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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「強情灸」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/11/17


落語声劇「強情灸(ごうじょうきゅう)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


源兵衛:江戸っ子らしく、やせ我慢が得意な男。

    熱いと評判の峰(みね)の灸(きゅう)を据えてきたと熊五郎に語る。


熊五郎:江戸っ子らしく、見栄(みえ)っ張(ぱ)りでやせ我慢が得意な男。


客1:灸(きゅう)を据(す)えに来た客その1。


客2:灸(きゅう)を据(す)えに来た客その2。


客3:灸(きゅう)を据(す)えに来た客その3。


灸師(きゅうし):近所で評判のお灸(きゅう)を据(す)える人。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


源兵衛・客2・語り:

熊五郎・灸師・客1・客3:




※枕はどちらかが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:よく江戸っ子の熱湯(あつゆ)好きなんてことを言いまして、江戸っ子は熱い湯

  に入っていたと言われております。

  ところがよくよく聞いてみるってえと、どうも違うようでございます

  。大体(だいたい)江戸っ子というものは負けず嫌いであるわけで、「どうせでき

  ないだろう」なんて言われると素直(すなお)にできないとは言えなかったんだ

  とか。

  こんなぬるい湯に入れねえのか、と言われると、こんなものどうって

  こたァねえとなってしまうわけですな。

  それで歯を食いしばって、うんうん唸(うな)りながら無理して熱い湯に入っ

  ていて、そのまま患っちゃったりなんかしたなんという人が多かった

  そうです。

  昔はこういうような強情(ごうじょう)な連中というのが、町内に一人や二人どころ

  でない数がいたんだそうで。  


熊五郎:おう源兵衛(げんべえ)の、今から湯かい。


源兵衛:熊さんじゃねえかい。そうだよ。

    今日は朝早くから行こうじゃねえかってね。


熊五郎:へへ、俺もだ。

    早いと言えばご隠居(いんきょ)だけどよ、いつもいの一番に湯屋(ゆや)にいるなあ

    。


源兵衛:だなあ。

    やっぱり年寄りは朝が早(はえ)えや。

    一度はご隠居(いんきょ)より先に湯に入ってみてえもんだがね。


熊五郎:あんだけ早起きじゃあ無理だろ。

    【鼻唄】

    ~~♪


源兵衛:お、おいおい熊さん、まだ表(おもて)だよ。

    今から三尺帯(さんじゃくおび)ゆるめてどうしようってんだい?


熊五郎:あん?なに言ってやんでェ、こちとら江戸っ子だ。

    湯屋(ゆや)に入ってから脱ぐなんて、そんなのんびりとしてられるかい

    !

    おう番台(ばんだい)、銭(ぜに)はここに置くぜ!

    あらよっ!


源兵衛:えっちょちょちょ、もう行っちゃったよ…!

    熊さん待ってくれよ!


熊五郎:おいおいじれってぇな!

    俺ァとっくに裸になっちゃってんだよ!?

    何をぐずぐずぐずぐずしてんだィ!


源兵衛:えっだっだって、ふんどしの紐(ひも)がこんがらがっちまってほどけね

    えんだ!


熊五郎:しょうがねえなおい。

    よしなよおめぇ、越中(えっちゅう)ふんどしなんて間抜(まぬ)けなもの締(し)めてるから

    そうなるんだ。

    俺みてぇにな、切りたてのサラシ使って六尺(ろくしゃく)ふんどしを締(し)めろっ

    てんだよ!


源兵衛:そ、そんなこと言ったってよ…くっ…くっ…。


熊五郎:なんだよ、まだほどけねえのか…ってバカおめぇ、歯でほどこう

    ったって無理だよ。

    そこまで口が届くわけねえだろ、海老(えび)じゃねえんだから。

    先に入ってっから、後から来いよ。


    おっ、こいつァご隠居(いんきょ)!おはようございます!

    相変(あいか)わらず早いねえ!

    いつも友達と話してるんでさ。たまにはご隠居(いんきょ)より早く入ってた

    ら、ご隠居(いんきょ)も驚くだろうなってね!

    けどやっぱり朝早いので年寄りにゃあ勝てませんね!

    まあなんてったってね、朝湯(あさゆ)に限りますよ!

