良いのだろうか。
ルシフェラもそれに気付いているのか、笑みを浮かべてリースリットを見ていた。
「で、これから街に戻るんで良いんだよな?」
リースリットから渡されたパンとスープを食べながら、今後の予定について質問する。
「うむ、昨日の内にマッド・ハウンドから素材は剥ぎ取っておいたしの。」
同じく朝食を食べながらルシフェラが答える。
リースリットがアンジェリーナを起こした後は少々大変だった。
宗太を見たアンジェリーナが抱き付いて泣き出してしまったのだ。
昨日もアンジェリーナを庇って傷付いた宗太に対して、自分を責め続け宥めるのが大変だったらしい。
再び自分を責め出したアンジェリーナを三人で宥め、先程ようやく泣き止んでくれたのだった。
朝食を食べている今も若干目が潤み、腫らしている。
「マッド・ハウンドは良いんだけど…、アレは?」
宗太が指差した方向には三メートルを越す巨体が横たわっている。
所々傷があり、流れた血は固まっているようだ。
首から頭頂にかけて風穴が空いているのは、宗太の聖剣によるものだろう。
「む?ああ、アレはこのままギルドまで運ぼうと思う。」
ヘル・ハウンドの死体をチラリと見やったルシフェラがそう答える。
「んな!?あんなの持ってったら街中で軽くパニックが起こるぞ!?」
一体ルシフェラは何を考えているのか。
宗太は起こるであろう騒動を考えて頭が痛くなるのを感じた。
「ククッ、騒動などギルドの連中にどうにかさせれば良い。あ奴等の怠慢でコッチは怪我人まで出たのじゃ。宗太だったからこそ軽い怪我で済んだが、他の冒険者連中だったら確実に死人が出ていた問題だったんじゃぞ?あれがアンジーだったら…。Bランク程度の冒険者パーティーなら全滅すらあり得た。」
そう答えるルシフェラは不機嫌そうだった。
リースリットも今回は文句も無いようで、静かにスープを飲んでいる。
こちらも表情にこそ出してはいないが、怒っているような雰囲気を出していた。
宗太としても、こういった問題が起きなくなるならそちらの方が良いと考えた。
ヘル・ハウンドから受けた突進の衝撃を思い出し、本当にアンジェリーナが無事で良かったと思う。
食事が終わると、リースリットが魔術で出した水で鍋や食器を洗う。
そのまま焚き火に水をかけて火を消すと、鍋や食器、毛布を影に収納させる。
魔術便利過ぎるだろ。
「で、コレを運ぶのか…。」
宗太は試しにヘル・ハウンドを押してみる。
動かせなくは無いが、ロングホーン・ボアと比べると大分重い。
というか、重量よりも前が見えない方が問題か。
「この程度、三人で持ち上げれば訳ないじゃろ。」
ルシフェラはそう言うと、頭部を掴むと持ち上げる。
リースリットも後ろ足の方を掴み、同じ様に持ち上げた。
一体どんな筋力をしているんだろうか。
宗太は疑問に感じながらも、脇腹の下に潜り込むと肩に乗せるように持ち上げる。
確かに三人なら問題は無さそうだ。
アンジェリーナはその様子を目を丸くして見ていた。
「では、行くとするかの。」
ルシフェラの号令と共にハーベルに戻る為歩き出した。
「お、おい、お前等!何だソレは!?」
城塞都市ハーベルの城門に近付いた頃、不意に前方から声をかけられた。
宗太が何事かと視線を向けてみると、数人の衛兵が困惑した表情で立っていた。
彼等はイーヴルニスの森から近付いてくる黒い塊を確認して、待機していたのだった。
中にはモーリスとロイドの姿もある。
「見て判らぬのか?ヘル・ハウンドの死体じゃが。」
ルシフェラが事も無げに答える。
「そういう事を聞いてるんじゃない!ソレをどうするのかと聞いてるんだ!!」
衛兵達は困惑を強めて問い質そうとする。
こんなモノが街中に持ち込まれれば、市民が混乱するのは確実だ。
