第九話 死を奪うのは良くないね
歩いて10分が経った、また同じ展開だと玲奈はうんざりした。クールタイムなどいらない、さっさと会わせて欲しいというのが玲奈の要望だった。考えてみればこのゲームが自動生成ダンジョンである必要性は皆無だ。
結局全員殺すことになるのならば一箇所に集めてまとめての方が効率が良い。これが普通のゲームならそうだろう、今回は特別ルールの『納得のいく死』というのがゲーム時間を長くする要因だろう。
殺すまでの過程が非常に重要となるこのゲームでは相手からの話を聞きつつ相手が望んでいるだろう死を与えなければいけない。一人ずつしか殺せないようになっているのは恐らく、感情移入をさせる為だ。全員を集めて殺せば効率は良い、しかし今回のクリア条件達成は難しくなるということだ。
今回、美亜の死までゲーム開始から約30分。つまり単純計算すると30✕4で120分がかかる想定、通常のゲームは基本1時間30分で行われるので今回のゲームは1時間長いことになる。正直面倒くさいな、というのが玲奈の感想だった。
人を殺すことに対して興奮や喜びを感じていて化け物と呼ばれる玲奈ではあるが対象によっては冷めたり、やる気をなくす場合が存在する。それは根は善人というパターンだ。根は善人でもデスゲームギャンブルに参加している人間など大半クズなのでは? と思うかもしれないがそういうわけではない。
今回の参加者も何かしら騙されたり被害にあった者が大半だ。いつものゲームもそんな感じで、半分が根は善人、もう半分はクズや犯罪者や殺人鬼……狂人。こんな感じだ。
なのでむやみに玲奈が殺しているのは後者であり根からの善人はなるべく殺さないようにしている、今回のゲームでは相手が死を望んでいるので問答無用で殺すのだ。
根からの善人というのは大体がオーラで分かる、玲奈は昔からそういうのを感じやすい体質だった。だからか、両親がクソだということも小さい時から分かっていたし、だからこそ壊れるのも早かったのだろう。感情を読み取るまでは行かないが、玲奈は大体は相手がどんな性格の人間なのかが分かる。
だからこそ今回ラナイを殺した時に玲奈は感情が動いたのだろう。普段喜怒哀楽を殺し以外では見せない玲奈が珍しく感情を動かされたのだ。
(ひょっとして、今回って私の感情補正ゲームだったりするのかな? いや、そんなわけないか)
5人が死を望むゲームの目的に玲奈の感情補正が含まれているわけがない……と思っていたが、冷静に考えてみると、殺す側に玲奈が選ばれた理由が分かっていない。
そもそもこのゲームに参加したのは黒道の『行くな』という言葉へ逆張りしたのが始まり、そしてこのゲームに参加するには招待状が必須。
それを考慮するとどれだけ調べたとしても、いくら『黒住堂』でもこのゲームの存在を知ることができるわけがない。ということはつまり……。
(ああ、これは嵌められたってことなのかな。まあでも、どっちにしろこのゲームには来ただろうし感謝すべきかな)
本心は感謝ではないが別にそこまでムカついたわけではないのでそのままこの話は水に流すことにした。
またしばらく歩く、ここに来て絵画や壺などが道に置いてある。一体どういうことなのだろうか? と玲奈は思う。何かの暗示なのだろうか、それか次に殺す人物の記憶から生成されているのかもしれない。
異世界ということもあって、何でも起こり得る可能性が高い。警戒心を一層強める。右へ曲がり左へ曲がりまた右へ……「早くしてくれ」と愚痴を言う玲奈であった。
そんな時次の角を右に曲がった時ボインッ! と言う音が鳴りそうな感触がした。残り二人の胸は両方大きかったがどちらかな? という考察をしながら正面を見るとそれはヴァーナだった。まあそれもそうかという反応をした。
もし猫又であれば気配で気がつく。なんと言えば良いのだろうか、猫又は他の四人とは一線を画すというか……要は強いってことだ。玲奈と1対1(サシ)だったとしても良い線までいくかもしれないくらいには強い。
ヴァーナ、ピンクの髪の人。結構印象に残る人だったので玲奈は覚えていれた、人を覚えることが苦手な玲奈でも覚えられるくらいには美貌が凄いのだ。
服装も流行りのシャツにジーンズ……やはり羨ましいと玲奈は思った。
「ようやく会えましたね」
「うん、そうだね。なにか死ぬ前にしたい事はある? 生涯を話すとか、私と戦うとか? 何でも私にできることなら付き合ってあげるけど」
本当にそう思っているのか? という真顔と棒読み気味な口調で玲奈は言った。その態度でなんとなく察したのか「じゃあ一つ良い?」とヴァーナは返した。
「私と戦ってほしいの」
「え?」
まさかの要望だった。多分というか確実にその勝負は玲奈が勝つ、これは会った時の雰囲気やオーラで分かっていた。そしてヴァーナ自身も分かっているはずだ、玲奈は興味を惹かれたので問い返す。
「なんで戦ってほしいの? 結果は見えてるはずだけど?」
「理由は一応あるわ。まあ、なんて言えば良いのかしら……圧倒的な強さ、そして理不尽に殺されたいの。勿論トラップに殺される理不尽は論外ね、人に殺されたいのよ」
「珍しいね、そんな人滅多にいないよ」
「いたらおかしいでしょ」
まあいないだろう。異常者といえば異常者だ、だがそれに理由があるのか無いのかで結論は変わってくる。玲奈は悪人か善人か、それで殺し加減を決めている。玲奈的には善人としか思えなかったのだが、それでは何故にこのような死に方を望むのだろうか?
