落語声劇「強情灸」
落語声劇「強情灸」
台本化:霧夜シオン@吟囁亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:2名
(0:0:2)
(2:0:0)【性別準拠人数比率】
(1:1:0)
(0:2:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
源兵衛:江戸っ子らしく、やせ我慢が得意な男。
熱いと評判の峰の灸を据えてきたと熊五郎に語る。
熊五郎:江戸っ子らしく、見栄っ張りでやせ我慢が得意な男。
客1:灸を据えに来た客その1。
客2:灸を据えに来た客その2。
客3:灸を据えに来た客その3。
灸師:近所で評判のお灸を据える人。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
源兵衛・客2・語り:
熊五郎・灸師・客1・客3:
※枕はどちらかが適宜兼ねてください。
枕:よく江戸っ子の熱湯好きなんてことを言いまして、江戸っ子は熱い湯
に入っていたと言われております。
ところがよくよく聞いてみるってえと、どうも違うようでございます
。大体江戸っ子というものは負けず嫌いであるわけで、「どうせでき
ないだろう」なんて言われると素直にできないとは言えなかったんだ
とか。
こんなぬるい湯に入れねえのか、と言われると、こんなものどうって
こたァねえとなってしまうわけですな。
それで歯を食いしばって、うんうん唸りながら無理して熱い湯に入っ
ていて、そのまま患っちゃったりなんかしたなんという人が多かった
そうです。
昔はこういうような強情な連中というのが、町内に一人や二人どころ
でない数がいたんだそうで。
熊五郎:おう源兵衛の、今から湯かい。
源兵衛:熊さんじゃねえかい。そうだよ。
今日は朝早くから行こうじゃねえかってね。
熊五郎:へへ、俺もだ。
早いと言えばご隠居だけどよ、いつもいの一番に湯屋にいるなあ
。
源兵衛:だなあ。
やっぱり年寄りは朝が早えや。
一度はご隠居より先に湯に入ってみてえもんだがね。
熊五郎:あんだけ早起きじゃあ無理だろ。
【鼻唄】
~~♪
源兵衛:お、おいおい熊さん、まだ表だよ。
今から三尺帯ゆるめてどうしようってんだい?
熊五郎:あん?なに言ってやんでェ、こちとら江戸っ子だ。
湯屋に入ってから脱ぐなんて、そんなのんびりとしてられるかい
!
おう番台、銭はここに置くぜ!
あらよっ!
源兵衛:えっちょちょちょ、もう行っちゃったよ…!
熊さん待ってくれよ!
熊五郎:おいおいじれってぇな!
俺ァとっくに裸になっちゃってんだよ!?
何をぐずぐずぐずぐずしてんだィ!
源兵衛:えっだっだって、ふんどしの紐がこんがらがっちまってほどけね
えんだ!
熊五郎:しょうがねえなおい。
よしなよおめぇ、越中ふんどしなんて間抜けなもの締めてるから
そうなるんだ。
俺みてぇにな、切りたてのサラシ使って六尺ふんどしを締めろっ
てんだよ!
源兵衛:そ、そんなこと言ったってよ…くっ…くっ…。
熊五郎:なんだよ、まだほどけねえのか…ってバカおめぇ、歯でほどこう
ったって無理だよ。
そこまで口が届くわけねえだろ、海老じゃねえんだから。
先に入ってっから、後から来いよ。
おっ、こいつァご隠居!おはようございます!
相変わらず早いねえ!
いつも友達と話してるんでさ。たまにはご隠居より早く入ってた
ら、ご隠居も驚くだろうなってね!
けどやっぱり朝早いので年寄りにゃあ勝てませんね!
まあなんてったってね、朝湯に限りますよ!
これ入ってから仕事に行くってえと体がきゅっと締まってね、
いい仕事ができるんで。
じゃ、あっしもちょいと失礼してねぁんうぅうぅ~~~……♪
【↑語尾を民謡みたいな節にして・湯が熱いのを唄って誤魔化し
ている】
【つぶやく】
うぅぅ、こいつァ熱い…!
おぉーーい!早く来いよーーッ!
源兵衛:おう、どうだい、湯の具合は。
熊五郎:湯の具合?湯の具合はおめえ、湯だよ。
源兵衛:それじゃわからねえよ。
熱いのかい?ぬるいのかい?
熊五郎:あァ?ぬるくてしょうがねえよ、ええ!?
こんなんじゃ風邪ひいちまうよ!