それ位判るだろうに、ルシフェラは何が問題なのかと言いたげな表情をしているのだ。
「ギルドで受けた依頼での、『マッド・ハウンド10体の討伐』。その素材を買い取って貰うのじゃよ。アンジーの兄上殿は知っておるじゃろ?」
宗太達はヘル・ハウンドをその場に下ろし、ルシフェラがロイドを見ながら衛兵に答える。
衛兵達の視線がロイドに集中する。
「あ、ああ…。確かに昨日依頼書を確認したが、どうしてヘル・ハウンドが…?」
ロイドはそれを認めるが、困惑の表情はそのままだ。
「マッド・ハウンドを9体倒した後、その群れのボスだったヘル・ハウンドに襲われました。お陰で初心者のアンジェリーナ様が危険に晒されました。ソータ様が身を挺して庇われた為大事には至りませんでしたが、コレは依頼内容の確認を怠ったギルドへの抗議の意味でもあります。どうかこのまま入城を認めて下さい。」
リースリットが一歩前に進み出ると、そう言ってお辞儀をする。
「アンジー…、怪我は無かったのか!?」
「う、うん、ソータさんが護ってくれたから。」
リースリットの言葉を聞いたロイドが、顔を青くしてアンジェリーナに詰め寄る。
アンジェリーナはビックリしながらもそう答えた。
一方モーリスは信じられないモノを見たような表情をしていた。
ヘル・ハウンドはAクラスの熟練冒険者でも十数人、一般兵なら五十人以上で漸く討伐出来るような魔獣である。
それをたった四人、しかもDクラス一人にFクラス三人という新米冒険者パーティーが討伐したという。
更には男女三人でその巨体を運んで来たのだ。
「お前等は一体…。」
「なに、只の新米冒険者じゃよ。」
モーリスの呟きにルシフェラはそうとだけ返すと、通行書を渡す。
「では、コレはこのまま運ばせて貰うぞ?」
ルシフェラはそう言って再びヘル・ハウンドを掴む。
宗太達もそれに続いて持ち上げると、唖然としている衛兵達を横目に城門を潜る。
衛兵達は呆然とそれを見送っていた。
ギルドまでの道のり、西門から続く大通りに居る人達は、皆一様に宗太達を見て目を見張っていた。
高ランクの魔獣をたった三人で持ち運び、しかもその内の二人が少女なのだ。
気にするなという方が無理だろう。
「クククッ、皆注目しておるようじゃのう。」
そんな中、ルシフェラは楽しそうに笑っている。
宗太としてはここまでの反応とは予想外だった。
何せモーゼよろしく人の波が割れて行くのである。
進みやすくはあるのだが、奇異の視線が刺さってイタい。
「あうぅ…、恥ずかしいです…。」
アンジェリーナは耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに毛皮に顔をうずめている。
割れた人垣の中央を歩いていくと漸くギルドに辿り着く。
ギルド前には騒ぎを聞きつけた職員が数人立っていた。
職員は顔を青ざめさせてヘル・ハウンドを眺めている。
「ギルドの職員じゃな?この魔獣を買い取って貰いたいのじゃが…。」
ギルド職員の姿を認めたルシフェラがそう話しかける。
「こ、コレをですか…?」
ギルド職員が恐る恐るといった風に訊ねてくる。
「うむ、昨日受けたBランクの依頼の素材じゃ。」
ルシフェラがBランクという部分を強調して答えると、職員はギョッとして慌て出す。
「か、買い取りの交渉等は中でご対応させて頂きますので、どうぞコチラへ。」
「では、そうさせて貰うとしようかの。」
ギルド職員はにこやかに対応するが、額には汗をびっしりと浮かべていた。
対するルシフェラは意地の悪い笑みだ。
職員に促されるまま、素材搬入出用の裏口から中に入る。
