第8話 勇者召喚魔術の秘密?と犬っころ退治じゃ!
「魔術の基礎は教えたことじゃし、犬っころの退治には魔術を使ってみてはどうじゃ?」
森に向かって草原を歩きながら、ルシフェラがそう提案してくる。
「で、でもあたしはまだ魔術陣を描くなんて出来ませんよ?」
そんな提案にアンジェリーナが不安そうに返す。
確かに宗太達は魔術陣の細かい構成などは教えて貰っていないのだ。
いきなり実戦というのは酷と言えるだろう。
口には出さないが宗太も内心では不安を感じていた。
しかし、ルシフェラはそんな二人の不安も一笑に付す。
「オヌシ等…、一体何のための意識持ちの魔導書じゃと思っとるんじゃ?元は今の魔族では束になっても適わぬ最高位の魔術師じゃぞ。呪文の詠唱から魔術陣の展開まで指示を出せば色々と補助してくれるじゃろう。」
話し方がフレンドリー過ぎて流石にそこまで凄い娘だとは思わなかった。
『その娘の言うとおりだよ。』
「うわっ…!?」
「ソータさん?って、え、レイティアさん!?」
いきなりリリスの声が聞こえて驚いた宗太。
アンジェリーナにもレイティアの声が聞こえたのか驚いた顔をしている。
『あー、今私とパスが繋がってるのはソータだけだから、声に出すと危ない人だよ?他の人に私の声聞こえないし。心の中で私に語り掛ければ会話出来るから。』
宗太は言われた通りに心の中での会話を試みる。
(…えっと、コレで良いのか?)
『うん、良好良好。良く聞こえるよ。』
頭の中でリリスを思い浮かべながら語り掛けると、どうやら通じた様でそんな答えが返ってくる。
(それで、ルシフェラの言うとおりってのは?てか、リリスには皆の声が聞こえるんだな。)
『細かい魔術の設定を教えてくれればサポートするよっていう事。意識体として音を聴いたり周囲を見たりとかは出来るんだよ。でも意識体の姿は基本的に人に見えないし、声はパスが通じた人にしか聴こえないの。実体化出来れば別なんだけど。』
リリスの溜め息が聞こえる。
リリスとは契約で意識同士が通じたから、頭の中で会話する事が出来るのだろう。
それよりも気になる事が…。
(実体化って…、そんな事出来るの?)
『召喚魔術って元々精神体を呼び寄せて魔力で肉体を持たせ使役する術だからね。私用に改良すれば可能だと思う。本来は直ぐに元の場所に戻るんだけど、キミを召喚した術式は言わばその亜種だね。』
(へえ、便利なもんだな。どれくらい実体化出来るんだ?てか、直ぐに戻るって前の勇者も戻れなかったみたいだけど。)
本来の召喚術が元の場所に戻れるなら、亜種とはいえ戻る方法もあるのかも知れない。
しかし、前回の勇者がルシフェラの父親を倒し、その後即位したルシフェラに倒されたという事から望みは薄いかもという不安もある。
『精神体を実体化させる場合は送られる魔力が尽きるまでだよ。んー…、肉体を持って召喚したっていう事は、キミの場合は魔力の制約を無くす為何だろうけど…。…前の勇者が死んだ後、死体がどうなったかルシフェラちゃんに聞いてみて貰える?』
リリスは考え込むように一拍程間を空けてからそう切り出した。
(分かった。)
宗太はリリスに言われた通り、ルシフェラに質問してみる。
「なぁ、ルシフェラ。お前に倒された前回の勇者ってその後どうなったんだ?」
「む?何じゃ唐突に。」
リリスの声が聴こえて無いという事を失念していた。
ルシフェラは急に話題を振られて小首を傾げている。
「いや、リリスが勇者の死体がどうなったのか、ルシフェラに聞いてみてくれって。」
「リリス?…あぁ、オヌシの魔導書の意識か。先代勇者の遺体なら宣戦布告の使者を送ると共に送り返してやったぞ。」
宗太が言い直すと、得心がいったという風に答えてくれる。
『………。』
(リリス?)