源兵衛:そうはいかねえだろ。
俺たちで借り切ってるわけじゃねえんだ。
中にはぬる湯が好きな人だっているだろうしよ。
たまには付き合いってことでよ、我慢して入ろじゃねえか。
で、どのくれぇぬるいんだ?
ちょいとどいてくんねえ熊さん、俺も入ってみるからよ。
そんなおめぇ、そこまでぬるいなんてそんなわけなぁんうぅうぅ
~~~……♪
【↑語尾を民謡みたいな節にして・湯が熱いのを唄って誤魔化し
ている】
……なるほど。
なるほどこれァぬるいな。
熊五郎:あぁ、ぬるいだろ?
源兵衛:うん、ぬるい。
おめえの言う通りだ。いやぁ弱ったね。
けどしょうがねえや。物は付き合いってやつだよ。
お互いに我慢して入ろうじゃねえか。
熊五郎:ようし、ひのふのみで、一緒に入ろうじゃねえか。
いくぞ、ひの、ふの、みッ!
源兵衛&熊五郎:【熱いのを民謡の節みたいにして唄って誤魔化す】
源兵衛:い、いやぁ、ぬるいねえッ…!
熊五郎:あっあぁ、ぬ、ぬるいねぇぇ…ッ!
源兵衛:ぁあんまりっぬるいんでっ、唸っちゃうなァッ…!
熊五郎:げっ源兵衛のの前だけどよっ…こ、こないだ入った時もっ、
ぬるかったなァッ…!
源兵衛:あ、あんまり喋るんじゃねえよ。
ぬるいのになんか喋っちゃいけねえ。
熊五郎:おぉいおい、ぬるいのに動くんじゃねえ。
ああぁぁぬるいなァァ!!
語り:とまあ大変な騒ぎでございます。
江戸っ子てのはたいていこういうのが揃っていたと言います。
お湯屋の一件からしばらくして。
熊五郎:おぅどしたい、しばらく顔を見せなかったじゃねえかい。
源兵衛:いやあ熊さん、仕事が忙しくってよゥ。
熊五郎:ほォ、そいつァ結構な事だな。
それじゃあ今、仕事の帰りかい?
源兵衛:いやぁそうじゃねえんだ。
とにかく兄弟の前だけどよ、今日ばかりは俺ァ驚いちゃったよ。
熊五郎:なんだよ、一体どうしたってんだ?
源兵衛:実はね、峰の灸を据えに行って来たんだよ。
熊五郎:峰の灸を?おめえが?
そォかいくやしいねえ、先を越されちまったかあ。
いや、体の具合なんぞ悪くはねえんだけど熱い熱いって評判だか
らよ、どんなに熱い灸だかここはひとつ、町内でいの一番に行っ
てやろうと思ってたんだが、おめえに先を越されちまうとはくや
しいなァ。
で、どんな熱さなんだ?ちょいと上がって、その灸の物語をひとと
おりここで語れよ。
で、なにか?ちょいとはピリッとくんのかい?
源兵衛:そんな生易しいもんじゃねえよ。
なるほど評判通り、これァ熱いのなんのって。
灸そのものはこんな豆っ粒みてえな小せえもんだけどよ、
その熱さといったらないね。
気の小せえ奴なんざ、火が付くときゃーーっと飛び上がって、
天井突き破ってどっかに行っちゃうくらいだよ。
熊五郎:うぅ~んいいねェ。
そんな話を聞くってえと、こっちも体がうずうずしてくらァ。
よし、これから行って灸を据えてもらおうじゃあねえか。
源兵衛:それがそういうわけにはいかねえんだ。
やっぱり良く効くと見えてよ、ほうぼうから患った連中が大ぜい
集まってきて毎日ごった返してるんだと。
俺がスッと入ってくってと、「いらっしゃぁーーい」なんて
番号書いた札を渡されたよ。
何すんだろうなと思ったら、後で分かったんだ。
みんな灸を据えてもらおうと思ってやって来てもよ、
中には人の熱がってるのを見て、やらねえで帰っちまうのもいる
んだと。
熊五郎:ははは、臆病風に吹かれちまってんだな。
そういうのには別のお灸を据えた方がいいってもんだ。
源兵衛:それじゃ何にもならねえってんで番号札渡しといて、
番号の順に順に否応なしに据えるってわけなんだよ。
で、俺の札を見たら「への十七番」って書いてあるから、
「おぅい、への十七番ってったらどの辺だい!?」
って聞いたんだ。
熊五郎:なんだか臭そうだな。
源兵衛:そしたら「ずっとお尻の方でござんすよ」なんて言いやがるから