    これ入ってから仕事に行くってえと体がきゅっと締(し)まってね、

    いい仕事ができるんで。

    じゃ、あっしもちょいと失礼してねぁんうぅうぅ~~~……♪

    【↑語尾を民謡みたいな節にして・湯が熱いのを唄って誤魔化し

    ている】


    【つぶやく】

    うぅぅ、こいつァ熱い…!


    おぉーーい!早く来いよーーッ!


源兵衛:おう、どうだい、湯の具合(ぐあい)は。


熊五郎:湯の具合(ぐあい)?湯の具合(ぐあい)はおめえ、湯だよ。


源兵衛:それじゃわからねえよ。

    熱いのかい?ぬるいのかい?


熊五郎:あァ?ぬるくてしょうがねえよ、ええ!?

    こんなんじゃ風邪ひいちまうよ!


源兵衛:そうはいかねえだろ。

    俺たちで借り切ってるわけじゃねえんだ。

    中にはぬる湯(ゆ)が好きな人だっているだろうしよ。

    たまには付き合いってことでよ、我慢して入ろじゃねえか。

    で、どのくれぇぬるいんだ?

    ちょいとどいてくんねえ熊さん、俺も入ってみるからよ。

    そんなおめぇ、そこまでぬるいなんてそんなわけなぁんうぅうぅ

    ~~~……♪

    【↑語尾を民謡みたいな節にして・湯が熱いのを唄って誤魔化し

    ている】


    ……なるほど。

    なるほどこれァぬるいな。


熊五郎:あぁ、ぬるいだろ?


源兵衛:うん、ぬるい。

    おめえの言う通りだ。いやぁ弱ったね。

    けどしょうがねえや。物は付き合いってやつだよ。

    お互いに我慢して入ろうじゃねえか。


熊五郎:ようし、ひのふのみで、一緒に入ろうじゃねえか。

    いくぞ、ひの、ふの、みッ!


源兵衛&熊五郎:【熱いのを民謡の節みたいにして唄って誤魔化す】


源兵衛:い、いやぁ、ぬるいねえッ…!


熊五郎:あっあぁ、ぬ、ぬるいねぇぇ…ッ!


源兵衛:ぁあんまりっぬるいんでっ、唸(うな)っちゃうなァッ…!


熊五郎:げっ源兵衛(げんべえ)のの前だけどよっ…こ、こないだ入った時もっ、

    ぬるかったなァッ…!


源兵衛:あ、あんまり喋(しゃべ)るんじゃねえよ。

    ぬるいのになんか喋(しゃべ)っちゃいけねえ。


熊五郎:おぉいおい、ぬるいのに動くんじゃねえ。

    ああぁぁぬるいなァァ!!


語り:とまあ大変な騒ぎでございます。

   江戸っ子てのはたいていこういうのが揃(そろ)っていたと言います。

   お湯屋(ゆや)の一件からしばらくして。


熊五郎:おぅどしたい、しばらく顔を見せなかったじゃねえかい。


源兵衛:いやあ熊さん、仕事が忙(いそが)しくってよゥ。


熊五郎:ほォ、そいつァ結構(けっこう)な事だな。

    それじゃあ今、仕事の帰りかい?


源兵衛:いやぁそうじゃねえんだ。

    とにかく兄弟の前だけどよ、今日ばかりは俺ァ驚いちゃったよ。


熊五郎:なんだよ、一体どうしたってんだ?


源兵衛:実はね、峰(みね)の灸(きゅう)を据(す)えに行って来たんだよ。


熊五郎:峰(みね)の灸(きゅう)を?おめえが?

    そォかいくやしいねえ、先を越されちまったかあ。

    いや、体の具合(ぐあい)なんぞ悪くはねえんだけど熱い熱いって評判だか

    らよ、どんなに熱い灸(きゅう)だかここはひとつ、町内でいの一番に行っ

    てやろうと思ってたんだが、おめえに先を越されちまうとはくや

    しいなァ。

    で、どんな熱さなんだ?ちょいと上がって、その灸(きゅう)の物語をひとと

    おりここで語れよ。

    で、なにか?ちょいとはピリッとくんのかい?


