第六話 男の子と女の子
千広が女の子になって二日目。今日は隣街まで千広の新しい制服を取りに行くことになっている。
実は、昨日私たちが帰ってすぐにお母さんが千広の身体を計って、電話で注文をしていたのだ。
電話口でお母さんが「明日の昼までに間に合わなかったら、おたくの――」とか言ってたのが聞こえてたけど……。
うん。怖いからもう考えないようにしよう。
「姉さん、お待たせ」
着替えた千広が二階から降りてきた。私の春物のワンピースを貸してあげたのだけど、とてもよく似合っている。
「お待たせ」
そして、我が家の末の子の優も一緒にやってきた。今日はこの三人で出かけるのだ。
ちなみに、舞は所属している水泳部の練習で学校に行っているので今回はいない。
「それじゃお母さん、行ってきます」
「はーい。みんな、気を付けてね?」
「うん、行ってくるね」
「行ってきます」
そうお母さんと言葉を交した後、私たちは家を出発した。目指すは、電車に乗る最寄り駅。
「そういえば昨日の、確か……岡崎さんだったかな? そっちはいいの?」
昨日、優にかかってきた電話のことを一応聞いておく。声の大きい子で、こちらまで話の内容が聞こえてきたのだが、『明日のデート、楽しみにしてる』と言っていた筈だ。が――
「……向こうが勝手に言ってるだけ。それに、断わろうにもその前に切られたから」
まぁ、予想通りの回答だった。だって、いつものことだから。
自分で言うのもなんだけど、私を含め兄弟みんな結構もてる。私自身、告白も何度かされた。全部断わってるけど……。
でも、その中でも特にもてるのが優。この子だけは本当にすごい。去年のバレンタインデーなんかチョコレートを七十個近くも貰ってきた。
……本当にキミは、小学二年生(当時)だったんだよね?
みんなで頑張って食べて、体重が二キロ増えたこと(今はもう戻したけど)。千広と優が、二人で涙を浮かべながら夜遅くまでお返しを作っていたこと。
……あの出来事を、私は生涯忘れないだろう。
その後、私たちは取り留めのない話をしながら歩き、二十分程かかって駅に到着した。
◇◆◇
「いらっしゃいませー。お客様、何名様でございますか?」
隣街に着いた後、私たちはさっそく制服取り扱い店を訪れた。
無事、千広の制服を受けとることができてよかったと思う。……本当によかった。
そして、その帰り。お昼時とあって少しお腹が空いてきたので、このファミリーレストランでお昼を取ることにしたのだ。
「ご注文がお決まりになられましたら、そちらのベルでお呼びください」
私たちを席に案内し、マニュアル通りのセリフを残して、店員さんは去っていく。
「私はクリームパスタにしようかな?」
「僕はチキンドリアで」
お子様ランチじゃないのか。
「……深雪姉ちゃん、ガキ扱いはやめて」
「あ、ごめん」
……なんだか最近ずっと考えてることを読まれてる気がする。そんなにわかりやすいのかな?
「うーん……」
一方、千広はまだメニュー表を見て頭を悩ませている。いつもはすぐに決める方なのに……。やっぱり女の子化が関係しているのかもしれない。
「ねぇ、兄ちゃん」
「えっ?」
「兄ちゃんが食べたいものでいいんだよ? 昨日も言ったよね? 千広兄ちゃんがいいって……」
「あっ……。うん、そうだね。ありがとう、優。それじゃあ呼ぶね?」
ん? イマイチよくわからない。食べたいものを選ぶのは普通のことじゃないのかな? というか、昨日って?
「ねぇ、ゆ――」
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
……遮られた。
「このクリームパスタと、チキンドリアと――」
「――以上ですね? お冷やは前の方にありますので、ご自由にお取りください」
千広が注文を伝え、店員さんがそれに答える。その後、千広は「お冷や取ってくるね」と席を外した。
……今度こそ。
「ねぇ、優? さっきのってどういう意味?」
「ん? そのまんまの意味だよ?」
それがわからないんだけど……。
「もう少し詳しく説明できない?」
「えっと、つまり兄ちゃんは、男の子ならとか女の子ならとか考えて選んでたんだよ。だから、そんなの関係なく、兄ちゃんの好きなのを頼めばいいって」
それで……か。
「昨日っていうのは?」
「昨日、一緒にお風呂に入っている時に、兄ちゃんに『優(僕)から見て、ボク(兄ちゃん)は男の子と女の子のどっちだと思う?』って聞かれたんだ」
一緒にお風呂? なんという抜け駆け。正直甘く見ていた。
……でも今は先の話を聞こう。お風呂の件は家でじっくり問いつめる。
「……優はなんて答えたの?」
「わからないって答えた。でも――」
「でも?」
「男の子でも女の子でも、中身が千広兄ちゃんならどっちでもいいと思うって言ったよ」
「……そっか」
こどもらしい素直な答えだ。でも、おそらく千広が一番欲しかったと思われる答え。
その答えを自然に導き出した優に、私は少しだけ嫉妬した……。
「兄ちゃん……」
「千広、これ……」
三つのお冷やを持って戻ってきた千広を交え、しばらく談笑していた時のこと。私たちのテーブルに運ばれてきたのはクリームパスタとチキンドリアと――
「スーパーデラックスパフェ。重さ二キロだって」
巨大な器に盛られたクリームの山。山。山。加えて、綺麗に切り揃えられたフルーツが大量に乗り、チョコソースもたっぷりかけられている。
見ているだけでお腹が膨れてきた気がする。
「男の時はちょっと恥ずかしかったから……。それに、ひとつ試したいことがあったしね。それじゃあ食べよう?」
「うん……」
「そう……だね」
「いただきます」
そう言って幸せそうにパフェを食べる千広と――
「「……いただきまーす」」
細々と食べる私たちは対称的だったことだろう。
〈二十分後〉
「うぅ……、もう食べれない……」
四分の三程食べたものの、途中で限界を迎えた千広。いや、それでもよく頑張ったと思うけど……。
残ってしまった分は私と優で少しずつ減らしていき、なんとか食べ終えた。
「でも、ひとつわかったよ。女の子の身体になってもボクはボクなんだね。普通サイズ一杯分くらい食べたら、気持ち悪くなってきた……」
「「…………」」
……いや、女の子ならみんな甘いもの好きだったり、いくらでも食べれたりってことはないからね?
でも、苦しそうでありながらも、なんだか満足そうな千広を見ていると、間違ってると言えなくなってしまう私は駄目な姉なのだろうか? ……きっと違う筈だ。
◇◆◇
「……あの、このスプーン貰って帰れませんでしょうか?」
「えっ、いや。それはちょっと……」
「お願いしますっ!!」
「……ちょっと店長に聞いてみますね」
……ふふっ。千広と間接キス記念。
「……深雪姉ちゃん」
ギクッ。