、「なに言ってやんでェ、くだらねえ事言うない!早くしてもら
いてえな!」ってぐずぐずぐずぐず文句言ってたんだ。
熊五郎:またずいぶん迷惑な事してやんな。
源兵衛:そしたらね、俺の二十番ばかり前だったかな、ちょいと乙な年増
がいたんだ。
年のころは二十七、八、三十凸凹って具合だ。
色は少し浅黒いけど目元が涼しくってね、鼻筋の通ったちょいと
受け口の何とも言えねえ色気のある女だ。
熊五郎:ほぉ、そりゃ確かに乙な年増だよ。
で、どうしたんだ。
源兵衛:そいつが俺の方をちらちら見てんだ。
それからしばらく経ったらすーっとこっち寄ってきて、
「お兄さん、最前から大変にお急ぎのご様子ですけれど、
もしよろしかったら替わって差し上げましょうか?」
なんて言うもんだから「いいんですか?」って聞いたら、
「あたくしも据えようと思って来たんですけど、皆さんがあんま
り熱がってるのを見て据えそびれております。もう少し経ったら
その気になると思いますので、あたくしの方からお願いします。
」って頼み込んできたもんだから、すぐに俺の番になっちゃった
んだな。
熊五郎:へえぇそうだったのか。うまくやりゃあがったなあ。
で、それからどうした。
源兵衛:どうぞこちらへってんで通されたのが、二十畳ばかりの座敷でね
、右に五、六人、左に四、五人、背中から煙を出して唸ってやが
る。
そこに俺がすーっと入ってったんだ。
そしたらみんなつまんねえ顔をしてるくせに俺の顔じーっと見て
やがってね、
客1:あの人、ずいぶん威勢よく入って来たけども、はたして我慢できる
んですかね?
客2:いやあ、ああいうのに限ってすぐ音を上げるんじゃないですかね。
客3:どうでしょうね、まあ無理じゃありませんかね?
源兵衛:なんてよ、いろんなこと言ってやがるんだ。
そいつを聞いて黙ってるわけにいかねえじゃねえか。
カッとケツを捲ってあぐらかいてな、
「おうッ、なにしてやんでェ、こちとら忙しいんでな、早いとこ
据えてもらいてェや!」
ってったらよ、
灸師:いらっしゃいまし、このお灸は大変にお熱うございますが、
身体の為でございますからどうぞしばらくの間、我慢なすって
下さいまし。
源兵衛:なんて妙な唄い調子で言いやがるんだ。
「何を言いやがんでェ、熱い熱いったって、たかが灸じゃねえか
!まさか背中で焚火でもするわけじゃあるめェ!」
そう言ってやったら驚いてやがったね。
熊五郎:ははは、おめえの威勢のよさにビビったんだろ。
源兵衛:へへ、熊さんほどじゃねえや。
それで、どうやって据えるんだって聞いたら、
灸師:片側十六個、両方で三十二個ほど据えます。
源兵衛:とか言うもんだから、
「ハァ?一つやっちゃまた一つなんてやってたら手間がかかって
しょうがねえだろ!構わねえから三十二個いっぺんにやってくれ
!」
って言ってやったんだ。
熊五郎:おぉいおい、おめえそれ、本気で言ったのかい?
源兵衛:いや、まさかそう言ったってね、三十二個いっぺんにやりゃあし
ねえだろと思ってたんだ。
だけどあの野郎、どういう育ちをしやがったのかいやに人に言う
事を素直に信用する野郎でね。
灸師:さようでございますか。ではいっぺんにやらせていただきます。
源兵衛:なんて言いながらよ、もぐさをとってきてくっつけ始めやがった
んだ。
マズいこと言っちまったなあって思ったんだけどさ、皆の見てる
前で威勢よく啖呵を切っちまったんだ。
いまさら勘弁してくれなんて言えねえじゃねえか。
熊五郎:そりゃあ身から出た錆だしな。
源兵衛:しょうがねえからよ、一つでも火が付いてこれはとても三十二は
無理だなと思ったら、そこんとこをもってね、
「おう、さっきは俺が言いすぎた、勘弁してくんねえ。」
って謝ろうと思ったんだ。
そしたら、灸師の野郎が火のついた線香を持ってきやがってよ、
灸師:【ちょっと節をつけて】
あなた、ほんとうに、よろしいんですかぁ?