黙り込むリリスにどうしたのかと声を掛けるが、何事か考え込んでいるようで返事は無い。
「しかし、何故今さら先代勇者の死体なのじゃ?」
すると、今度はルシフェラから質問をしてきた。
「ん?あぁ、ちょっとリリスに召喚魔術について教えて貰っててね。本来は魔力が切れたら直ぐに元の場所に戻れるらしくて…。」
「何じゃと?しかし、歴代の勇者は死後この国で国葬されておるそうじゃぞ。じゃから先代の遺体も送り返したのじゃ。」
深夜の寝込みを襲撃し宿の部屋を破壊するなどぶっ飛んだ行動をしたかと思えば、宗太やアンジェリーナに対して面倒見が良かったり、自分の命を狙った勇者の遺体をわざわざ送り返してあげたりとか今一ルシフェラの性格が掴みきれない宗太だった。
『…死体は消えなかったのね?』
「え?」
「何じゃ、何か問題でもあるのか?」
いきなりリリスに話し掛けられ声が出てしまった。
ルシフェラは自分が遺体を送り返した事が信じられないと言われた様に感じたか、若干不機嫌そうになる。
宗太はルシフェラの不機嫌オーラを敏感に察知し弁明を試みる。
「あ、いや…、問題じゃなくてだな。リリスが『死体は消えなかったのか?』って質問してきて…。」
「…クククッ、そんなに必死になって弁明する事も無いじゃろうに。遺体は消えなかったぞ。リースも勇者が死んだのを確認しておる。のう?」
そんな宗太の態度が面白かったのか、笑いながら答えるとリースリットに確認をする。
「はい、念のため脈や心音、呼吸、魔力等も確認しましたのであの場での死は確実かと。」
何という徹底振りだろうか。
確かに「実は生きてました」で再度狙われるのも嫌だろうが。
「何で魔力まで確認するんだ?」
「あらゆる生物には魔力があるとは教えたじゃろう?しかし、死ぬとその体内の魔力が大気中の魔素へと溶けて消える。つまり死体に魔力は残らぬ故、死亡確認が必要な時には魔力を視るのじゃ。戦場の魔素濃度は凄まじいぞ?」
『…ルシフェラちゃんの話でハッキリした。ソータ…、多分キミは元の世界に戻れない。』
リリスはルシフェラから聞いた話と自分の知っている魔術の知識からの推測を述べる。
「元の世界に戻れないって何で?」
宗太はルシフェラも話の内容が解るように声に出して会話することにした。
ルシフェラも宗太の意図を理解したのか、黙って宗太を見上げている。
何故か魔力制御の訓練と同じくらい真剣な顔をしているが。
『別世界から召喚された対象の場合、魔力が切れればこの世界から拒絶されて元の世界に返されるの。元の世界と細い糸のようなモノで繋がってるからね。』
「召喚も魔力で世界の拒絶を回避してるのか…。元の世界と繋がってる糸のようなモノってのは?」
魔力が足りなくて魔術が発動しないのと同じということか。
『糸って言うのは物の例え。
精神、魂というものはその「世界」の一部だから、どれだけ引き離しても幾らでも伸びて離れない。
だから別の世界に喚ばれても、その世界に拒絶されるんだよ。
でもソータの場合は別。
最初は肉体のせいで魔力が尽きないからだと思ったけど、キミは元の世界との繋がり自体を断ち切られてる。』
「元の世界との繋がりが断ち切られてる?魂と世界との繋がりは幾らでも伸びて離れないって言ったじゃないか。」
言葉の矛盾に混乱する宗太。
ルシフェラは宗太の少ない言葉からも意味を察したようで、驚愕に目を見開き息を呑んだ。
『糸はハサミで切れるでしょ?多分ソータの繋がりは召喚魔術で切られちゃったの。だから先代さんは死んで魔力が尽きても消えなかった。そして、どこの世界とも繋がりが無い、「勇者」という存在が現れた事でこの世界が内に取り込んだ。神の加護も、この世界に属する神族以外で光属性を持つ存在だからだと思う。』
宗太は僅かだが荒くなった語気で、リリスが怒りを押し殺しているように感じた。
「…なる程、戻れないってのは召喚の効果で元の世界からこの世界に繋がりが移ったからって事か。」
宗太としてはこの世界に来てからの慌ただしい毎日が幸いしてか、あまり衝撃を受けなかったのだが。
「…何じゃそれは。自らの欲望を満たす道具として喚んだばかりか、役目を果たして尚縛り付けるのか…!」
代わりにルシフェラが怒りを吐き出すように呟く。
ルシフェラと、盗み聴きしていたのかリースリットが凄まじい怒気と魔力を発している。
いつの間にか二人共角と羽が出ていて、宗太が怒りを向けられている訳でも無いのに怖じ気を感じる。
唯一意味が解っていなかったアンジェリーナも、レイティアから教えて貰ったのだろう。
顔を真っ青に染め、悲痛な面持ちで宗太を見ていた。
宗太の事で他の仲間が怒ってくれるのは、嬉しいような困ったような複雑な気分だった。
「リース、城に戻って命令。全軍を以てこの国を滅ぼすべし。」
「畏まりま…。」
「ちょっと待ったあぁぁぁぁぁ!!!」
いきなり大事になって焦る宗太だった。
「何じゃ、大声なんぞ出して。」
「いや、怒ってくれるのは嬉しいがいきなり滅亡はやり過ぎだろ!」
やっぱりルシフェラは魔王だったと改めて認識させられた。
何だかんだで勇者の仕事をしてる事になるのだろうか?