源兵衛:そんな生易(なまやさ)しいもんじゃねえよ。

    なるほど評判通り、これァ熱いのなんのって。

    灸(きゅう)そのものはこんな豆(まめ)っ粒(つぶ)みてえな小せえもんだけどよ、

    その熱さといったらないね。

    気の小(ちい)せえ奴なんざ、火が付くときゃーーっと飛び上がって、

    天井(てんじょう)突き破ってどっかに行っちゃうくらいだよ。


熊五郎:うぅ~んいいねェ。

    そんな話を聞くってえと、こっちも体がうずうずしてくらァ。

    よし、これから行って灸(きゅう)を据(す)えてもらおうじゃあねえか。


源兵衛:それがそういうわけにはいかねえんだ。

    やっぱり良く効(き)くと見えてよ、ほうぼうから患(わずら)った連中が大ぜい

    集まってきて毎日ごった返してるんだと。

    俺がスッと入ってくってと、「いらっしゃぁーーい」なんて

    番号書いた札を渡されたよ。

    何すんだろうなと思ったら、後で分かったんだ。

    みんな灸(きゅう)を据(す)えてもらおうと思ってやって来てもよ、

    中には人の熱がってるのを見て、やらねえで帰っちまうのもいる

    んだと。


熊五郎:ははは、臆病風(おくびょうかぜ)に吹かれちまってんだな。

    そういうのには別のお灸(きゅう)を据(す)えた方(ほう)がいいってもんだ。


源兵衛:それじゃ何にもならねえってんで番号札渡しといて、

    番号の順に順に否応(いやおう)なしに据(す)えるってわけなんだよ。

    で、俺の札を見たら「への十七番」って書いてあるから、

    「おぅい、への十七番ってったらどの辺だい!?」

    って聞いたんだ。


熊五郎:なんだか臭(くさ)そうだな。


源兵衛:そしたら「ずっとお尻の方でござんすよ」なんて言いやがるから

    、「なに言ってやんでェ、くだらねえ事言うない!早くしてもら

    いてえな!」ってぐずぐずぐずぐず文句言ってたんだ。


熊五郎:またずいぶん迷惑な事してやんな。


源兵衛:そしたらね、俺の二十番ばかり前だったかな、ちょいと乙(おつ)な年増(としま)

    がいたんだ。

    年のころは二十七(にじゅうしっ)、八(ぱち)、三十凸凹(さんじゅうでこぼこ)って具合(ぐあい)だ。

    色は少し浅黒いけど目元が涼しくってね、鼻筋(はなすじ)の通ったちょいと

    受け口の何とも言えねえ色気のある女だ。


熊五郎:ほぉ、そりゃ確かに乙(おつ)な年増(としま)だよ。

    で、どうしたんだ。


源兵衛:そいつが俺の方をちらちら見てんだ。

    それからしばらく経(た)ったらすーっとこっち寄ってきて、

    「お兄さん、最前(さいぜん)から大変にお急ぎのご様子(ようす)ですけれど、

    もしよろしかったら替(か)わって差し上げましょうか?」

    なんて言うもんだから「いいんですか?」って聞いたら、

    「あたくしも据(す)えようと思って来たんですけど、皆さんがあんま

    り熱がってるのを見て据(す)えそびれております。もう少し経(た)ったら

    その気になると思いますので、あたくしの方からお願いします。

    」って頼み込んできたもんだから、すぐに俺の番になっちゃった

    んだな。


熊五郎:へえぇそうだったのか。うまくやりゃあがったなあ。

    で、それからどうした。


源兵衛:どうぞこちらへってんで通されたのが、二十畳(にじゅうじょう)ばかりの座敷(ざしき)でね

    、右に五、六人、左に四、五人、背中から煙(けむ)を出して唸(うな)ってやが

    る。

    そこに俺がすーっと入ってったんだ。

    そしたらみんなつまんねえ顔をしてるくせに俺の顔じーっと見て

    やがってね、


客1:あの人、ずいぶん威勢(いせい)よく入って来たけども、はたして我慢できる

   んですかね?


客2:いやあ、ああいうのに限ってすぐ音(ね)を上げるんじゃないですかね。


客3:どうでしょうね、まあ無理じゃありませんかね?


