フルノーマルのロードスター
加藤 真理子は愛車の給油の為、ガソリンスタンドに寄った。
近所のスタンドはセルフ給油のスタンドばかり。ものぐさな真理子は、店員が給油してくれるこのスタンドをいつも利用している。
愛車はワインレッドのロードスター。納車してもうすぐ一月になる。
去年、長かった子育てがようやく一段落した際、夫にダメ元で頼んでみた。
――もう、この家は私とあなただけになったわ。家にはあなたのステップワゴンもあるし。私のワゴンR、そろそろ二十万キロになるの。
「またロードスターに乗りたい」という願いは、真理子の予想に反してあっさり許された。
夫は二つだけ条件を出した。
「フルノーマルで乗ること」と「たまにはオレにも貸すこと」だけ。
真理子は大喜びで受け入れた。
真理子はロードスターを夫におねだりした訳ではない。子供たちが本当に小さかった頃を除けば、真理子はずっと会社勤めを続けている。
「いらっしゃあせえ!」
若い女性の元気な声が前方から聞こえた。手を振り、空いている給油機の横へ誘導している。初めて見る女性店員。
指示に従い、ロードスターを給油機横に停車した。
店員が運転席側ウインドウへやってくる。真理子はパワーウインドウのボタンを押し、全開させた。この操作をする度に、何故か真理子は苦笑いをしてしまう。
若い頃に乗っていたロードスターにパワーウインドウは装備されていなかった。クルクルとドアに付いたハンドルを回し、開閉していた。
いや、あのロードスターとこのロードスターの違いはそんなものじゃない。パワーウインドウやヘッドライト、電動ルーフなどフルノーマル同士を比べてもエクステリアもインテリアも別物。
……フルノーマル同士を比べても。
車高を限界まで下げ、マフラーを換え、扁平タイヤを履き、軽量化の為にエアコンもオーディオもないロードスター。
真理子が毎週末、峠を攻めていたロードスターと比べたら……。
その頃からの知り合いだったからこそ、夫は「フルノーマルで乗る」を条件の一つにしたのだろう。
――――
真理子は店員にスタンドのポイントカードを渡す。
「ハイオク満タン。現金でお願いします」
「はい、ハイオク満タン、現金ですね」
店員は給油機の方へ移動する。
そこで何気なく外を見た真理子は気付く。
ガソリンスタンドの塀に寄せてシルビアが駐車している。従業員のクルマだろうか。
――うわあ、懐かしい。まだいるんだ。
何箇所もへこみ、キズがあるボディ。ベタベタの車高。
思わず見惚れていた。
「お客様、給油口を開けて下さい」
その声に真理子は我に返る。店員が、いつの間にか運転席側へ戻って来ていた。
「ごめんなさい。シルビアが懐かしくて……」
その言葉に若い女性店員は顔を輝かせた。
「あれ、私のクルマなんですよ」
「えっ!? そうなの? なんかいいね」
予想外の展開に、真理子は敬語が抜けてしまった。
「はい。ありがとうございます」
――――
給油を終え、お釣りとレシートを受け取った真理子は店員に告げる。
「私が言うのも変だけど、大事にしてあげてね」
「もちろんです。私の宝物ですから」
「ありがとう」
ガソリンスタンドから国道へ出た真理子は呟いた。
ロードスターの車内で呟いた。
「ちょっとくらい車高、落としてもバレないよね」
悪戯っぽく微笑んでみた。
もちろん、夫との約束を破るつもりなんてない。
最後まで読んで頂けて嬉しいです。
御感想、評価(☆)頂けたら励みになります。よろしくお願いします。
ありがとうございました。




