第八話 また一緒に…… 前編
今回の話と次の話は前編後編の続きものです。
「しっかし、今日はどうなってるんかねー?」
昼休みになり、私と春香、理奈の三人で集まってお昼をとっていた時のこと。私の向かいに座った春香がパンをかじりながら話しかけてきた。
「うん、こんなこと初めてだよね? 何があったのかな?」
理奈は一度箸を休め、春香の言葉に同意する。
二人が……いや、おそらく学校のみんなが思っているであろう疑問。それはどうして急に午前中の授業が全て自習になってしまったのか……。
「まぁ、あたしとしては助かったけどなー。おかげでぐっすり眠れたよ」
「もう、春香ちゃんったら……。ちゃんと自習しないと駄目だよ」
「いや、昨日は夜中の二時までゲームしててさ。眠くて起きてられなかったんだよね」
そんなことを話してみせる。自習になった理由を知らなければ、私もその会話の中に混ざって「もっと早く寝なさいよ……」とか言って一緒に笑ったりしていたと思える。けど――
「ん? どうした深雪。なんか顔色が悪いぞ?」
「深雪ちゃん、具合が悪いの? 保健室に行く?」
「ううん、平気。……ありがとう」
それが千広のことだと知っている私は、どうしてもそのことが頭から離れず、自ら会話に入ろうという気が起こらない……。
今朝、お母さんは私と千広を学校まで車で送ってくれた後のこと。千広は私と別れて一人で職員室に向かった。
本当は私も一緒に行くつもりだった。でも、千広は「一人で大丈夫だよ」と笑ってみせた。
無理矢理につくったものではない、純粋な笑顔。そんな顔をされて、私はそれ以上何も言えなかった。
〈ガラッ〉
「あー、そのまま昼食を続けながらでいいから聞いてくれ」
突然、教室のドアが開かれ先生が入ってきた。クラス委員に自習という言付けに加え、朝のHRも任せて緊急の職員会議に出ていたので今日に限っては顔を見たのは初めて。
「四限目の時間は臨時の全校集会になった。なんで、時間になったら速やかに体育館に集合してくれ。以上だ……」
それだけ伝えて、先生は再び教室を後にした。一瞬静まりかえった教室は、再び賑わいを取り戻す。
「臨時集会かー。数学が潰れるのはいいけど、ホント何があったのかね?」
「わからないけど、結構重大なことなんだろうね。午前中の授業が全部潰れちゃうくらいだもん」
「まぁ、行ってみればわかることか……。深雪、早く食べないと昼休みが終わるぞ?」
「……うん」
運命の時間までは、あと少しだった……。
◇◆◇
体育館に着くと、そこはもう他のクラスの生徒たちで溢れかえっていた。時間もまもなく四限目に入ろうとしているところからして、どうやら私たちは最後の方のようだ。各先生方が生徒たちを指定の場所に並ばせて座らせている。
「ほら、そろそろ時間だから早く並んで座れ。揃ったところで校長先生の話が始まるからな」
うちのクラスにも同様に指示が出される。でも、早く始まってほしいと思う反面、いつまでも始まらないでとも思う……。どちらがいいのか、私にはわからなかった。
『じゃあ校長先生、お願いします』
『あぁ……』
数分後にようやく最後のクラスが並び終え座ったのと同時に、壇上に校長先生の姿が現れる。その顔はなんだか疲れているようにも見えた。
『えー、本日皆さんに集まってもらったのは――』
開口一言目はそんな定型文な挨拶から。それからも特に意味もない煮えきらない言葉が続き、周りはさっそくダレてきている。
何をやってるんだこの人は……。
校長先生のはっきりとしない物言いに、苛立ちがつのってくる。
『――なにぶん私にもこのような経験はなく前例としても聞いたことがないことでいかに扱っていいのかわからない次第なのですが。……とりあえず出てきてもらっていいかな?』
……えっ!? まさかここで!?
猛烈に、嫌な予感がした……。
『ん? ……おい、あれって』
『速水……か? なんで女子の制服着てるんだ?』
『うそ!? 別人じゃないの!?』
『でも今日あいつ来てなかったし……』
舞台袖から現れた千広の姿を認め、ざわめく生徒たち。そのうちの一部、おそらく千広のクラスメイトたちと思われる集団から聞こえてくるのは取り分け大きな動揺の声。
『実はここにいる速水君ですが、なぜか急に身体が女性化してしまったという話でありまして――』
なっ!?
一部だったざわめきが、体育館全体に飛び火する。先生たちが必死で対応するが静まる気配はない。
『うそだろ……?』
『女性化ってどういうことだ!? 女装とか、元々女だったとかじゃなくて!?』
『あの胸とかも本物ってことなの?』
『パンツは? ……くそっ、見えねぇ』
あのハゲェェェ……。
今は最悪のタイミングではないか。これでは千広が晒しものだ。
数百もの好奇の視線に晒されている千広。きっと辛い思いをしている筈だ。
できることなら隣にいてあげたい。側に立って、守ってあげたい。
……あれ?
でも、それなら何で私はまだここにいるの?
――どうして千広の隣に立っていないの?
――どうして周りの視線を遮って千広を守ってあげれていないの?
――どうしてあのか細い身体を抱き締めてあげられないの?
ねぇ、どうして……?
「おい、深雪!!」
「深雪ちゃん!?」
私を呼ぶ、幼馴染みたちの声。その声を振り切り、私は走り出す。壇上にいる千広の元を目指して。
途中、私を止めようとした先生もいたけどそれもかわして走り続ける。そして――
「姉さん……?」
壇上に駆け上がった私。驚いたような顔でこちらを見ている千広。
ようやく辿り着いた。
壇上から今まで私がいた下の方を見ると、こちらを見ている生徒たちと目があう。正直、あまり気分のいいものじゃない。
だから、早く終わらせよう。早く終わらせて、千広をこの場所から連れだしてあげよう。
そう思って、私はマイクの前に立つ――
「待って、姉さん」
筈だった。
私を止めたのは、今まさに私が守ろうとしていた人物。私の大切な弟の、千広……。
「お願い、姉さん。ボクにやらせて?」
「……えっ!?」
私の驚きをよそに、千広は続けた。
「正直、このまま姉さんに任せてしまいたいって気持ちもあるよ。でも――」
一度言葉を区切って、再び生徒たちの方を見て千広は――
「みんなにボクの気持ちを伝えたい。そのためには、ボクが自分でやらないと駄目だと思うから……」
先程、下から見えた不安を無理矢理抑えているかのような様子は私の見間違いだったのだろうか?
さっきは、このままでは千広が傷付いてしまうかもしれないと……。だから、代わってあげたいと思った。でも――
今の私の目に映る人物。それは、目に強い意思を宿した、ひとりの勇敢な少女だった。
「だから、ね? 姉さんにはそこで見ていてほしいんだ……」
「大丈夫だよ」とでも言っているかのように、私にそっと笑いかける。とても綺麗な笑顔。私の大好きな千広の笑顔。
「……うん」
……ずるいな。そんな顔でお願いされたら、断れないよ。
「ありがとう、行ってきます。姉さん」
「……うん。行ってらっしゃい」
自然と口も動いてしまう。いつになっても千広には勝てないみたい。……ちょっぴり悔しいな。
でも――
「…………あれ? どうしたんだろう。涙が出て……!?」
今の勝負だけは負けてはいけなかった。何故か、そんな気がした……。