源兵衛:なんて俺の目の前で線香を回しやがんだよ。
人の事トンボかなんかだと間違えてんだな。
癪にさわったから、
「かまわねえから、やってくれぇ。」
て、おんなじ調子で返しちまったよ。
熊五郎:あぁあ、意地張っちまったな。
源兵衛:そしたら野郎が俺の後ろに回ってよ、
ぱぱぱぱぱーーーッて、三十二個いっぺんに火を付けちまったん
だ。
いや早ぇのなんのって、慣れてるもんだから途中で止め
てる暇がねえんだ。
俺ァ背中に爆弾がおっこったのかと思ったよ。
熊五郎:三十二個いっぺんともなりゃそうだろうよ。
で、どうしたんだ。
源兵衛:あんまり熱いもんだからよ、表へ駆けだそうと思ったんだけど、
背中から煙を出しながらそんなことしたら、まるでかちかち山の
狸だよ。
熊五郎:三十二個分の灸の煙ともなりゃ、火事と間違っちまうだろうな。
源兵衛:こりゃしょうがねえってんで、膝の間に手ぬぐいを挟み込んで、
うんうん唸ってたんだ。
そしたらみんな驚いちまって、灸を据えるのをやめて俺の周りを
ぐるっと取り囲んで見物始めやがったよ。
客1:いやぁ、こりゃすごい人ですよ。
客2:これが男の中の男ってもんですな。
客3:江戸っ子たる者、こうでなくちゃいけませんよ。
源兵衛:なんて急に評判が良くなっちゃったよ。
さっき俺に順番を譲ってくれた女なんぞね、
「まあこの人はなんてすごい人なんだろう、これが本当の男って
もんだね。頼りがいがあるじゃないか。あたしだっていつまでも
一人でいられるってわけじゃないんだから、こういう人と一緒に
なりたいよ。」
なんて思ってやしねえかと思ってよ。
熊五郎:なに言ってやんでェ。
俺だったらな、そんな灸なんざ屁でもねえよ!
源兵衛:いやいやいや、そんな事ないよ。
何しろね、俺がやっとの事で据えられたんだから。
熊五郎:ほぉ、じゃあ何かい。
おめえにはできて俺には無理だってのか?
源兵衛:いや、そういうわけじゃねえけど、そう言いたくなるじゃないか
。
熊五郎:何を言いやんでェ。
てめえにそんな能書き聞かされて、こっちは黙って引っ込んでる
わけにはいかねえんだよ!
灸なんてのはこうやって据えるんだって見本を見せてやるからよ
!
おぅいおっかあ!もぐさ持ってこいもぐさ!
なに、どのくらい?
いいからそっくりこっちへよこしな!生意気なこと言ってんじゃ
ねえよこんちきしょう!
分からせてやらなくちゃいけねえってんだ。
源兵衛:え、え、そんなに山盛りに…!?
熊五郎:ようし、これでいい。
おう見やがれ、この量を。全部合わせたら三十二個どころの騒ぎ
じゃねえぞ。
源兵衛:い、いやいやいや熊さん、さすがにそれは無理だろ。
熊五郎:なに言ってやんでェ、冗談じゃねえよ、ええ?
言いたい事べらべらべらべら言いやがって。
よく見てろってんだ!
……んっ、んん……ふぅ……
【しばらく民謡みたいな節で鼻唄唄いながら、もぐさを丸めて
何か作ってる】
おいどうだい、こいつは。
源兵衛:な、なんだいそれ、もぐさを丸めておにぎりみたいなのをこさえ
ちゃって。
それ、どうすんだい?
熊五郎:どうすんのって、決まってるじゃねえか。
こいつに火を付けるんだよ。
源兵衛:ええぇ止しなよ…それァ熱いよ。
熊五郎:熱いからいいんじゃねえか、なに言ってやんでェ。
俺の据える灸はな、てめえの据えてきた灸とはわけが違うんでェ
。線香の火なんかじゃ火がつきゃしねえんだ、炭火だ炭火。
【しばらく民謡みたいな節を鼻唄を唄ってる】
へへへ、ほぉらどうだ浅間山だ。
熱くも何ともねえ。
源兵衛:そりゃまだ火が回ってねえからじゃねえか。
回ったら大変だよ?