ヴァーナは唐突に語りだす。胸に手を置いて目を閉じながら。
「私はね犯罪者なの、だから殺してほしいのよ」
「嘘」
「え?」
ヴァーナの告白を玲奈は否定した。呆れ冷たい声で玲奈はヴァーナに対して「嘘」と言ったのだ。玲奈は死の重みを、殺すことの重みを知っている。死が関わっているのなら全て本当か嘘かを見抜ける。
「ヴァーナは人を殺した経験は無い。絶対にそう」
「違うッ! 私は悪人よッ! 二人、いいえ! 三人殺したわ!」
「嘘。だって声に無情さが無い、それにねヴァーナ? 人殺しっていうのはね、一々殺した人間の人数なんて覚えてないんだよ、あとその言い方だと誰かから聞いたって感じがする」
「なんで分かるの?」
「分かるよ、だって私は死そのものみたいなモノなんだから」
「フッ、馬鹿らしい」
ヴァーナは笑った。そして玲奈は悲しそうな顔をしていた。
「多分だけど誰かに死んでほしくなくてここに来たんでしょ?」
「そうよ」
やはりかと玲奈は思った。このゲームは招待状があれば来れるわけで、関係の無い人間でも招待状さえ持っていればここに来れる。ただなんで庇ったのかということだ、理由が無いのはやはりおかしいと玲奈は思った。いくら異常者でも殺して欲しい理由くらいあるものだ、気持ちよくなれるかもという好奇心や殺しの罪悪感から……それらを感じないのは一体なんなんだ? と玲奈は少し恐怖らしきものを感じた。
「友達を庇った、ただそれだけ」
「そんな友達見捨てれば良かったのに」
玲奈は無情に言う。
「ここは死にたい人間が集まる場所。つまりヴァーナさんの友達は死にたかった、友達の選択をあなたは否定したんだよ?」
「分かってるわよ! そんなこと……あの子がそう思っていたのは。けどあの子には死んでほしくないッ! 数秒でも良いから長く生きていてほしかった……。ああ、なんで私があなたに殺してほしいのか、思い出したわ」
ヴァーナは数歩玲奈から離れる。そして首を捻り玲奈の方を見た。
「私は友達を死にたいって気持ちから救えなくて、そんな自分に嫌気がして……自分に死んでほしいって思ったんだ。今までのはただの言い訳、私にも死にたい理由あったんだ」
ヴァーナは生気を失った声でそう言った。なるほど、それは死にたくもなると同情すると同時にさっきの玲奈の予測が当たっていたのは嬉しかったと玲奈は思った。
しかしピエロは本当に胸糞悪い奴だなと玲奈は改めて思った、ここまで過去や現在が色々な意味で重い人間を集めてくるなと。ここまで来ると寒気がした。友人か、と玲奈は思いつつも同情はしなかった。
ただ殺す理由が見つかった、ただそれだけだ。こういう曇りを晴らす殺しは少々残酷かもしれない……玲奈は興奮した、表には出さずに心の内で。
「じゃあ始めよっか、ナイフは持ってる?」
少し明るい声で、そして興奮を隠しきれていないテンションで玲奈はヴァーナにそう言った。今回は早く終わりそうとフラグを立て玲奈はヴァーナに問うた。
「持ってるわ」
ヴァーナはナイフをズボンのポケットから出す。そして構える、玲奈もそれに呼応し構えた。
「死の始まりへようこそ、ヴァーナ」