源兵衛:なんてよ、いろんなこと言ってやがるんだ。

    そいつを聞いて黙ってるわけにいかねえじゃねえか。

    カッとケツを捲(まく)ってあぐらかいてな、

    「おうッ、なにしてやんでェ、こちとら忙しいんでな、早いとこ

    据(す)えてもらいてェや!」

    ってったらよ、


灸師:いらっしゃいまし、このお灸(きゅう)は大変にお熱(あつ)うございますが、

   身体(からだ)の為でございますからどうぞしばらくの間、我慢なすって

   下さいまし。

    

源兵衛:なんて妙な唄(うた)い調子(ちょうし)で言いやがるんだ。

    「何を言いやがんでェ、熱い熱いったって、たかが灸(きゅう)じゃねえか

    !まさか背中で焚火(たきび)でもするわけじゃあるめェ!」

    そう言ってやったら驚いてやがったね。


熊五郎:ははは、おめえの威勢のよさにビビったんだろ。


源兵衛:へへ、熊さんほどじゃねえや。

    それで、どうやって据(す)えるんだって聞いたら、


灸師:片側十六個、両方で三十二個ほど据(す)えます。


源兵衛:とか言うもんだから、

    「ハァ?一つやっちゃまた一つなんてやってたら手間(てま)がかかって

    しょうがねえだろ!構(かま)わねえから三十二個いっぺんにやってくれ

    !」

    って言ってやったんだ。


熊五郎:おぉいおい、おめえそれ、本気で言ったのかい?


源兵衛:いや、まさかそう言ったってね、三十二個いっぺんにやりゃあし

    ねえだろと思ってたんだ。

    だけどあの野郎、どういう育ちをしやがったのかいやに人に言う

    事を素直(すなお)に信用する野郎でね。


灸師:さようでございますか。ではいっぺんにやらせていただきます。


源兵衛:なんて言いながらよ、もぐさをとってきてくっつけ始めやがった

    んだ。

    マズいこと言っちまったなあって思ったんだけどさ、皆の見てる

    前で威勢(いせい)よく啖呵(たんか)を切っちまったんだ。

    いまさら勘弁(かんべん)してくれなんて言えねえじゃねえか。


熊五郎:そりゃあ身から出た錆(さび)だしな。


源兵衛:しょうがねえからよ、一つでも火が付いてこれはとても三十二は

    無理だなと思ったら、そこんとこをもってね、

    「おう、さっきは俺が言いすぎた、勘弁(かんべん)してくんねえ。」

    って謝(あやま)ろうと思ったんだ。

    そしたら、灸師(きゅうし)の野郎が火のついた線香を持ってきやがってよ、


灸師:【ちょっと節をつけて】

   あなた、ほんとうに、よろしいんですかぁ?


源兵衛:なんて俺の目の前で線香を回しやがんだよ。

    人の事トンボかなんかだと間違(まちが)えてんだな。

    癪(しゃく)にさわったから、

    「かまわねえから、やってくれぇ。」

    て、おんなじ調子(ちょうし)で返しちまったよ。


熊五郎:あぁあ、意地(いじ)張っちまったな。


源兵衛:そしたら野郎が俺の後ろに回ってよ、

    ぱぱぱぱぱーーーッて、三十二個いっぺんに火を付けちまったん

    だ。

    いや早(はえ)ぇのなんのって、慣(な)れてるもんだから途中で止め

    てる暇(ひま)がねえんだ。

    俺ァ背中に爆弾がおっこったのかと思ったよ。


熊五郎:三十二個いっぺんともなりゃそうだろうよ。

    で、どうしたんだ。


源兵衛:あんまり熱いもんだからよ、表(おもて)へ駆けだそうと思ったんだけど、

    背中から煙(けむ)を出しながらそんなことしたら、まるでかちかち山の

    狸(たぬき)だよ。


熊五郎:三十二個分の灸(きゅう)の煙(けむ)ともなりゃ、火事と間違(まちが)っちまうだろうな。


源兵衛:こりゃしょうがねえってんで、膝(ひざ)の間に手ぬぐいを挟(はさ)み込んで、

    うんうん唸(うな)ってたんだ。

    そしたらみんな驚いちまって、灸(きゅう)を据(す)えるのをやめて俺の周(まわ)りを

    ぐるっと取り囲んで見物(けんぶつ)始めやがったよ。


客1:いやぁ、こりゃすごい人ですよ。


客2:これが男の中の男ってもんですな。


客3:江戸っ子たる者、こうでなくちゃいけませんよ。


源兵衛:なんて急に評判が良くなっちゃったよ。

    さっき俺に順番を譲(ゆず)ってくれた女なんぞね、

    「まあこの人はなんてすごい人なんだろう、これが本当の男って

    もんだね。頼りがいがあるじゃないか。あたしだっていつまでも

    一人でいられるってわけじゃないんだから、こういう人と一緒に

    なりたいよ。」

    なんて思ってやしねえかと思ってよ。


熊五郎:なに言ってやんでェ。

    俺だったらな、そんな灸(きゅう)なんざ屁(へ)でもねえよ!