炭団を乗っけてるようなもんだ。
腕に穴が空いちまうよ。
熊五郎:空いちまったっていいじゃねえか。
ここに穴が空いてみろ。ケンカした時に都合がいいんだよ。
向こうが殴ってきたら、こっちは避けながらのぞけるんだからよ
よ。
なに言ってやんでェ、冗談じゃねえや。
人間なんてのは気の持ちようだ。熱いと思うから熱いんで、
こんなものは屁でもねえと思ったらどうってこたァねえんだ。
大袈裟なこと言いやがって、そんな友達を持ったかと思うと
ホントに情けねえや。
【もぐさの匂いを嗅いで】
いい匂いだよ、たまんねえやな。
これがおめえ、だんだんだんだん火が回ってきてよ、
いちばんハナは皮がチリチリっといってよ、
その後は肉がジュっとなって、
いちばん終いには骨がバキッと音を立てて割れる時の気持ちよさ
といったらねえよ?
おぉだんだんだんだん温まって来たよ、気持ちがいいや。
ここはおめえ、手三里というツボでな、よく覚えときやがれ。
源兵衛:よくそんなツボ知ってるね、熊さん。
熊五郎:へっ、あったりめえよ。
これっぱかりの三十二個の灸で熱かったなんてよ、
何を言いやがんでェ冗談じゃねえよ。
おめえ、石川五右衛門てぇ人を知ってるか?
あの人なんざ釜茹での刑になっちゃったんだ。
釜茹でったってお湯じゃねえぞ、油だ。
油がぐらぐらぐらぐら煮立った中にドボンと飛び込んで、
にっこり笑って辞世の句を残したんだ。
「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 我泣きぬれて 蟹とたはむ
る」
てなもんだ。
おめえなんざ、そう言う事は何にも知らねえからな。
それと八百屋お七だ。
若い娘なのに、全身火だらけになってあの世に行っちまったんだ
。
こっちの方がよっぽど江戸っ子ってもんだよ。
なんでェ、三十二個で熱かったって、俺だから我慢できたって、
生意気な事言うな、冗談じゃねえやな。
おめえなんざ、少しは石川五右衛門を見習ってーー
【だんだん熱さが効いてくるのを民謡みたいな節を鼻唄でやって
誤魔化している。】
んっ、ふぅぅッッッーーー……♪
お、おめえなんざ、いしかわっっーーー
【熱さに段々耐えられなくなってくるが民謡みたいな節を鼻唄で
誤魔化している。長めに。】
んんっん~~ーーーッッッ……♪
【ついに熱さに耐えきれなくなってもぐさを払い落とす】
おっ、おぉ~~ーー…ッッ!
ああぁはぁ、つめてえなあ!!
源兵衛:強情だなおい!
熱かっただろ。
熊五郎:いや俺は熱かねえ。
五右衛門はさぞ熱かったろ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
古今亭志ん朝(三代目)
古今亭志ん生(五代目)
※用語解説
・三尺帯
男物の帯の一種。鯨尺で三尺の長さしかないためこの名がある。
略して「三尺」ともいう。
・越中ふんどし
ふんどしの一種。長さ三尺(約91 cm)、幅一尺(約30 cm)の
布の端を筒状に縫い、その筒に腰紐を通した下着。
・六尺ふんどし
長さ約180cm〜300cm程度、幅約16cm〜34cm程度のさら
しの布を用いた日本人男性用と女性用の下着。
臀部が露出していることに特徴がある。
現在では下着に用いられるよりも、主に祭事や水着などで使用されること
が多い。
・峰の灸
「打膿灸」といって小指の先ほどももぐさを乗せて焼き
切り、その火傷から老廃物を出して免疫を高めるというもの。
方法そのものは鍼灸の教科書にも載っているそうだが、同じようにすえ
ても峯の灸は何かが違うそうである。
・二十七、八、三十凸凹
【にじゅうしっぱちさんじゅうでこぼこ】、と流れるように読むべし。
昔はこのくらいの年齢の女性はすでに年増と呼ばれていた。
三十凸凹とは三十前後という意味合い。
・もぐさ
ヨモギの葉の裏にある綿毛を精製したもので、主にお灸に用いられます。
・炭団
炭の粉末を布海苔などのつなぎ材と混ぜて丸く固めた、昔ながらの燃料。
・手三里
肘を曲げた時にできるしわから、親指と人差し指の幅3本分下の、
腕の外側にあるツボです。
肩こり、寝違え、腕や首の痛み、歯の痛み、胃腸の不調(便秘や下痢)
、目の疲れなどに効果があるとされ、万能なツボとも呼ばれている。
・石川や 浜の真砂は 尽きるとも 我泣きぬれて 蟹とたはむる
石川五右衛門の辞世の句は
「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」
が正しい。
では下の句が何なのかというと、石川啄木の一握の砂に収録されてる、
「東海の 小島の磯の 白砂に 我泣きぬれて 蟹とたはむる」
と【合体!】させたものと思われる。




