6 急展開
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「それはどういった御用で……」
「そうだね……。最近俺も顔出してなかったし……。寂しいのかもね」
あ、俺って言った。なんか距離が戻ったみたいでうれしい……。
「でも、弟君結婚されたのよね?じゃあ、寂しくないんじゃない?」
「俺……、愛されてるからかな……」
それはそれは……。
でも、もしかしたらお母様の方から婚約解消の提案があるかもしれない!
「わかったわ、今週末なんてどう?」
「ありがとう。じゃ、今週末迎えにいくよ」
バルコニーの近くの窓から、何人ものご令嬢がこちらをチラチラ見ている。
「ディー、私はもう大丈夫だから、あなたをまってるご令嬢とダンス踊ってきたら?」
そう言った瞬間、ディートハルトの顔から温度が消えた。
「俺が女性苦手なの知ってて言うんだ……」
ディートハルトの力強い腕が腰を持ち、ぐっと引き寄せられた。
そして、反対の手は背もたれに回され、頬と頬が触れ合った。
ひっ……。急にどうしたの……?
これ、見る角度によってはキスしてるように見えるんじゃない……?
触れ合った頬が熱くなり、心臓が爆発しそうになった。
「窓の所の女性達……いなくなった?」
私が窓の方に視線を向けると、頬を赤らめた女性達が恥ずかしそうに、でも名残惜しそうにその場を去っていった。
「いなくなったわ……」
ちゅっと音をたてて、ディートハルトが頬にキスをした。
私はすかさず頬に手を当てて、彼から距離をとった。
その顔が面白かったのか、ディートハルトはまたお腹を抱えて笑っている。
すました顔もかっこいいけど、ディートハルトには笑っていてほしいと思ってしまった。
◇◇◇
「アーシュレイ、久しぶりね」
「はい、奥様。ご無沙汰しております」
私はディートハルトの母に一礼した。
あっという間に週末がやってきて、今伯爵家の応接室でディートハルトのお母様とテーブルを挟んでソファに座った。
侍女が紅茶と焼き菓子をテーブルに置いた。
お母様は年を重ねても、おきれいな方だ。はちみつ色の髪は長く美しく、翡翠の瞳はディートハルトと同じ色をしている。
背はそこまで高くないので、ディートハルトの高身長は伯爵様に似たのだろう。
お母様が紅茶を一口飲み、洗練された操作でカップを置いた。
「今日来てもらったのは、あなたたちの婚約の事です」
おっ!やっぱり婚約解消の話だったのね!
「か、母さん!それは私たちで……」
隣に座っていたディートハルトが前のめりになって、反論した。
私はディートハルトに目線を送り、大丈夫よとアイコンタクトを送った。
それをディートハルトは茫然と眺めた。
「ディートハルト、あなたに任せていたら、アーシュがおばあさんになってしまいます。ここは母に任せなさい」
……ん?
「例のものを」
お母様が執事から何やら書類を受け取り、私たちの前に置いた。
「これはあなたが作ったものだと聞いたわ。とても良くできてるわね。さあ、これで今書いてしまいなさい」
一枚の紙の上に、私が特許を取得した万年筆が置かれていた。
その紙には【婚姻届】の三文字が記載されていた。
私は瞳が泳いでいるのを感じた。
これはいったい……、どういうことなのでしょうか……。
お母様は反対されていましたよね?
「私ね、元気なうちに孫の面倒をみたいのよ……」
は……?お母様はもう随分遠くまで行ってらっしゃる。
隣をみると、ディートハルトも美しい石造みたいになっていた。
彼も予想が外れていたようだ。
「アーシュレイのご実家、資金繰りが大変なようね。婚姻を結んだら、一定額の支援をするつもりよ。悪い話ではないのではなくて?」
そうきたか……。
実家の男爵家は、父が起こした事業が失敗して、多額の借金をしている。少しずつ返しているがなかなか
減らないのが実情で、弟が家督を継ぐときに借金も継がなければいけなくなる。
「魔道具課の仕事も、家族行事に支障が出ないなら続けてもらっても構わないわ」
えっ……。まさか仕事を続けてもいいなんて……、それで実家の借金もなくなって……。
いい事ばかりじゃない……。
ディートハルトを見ると、ふっと笑った。私が何を考えているのがわかったようだ。
彼は万年筆を手に取り、名前を記入した。
そして私に渡してきた。
私も自分が発明したペンを握りしめ、そこに名前を記入した。
◇◇◇
「は?婚姻届を出した……?」
「そうなの、なりゆきで……」
ボトッ……。食堂のテーブルで向かいに座るイヴェッタが、フォークに刺したエビフライを落とした。
「だって、婚約解消する!って息巻いてたじゃない!」
そうなのだ。週末に入る前の夜、仕事終わりにイヴェッタにそう宣言して退社したのだ。それなのに、こうなってしまった……。
「はい、全くその通りで……」
「そんなにディートハルトと一緒になりたかったの?あんまり、そうは見えなかったけど……」
「えっ、じゃあ仕事は!?あんなに大変な思いしてやっと入ったのに……」
「そう!それなのよ!家族に迷惑かけなければ、仕事続けていいって言われたの。あと、実家の支援もしてくれるって……」
はぁ……とイヴェッタはため息をついた。
「家族に迷惑って、基準曖昧だよね。でも、アーシュが決めたことだもんね。実家の事もあるし……。貴族女性の社会進出って言ってるけど、まだまだ古い考えは根強いし。結婚しても働いていいなんて、有難いわよね」
「うん、本当に。絶対ダメって言われると思ったし」
「でも、お義母さん反対してたんじゃないの?」
「それもね、急に賛成って感じになっちゃって……。……孫の面倒が見たいって言われたの」
「は……?」
イヴェッタが眉間に深いシワを刻み、嫌悪感丸出しの顔をした。
「何それ……、こっちは子供生む道具じゃないっつーの」
イヴェッタがフォークを乱暴に使って、お皿をカンカンいわせながら生野菜を平らげた。
◇◇◇
それから、両家の顔合わせや引越し、職場への挨拶、結婚式の準備、仕事と、1日24時間では足りないと泣きながら、毎日やることをひたすらこなしていった。
結婚がこんなにパワーがいるものだとは思わなかった。
もう、婚姻届を出してからの今日までの記憶が無い……。
私はほぼ不眠状態で、結婚式当日を迎えたのであった。
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