第9話 駄犬の主と聖剣と。です
「コレは…、ギルド職員の怠慢じゃのう。」
ルシフェラは呆れ顔で呟く。
目の前にはマッド・ハウンドより遥かに大きな体躯。
体高は三メートルを超えるだろうか。
漆黒の毛並みが木々の間から差し込む陽光に僅かに光る。
先の魔獣とは格が違うと見る者全てに理解させるような威圧感を放っていた。
「…やっぱり、さっきまでの魔獣とは違うん、…だよね?」
念のため確認をしてみる宗太。
「ヘル・ハウンド。先程のマッド・ハウンドの上位種です。特徴はその巨躯に似合わぬ俊敏さと口から吐き出す火炎、厚く堅い体毛により刺突は若干有効ですが、斬撃、打撃によるダメージは軽減されます。ランクはAですが、その中でも上位に位置します。」
リースリットが魔獣からは目を離さず、丁寧に説明してくれる。
ヘル・ハウンドは威嚇するように状態を低く屈め、低い唸り声を上げている。
「大方他の犬っころのボスでもしてたんじゃろう。よもやコヤツを見間違える阿呆が居るとは思わなんだ。」
そう言いつつ、ルシフェラは漆黒の大剣を大鎌に変化させる。
「こんなのどうやって倒せってんだ?」
宗太の武器は折れ曲がったツヴァイ・ハンダーのみ。
本来の性能ならば刺突による貫通力はかなりのモノを持つのだが、曲がった刃先では十分に威力を乗せられない。
打撃すら軽減されてしまうとなると、こんな物ではロクにダメージも与えられ無いだろう。
残るは魔術だが、慣れていない現状では詠唱中に隙が出来る上に甘い狙いだと避けられてしまう可能性が高い。
宗太は冷たい汗が背を伝うのを感じた。
「ソータとアンジーは下がっておれ!コヤツは今のオヌシ等が相手にするには少しばかり手に余るじゃろう。」
宗太とアンジェリーナの力量を良く理解しているルシフェラが二人に指示を出す。
「…っ!分かった!」
「わ、分かりました!………きゃっ!」
この中での一番の実力者はルシフェラだ。
ならばここは素直に従うべきだろう。
そう判断し、宗太は魔獣に注意を払いつつ後退りする。
アンジェリーナも同じように下がったのだが、魔獣に注意を払い過ぎた為か足元が疎かになり木の根に躓き転んでしまう。
それを好機と見たか、それまで低い唸り声を上げながら様子を窺っていたヘル・ハウンドがアンジェリーナに向き直ると牙を剥いて飛びかかった。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
アンジェリーナは咄嗟の事に身動き取れず、叫び声を上げながら目を瞑り身を竦ませる。
「戯け!オヌシの相手は儂じゃろうが!」
それを見たルシフェラは怒声と共に鎌を一振りする。
すると、鎌から放たれた複数の斬撃が空中にいたヘル・ハウンドの脇腹に吸い込まれ横に吹き飛ばす。
しかし、その斬撃も堅い体毛に阻まれダメージを与えられなかったようで、直ぐに立ち上がると体勢を直す。
だが、ルシフェラとしてはその僅かな時間で十分だった。
ヘル・ハウンドが体勢を立て直した頃には既に、リースリットがアンジェリーナを抱えて後方へと移動させていた。
宗太も直ぐにそちらへと移動する。
「さて、戯れようかのう?犬っころよ。」
ルシフェラが酷薄な笑みを浮かべながらそう言い放つ。
リースリットも双剣を構えると風鎧を展開し、ヘル・ハウンドの退路を断つように回り込む。
「ガァァァァッ!」
ヘル・ハウンドが唸り声と共に前足を振るうと、ルシフェラはバックステップで回避する。
続け様にルシフェラの着地点に向かって噛み付くが、ルシフェラは自分の影に沈み込んでさらに回避する。
すると、目標を見失って辺りを見回すヘル・ハウンドの下、影の中から大鎌と共にルシフェラが飛び出しヘル・ハウンドの腹部へと刃を突き刺す。
それと同時に、リースリットが右手の剣に雷、左手の剣に風を纏わせると高く飛び上がり、ヘル・ハウンドの背に双剣を突き刺す。
「ガァァァァッ!!」
ヘル・ハウンドは内から雷に身を焼かれ、風で肉を切り裂かれ暴れ回る。
「フッ!」