「…さて、Bランクで受注した依頼で何故かヘル・ハウンドが出てきたんじゃが、どういう訳か説明しては貰えるのかの?よもやヘル・ハウンドのランクが下げられた訳ではあるまい?」
ギルドの買い取り室の床にヘル・ハウンドを置くと、ルシフェラが目を細めて腕を組み問い詰める。
「そ、それは…。」
「確か依頼内容の確認はギルドの義務じゃったよな?森の入り口におったのはヘル・ハウンドを入れて丁度10体じゃった。ヘル・ハウンドの討伐はAからSランクに分類されておったと記憶しておるのじゃが。コチラはオヌシ等の怠慢で危うく死人が出る所じゃった。」
ルシフェラからプレッシャーというか最早殺気といっても良いモノが放たれる。
プレッシャーに当てられギルド職員達は顔を青ざめさせている。
やはりリースリットも止める気は無いようだ。
無作為に放たれてる所為でアンジェリーナまで顔を青くしているのだが。
「ルシフェラ、ちょっと落ち着け!」
仕方がないので宗太が止めに入る。
ギルド職員はどうでもいいが、これ以上はアンジェリーナが心配だ。
「…むう。」
ルシフェラは口を尖らせながらも落ち着きを取り戻す。
ホッとしたのか、数名の職員はへたり込んでしまっていた。
本気じゃないとは言え魔王の殺気を受ければ当然か。
「えっと、そちらのミスで我々が危険に陥ったのは事実ですので、今後この様な事が無いように徹底して頂きたいのですが。」
宗太が出来るだけ柔らかくそう言うと、職員達に一斉に謝罪された。
その後、職員にギルドカードとマッド・ハウンドの素材を渡し、査定等が終わるまで表の椅子に座り待つ事にする。
「しかし、話し合いで殺気を撒き散らすってのはどうよ?アンジーまで巻き込んでたぞ。」
「…ふん、アレでも大分手加減してやったのじゃぞ。」
宗太が苦笑しながらルシフェラに言うと、不機嫌そうな答えが返ってきた。
「しかし、アンジーまで巻き込んでしまったのは儂の不注意じゃった。済まんかったの。」
「いえ、気にしてません!ソータさんやあたしの為に怒ってくれたのは嬉しかったですし。」
姿勢を正したルシフェラの謝罪に、アンジェリーナは笑って答える。
注意はしたものの、宗太としても大事に思ってくれているのだと感じられて嬉しかった。
宗太達が話していると、女性職員がテーブルへと近付いてくる。
そちらを向くと、職員は一礼してから話し始める。
「お待たせ致しました。買い取り金額と依頼報酬ですが、金貨八枚になります。コチラの不備で皆様にご迷惑をお掛けしてしまった為、本来の報酬相当額に少しばかり上乗せさせて頂きました。」
そう言ってコインの入った袋をテーブルの上に置く。
「次にランクの方ですが、皆様をAランクにするべきとの意見も出たのですが、なにぶん前例の無い事ですのでそれぞれ2ランクアップという事にさせて頂きました。」
今度はギルドカードが四枚置かれた。
宗太が自分のカードを確認してみると、ランクがBになっていた。
まさか依頼一回でBランクになるとは…。
「今後この様な事が無いように徹底させて頂きます。申し訳ありませんでした。」
最後にもう一度礼をする職員に、もう気にしていないと言って席を立ちギルドを後にする。
ユニスとの約束までまだ時間がある。
少しゆっくりと休みたいと思いながら、宗太は皆と宿屋に戻る事にしたのだった。
今回はあまり話しが進みませんでしたね、済みませんです。
え、何時も通り?
最近携帯のバッテリーがヤバい事に…。
ネット接続すると二十分経たずに電源切れます。
出先で投稿後の修正が出来ないorz
まだ一年しか使って無いのに…。
愚痴ばかりでもアレなので、嬉しかった事を。
今日確認したらお気に入りが60件越えていました!
読んで下さってる方々ありがとうございます!
それではまた次回の投稿で。