源兵衛:いやいやいや、そんな事ないよ。

    何しろね、俺がやっとの事で据(す)えられたんだから。


熊五郎:ほぉ、じゃあ何かい。

    おめえにはできて俺には無理だってのか?


源兵衛:いや、そういうわけじゃねえけど、そう言いたくなるじゃないか

    。


熊五郎:何を言いやんでェ。

    てめえにそんな能書(のうが)き聞かされて、こっちは黙って引っ込んでる

    わけにはいかねえんだよ!

    灸(きゅう)なんてのはこうやって据(す)えるんだって見本を見せてやるからよ

    !

    おぅいおっかあ!もぐさ持ってこいもぐさ!


    なに、どのくらい?

    いいからそっくりこっちへよこしな!生意気(なまいき)なこと言ってんじゃ

    ねえよこんちきしょう!

    分からせてやらなくちゃいけねえってんだ。


源兵衛:え、え、そんなに山盛りに…!?


熊五郎:ようし、これでいい。

    おう見やがれ、この量を。全部合わせたら三十二個どころの騒ぎ

    じゃねえぞ。

    

源兵衛:い、いやいやいや熊さん、さすがにそれは無理だろ。


熊五郎:なに言ってやんでェ、冗談じゃねえよ、ええ?

    言いたい事べらべらべらべら言いやがって。

    よく見てろってんだ!


    ……んっ、んん……ふぅ……


    【しばらく民謡みたいな節で鼻唄唄いながら、もぐさを丸めて

    何か作ってる】


    おいどうだい、こいつは。


源兵衛:な、なんだいそれ、もぐさを丸めておにぎりみたいなのをこさえ

    ちゃって。

    それ、どうすんだい?


熊五郎:どうすんのって、決まってるじゃねえか。

    こいつに火を付けるんだよ。


源兵衛:ええぇ止しなよ…それァ熱いよ。


熊五郎:熱いからいいんじゃねえか、なに言ってやんでェ。

    俺の据(す)える灸(きゅう)はな、てめえの据(す)えてきた灸(きゅう)とはわけが違うんでェ

    。線香の火なんかじゃ火がつきゃしねえんだ、炭火(すみび)だ炭火(すみび)。


    【しばらく民謡みたいな節を鼻唄を唄ってる】


    へへへ、ほぉらどうだ浅間山(あさまやま)だ。

    熱くも何ともねえ。


源兵衛:そりゃまだ火が回ってねえからじゃねえか。

    回ったら大変だよ?

    炭団(たどん)を乗っけてるようなもんだ。

    腕に穴が空(あ)いちまうよ。


熊五郎:空(あ)いちまったっていいじゃねえか。

    ここに穴が空(あ)いてみろ。ケンカした時に都合(つごう)がいいんだよ。

    向こうが殴ってきたら、こっちは避(よ)けながらのぞけるんだからよ

    よ。

    なに言ってやんでェ、冗談じゃねえや。

    人間なんてのは気の持ちようだ。熱いと思うから熱いんで、

    こんなものは屁(へ)でもねえと思ったらどうってこたァねえんだ。

    大袈裟(おおげさ)なこと言いやがって、そんな友達を持ったかと思うと

    ホントに情けねえや。

    【もぐさの匂いを嗅いで】

    いい匂(にお)いだよ、たまんねえやな。

    これがおめえ、だんだんだんだん火が回ってきてよ、

    いちばんハナは皮がチリチリっといってよ、

    その後は肉がジュっとなって、

    いちばん終(しま)いには骨がバキッと音を立てて割れる時の気持ちよさ

    といったらねえよ?

    おぉだんだんだんだん温まって来たよ、気持ちがいいや。

    ここはおめえ、手三里(てさんり)というツボでな、よく覚えときやがれ。


源兵衛:よくそんなツボ知ってるね、熊さん。


熊五郎:へっ、あったりめえよ。

    これっぱかりの三十二個の灸(きゅう)で熱かったなんてよ、

    何を言いやがんでェ冗談じゃねえよ。

    おめえ、石川五右衛門(いしかわごえもん)てぇ人を知ってるか?