ヘル・ハウンドの下から抜けたルシフェラが短い気合いと共に顔目掛けて鎌を振り下ろすが、しかしこれはヘル・ハウンドが身を捩り避けた事で左首筋を軽く斬るに留まる。
ルシフェラの着地を狙い、ヘル・ハウンドが左前足を地面に叩き付けると地面が大きく抉れた。
しかし、既にその場にルシフェラは居らず、ヘル・ハウンドの右前足が鎌で斬られ、脇腹を双剣で裂かれていた。
ヘル・ハウンドが溜まらず口から炎を吐き出して距離を取るも、ルシフェラとリースリットは一瞬で防御壁を展開し防ぎきると、次の瞬間には影に沈みヘル・ハウンドの下に移動すると追撃を掛ける。
「すげぇ…。」
ルシフェラとリースリットの息の合った連携と圧倒的な攻撃の嵐に、宗太とアンジェリーナはただただ見惚れるばかりだった。
だが、見惚れていて気を抜いたのがいけなかった。
ヘル・ハウンドはルシフェラとリースリットの二人との実力差を悟ると獲物を変更する事にした。
ヘル・ハウンドは自分の周り、広範囲に炎を撒き散らすと、突っ立ったままのアンジェリーナに向かって駆け出す。
ルシフェラとリースリットは炎を防御壁で防ぐが、炎に視界を遮られ反応が遅れてしまった。
「…え?」
突然襲い掛かって来た巨大な魔獣の脅威に、アンジェリーナは動けず立ち尽くしたままだった。
「アンジー!」
一瞬早く反応した宗太がアンジェリーナを突き飛ばした。
「ガッ…!?」
ヘル・ハウンドの噛み付きは何とか身を捩って回避した宗太だったが、体勢を崩した状態ではその後の体当たりを避ける事は出来ずに吹き飛ばされる。
地面を転がり、仰向けに倒れた宗太の身体をヘル・ハウンドが前足で押さえ込む。
「ソータ!!」
「ガッ!?あああぁぁぁッ!!」
「──…ッ!?」
宗太を助ける為に踏み出そうとしたルシフェラだったが、宗太の叫び声で留まる。
ルシフェラの動きを察知したヘル・ハウンドが牽制の為に宗太を踏む力を強めたのだ。
下半身の骨が軋む。
苦痛に悲鳴が口から漏れる。
吹き飛ばされた衝撃か、意識が霞む。
ルシフェラ達の叫び声が耳に届くが、何を言っているのかが分からない。
───死。
近付いて来るヘル・ハウンドの獰猛な口を見て宗太がそう意識した時。
「────────!!!」
脳裏に浮かんだ名前を無意識の内に叫んでいた。
「──…な、何じゃ!?」
思わずルシフェラが困惑の声を漏らす。
宗太の叫びと共に、宗太の身体とヘル・ハウンドの口との間に強い光を放つ白い魔術陣が展開されると、それは宗太の右手に収束していく。
コレは自分の武器だと直感で理解する。
「コレでも…喰らってろ!!」
宗太は、突然の光に怯み身を引いたヘル・ハウンドの頭に光を叩き込むと、そのまま意識を手放した。
────────
「…ん。」
宗太が目を覚ますと、そこは暗い森の中だった。
「おお、目が覚めたようじゃの。」
宗太に気が付いたルシフェラが声を掛けてきた。
どうやら火の番をしていたようだ。
アンジェリーナは向かいで毛布にくるまって寝息を立てていた。
「何で森の中で野宿を…?…ッ!」
そう言いながら身体を起こすと、若干痛みを感じて顔を顰める。
「まだ無理をするでない。犬っころから受けたダメージがまだ抜けきってはおらんじゃろ。」
それを見たルシフェラは苦笑しながらも優しく声を掛ける。
「…!そうだ、あの魔獣は!?」
宗太が気を失った後は一体どうなったのか。
生きているという事は倒せたのは間違いないのだろうが。
「説明の前に食事を取られてはいかがですか?食べられないようでしたら無理にとは言いませんが。」
そう言いながらリースリットがパンとスープ、干し肉を渡してくれる。
「あ、ありがとう。」
礼を言って受け取ると、宗太は食事を食べ出す。
昼間に激しい戦闘をしたせいか、動く気力こそ無いものの食欲だけはあった。
「ヘル・ハウンドの件じゃが…、その様子だと覚えてはおらんようじゃの。」
宗太が食べ始めるのを確認してからルシフェラがそう切り出す。
「うん、まあ、あの時は必死だったからね。何か叩き込んだのは覚えてるんだけど。」
