第五話 胸糞悪い死、私はこういうの嫌いだ
少女の名前は『天王寺美亜』という。これは少女が5歳の頃の話である。母親と父親の三人でとある国の平原にある平屋の家で静かに暮らしていた。とある場所......それはもう思い出せない幻の場所。調べても調べても出て来ない思い出の記憶だった。
裕福な暮らしをしていた。仕事は父が、家事は母が、私は毎日家の近くにあったお花畑で花を摘んでいた。とても綺麗なお花畑だった。そして様々な花が咲き乱れていて美亜にとってここは天国の様な場所だった。
「ママ! お花見に行こう? ママに似合うお花見つけたの」
「そう、それは嬉しいわ。見せてくれる?」
「今じゃなきゃ駄目なのっ! 来て?」
「もう、仕方がないわね貴方って子は。洗い物が終わったらね?」
家事の最中に呼んでしまった。でも早く見せたかったという思いがあったから美亜は終わることを待った。そして家事が終わり母は美亜に連れられお花畑に来た。
「この紫色のお花と白色のお花がママにとっても似合うと思うの!」
「凄く嬉しいわ、でも良くこの二つのお花の組み合わせを見つけたわね」
「?」
「紫のこのお花はスターチスって言って、花言葉は「永久不変」。白いお花はデイジーって言って、花言葉は「平和」。つまり「永久不変の平和」ってことね、そうね......私もこんな平和な生活が永遠に変わることなく続いてくれればと願っているわ」
「ん〜、よくわからないけど花冠作ろう?」
「ええ、作りましょう」
そう願っていた。この時にはよく分からなかったが今ならよく分かる。こんな日々が続いてくれていたら......どんなに良かったのかと。そう思っていた。これから始まる悪夢の連続をしった後に思うと尚更だった。
涙を流す事さえ許されなかった、いや神がそれを許してくれなかった。そんな気さえした。
この日から5年が経った10歳の頃に美亜はいつもの様に楽しく遊んでいた。そして家事をすべて終わらせた母親はベランダからその姿を眺めていた。10歳とはいえまだ小学4年生、花の事は好きだった。いつも通りに花を集めている、そんな何気ない日常を母は楽しそうに見ていた。
父の電話を聞いてしまうまでは......。
母は美亜の様子をしばらく見守った後リビングの片付け忘れに気づきリビングに戻った。その時聞いてしまったのだ、家族の破滅の序奏を......。
「なんだそれは! 話が違うだろうッ!」
父の怒号が聞こえてきたのだ。誰かに対してキレ散らかしている。会社の関係で何かあったのだろうか、と母は思ったらしい。母は父を励まそうと父に声をかけようとした。
母いわくその時の父は目が死んでいたらしい。黒い何かが目の中を回っているような、何かに呪われたような、そんな様子だった。これは社員との間での問題などとは比べ物にならない問題だったのだ。
父は株式会社『エンド・ワルツ』という音楽関連の会社の社長だった。そして悲劇は社員の一人によって生み出された。これは事件の数年後に判明した事だが、社員が起こした事件はミスではなく故意だったそうだ。
会社のシステム管理プログラムのデータ破損やファイルの外部流出......その他etc。今考えれば馬鹿な話だ、こんな大きなミスが故意でなく何だというのか。それをそうと過去に認めざるを得なかった理由、それは警察がそう判断したからだった。
裁判も行い父は最後まで抗った。だが抵抗虚しく社員の一人は無罪。これも後々判明したが警察の一部もグルであった。どうしようもないとしかいえない事件だった。
会社は長期の社員への給料未払いや、システムが使えない等の理由が重なり、債務超過10億を負い倒産した。そして社長だった父は全責任を負わされ借金まみれの生活が始まった。
それが半年後、美亜が11歳になった丁度誕生日の日だった。今でも覚えている、それは『地獄』の始まりだった。
一生働いても返せないお金をなんとか返す為両親は二人揃って働いた。まだ何とかできるとポジティブで父に追い打ちをかけるように神は父と母を見放した。