    あの人なんざ釜茹(かまゆ)での刑(けい)になっちゃったんだ。

    釜茹(かまゆ)でったってお湯じゃねえぞ、油だ。

    油がぐらぐらぐらぐら煮立(にた)った中にドボンと飛び込んで、

    にっこり笑って辞世(じせい)の句(く)を残したんだ。

    「石川や 浜の真砂(まさご)は 尽(つ)きるとも 我(われ)泣きぬれて 蟹(かに)とたはむ

    る」

    てなもんだ。

    おめえなんざ、そう言う事は何にも知らねえからな。

    それと八百屋(やおや)お七(しち)だ。

    若い娘なのに、全身火だらけになってあの世に行っちまったんだ

    。

    こっちの方(ほう)がよっぽど江戸っ子ってもんだよ。

    なんでェ、三十二個で熱かったって、俺だから我慢できたって、

    生意気(なまいき)な事言うな、冗談じゃねえやな。

    おめえなんざ、少しは石川五右衛門(いしかわごえもん)を見習ってーー


    【だんだん熱さが効いてくるのを民謡みたいな節を鼻唄でやって

    誤魔化している。】

    んっ、ふぅぅッッッーーー……♪


    お、おめえなんざ、いしかわっっーーー

    【熱さに段々耐えられなくなってくるが民謡みたいな節を鼻唄で

    誤魔化している。長めに。】

    んんっん~~ーーーッッッ……♪


    【ついに熱さに耐えきれなくなってもぐさを払い落とす】

    おっ、おぉ~~ーー…ッッ!

    

    ああぁはぁ、つめてえなあ!!


源兵衛:強情だなおい!

    熱かっただろ。


熊五郎:いや俺は熱かねえ。

    五右衛門はさぞ熱かったろ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

古今亭志ん生(五代目)





※用語解説


・三尺帯(さんじゃくおび)

男物の帯の一種。鯨尺で三尺の長さしかないためこの名がある。

略して「三尺」ともいう。


・越中(えっちゅう)ふんどし

ふんどしの一種。長さ三尺(約91 cm)、幅一尺(約30 cm)の

布の端を筒状に縫い、その筒に腰紐を通した下着。


・六尺(ろくしゃく)ふんどし

長さ約180cm〜300cm程度、幅約16cm〜34cm程度のさら

しの布を用いた日本人男性用と女性用の下着。

臀部が露出していることに特徴がある。

現在では下着に用いられるよりも、主に祭事や水着などで使用されること

が多い。


・峰(みね)の灸(きゅう)

「打膿灸(だのうきゅう)」といって小指の先ほどももぐさを乗せて焼き

切り、その火傷から老廃物を出して免疫を高めるというもの。

方法そのものは鍼灸の教科書にも載っているそうだが、同じようにすえ

ても峯の灸は何かが違うそうである。


・二十七、八、三十凸凹

【にじゅうしっぱちさんじゅうでこぼこ】、と流れるように読むべし。

昔はこのくらいの年齢の女性はすでに年増と呼ばれていた。

三十凸凹とは三十前後という意味合い。


・もぐさ

ヨモギの葉の裏にある綿毛を精製したもので、主にお灸に用いられます。


・炭団(たどん)

炭の粉末を布海苔などのつなぎ材と混ぜて丸く固めた、昔ながらの燃料。


・手三里(てさんり)

肘を曲げた時にできるしわから、親指と人差し指の幅3本分下の、

腕の外側にあるツボです。

肩こり、寝違え、腕や首の痛み、歯の痛み、胃腸の不調(便秘や下痢)

、目の疲れなどに効果があるとされ、万能なツボとも呼ばれている。


・石川や 浜の真砂(まさご)は 尽(つ)きるとも 我(われ)泣きぬれて 蟹(かに)とたはむる

石川五右衛門の辞世の句は

「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」

が正しい。

では下の句が何なのかというと、石川啄木の一握の砂に収録されてる、

「東海の 小島の磯の 白砂に 我泣きぬれて 蟹とたはむる」

と【合体!】させたものと思われる。





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