第二話 家族裁判
「それじゃあ、まずはあなたの名前と年齢を教えてもらえるかしら?」
「……速水千広、十五歳。高校一年生です」
「じゃあ、家族構成は? 名前までお願いね」
「父の直樹、母の沙希。ひとつ上の深雪姉さん。中学二年生の妹の舞。それと小学三年生の弟の優に、子猫のスズの六人と一匹の家族ですけど……」
今現在、女の子になってしまったと思われる千広の本人確認をお母さんが行っていた。
さっき姉さんと呼ばれたので私は普通に千広だと思っていたけど、言われてみれば別人かもしれないのよね。
でも、あの絹のように艶やかな腰まで伸ばした黒い髪も、どう見ても女の子としか思えない可愛らしい顔も、そして透き通るような白い肌もみんな同じ。千広と同じ。
「じゃあ母さんが父さんと出会った成れ染めは? これは千広にしか話してないんだけど」
「…………」
「あら、わからない?」
「いや、ここで言っていいのかなって思って……」
なんだか言いにくそうに千広? はお父さんの方を見ている。
……あれ? なんだかお父さん顔色悪い?
「じゃあ私の耳元でなら話して貰える?」
「うん……」
母さんにだけ聞こえるように何かを喋っているけど。……気になる。すごく気になる。舞と優も同じ気持ちのようだ。
やがて、話を聞き終えたお母さんは満足気に言ってくれた。
「うん、間違いなく千広ね。ごめんなさい、疑ってしまって……」
「……ううん、信じてくれてありがとう、母さん」
よかった……。やっぱりこの子は千広だったんだ。たとえ女の子になってたとしても。
……ん? でも私はまだ胸しか見てないけど、下とかはどうなんだろう?
「ねぇ、他に違うところはあるのかな?」
ちょっと聞いてみた。
「う、うん。たぶん下の方も女の子になってる」
「たぶん?」
「……初めて見たからわからない」
……まぁ(ポッ)。
「ところで、今日はどうするつもりなんだい?」
今までじっと話を聞いていただけのお父さんが口を開いた。
「一応、学校には行っておこうかなって……」
「そうか……。まぁ、千広が自分で決めたのなら止めはしないけど、無理はしちゃ駄目だよ? 気持ちの整理がつくまで学校を休んでもいいからね?」
「……うん」
お父さんが心配するのもわかる。だって、千広の表情は暗いから。無理をして笑っているのが、わかるから……。
「千広……」
お父さんは席から立ち上がると、千広の背後に回った。そして優しく抱き締める。
ちょっとだけ、羨ましいと思った。
……えっ? もちろんお父さんがですけど?
「いいかい? 千広。男の子でも女の子でも、お前が父さんと母さんの大事な子どもなのは変わらないよ。だから、怖がらないで」
「あっ……」
「父さんと母さんだけじゃない。深雪も、舞も、優も、みんなお前の味方だから。……おっと、ごめんごめん。スズもだね」
「にゃ〜ん」
自分を忘れるなとでも言っているかのようにスズが鳴いてみせた。
「辛い時はいつでも頼っていいからね? お前はひとりじゃないよ」
「……ありがとう」
少しだけ千広に笑顔が戻った。そんな気がした。
いいとこ取りだよ、お父さん。でも、ありがとう……。
うん、私は千広の味方。ずっとずっと守ってあげるからね。
「じゃあ、家族の絆を深めるために今夜は一緒にお風呂に入ろうか? 千広」
うんうん。家族の絆を――
…………あれ?
「いや〜、それにしても女の子か……。これで長年の夢が叶うな。楽しみだな〜。娘に背中を流してもらうのは父親のロマンだからね〜」
なんだか話が違う方向に飛んでるような気が? というか、私と舞は? お父さん的に私たちは女の子としてアウトなの!?
一緒に入る気は全くないけど、いくらなんでもあんまりだ……。
「うふふふ、あなた?」
あ……、お母さん怒ってる。すごく怒ってる。
「ま、待ってくれ沙希。これは、その……」
「あなたたちはどう思う? 母さんは有罪だと思うんだけど」
「有罪」
と、舞。
「有罪?」
と、優。たぶんよくわかってないと思う。
「有罪ね」
私も有罪に入れる。乙女のプライドを踏みにじった代償は重い。
「にゃう?」
うんうん、有罪だよね? スズ。よくわかってるじゃない。
「あら、スズもお父さんは有罪と思うの? これで全会一致で有罪となるわ。ペナルティとして、今月のおこづかいは無しよ? あなた」
「あんまりだっ!! というか、スズはノーカウントじゃないのかな!?」
「お父さん酷いよ。スズは大切な家族の一員なんだよ? ね〜、スズ?」
「にゃ〜ん」
そう言いながら、舞は千広の膝の上に座っていたスズを抱き上げる。
……グッジョブ、舞。
「……誰も味方はいないのか。無念」
よよよ、と泣き崩れるお父さん。ちょっと気持ち悪い。
「あの、ボクは別にいいけど……」
甘いわ、千広! 女の子がそんなに無防備じゃ駄目なんだからね?
こうなったら私が一緒にお風呂に入ってしっかり教えてあげないと……。
「ほら、千広本人がいいって――」
必死なお父さんを――
「「「黙れ」」」
「……はい」
一喝。
とりあえず、私が一番最初に守るのはお父さんからになりそうだ。
それよりとっとと千広から離れろ、この〈ピーーーー〉がっ!! (おおよそ娘が父親に向かって言うような言葉ではないため、自主規制とさせていただきます)。