宗太は気絶する前の事を思い出そうとする。
しかし、肝心な部分の記憶があやふやで思い出せない。
「ふむ…、では順を追って説明するとしようかのう。」
ルシフェラは焚き火に枯れ枝を足すとリースリットからお茶を受け取り話し始める。
宗太もお茶を受け取ると一口飲み、食事を続けながら聞く事にする。
というか、ポットはどこから持って来たんだろうか。
「あの時、儂とリースがヘル・ハウンドの吐いた炎で視界を遮られ、反応が遅れた隙を突いてヤツがアンジーに襲い掛かったのじゃが。」
「それは覚えてる。アンジーを突き飛ばしたらアイツの突進を受けたんだよな?」
今なら吹き飛ばされたのは理解出来るが、意識が飛びかけたのかその後がはっきりとしない。
「うむ、オヌシを吹き飛ばした後、ヤツはオヌシを前足で押さえつけおった。助けようにも、動こうとすればオヌシを踏む力を上げられ儂もリースも身動き出来んかった。済まんの…。」
ルシフェラは俯き、申し訳なさそうに謝罪する。
リースリットも同じように俯いてしまう。
「いや、気にしないでよ。元はと言えば、ルシフェラ達に任せっきりで気を抜いてた俺の自業自得だったんだし。」
「しかし、のう…。」
「自分の失態でルシフェラ達が落ち込むというのは嫌なんだよ。」
尚も気に病む様子のルシフェラにそう言うと、ルシフェラは苦笑しながら顔を上げる。
「オヌシがそう言うのなら、うむ、今回の事はもう言うまい。…それで、じゃ。ヤツがオヌシに噛み付こうとした瞬間、オヌシが何事か叫ぶと白い魔術陣が現れたのじゃ。」
ルシフェラはお茶を一口飲むと説明に戻った。
「白い魔術陣…?光属性のか?」
「うむ、その後現れた剣をヘル・ハウンドに突き刺しオヌシは気を失ったのじゃ。オヌシの横にあるじゃろう?」
ルシフェラが指差した方を見ると、宗太の横に長大な一振りの刀が置いてあった。
全長は160センチメートルを超えるくらいか。
どちらかと言えば反りは小さく、幅の広い打刀といった形状だ。
野太刀と言った方が正しいのかは刀剣にあまり詳しくない宗太には判らないのだが。
薄い蒼の柄と鞘には橙と金で綺麗な装飾が施されている。
軽く鞘から抜くと、白銀色の刀身が炎の光を反射し仄かに輝いている。
「おそらくはそれがオヌシの持つ聖剣じゃろうな。銘は何と言うのじゃ?」
ルシフェラが聞いてくるが、宗太も覚えてはいないのだった。
『聖煌輝剣アカツキだよ。』
宗太が返答に窮していると、リリスから助け舟が出された。
「…聖煌輝剣アカツキらしい。」
「らしい、とは何じゃ。オヌシの聖剣じゃろうに。」
宗太の曖昧な返答にルシフェラは若干呆れ顔だ。
「し、仕方ないだろ!?最後の方は覚えて無いんだし!」
「ま、そうじゃな。仕方ないじゃろうのう。」
ルシフェラは向きになって反論する宗太を笑いながらからかう。
「フフッ…、ソータ様はまだ体調が万全では無いのですから、そろそろお休みになってはいかがですか?火は私が見ておりますので。」
宗太とルシフェラのやり取りを見ていたリースリットが、微笑を浮かべながらそう提案してくる。
リースリットの自然な笑みを見たのは初めての気がする。
「む?それもそうじゃな。火は儂とリースで交代で見れば良い。」
「そう?それじゃあお願いするよ。」
せっかくの二人の好意を無碍にするのも悪いと思ったので、ここは素直に甘えておくことにする。
「それじゃあ、二人共お休み。」
「うむ、ゆっくりと休むが良い。」
「お休みなさい、ソータ様。」
二人の声を聞いた宗太は、直ぐに眠りへと落ちていった。
サブタイはリースリットver.な訳ですが、アンジェリーナとの区別が付き難いですかね?
しかし、漸く聖剣出せましたよ。
聖剣を出すためだけのヘル・ハウンド戦でしたよ。
今回の書き始めの構想では「ルシフェラを助ける為に~」な筈だったんですが、「チート魔王様を危機に陥れる魔獣ってどんなだよ?」って事でこんな感じに…orz
あ、アンジェリーナでも良かったのか…。