国の滅亡回避的な意味で。
「むぅ…、当事者のオヌシがそう言うのなら仕方が無いの。リース、命令の撤回じゃ。」
「畏まりました。」
ルシフェラが命令を取り下げるとリースリットもそれに応じるが、二人共未だ怒りが覚めやらぬといった感じだ。
怒気と魔力こそは収めているが、険しい顔で角や羽等は出たままだった。
「しかし、滅ぼさぬならばどうするのじゃ?オヌシが死んだ後、新たな勇者が召喚され続ける事になるのじゃぞ?」
ルシフェラの懸念も当然だろう。
宗太は魔族に敵愾心など持ってはいない為、今は勇者の脅威を考えなくても済む。
しかし、宗太は不老不死では無い。
いずれは死に、その後はまた勇者から魔族や国を護る為に戦う日々が訪れるのだろう。
それは宗太も望む所では無い。
「んー…、まあそっちの方はおいおい考えるとして、取り敢えずは依頼の方を片付けよう。」
今考えても直ぐに良い案が出る訳でも無いだろう。
ならば今はやる事をやって、その後でゆっくりと考えれば良い。
「…うむ、それもそうじゃな。急いて事を仕損じるというのも詮無き事か。」
ルシフェラはやれやれといった感じで苦笑する。
「それでは犬っころ退治でもするとしようかの。」
「マッド・ハウンドだっけ?どの辺りに居るのかね。」
宗太は森の中を注意深く見るも、木々に遮られて姿は見えない。
先ほどのルシフェラとリースリットの怒気と魔力に当てられて逃げられてなければ良いのだが。
当たるを幸いに森の中を探す訳にも行かないだろう。
「少しばかり待っておれ…。
仄暗き闇よ
光に反する影達よ
何人も逃れ得ぬ宿命で以て
逃げ惑う贄を我の手に
『影の探索』」
ルシフェラが呪文を詠唱すると、黒い魔術陣が弾ける。
しかし、何も起こらなかった。
「…何をしたんだ?」
「一定範囲内の影から対象を探し出す。闇の探索魔術の一つじゃ。北西に一キロメートル程の位置に目標と思われる影が十あった。では行くとするかの。」
簡単な説明をして歩き出すルシフェラに皆で付いて行く。
(闇属性って便利なモンだなー…。)
転移やら探索やらと魔術の多様性に感心させられる。
『一応他の属性でも探索は出来るよ?』
(え、そうなの?)
どうやら無意識にリリスと繋げて考えていたようだ。
『うん、どの属性も要は使いようなんだよね。特に光属性なら闇と表裏一体だし、大抵同じような事出来るよ。』
光というのが想像し難かったのだが、まさかそんな便利属性だとは思わなかった。
(それじゃあ、影から剣を取り出したりとかも?)