その職場は急な管理者交代で激務薄給のブラック会社へと変貌した。食料を稼ぐことが限界で美亜は学校にすら通えずにいた。そしてやせ細って喧嘩をするばかりの両親を見て美亜は壊れそうになった。だけどいつか救いは来るだろうと思い何とか自分を保っていた。
そんな生活が2年続き美亜が13歳になった日。神はそれを待っていたかのように悲劇を与えた。父が母といつも通り喧嘩をしていると母が「少し出てくるわ」「少し待っていなさい」と母、父の順番で言い残し私は留守番をすることになった。
まず一日経った。両親は帰って来なかった。私は両親が作り置きしてくれたものを食べた。
二日目、また帰って来なかった。今度は棚にあったレトルト食品を食べた。
三日目、冷蔵庫の残り物を食べた。物足りなかった......。
そして四日目の朝、冷蔵庫を覗くと......何も無い。棚にも何も無い。食料が尽きたのだ。どうしようと困っていると......ガチャッとドアが開く音がした。「来た!」とその時の美亜はそう思っていた、アレを見るまでは......。
「パパ! おかえりっ!」
「あ......、ああ......。あ......」
「パ、パパ? どうしたの?」
「す......まない。み......あ」
私は父の顔しか最初は見ていなかった。首が疲れてきたので美亜は父の手元を見てしまった。
「ッ! マ......ママッ!」
父は血まみれの手で母の生首を持っていた。私は「イヤァァァァァァァァァァァァッ!」と叫んだ。そして泣き続けた、鳥肌がたった、身体がガタガタ震えだした。
その時私は壊れた。感情を失うまで叫び続けた。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァッ............!」
声が枯れるまで叫び続けた。それがきっかけになったのか近隣の住民が警察に通報したことによって父は死刑、母は亡くなり、私は精神病院で20歳になるまでの治療を受けて感情が一部を除いて復活した。その一部とは『家族愛』だった。
今の『天王寺美亜』はそれがあってこの事を思い出しても「あー、なにか辛い事があったのかな?」としか思えなくなっている。
そして精神病院を出た後美亜には親の借金は受け継がれなかったものの、住所不定で仕事もできずに街を彷徨っていた中、あのシルクハットを被った男に出会った。
「君、お金が欲しいのかい? ならこのゲームに君を招待しよう。大丈夫、君ならできるさ」
「はい」
美亜はただそう言うしかできなかった。この時の美亜はあんな人物ではあっても神様に思えたのだ。
実際初めてゲームに参加するまでの半年間、シルクハットの男は美亜を丁重に扱ってくれた。衣食住、ゲームのコツやルール、何から何までしてくれたのだ。手ほどきも上手くしてくれて、とても嬉しかったという感情が溢れていた。
こうして現在のデスゲームギャンブルの参加へ至る。これが『美亜』いや、デスゲームプレイヤー『ラナイ』の生涯である......。
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「これが私、美亜の......いいえ、ラナイの生涯です。どうですか? ありがちなお話でしょう? 本当にクソですよね」
「ん、胸糞悪い話だね。全員私が殺してあげたいと思ったくらい」
「ありがとうございます! 私に同情してくれるんですねっ! 素敵です!」
「いや、同情っていうか......。まあ良いや、スッキリした?」
「はい! とても」
玲奈は少し暗い顔をしていたが、できるだけ平常心を保ってラナイに質問をした。本当は恥ずかしさでおかしくなりそうだったのだ。玲奈自身の人生など全然マシだったなと。
(いや、ラナイの人生が胸糞すぎるだけで......私も十分酷いと思うんだけど。これを聞いたら流石にあんな人生でクソって言っていた私は恥ずかしくて堪らないよ)
そう思っていると......。
「あ、トラップ。右に避けて?」
「え?」
ゲーム開始から初めてのトラップ登場に涙が止まらない。助けないと......。