『出来る出来る。まあ光属性の場合は影じゃないけどね。』
何てチート属性と思いながらも内心ガッツポーズをする宗太だった。
物を仕舞えるなら荷物の量を考えなくて済む。
旅で大荷物は大変なので助かる能力だ。
「…ソータよ、何を浮かれておるのかは知らんが、そろそろ戦う準備をせんか。近いぞ。」
ルシフェラに注意され我に返ると、何時でも戦えるように意識を集中する。
すると、向こうもコチラに気付いたのだろう。
前方から遠吠えが幾つも聞こえて来た。
「ククッ、犬っころが無駄にやる気を出しよる。」
ルシフェラが口の端を歪めて魔剣を影から取り出すと、宗太達の後ろに下がる。
リースリットも双剣を抜き同じく下がると、前方から草や枯れ葉を踏みしめながら疾駆する大型犬のような魔獣が姿を現す。
大きさは宗太と同じ程か。
黒い毛並みに赤い眼、牙の生え揃った口は開きヨダレを垂らしている。
魔獣達は宗太達を認めると、取り囲むように散開し周り込む。
「背後の奴らは任せて存分に練習するが良い。」
ルシフェラはそう言い放ち、一瞬で魔獣との距離を詰めると大剣で頭から叩き斬る。
「──『風鎧』」
リースリットも一言呟くと、身体の周りに風の鎧を纏わせて魔獣に切りかかる。
魔獣も反応出来ない速さで翻弄し、双剣で切り裂くリースリット。
返り血は全て風の鎧に防がれ、魔獣は断末魔の悲鳴を上げて倒れ伏した。
「すげぇ…。」
『見とれてる場合じゃ無いでしょ。』
「あ、ああ、ごめん。」
リリスに注意されて意識を魔獣に戻すと、リリスに使う魔術を教えて魔力を変換させる。
「猛き炎
紅蓮の業火
全てを焼く槍となりて
かの者を貫け!
『紅蓮の剛槍』!」
宗太の詠唱と共に、リリスが魔術陣を展開する。
すると、紅い魔術陣から燃え盛る炎の槍が出現し一体の魔獣に突き刺さる。
魔獣は体内を焼く業火に暴れ回るが、直ぐに動きを止めると肉の焼ける匂いを放ちながら地に伏した。
アンジェリーナが気になり横を見やると、三体の魔獣が土に足を埋もれさせ、ルシフェラに止めをさされていた。
おそらく土の魔術なのだろう。
魔獣でも止めをさせない辺りがアンジェリーナらしいと言うか。
気付けば魔獣は早くも残り二体になっている。
「ソータ、後二体じゃ!オヌシに任せるぞ!」
「分かった!奔る水よ
吹き荒ぶ風よ
凍てつく氷よ
数多の飛礫となり
かの者達を貫け!
『氷の弾丸』!」
ルシフェラに言われ、残りの魔獣に向き直ると詠唱する。
水と風の複合属性である氷による弾丸。
無数の拳大の氷の飛礫が魔獣に突き刺さり、肉を抉る。
やがて二体共に力尽き、立っている魔獣が居なくなる。
二属性の魔力量調整が思ったより難しく、まさか成功するとは宗太も思わなかった。
細かくサポートしてくれたリリスのお陰だろう。
ルシフェラとリースリットは目を丸くしている。
「…まさかいきなり複合属性を使うとは思わなかったぞ。良く成功したのう。」
「凄いですよ、ソータさん!」
「リリスが必要な魔力量まで教えてくれたからね。俺だけじゃどの魔術も出来なかったよ。」
戦いながらの魔術行使の難しさを実感させられた宗太だった。
おそらく魔術陣の構築まで入ると発動すら無理だろう。
「まぁ、それは実戦を繰り返せば慣れるじゃろう。アンジーも中々じゃったしのう。」
ルシフェラは笑いながらそう言う。
いきなりの実戦であれだけ使えれば、後は経験で幾らでも伸びるものだ。
「…ルシフェラ様、魔獣が一体足りないようです。」
宗太達が話し合っていると、魔獣を確認していたリースリットからそう報告される。
「む?…確かに九体しかおらんの。」
宗太も数えてみるも、確かに一体足りない。
ルシフェラの探索魔術では確かに十体と言っていた筈なのだが。
「逃げたのか?」
宗太がそう言った瞬間。
「ガルルルルルルッ」
唸り声を上げながら森の奥から近付いて来た魔獣は。
「…ちょっとデカくないか?」
思わず宗太がそう呟いてしまう程の大きさだった。
ヤバいヤバいヤバい、執筆ペースが段々遅く…。
てか、呪文考えるの面倒くさいですマジでorz